47 事実
47
『貴様は魔王に騙されている』
ルシファは俺に向かってそんな事を言い、続けて推移を見守っていたヘルに体を向けた。
「死神。貴様も噛んでおるのか?」
「……」
ヘルは目を逸らし、そわそわと大鎌の持ち手を替えている。どうやら心当たりがあるらしい。わかりやすい奴だ。
「……どうやら知っておったか。いや、アンラの入れ知恵か?」
傲慢の君は見た目には一切表情を変えない。だが、明らかに面白がっている声だった。
「アンラは俺に嘘を教えたのか?」
「フハハ。それは違うな」
俺が聞くと、ルシファは小さく否定した後、答えた。
「ロキがお前たちを召喚した事も、貴様ら異世界人を外の世界に戻す方法を我らが知らない事も、天界に行く為に魔石十二宮が必要な事も、全て事実だ」
「……なら、何に騙されているって言うんだ」
「騙されていると言うには語弊が合ったな。正確に言えば"知らされていない事実がある"といった所か」
それは、ある程度予想していた。いきなり現れた異世界人に全ての真実を話すほど、魔王がお人好しだとは思ってはいない。
「我ら魔界の住人は――天界の連中も同じだが――地上に到る為には"二つの障害"が立ちはだかる。一つ目は三界同士の存在次元が切り離されているという事、そしてもう一つは地上を覆う防護壁が存在する事だ。大結界は知っているか?」
「……名前くらいなら」
大結界――――魔界と地上の間に張られているとか、バッドステータス【弱体化】の原因だとか、先程ヘルが言っていた。
「大結界は、境界神ユミールにより張られた三界をまたぐ忌々しき地上の被膜だ。これのおかげで余を始め、あらゆる魔族は地上で著しく能力を制限される。"自身を召喚する"という方法ならその制限は受けぬが、本体と化身とではそもそもの性能が段違いだ」
さあきによると、目の前のルシファのレベルは53である。俺がレベル49である事を考えれば、確かに悪魔王という割にたいした強さではない。同時に死神ヘルも、レベルのわりにはステータスは低すぎるように思える。魔界へはさあきを連れて行っていないので、こいつらが元々どの程度の強さなのかは知らないが、現状【弱体化】しているのは確かなのだろう。
「時たま、生身で地上に到る例外もいるにはいる。そこに居る死神や、どこぞの世界蛇とかな。だが、生身で来れたとしても【弱体化】は免れぬ。魔界における本来の力、地上では失われてしまうのだ」
「……その大結界がどうしたって言うんだ?」
「大結界を展開する為に用いられている触媒が、魔石十二宮の一つ【境界のトパーズ】だと言われている」
「……?」
よし。ワケがわからなくなってきたぞ。なにが言いたいんだ、こいつは?
「貴様は疑問に思わなかったのか? アンラは何故、貴様のような異世界人に魔石十二宮を集めさせるのか――何故我々のように地上の魔族が魔石十二宮を集めていないのか、と」
「それは……」
確かに、世界蛇ヨルムンガンドもそうだったが、こいつら地上の魔族達は、魔石十二宮にほとんど執着がないようだった。魔石十二宮は、不倶戴天の敵である天界に行く為手段であるにもかかわず、だ。
何故、魔王は俺に情報をよこし、魔石十二宮を集めさせようとしたのか――確かに腑に落ちない点ではあった。
困惑する俺に、ルシファは続ける。
「それはな異世界人。我らでは魔石十二宮を集めきる事が出来ないのだ。なぜなら【境界のトパーズ】を手に入れなければ、大結界を解除できない。しかしそのためには大結界が邪魔――そういう事だ」
「……なるほど」
大結界を解除しなければ【境界のトパーズ】は手に入らず、【境界のトパーズ】を手に入れなければ大結界は解除できない。要するに"矛盾状況"、キー閉じ込めみたいな状況なのか。
「それにそもそも大結界の源が何処にあるのかもわからぬ。昔、血眼になって探したが、結局見つからなかった」
「だが、それは俺が――人間がやっても同じじゃないのか?」
俺が魔石十二宮を集めにしても、その大結界とやらを何とかしなければいけない事には変わりない。それなら、ルシファがやろうが俺がやろうが違いは無いはずだ。
ルシファは小さく首を横に振った。
「いや、違うな。貴様は異世界人だ」
「……どういう事だ?」
「境界神ユミール――こいつはラグナロクが始まる前からの付き合いだが、基本的に中立の神だ。どちらの陣営に味方する事も、姿を現す事も滅多に無い。むしろ、バランスを崩す行為を嫌う奴だ」
「バランスを崩す行為……」
何を持ってバランスなのか。それがどうしたというのだ。
「現在、太古の昔から続いているラグナロクの戦況が大きく動いておる。それはきさまら、異世界人共の仕業だ。特にノルン閃光の騎士――」
ノルン閃光の騎士……だと?
