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放課後RPG  作者: グゴム
5章
40/100

40 ネクロマンシー

          挿絵(By みてみん)            

40


 状況は最悪だ。出来る事ならとっとと逃げ出したい所だが、唐松の後ろで気絶しているよこたてを見捨てて逃げる訳にも行かない。


 とりあえず、ここは穏便に話し合ってみるか。


「唐松、久しぶりだな」

「久しぶりだね、一橋ひとつばし。元気そうじゃないか」

「まあな。王子の所からを離れたとは聞いていたが、ヴァナヘイム教国に来てたのか――いや、ちがうな。そいつらを連れているという事は、エ・ルミタスにいたのか」


 生気のない様子の赤銀騎士――クロリスとデアリガに目を向ける。二人は石内よりも生前の状態に近いようで、真っ白な顔色と光の無い眼以外は、エ・ルミタスで尋問した時の姿のままだった。


「そうそう。正確にはヴァナヘイムがエ・ルミタスに攻め込んだという話を聞いてからだ移動したんだけどね。よこたてさんがエ・ルミタスにいる事は知っていたし、これは何かあると思ってね」

「それなら姉御に会いに来ればよかったのに。歓迎したぜ、きっと」

「うーん……一橋ひとつばしならわかってくれると思うけど、俺は王子やタクヤとは違うんだよ。馴れ合いには興味ない。この【ネクロマンシー】さえあれば、俺には仲間なんか必要無い――だろ?」


 そういって唐松は、隣にいる女の赤銀騎士の肩を抱く。その女――誇り高き女騎士クロリス・ヴァナヘイムには、もやはその手を払う意思が残っていなかった。


「目的は有用な死体だったからね。戦争が起きたって事は、人も沢山死ぬ。それ目当てでエ・ルミタスに向かったんだ。結果は予想以上だったよ。大量の魂をゲットできたし、あのヴァナヘイム近衛騎士団の内、二人も捕らえられていた。お前らが教国に行った後、二人とも殺して魂を奪ってやったってワケ」


 唐松は、悪びれる様子も無く言った。


「……一昨日の襲撃。あれも唐松、お前の仕業か」

「そうだよ。最初はこっそりやろうと思ったんだけど、まさか一橋があんな時間まで起きているとはねー。石内一人じゃ、一橋ひとつばしよこたてさん2人を相手に戦っても勝てそうにないし、すぐに遠隔操作リモートを解除したよ」


 どうやらこいつの言う遠隔操作リモートでは、操作を放棄すると【ネクロマンシー】で具現化させたアンデッドは消えてしまうらしい。だからさあきのレーダーでも探し切れなかったのか。


「三好達の所にも忍び込んでみたけど、こっちは単純に警備が厳しすぎて無理だったね――まあ、それはいいや。それより今日だよ。朝から様子を見てたら、なんかお前らなんか殺し合いを始めちゃってるじゃん? 俺得だよー! 勝手に近衛騎士団全員とヴァナヘイム教皇、それにあのよこたてさんまで共倒れになってくれた。こんな強力な死体がこんなに大量に手に入るなんて、本当にお前らには感謝するね!」


 徐々にテンションが上がってきたのか、尻上がりにペースを上げて喋りだした唐松。あまりの冗舌っぷりに、開いた口がふさがらなかった。


 自分からペラペラとしゃべる奴は、大体最初にやられてしまうのが相場なのだが、残念ながら今回は、唐松の圧倒的優位は揺るがない。俺も三好も、手持ちの戦力を使い切っている。完全に不意を突かれてしまっていた。


 やれやれ――唐松まで教国に来ているとは、まったく存在を見落としていた。考えてみれば、一昨日の侵入者についての答えが出ていない事を見落としていた。どうせ三好たちの仕業だろうと勘違いしていたか。


 罠にかけようとしている時が一番罠にかかりやすい――せめて、もうちょっと気が付くのが早ければな。



「という事で、どっちがいい?」


 唐松は、俺達を見渡しながら言った。俺達は一段高くなった祭壇前にいるので、唐松を見下す様な格好だったが、立場は完全に逆となっている。


「……”戦う”か”逃げる”か、て事か?」

「なに言っているの。”従う”か”死ぬ”か、だよ。大人しく奴隷になるなら、まあ考えてあげるけど、そうでないなら殺して魂をいただいたほうが便利だからね。あ、更科さんが奴隷になってくれるなら、大歓迎だよ」


