38 乱入者
38
乱入してきた正体不明の男が、友森の腹から突き出た右手を引き抜いて、その場に放り捨てる。地面に叩きつけられた友森の体からは、よく振ってから栓を抜いた炭酸飲料の様に血が噴きだした。
先日と同じく、頭からつま先まで全身を覆い隠すような外套に身を包んだ侵入者が、気持ちの悪い――吐き気のする様な動きでこちらを振り向いた。
「なっ……」
言葉を失う俺を無視して、侵入者は血に染まった篭手で拳をつくり、倒れこむように走り出した。
次の狙いは、俺の数歩隣で十の戦いを見守っていた、さあきだった。さあきは三好と同じく、【デストラクト】に目を奪われており、その男の接近に一切気が付いていない。
「さあき!」
「え?」
短剣を引き抜き、二人の間に割り込んで敵の殴打を受け止める。金属製の篭手と、材質不明の死神の短剣とぶつかり、鈍い音を上げて弾けた。そのまま、さあき共々数メートルほど吹き飛ばされてしまう。
「うわぁぁ! なになに!?」
突然の事態に、恐怖と混乱の悲鳴を上げるさあきを庇いつつ、すぐさま体勢を整えて侵入者と対峙した。
さあきはその時点でようやく侵入者を認識する。知らぬ間に自身が攻撃されていた事を知って顔を青くしていた。同時に、三好がこちらの異変に気が付く。
「え……なんでモーリーが」
「おい! 三好! どういう事だ! こいつはお前らの手下じゃねーのか!?」
三好は乱入者の姿を確認し、困惑した様子で言った。
「し……知らないよ。初めて見た」
知らないだと? こいつは先日の――深夜に俺達を襲った侵入者だ。三好達の手下だとばかり思っていたのに。
意味がわからない。こいつは一体なんなんだ。なんで、友森が殺されているんだ。
「……お前、何者だ?」
俺は、先日と同じ質問を繰り返した。前回はおそらく三好達の手のものだろうという当てがあったのだが、今度は違う。本当に何者かわからない。
乱入者は返事をする代わりに、無言のまま外套のフードをあげた。そこにいたのは、思いもよらない奴だった。
「なっ……?」
死んだはずのクラスメイト――石内鏡生がそこにいた。
……
「さあき! 【解析】しろ!」
「うぇ!?」
さあきを抱きかかえると、そのまま大きくバックステップして石内から距離をとる。その際【スローイングナイフ】を用いて、飛びナイフを数本投げつけてみたが、その刃は石内の体を通過し、壁や地面に突き刺さるだけだった。
そういえば先日、宿に侵入してきた時も、たしかドアを通り抜けてきた。どうやらなにか厄介なスキルをもっているようだ。
そいつの外見は、確かに石内だった。短髪に、度が強そうな黒縁の眼鏡。すこし太り気味だが、がっしりとした体つき。どれも元の世界の教室でよく話した石内のそれだ。
だが、雰囲気がまったく異なる。目に光は無く、顔色は悪いを通り越して真っ白だ。関節は気持ちの悪い方向に曲がりくねり、時折苦しそうなうめき声まで発している。とてもまともな様子ではない。
なにがなんだかわからない。だが、こいつは明らかに敵意を持って俺達の前に現れた。本当に石内なのかどうかよりも、この状況をどうにかするほうが先決だ。
「三好。緊急事態だ。こいつを何とかするぞ。手伝え」
「……」
見ると、三好は言葉を失い呆然としていた。視線の先には、腹に大きな風穴を開られ友森が、血溜りの中に横たわっていた。
「三好!」
「っ! あ、あぁ!」
さらに強く呼びかけると、三好は意識を戻した。腰に差した片手剣を引き抜いて、半身に構える。
「おい、お前がやるのかよ。他の教国の兵士とかで、使える奴はいねーのか」
「……無理だよ。モーリーがやられちゃったもん」
三好は困った様に言った。
「エ・ルミタスでは、お前が指揮していただろうが」
「あれは、モーリーが僕の言う事を聞くように近衛騎士団に命令してだけだ。モーリーがあんな事になっちゃったから……」
一度言葉を切り、うつむく――そして大きく息を吐いた後、続けた。
「だからたぶん、モーリーの【精神制御】は全部解けちゃった。この街の人はもう、僕の指示なんか聞かないよ」
「三好……」
三好はかなり落ち込んだ様子で言った。口では非現実世界とか言っていたが、実際に目の前で親友が殺されたのだ――さすがにショックなのだろう。
だが、今は感傷に浸っている場合じゃない。
