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放課後RPG  作者: グゴム
7章
49/100

49 商会

          挿絵(By みてみん)            

49


 エスタブルグ帝国――ヴァナヘイム教国と並ぶ、この世界における強国の一つである。俺達が最初に辿り着いたノルン王国から陸続きに西へ向かい、小国をいくつか越えた先に広がる巨大な国だ。 


 俺とさあきは、七峰から貰った【空術】【シフト】の魔石によって、北の果て――ヴァレンシス城からエスタブルグ帝国まで一気に移動した。


 さて、正直な話この【シフト】を使う事に少し不安があった。というのも、"どこに繋がっているのか"七峰から聞いておくのを忘れていたからだ。


 世界有数の人口を誇る帝国の首都にいきなり放り出されても、タクヤ達を探すは大変だろうし、そもそも人目の多い街中にいきなり現れたら目立ってしまう。どちらにせよ、転送場所しだいでは結構面倒そうだった。


 だが、そんな心配は必要なかった。光の平面を抜けた先に繋がっていたのは、倉庫の様な薄汚い木造の大部屋だったのだ。広さは教室ほど。天窓からちらちらと薄い光が射し込み、雑多な室内をかろうじて照らしていた。気が付いたら玉座の間からこの部屋へと目の前の風景が変わっていたのだ。



「なんだここ?」

「あ! ここ知ってる!」


 見知らぬ部屋に戸惑う俺を尻目に、さあきが迷う事無くバタバタと部屋の片隅に向かう。そして壁と見分けがつかないほどに汚れたドアを見つけ出すと、ガチャガチャと乱暴に開け、その先に続いていた階段を一段飛ばしで駆け上がっていった。



「なんなんだよ、おい」


 仕方が無く、後を追いかける。ま、あの様子じゃ危険な場所ではないみたいだが。


 ぎしぎしと軋むボロい階段を上ると、ロビーの様な空間に出た。目の前には入り口らしき立派な扉。その向こうからは雑踏が聞こえる。どうやらここは街中で、通りにでも面しているようだ。さっきの部屋は地下だったらしく、振り返ると薄暗い下り階段が続いていた。


 しばらく周囲をキョロキョロと見渡していると、二階へと続く上り階段からある男が降りてきた。その顔は、久しぶりに見るそれだった。


「おっす、クー」

「久しぶりだな。タクヤ」

 


