37 三好哲也
37
【爆術】を使って花火のように派手に戦う十に対し、高度に訓練された連携と戦闘技術を駆使して優雅に戦う近衛騎士団。依然として姉御とトリヴァ達――赤銀騎士との戦闘が大聖堂の広間を舞台として繰り広げられていた。
そんな戦闘を、子供のように楽しそうな目で見つめる男がいる。今回の事件における首謀者の一人、三好哲也だ。
「すごい! こんなの映画でも見たことないよ!」
先ほどから三好は拳を握り、声を上げながら戦闘を観戦していた。心配そうな表情で、おろおろしながら戦況を見守っている友森とは大違いだ。
その様子は、心底この戦闘を楽しんでいるようだ。この状況を見世物――ショーのように考えているのだろう。
「三好」
「――っ? なに、クー?」
そんな三好に声をかける。ここからとんずらする前に、こいつには聞いておきたい事があった。そもそもの発端、エ・ルミタスでの事件についてだ。
「あのエ・ルミタスへの侵攻はお前が考えたのか?」
「うん? そうなるのかな。モーリーが十さんを【精神制御】したいって言うから、僕が近衛騎士団と兵士を借りて出向いたんだよ」
「目的は姉御を怒らせて、教国におびき寄せるためだな」
三好は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「あらら。さすがクー、お見通しだったか。そうだよ、姉御さん怒っていたでしょ?」
「じゃあ何で街の人まで攻撃したんだ――姉御を怒らせるだけなら、無関係な人を巻き込む必要は無かっただろ」
その質問に対する三好の答えは、ひどく単純だった。
「え? なんでって、そりゃ楽しそうだったからだよ」
三好は本当に無邪気に、なぜそのような事を質問するのかわからないといった様子で答えた。さらに続けて言う。
「所詮、NPCでしょ? 関係ないじゃん」
NPC――ノンプレイヤーキャラクター。人が操作するキャラクター以外の、ゲーム中の住人を意味するゲーム用語だ。
「NPCだから、殺しても問題ないって事か」
「クーもそんな事を言うんだね。王子も似たような事を言ってたよ」
「そりゃそうだ。とてもじゃないが、この世界の人々が意思のないNPCには見えないからな」
俺はまだ、この世界がゲームなのか現実なのか判断できていない。しかしこの世界の人々が、俺達と同じ意思を持った存在である事は、疑いようも無い事実だった。つまり、俺達と同じ人間なのだと思っている。
しかし、こいつはその様には考えていないらしい。
「だって、せっかくこんな非現実世界にきたんだよ? もっと好き勝手しないともったいないよ」
三好にとって、あの虐殺は現実感なんて何も無い、ゲームの世界の話だったという事か。ただ単にやってみたかっただけ。ひどく自己中心的な論理。
だが、俺には三好を責める事は出来なかった。俺もすでに――ある程度不可抗力だったとはいえ、この世界に来てから人を殺してしまっているのだから。
結局、三好は三好なりにこの世界を楽しんでいるだけだ。勿論、楽しみ方の趣味は余り感心できない。しかし、他人の迷惑を省みずに楽しんでいるという意味で考えれば、俺や十――そして帝都でチートビジネスを始めようとしているタクヤや、自分勝手に魔界に行ってしまった六道などと、大して変わり無いのではないか。
それぞれが好き勝手、この世界を楽しんでいる。それはもう、仕方が無い。ただ俺は現実世界に戻る為に動くだけだ。
さあきとの約束もあるしな。
……
十は苦戦していた。三人の赤銀騎士は前に戦った奴らよりも格上のようだし、そもそも3対1は単純にきついらしい。
基本的にタイマンの場合は、超接近戦での肉弾戦を好む姉御だが、複数を相手する場合は、【爆術】【ボムド】による爆弾化を多用する中距離ファイターとなる。特に先日、ワイバーンを一掃した粉爆弾を多用し、三人が協力できないように上手くけん制していた。
だが基本的にはそれは、今回のような強敵相手では時間稼ぎにしかならない。随分と長い間、両者の削り合いが続いていた。
「あーーーめんどくせぇ!」
一向に減らない敵のHPに業を煮やしたのか、十が大声を上げた。ここまで硬直状態が続いていたが、ついに姉御の忍耐力が底をついたようだ。何本目かわからない高級ポーションを一気飲みすると、スイッチが入った様に赤銀騎士の一人に向かって突撃を開始した。
無防備に走りこむ十を、容赦なく敵の攻撃が襲う。それにもかまわず、姉御は目標としていた騎士の一人に飛び掛った。騎士の迎撃――そいつの獲物は槍だった――をトンファーで叩き落すと、右手を伸ばして騎士の兜を鷲づかみにしてしまう。
――ドン!