 そう話す唐松の姿には、一切の悲壮感は感じられない。クラスメイトである俺達を、簡単に奴隷にするとか殺すとか言い放つとは……


 こんな奴だったとはな――それが素直な感想である。他の二人も思う所があるのだろう。俺達はそれぞれ無言で、唐松を睨みつけていた。



 しばらくの沈黙の後、唐松は呆れるようにため息をつく。


「……だんまりか。じゃあ、先に用事を済ませておくから、その間に考えてね」


 唐松はキョロキョロと周りを見渡し、腹をぶち抜かれて死んでいる友森に目を止めると、おもむろに右手を開いた。


 その手から現れたのは、薄気味悪い紫色の触手だった。それは友森の体に突き刺さり、うごめきながら死体に入り込んでいく。その大きさと量は、すぐに死体の体積を超えた。触手はしばらく生き物のように脈動しながら、すでに意識のない友森の体のなかで這いずり回った後、やがて友森の体から青い炎の様な物体を引きずり出した。


 唐松は触手を引き寄せ、炎を手元に収めると、躊躇無くそれを握り潰す。吐き気のする――悲鳴のような破裂音が響いた。


「まずは友森ね。【精神制御】だっけ? 俺のスキルとかぶっちゃってる所があるから、あまり使えそうに無いけど。ま、いっか」


 今のがおそらく【ネクロマンシー】――その第一段階である死者の魂を捕らえるとか言うプロセスか……触手で魂を抉り出すとか、まったく趣味が悪い。

 

「くそっ」


 三好が悔しそうに声を上げる。まあ俺ですら、気分が悪い。殺されたあげくに、魂まで捕縛され、死んでからも強制労働なんか――さすがごめんだな。


「クー……どうするの?」


 さあきの不安げな質問に、俺は小声で答えた。


「姉御だけ回収して逃げるぞ」

「え、でも……」


 どうやって――さあきはそうつぶやいた。


そんな事、俺にもわからない。まず、あのアンデッドの群れを抜けて唐松を倒すのは、恐らく不可能だ。戦力差がありすぎる。他に思いつくのは【死】【死の凝視】で睨み殺すと言う手だが、唐松の頭上に見える死へのカウントダウンはおよそ3000――こんなに多いのでは、0になるまでに唐松は俺達を殺してしまうだろう。間に合わない。


 ただ、唯一の望みは姉御がまだ死んでいないという事実だけだ。


 あの【ネクロマンシー】の正確な仕様は知らないが、おそらく対象が死んでいなければ、魂を捕らえる事なんか出来ない――これは確実だ。そうでなけりゃ、わざわざ姉御達の戦闘が終るのを待ったりしないからな。


 それにさっきの様子だと、あの触手を出している間は唐松に隙ができる。狙うなら、姉御に触手を出して【ネクロマンシー】が不発に終わる――そのタイミングしかない。


「姉御にさっきの触手を出した時、突っ込むぞ。俺が唐松を牽制しながら、姉御を回収するから、二人は援護してくれ」

「うん」

「わかった」


 さあきと三好は小さく頷いた。



 唐松が大きく右手を掲げる。勝ち誇るように開いた右手から、大量の触手が現れ、ヴァナヘイム教皇とトリヴァ達近衛騎士団、そしてよこたてに向けて勢いよく伸びていく。


 その瞬間、俺達は飛び出した――唐松が、顔だけをこちらに向けた。


「そうか。死んで復活リアニメイトさせられる事を選んだんだね――ご苦労様」


 気が狂ったような目と、裂けるようにつり上がった口角。そんな寒気を感じる笑顔を見せながら、唐松は呼び出したアンデッド達――石内と赤銀騎士二人を、俺達に向けて繰り出した――


 アンデッドは使役してきたが、唐松本人は一歩も動こうとしない。やはりあの触手を出している時は動けないようだ。今のうちになんとか近づいて一撃加えたい。そしてよこたてを助けて、さっさととんずらだ。


