39 透過
39
唐松越後。男。出席番号7。ペチャクチャとよく喋り、一々言い方が鼻に付く嫌味なやつだ。性格というか、タイプが合わないので俺はあまり好きではない。
この世界に来た最初の日、俺はさあきに命じてクラス全員のユニークスキル(正確には石内はその時点で死んでいたので石内以外)を確認した。そしてその中のひとつに【ネクロマンシー】というスキルがあった。
死霊術。よくある死体を操る感じのスキルなのかな――と、その時は思った。その後、俺はタクヤと共にすぐクラスメイトと分かれてしまったため、結局詳細は知らないままだった。
そのスキル【ネクロマンシー】を持つクラスメイトが、唐松である。
『唐松が死んだ石内をアンデットとして生き返らせた。その際、冥界にいた石内が地上に引き戻されてしまった』
そう考えれば、石内が冥界からいなくなってしまった理由を説明できる。そしてヘルが言っていた、冥界で最近増えているという人間の脱走――これも唐松が死人を生き返らせている事が原因なのではないか。
俺の考えが正しければ、この近くに唐松がいるはずだ。このゴタゴタに乗じて俺達を殺し、スキル【ネクロマンシー】の素材とするために。
……
鈍重な動きから放たれる拳。金属製の篭手に包まれたそれは、すでに血に染まっていた。俺は石内の攻撃を、体を引いて避け、カウンターに短剣を胸に突き刺した。
しかし短剣からは一切の手ごたえを感じない。煙のように石内の体を突き抜ける短剣。柄を持った右拳が、石内の腹部に引っかかって止まったので、それを反動にあわてて引き抜き、敵の攻撃範囲から脱出した。
先ほどから、何度もこの応酬を繰り返していた。まったく、本当に攻撃が当たらない……
逆サイドから、三好が――恐らく教国の宝剣か何かであろう、えらく豪華な片手剣で切りかかる。俺に意識を取られていたのか、反応が遅れた石内はその刃を肩口に喰らいHPが減少させる。
だが三好の渾身の一撃だけでは、アンデッドである石内の肉体を傷つけるには非力すぎた。
「うわぁ。かったいなー」
三好が感心したようにつぶやく。そう、石内のHPゲージはまだまだ大量に残っている。このアンデッド化している石内は――【透過】抜きにしても、かなり打たれ強いようで、今のように何とか攻撃を当ててもなかなかHPが減っていかない。まったく、本当に面倒なやつだ。
しかし、やり方が無いわけでは無い。今までの戦闘からわかった事もある。俺は、石内の射程から脱出した三好に話しかけた。
「三好。お前確か【土術】は使えるよな」
「ん? まあ一応」
「それじゃあさ、【デザートストーム】を使ってから、しばらく一人であいつの相手しといてくれ」
「しばらくって、どれくらい?」
「20秒くらい」
「……なにか作戦が有るの?」
「ああ。しばらくひきつけてくれれば、俺が一撃で終わらせてやる」
「ほんと? ……あんまし接近戦は得意じゃないんだけど……まあやるしかないね」
三好は少し不満そうだったが、結局言われた通り【土術】【デザートストーム】を詠唱し、石内に向けて走り出した。小さな砂つぶてが大量に巻き起こり、周囲を砂嵐が覆う。この【デザートストーム】は、ダメージはほとんど期待できないが、視界を奪って戦闘環境を悪化させるという性質を持つ、妨害魔術である。
石内のユニークスキル【透過】――この面倒なスキルは“対象を選んですり抜けている”という事実はすでにわかっている。さらに、今までの戦った感じからもう一つわかった。すり抜ける対象というのは、かなり細かく決定しているという事だ。
例えば、先ほどのように単純に正面から石内の短剣で刺すと、短剣だけ通り抜けて、短剣を握り締めている俺の拳はすり抜けない。これは石内が、短剣だけをすり抜けの対象とし、俺の拳は対象にしていない――もしくはできないのだろう。
俺は前者だと考える。理由は俺まですり抜けるように指定すると、自分の攻撃まで当たらなくなってしまうからな。
石内はおそらく、危険な攻撃だけをすり抜けて、むやみに何でもはすり抜けないようにしているのだろう。それは【透過】というスキルの制限なのか、石内自身の考えなのか、までは知らないが。とにかく石内が無敵なのは、武器による攻撃に対してだけ。しかもそれは石内自身が選択している――そこまでわかれば、対処法はいくらでもある。
要は、バレなければ良い。それはいつも、俺が【一撃死】を狙う時にしている事と同じだった。
巻き起こる【デザートストーム】による砂嵐の中、三好と石内は交戦を続けている。俺はその好きに、石内の背後から徐々に近づき、あと数歩の位置まで気付かれずに近づくと、急所である胸部に狙いを定めて一気に飛びかかった。
一発で決めてやる――急所は胸の中心だ。背後から打ち抜いても問題ない。振り向くんじゃねーぞ。
「……」
「っち!」