「お前の【扇動】は使えないのか? 外に兵士は待機しているんだろ。大群なら【扇動】で操作できるだろうに」
「使えない――というか使う意味が無い。これは人を操る類のスキルじゃないんだ。例えば【バーサクモード】で周辺の人を狂戦士にしてみてもいいけど、この状況だと僕らまで攻撃されちゃう。細かい命令なんて、一切出来ないからね」
っち――思っていた以上に変なスキルだ。本当に戦闘じゃ役に立ちやがらねぇ。
「クー! あの人、やっばり石内君だよ。レベルは38で、STRが高いよ」
「ユニークスキルは?」
「【透過】――能力は『あらゆる物をすり抜ける事が出来る』だって!」
おーけー。つまり、あいつは色んな物をすり抜ける事ができるって事ね。先日の出来事も、さっきのナイフが当たらなかったのも、その【透過】ってスキルの仕業だな。
試しに風の刃を放つ風術の基本魔術【ウインドカッター】も使ってみたが、石内は一歩も動くことなく――避けようともせずに、風の刃をすり抜けてしまった。どうやら、物理攻撃だけではなく魔術攻撃もすり抜けられてしまう。
あっちの攻撃はガードをすり抜けるだろうから、一発でも武器で受けようとすれば致命傷になるだろう。それに、こっちの攻撃はすり抜けられて一切当たらない――なかなか便利そうなスキルだ。
敵の攻撃は全部回避する方向で何とかするとして、問題はこっちの攻撃。攻撃を当てるどころか、触れることさえできないとなると倒しようが無い。
いやまてよ……さっき俺、こいつに触ったぞ? さあきを守る時に。ガードなんかすり抜ければよかったのに。そうすれば、俺とさあき――まとめて始末できたはずだ。
それにあいつ、前に宿に侵入してきた時にも、俺の攻撃を喰らっている。あの時はドアをすり抜けて来た所を、普通に横から蹴っただけなのに、確かにそれはヒットしていた。
要するに――
「2人とも。攻撃する時は、タイミングを合わせて同時に襲うぞ」
「えっ?」
「どういう事?」
さあきと三好が、同時に顔を向ける
「おそらくこいつ……自身の判断ですり抜ける対象を選んでいる。認識できない――もしくは気がついてない攻撃には、【透過】は発動できないんだろう。それなら、同時に別方向から攻撃すれば避けきれない」
石内は自分自身を【透過】させているのではなく、攻撃やら物体やらの対象を選んで、それらを【透過】しているという事だ。自分自身を【透過】させているとすれば、先ほど攻撃も一昨日の夜も、わざわざ俺と接触する必要なんか無いからな。
「なるほどね。無敵ってわけじゃ無いってわけね」
三好が頷いた。
「そういう事。さあき、あいつの急所は普通の人間と同じだろ?」
「いや待って、心臓……じゃないよ。胸の辺りにあるなんだろう、魔石かな?」
「魔石?」
「うん。なんか胸の中心に埋め込まれているみたい。それとクー、石内君バッドステータスに”アンデッド”ってある」
「なに?」
チャンスだ。骨やゾンビやらのアンデッドならば、なぜか俺のユニークスキル【一撃死】が急所を攻撃するだけで発動するはず。これは思ったよりも楽に倒せ……っ?
その時、俺の頭にある疑問がよぎった。今、なんて言った? ……”アンデッド”だと? 死んだはずの石内が、”アンデッド”として復活したって事か?
なぜ? どうやって?
たしか、死んだはずの石内が……という話を以前どこかで聞いた――そうだ、魔界に行った時だ。魔界での死神ヘルとの会話。あの骨少女は、俺が石内について尋ねた際にこんな事を言っていた。
『イシウチアキオという人間は、確かに冥界に来ていたようだが、すでに去っておるようだ』
冥界からの脱走――あの時はヘルが言っていたように、石内は冥界から魔界へ逃げ出したとばかり思っていた。
だが、それは間違いだ――石内は地上に、アンデッドとして復活させられていたのだ。しかも、この世界に来て死んだ石内の事を知っているのは、当然俺達クラスメイトだけ――
俺にはそれが可能な奴に、一つだけ心当たりがあった。ネクロマンシーのユニークスキルを持つクラスメイト――
「さあき。近くに唐松、唐松越後がいないか探せ」
「か、唐松君? なんで……」
「いいから探せ! 周囲の警戒も忘れるな。石内は――俺達がやる。いくぞ三好」
「よくわかんないけど……とりあえず、こいつは許さない。モーリーの敵討ちだ」
俺は、三好と共に一歩前に進み出た。