次の瞬間、手にした兜が騎士の頭ごと爆発した。黒焦げになった兜が脱げ、絶命した赤銀騎士の顔があらわになる。
「はっはー! 残り二人」
そう言って十は、黒焦げになった死体を投げ捨て振り返った。その顔は、ぞっとするほどに楽しそうだった。
【光術】【ウォールオブソード】
その時、透き通った少女の声が響き渡った。手を組み祈るようなポーズをとった教皇ヴァナヘイム15世が、いつの間にか十達が戦っている中央広間に降り立っていた。
瞬間、十の周囲に現れる大量の光の剣。剣は壁を作る様に姉御を取り囲み、その厚さを二重三重と増していく。これはエ・ルミタスで見た事がある。あれはやはり【光術】だったようだ。
【光術】は、この国では【神術】とも呼ばれている。二対魔術の一つで、魔王アンラによるとその使い手は人間の中にはほとんどいない。その【光術】の、異世界人である王子を除く人間唯一の使い手が、教皇ヴァナヘイム15世だった。
しかし、あらためて見てもこの【光術】【ウォールオブソード】は隙が少ない。取り囲む壁には隙間なく光の剣が敷き詰められており、逃げ場が無いのである。
ではどうすればいいのか。対抗手段はひどく単純だ。一方向に突進してしまえばいい。そうすれば、刺さる剣の数は前面からのみとなり、ダメージは最小限に抑えられる。
中心にいる自分を押し潰すように配置されていく光剣の壁に、姉御はまったく怯もうとしなかった。剣が動き出す前に、自らと同じ高さに降りてきていた教皇に目掛け、猪のように突進したのだ。
「教皇! てめーだけは、許さねえ!」
十の怒号が聖堂中に響く。足元を爆発させ、一気に教皇との距離を詰めた。それと同時に光の剣は配置を終え、一斉に襲い掛かった――が、十に当たったのは、前方に配置された一部の光の剣だけだった。
あの脳筋女が、頭を使ったわけではなかろうが、俺が考えていたダメージの受け方と同じ形になった。結果、十は不意打ちに近い【ウォールオブソード】のダメージを最小に抑えつつ、一気に教皇との距離を詰めることに成功したのだ。
だが、近衛騎士団は予期していていたようで、しっかりと教皇の周囲を固めていた。一人減ったが、長であるトリヴァは健在である。先ほどの無茶と、最小限とはいえ光の剣により剣山となった十は、すでにHPが3割ほどに落ち込んでいた。そんな残り少ないHPで、赤銀騎士たちの中へ飛び込んでいく。
使うなら今だぞ、姉御――
そんな俺の心の声に応えるように、十うらなはニヤリと笑った。
手にしたトンファーを投げ捨て、HPの底まで【ボムズ】によって爆弾化された粉を撒き散らす。急激に減少するHPバー。十は、気が狂ったように目を見開きながら、高らかに詠唱した。
【爆術】【デストラクト】
閃光と共に、巨大な爆発が巻き起こった。
……
姉御の【爆術】【デストラクト】。自身を中心に強力な爆発を引き起こし、使用した後はHPが0になり意識を失う攻撃魔術だ。要するに自爆技であり、強力な威力を持つ代わりに使った後は無防備をさらけだすという、わかりやすい魔術である。
【ボムド】で爆弾化した物体をHPの限りにばら撒いて、最後に【デストラクト】で大爆発を起こす。それが、姉御が絶対的に不利な状況をひっくり返す十八番だった。
「うぇ! 姉御さん。自爆しちゃったよ」
【デストラクト】の爆煙を見て、十が本当に自爆したのかと勘違いする三好。まあ、最初はそう思うわな。これ、HP0になるだけで生き残るんだよ。
さて、そろそろ逃げるか。友森と三好には悪いけど、不意打ちで一発食らわせて寝といてもらおう。そう思い、まずは友森の方を確認した。
そこには友森が、魚のように口を開け閉めしながら、絶命していた。逆さに曲がった関節を持つ男に、背後から腹部をぶち抜かれて。