「あの小僧には余を始め、七悪魔の多くが苦汁を舐めさせられておる。まったく忌々しい小僧だ」
ルシファは声を荒らげた。それはおそらく、王子の事だ。
あいつ、そんなダサい二つ名をつけられているのかよ。かわいそうに――いや。いやいや。そうじゃない。どうやらあの完全無欠の王子様は、地上の魔王でさえ困らせるほどの活躍をしているようだ。
「これは数万年続くラグナロクにおいて、初めての事態だ。しかも明らかに天界側に有利な事態――このような天界の暴挙、ユミールが面白く思っているワケが無い。このような自体の当事者である貴様ら異世界人には、あの堅物も大いに興味を持っておるだろう」
「……異世界人である俺達なら、その境界神とやらが会ってくれるという事か?」
「その通りだ」
要するに、俺達が天界に行くためには、その大結界とやらに行き、ユミールとかいう奴と話をつける必要があるという事か。しかし、そのユミールがどんな奴か知らないが、本当に異世界人ってだけで会ってくれるのか?
「そいつがどこにいるのかは分からないんだったよな?」
「うむ。知っておれば、真っ先に殺しに行っておるわ」
っつー事は、これも目的に入れて情報収集だな。やれやれ。また目的が増えたな。
「それともう一つ、ユグドラシルについてだ」
ルシファは続けて言った。ユグドラシル――アンラによれば、世界の中心にあるというその樹に魔石十二宮をささげた時、天界への道が開けるという話だったはずだ。
「ユグドラシルは、天界への移動装置じゃないのか?」
「それは正確ではない。あれは存在の鎖をつなぎ合わせて三界を次元同相にしてしまう秘宝だ。世界樹が起動すれば、天界、地上、魔界の三界が繋がり、直接的に移動できるようになる」
「存在の鎖? 次元同相?」
またわけのわからない言葉が出てきたな。
「異世界人による侵攻自体は腹立たしいほどに熾烈を極めておる。しかし一方で、天界の連中の介入自体はほとんど見られない。これはおそらく、天界でなにか"ごたごた"が起こっているのではないのかと、余は推測しておる。おそらく魔王も同じ読みだろう。そこで小僧はその隙に乗じて地上と天界を攻め落とす為、、貴様に魔石十二宮とユグドラシルの情報を教えた――真実を伏せてな。そうすれば、貴様が外の世界に戻ろうと行動する過程で、大結界は解除され、世界樹が起動する。我らを邪魔する障害が二つとも無くなる。それが小僧の狙いだ」
ルシファは淡々と説明した。俺の行動を操って、こいつら魔族を邪魔している"二つの障害"を両方とも破壊する。そして魔界の連中を率いて、地上と天界を滅ぼす――それが、魔王の本当の狙い。
「このまま俺が魔石十二宮を集め続ければ、地上にお前ら魔族が溢れ出るという事か……」
「フハハハハ! 地上のあらゆる場所に魔界への入り口が現れ、空には天界の大地が可視化する。三界が重なりあった世界となり、魔族も天使も人間も同じ土地を取り合う。太古の昔――ラグナロクが始まる前の混沌へと世界が戻るのだ。どうだ、胸が躍ろう」
ルシファは大きく声をあげて、愉快そうに笑った。なるほど、なにか裏が有るだろうと思ってはいたが、そういう事か。しかし……
「なぜ、俺にそんな事を教える?」
ルシファは魔族の中でもアンラに次ぐ地位にいる存在のはずだ。そんなルシファが、なぜ魔王の計画を俺に暴露する必要があるのか。
「なに。余はあの百々目鬼の小僧が気に食わぬだけだ。だから教えてやった――投げ出してもいいぞ? あんな奴の計略でラグナロクに勝利するくらいなら、現状のラグナロクを戦い続ける方がましだからな」
どうやら、ルシファの魔王に対する嫌がらせらしい。魔界の連中は、全然一枚岩ではないようだ。
要するに、このまま俺が魔石十二宮を集めてユグドラシルを起動すれば、大結界が消え、三界が繋がり、その結果この地上が混沌に陥ってしまうという事――
「……それがどうした」
「なんだと?」
小さい声でぼそぼそとつぶやくと、ルシファが聞き返した。俺は顔を上げると、今度は強い口調で言い切った。
「元の世界に戻れるのなら、この世界がどうなろうが関係無いな」