だが、俺の心の声が聞こえたのか、石内は素早くこちらを振り向いた。そして短剣を一切避けようとせず、攻撃を胸部で受けとめてしまう。
短剣が、一切の抵抗無く石内の体を通り抜ける。たしかに石内の胸の中心に、それは突き刺さった。だがその感覚は、水を切ったような手ごたえの無さだった。
石内が右手を振り上げる。懐に入って硬直している俺に、致命傷となる反撃を加えるために。
「クー!」
さあきが、必死な声で叫んでいた。
「オオォォォ……」
しかし次の瞬間、石内は大きく唸った。手を振り上げたまま、動きを止める。光の無い眼を見開き、さらに大きな唸り声を上げると、やがて光に包まれ消滅してしまった。
【一撃死】が発動していた。ありとあらゆる攻撃をすり抜ける【透過】と、アンデッド特有の打たれ強さを持った石内は、【透過】を用いた故に短剣攻撃を受け止め、アンデッドであるが故に【一撃死】を急所に貰って即死した。
やれやれ。どうやら上手くいったようである。
【デザートストーム】の効果が切れたのか、砂嵐はいつのまにか収まっていた。三好が不思議そうな顔をしながら近づいてくる。
「今の、クーのスキル?」
「まあ……な」
「一撃はすごいね。どういうカラクリなの?」
「っは。まあ詳細は教えられないが、タネはこれだ」
そう言って、右手をひらひらと振る。そこにはいつもの短剣と共に、小さな投げナイフを同時に握りこんでいた。
そう。二本の短剣で刺しただけ。だが、死神の短剣にくらべて投げナイフは小さいから、いつもの持っている短剣と同時に使用したら、影に隠れてかなり見えづらくなってしまう。
良く見ればすぐ分かるのだが、突然――しかも高速で動かされたら、一本にしか見えないからな。目論見どおり、いつも使っていた死神の短剣だけすり抜けてくれたようで、隠し持っていた飛びナイフのほうは普通にヒットした――そして急所に短剣攻撃が当たったので【一撃死】が発動したという訳だ。
ちなみにこの攻撃――以前、タクヤと一緒にいた頃に思ついたやり方である。何回か迷宮で試してみたのだが、普通の敵だと、この隠しナイフ攻撃では【一撃死】は発動しなかった。理由は不明だが、おそらく俺の“攻撃”自体は認識されてしまっているからだろう。今回の石内はアンデッドだから、認識されていても発動したのだろう。
何はともあれ、なんとか石内を撃退した。後は、本体だけだ。
離れた場所で唐松を探していたさあきが、戦闘が終ったのを見てパタパタと近寄ってきた。
「クー! 唐松君――いたよ!」
「どこだ」
「あそこ……」
十の【デストラクト】によって、全員が巻き添えになった大聖堂の中央で、唐松越後は不適に笑っていた。
……
「やあやあ。みんな。久しぶり。そして、お疲れ様」
ウェーブをかけたような強いくせっ毛に、すらりと長い手足。黒のローブとマントに身を包んだかつてのクラスメイト――唐松はニヤニヤと勝ち誇った顔で言った。
見ると唐松の隣には、二人の騎士が寄り添っている。
それは、エ・ルミタスの街で捕らえた赤銀騎士――巨大な両手斧を構えたデアリガ・ヴァナヘイムと、流麗なレイピアを持ったクロリス・ヴァナヘイムの二人だった。二人とも、石内の奴と同じく真っ白な顔色と光の無い眼をしていた。
次に唐松は、懐から魔石を取り出して胸の前に掲げると、ぶつぶつと何かをつぶやいた。瞬間、魔石を包むように脈動する巨大な物体が現れる。禍々しくて毒々しい、悪魔の心臓の様な紫色の塊だった。
しばらくしてその物体はどろりと気持ちの悪い液体を噴出して、破裂した。その塊の中から現れたのは、先ほど倒したはずクラスメイト――石内だった。
「はぁ……?」
思わず、アホみたいな声を出してしまう。いやちょっと石内さん――復活早くないですか?
唐松は、得意げに説明し始めた。
「これさ、【ネクロマンシー】っていうんだ。魂を捕まえて、魔石を媒体に復活させる。操作は基本的に自動だけど、遠隔操作もできる。なにより便利なのは魔石さえあればいつでも蘇生できて、いつでも解除できる点かな」
ふざけんな。つーことは、唐松自身を殺さないと意味が無い。死体の方を殺しても無意味ってことかよ。
落ち着け。状況を整理しよう。
三好は相変わらず共闘してくれそうだが、余り戦闘が得意ではない事は、先ほどの戦いからわかっている。さあきの奴も、三好に毛がはえた程度の戦闘力だ。基本的に、あまり役に立たない。
やっぱり頼みの綱は姉御なのだが……あいつはまだ【デストラクト】による気絶状態から起き上がれていない。トリヴァやヴァナヘイム教皇にいたっては、生死も不明だ。
つまり、こちらの戦力は俺とさあきと三好の三人。しかもまともに戦えそうなのは俺だけ。あちらは唐松本人に石内と赤銀騎士×2のゾンビ組。しかも、どうやら唐松を殺さない限り【ネクロマンシー】で、何回でも死者を蘇らせられる――か。
あれ、詰んでね?
【土術】【デザートストーム】
HP消費・中。周囲に魔法の砂嵐を発生させる。