 廃人ゲーマー牧原タクヤとの再会だった。



 アスモデウスの迷宮で生き別れて以来だから、一ヶ月ぶりくらいか。一応手紙で生存報告はしていたが、随分と久しぶりな気がする。


「地下から上ってきたって事は、【シフト】を使って飛んで来たみたいだね」

「あぁ。七峰から貰った奴をな。ここはどこなんだ?」

「帝国の首都エスタブルグの中心街だよ。この建物は俺の商会の事務所って所かな」


 どうやらあの魔石、タクヤの本拠地に直通だったらしい。便利なのはいいんだが、身内以外が使ったらどうする気なんだ。


「どこから飛んできたの?」

「北の果てからだ。大雪原で一週間ほどうろついて、それからさっきまで悪魔王の城でラスボスみたいな野郎と対峙してきた所だ」

「っははは! そりゃ大変だったね。さあきも一緒なのかな?」

「一応な。俺はここが初めてだっつーのに、先々行きやがって」

「そこの部屋がラウンジだから、多分そこだよ。誰か居ると思うから、まあ適当にくつろいでて」


 タクヤはある部屋を指差しながら言うと、手荷物を片手に肩をすくめた。よく見ると手荷物のほかにも、タクヤはフォーマルな燕尾服に似た、やけに厳かな服装をしていた。


「なんだ。なんか用事か?」

「ちょっとこれから城まで行ってくるんだ。まあ夜には戻るよ。クーとさあきが帰ってきたから、今日パーティだね」


 タクヤはそう言って、愉快そうに笑いながら出発していった。久しぶりの再会の感傷に浸る間もなく置いてけぼりである。



 仕方が無いのでタクヤ言われた部屋に進むと、そこは多くのテーブルと椅子が設置されたラウンジだった。部屋ではあきを含む、数人の女子が声を上げて談笑していた。


 その内の一人、一際小さな体とツインテールがよく似合うロリ系女子が、振り向いて明るい声を上げた。


「一橋さん! お久しぶりです」

「仁保姫。久しぶりだな」

「はい。ご無事で何よりです」

「それと、えーっと……」


 俺はさあきと仁保姫の他にもう二人、見た事がある気がする女子に目線をやりつつ言葉を濁した。そいつらはおそらく――というか間違いなくクラスメイトだ。


 だが、なかなか名前が出てこない。見かねたさあきが、仕方が無いといったジェスチャーと共に二人を紹介した。


「クー。こっちのセミロングの子がくすのき那由多なゆたちゃんで、三つ編みの子が戸松とまつ左右さうちゃん。同じクラスメイトでしょ? 忘れるなんてヒドくない?」


 うるせぇ。制服姿しか見たことないクラスの女子なんか、ちょっと服装が変わっただけで全然別人に見えるんだよ。


 しかしまあ、確かに言われてみれば、見た事がある。明るい雰囲気のくすのきはともかく、戸松とまつとは一切話した事が無いが。


「一橋君だよね? 話はさあきから聞いてるよー。ちょーかっこいいらしいじゃん」

「うえ! 言ってないしそんな事!」


 紹介されたくすのきが言うと、さあきが慌てて否定した。それを見た三つ編みの女子――戸松が呟く。


「……ほとんど言ってる様なモノだよ」

「一橋さんの手紙が来たときの大泣きは凄かったもんね」

仁保姫くあらちゃんまでー……あれは、幼馴染として心配だっただけって言ってるのに……」

「本当ー?」



 やってられん。なんだこのふわっとキラキラした空気は。助けてくれ。男はおらんのか、男は。


「男子? タクヤはさっき出かけちゃったし、大川も朝から見ないから、今は誰も居ないよ」


 終った。しばらく一人ぼっち決定か……



 いや待て。諦めるのはまだ早い。ここにはまだ、あの女が居るはずだ。


「おい、仁保姫。七峰はどこだ?」



……



 この建物は元々宿屋か何かだったようで、それぞれの階層に多くの小部屋が連なっていた。住んでいる人数も10人程度と少ない事もあり、かなり贅沢にスペースを使っているようだ。

 

 タクヤの商会(ブルゲール商会とか言うらしい)に属しているクラスメイトは8人。リーダーで【時術】使いのタクヤを筆頭に、【波術】使いの大川おおかわ、【界術】使いの戸松とまつ、そして【空術】使いの七峰という、レア魔術持ちのクラスメイト4人が所属している。


 さらに物体をコピーするスキル【コピー】を持つ木原きはらに、物質の性質を操作するスキル【物質変更】を持つくすのきも加わって、色々な商売に手を出しているようだ。


 それと武力としての仁保姫にほひめ 紅亜礼(くあら)比治山ひじやま美羽みうで8人。また門倉かどくらふうも帝都の郊外に居を構え、レア素材や質のいい魔石を供給する為にここを出入りしているそうだ。


 アスモデウスの迷宮の頃と比べ、タクヤの周辺も随分と様変わりしたものである。



 二階への階段を登るとすぐに、踊り場と幾つかの小部屋をぶち抜きにした空間があった。そこには机と椅子、それに大量の本棚が並び、オフィスの様な雰囲気だった。


 目的の女子――七峰ななみね奈々(なな)は一際大きな机に向かい、一人オフィスワークにいそしんでいた。


「七峰」

「これは一橋さん。お久しぶりです」

 

 声をかけると、七峰が無表情な顔をこちらを向けた。その落ち着いた雰囲気は、さっきの姦しい連中とは一線を画している。さすが七峰である。 


「ちょっと下がお花畑だったんでね。避難してきた」

「そうですか。それではお茶でも淹れましょう。そちらの席にお掛けになってください」

 

 そう言うと七峰は、手にした紙束を机の上に放り出し、部屋の隅に設置された機器を使って茶を淹れ始めた。なんか、仕事の邪魔をしてしまったみたいだ。


「悪いな、邪魔して。忙しいのか?」

「いえ。今日の仕事はもう終っています。暇があったので契約書の整理していただけです。お気になさらずに」

「そうか」


 火術を込めた魔石を用いて、グツグツとフラスコの様なポットを熱する。それはすぐに湯気を上げ沸騰し、乾燥した茶葉を入れたティーポットに注がれる。するとすぐに、甘い匂いが部屋中に広がった。


「どうぞ」

「あぁ。ありがとう」


 七峰によってカップに注ぎ分けられたそれを一口含むと、緊張を解きほぐすように息を吐きだした。


 先程のヴァレンシス城でのルシファとのやりあいは、自分で思っていたより精神を削られていたようだ。なんでも無いティータイムが、ひどく心を落ち着かせてくれた。



「いつ、こちらに来られたんですか?」


 のんびりと茶を楽しんでいると、七峰が聞いてきた。 


「今さっきだ。エ・ルミタスで貰った【シフト】の魔石――助かったよ。北の果てからここまで一瞬だった」

「北の果てというと、アギルランドに行かれていたのですか。首都ダロンには"あの後"に訪れましたが」


 "あの後"とは、エ・ルミタスで七峰と比治山の二人と別れた後の事だろう。七峰が帝都に居るって事は、世界中を回ると言っていたその旅はもう終ったようだ。


「あぁ。アギルランドのさらに北に用事があってな。なかなか大変な所だったよ。寒い暗い敵が多い――ってね」

「それはお疲れ様でした。用事は無事終えられたのですか?」

「なんとかな。ここに来たのはタクヤとの情報交換と、それと七峰――お前に頼みがあって来たんだ」

「私に……ですか?」


 少し虚を突かれたのか、戸惑った声を上げる七峰。縁なし眼鏡の瞳が、小さく見開いていた。


「あぁ。手伝ってほしい事がある。次に行く場所に【シフト】で転送して欲しいってのが一つ。そしてできれば、次の旅について来て欲しいってのが一つだ」




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