「さあきは斧使い! 三好はレイピア使い! なんとか数秒持たせろ!」

「任せて!」

「ああ!」


 気持ちの言い返事が返ってきた。俺の相手は、唐松の前に立ちはだかる――もうそろそろ見飽きてきた石内だ。



……



 勝負は一瞬。先程の闘いで石内こいつの倒し方は分かってる。要するに、急所である胸部に埋め込まれた魔石へ、二重に握った短剣を差し込めば、【一撃死】が発動して一発で昇天させられる。


 他のアンデッド騎士達は普通に刺せばいいのだろうが、さすがに一度に三人の胸部を抉っているような時間はない。だいたい唐松を倒さなければ、こいつらはまた復活させられるんだ。唐松への直線ルートを塞いでいる石内を瞬殺して、そのまま唐松をぶちのめす――そうしなければこの場から逃げ切るのさえ難しい。


 俺は先程と同様、投げナイフを仕込んだ死神の短剣を構えた。


 素早く懐に入り込む――石内の大きく振りかぶられた左フックを、地面に這いつくばるようにしゃがんで避け、そのまま無防備になった石内の胸部に狙いをつけると、全身のバネを使って飛び上がった。


 二重のナイフを逆手に持って――



 短剣は、石内のみぞおち辺りから胸部を通り、右肩口から上方へと抜けた――だが、その間一切の手応えが感じられなかった――隠し持った投げナイフですらも、水を切ったような感触の無さだった。


 失敗はずした――


「くそっ!」

「……」


 攻撃失敗ミスを感じ取った俺は、すぐに作戦を変更し、石内を飛び越えてそのまま唐松の場所を目指すことにした。もう――時間がない。


 だが、その判断は許されなかった。石内は無言で俺の足首を掴むと、勢いよく地面に叩きつける――続けて巨大な篭手に包まれた拳を振り下ろした。


「ぐはっ……」


 今までに体験したことのない衝撃が、腹の上で炸裂した。



 いってぇ……なんだこれ。息ができない。いや、まて、早く脱出しないと――



 瞬間、ガン――という音が頭の中に響く。一瞬何が起きたのかわからなかったが、目の前の風景が高速で移動しているのを見て、自分が吹き飛んでいる事に気が付いた。


 不思議と、無音と無痛のスローモーションとなった世界が滑らかに目の前を流れていく。次に音が戻ったのは、祭壇へと続く階段に勢いよく激突した時だった。


「いってぇ……」


 全身が、痛みで悲鳴をあげる。朦朧とする意識の中、なかばクセになってしまっているHPチェックを行うと、今の攻撃で半分近く減少してしまっていた。


さらに握り直そうとした短剣が、地面へと転がり落ちる。どうやら肩口から階段に突っ込んだらしく、右肩から先に一切の力が入らない。


「クー!」

「クー……」


 見ると、他の2人もそれぞれ赤銀騎士によって捕らえられていた。よこたて奪取は、完全に失敗だった。



「本当にご苦労様。ちょっと待ってね。すぐに復活させてあげるから」


 唐松の触手は、すでに姉御たちの体に食い込んでいた。どろりと脈動するそれは、まずはヴァナヘイム教皇――次に赤銀騎士達の体内から青い炎を取り出すと、唐松は彼らの命の塊であろう炎を手に寄せ、一度に砕いた。


 再び筆舌しがたい不快な音が、聖堂中に響いた。



「……ん。おかしいな。よこたてさんの魂が捕まえられない? 確かにHPは0なのに」


 唐松が首をかしげる。やはり【デストラクト】によってHP0となったよこたてを、すでに死亡していると勘違いしている。しかもどうやら、HP0でも死なない法則ルールを知らなかったらしい。


 だが、唐松はその事実にすぐに気がついた。


「ああ。死んでいないのか。あの自爆技、死亡するわけじゃないのね」


 そう言って、唐松は右手を動かし、よこたての体から【ネクロマンシー】の触手が引き抜く。



 万事休す――後は石内にでも、よこたてと俺達を皆殺しにさせればお終いだ。


 死亡――か。まあ、死んだら冥界に行くはずだから、あの無邪気な死神少女とまた会えるだろう。すぐに唐松に引き戻されてしまうかもしれないが――



 負けを覚悟したその瞬間、信じられないものを見た。姉御の体から引き抜いた唐松の触手に、銀髪の少女が掴まっていたのだ。






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