35 対談
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中央神殿の一階・大聖堂。大理石のタイルと綿密に掘り込まれた彫刻と彫像に囲まれたその場所を訪れて驚いたのは、参拝者の多さだった。朝方だというのに、見渡す限りに人が参拝に訪れていたのだ。
そんな人込みに戸惑いつつも、なんとか神官らしき人に近づき、三好の名前を出してみる。するとしばらく待てと言われた。仕方が無いので目に付いた、おそらく主神オーディンであろう神像を眺めていた。
今回俺が考えている計画としては、次のような段取りである。
目的の一つは、三好と友森のスキルの詳細を得る事だ。あわよくば、近衛騎士団の連中のステータスまで把握すれば、完璧である。
それには、さあきの広域レーダーで【解析】してやればよい。この時問題になる事は、この大量の人間が集う神殿で、どうやって三好達を見つけるかという事だ。そもそも三好達がこの中央神殿にいない可能性だって、十分にありうる。
さあきの【解析】は確かに高機能なのだが、ユーザーフレンドリーで無い点が弱点である。要するに、使いづらいのだ。
目に付くたびに現れる、詳細なデータを記述したポップアップ。一つ一つマーカーに触れないと、詳細な情報を得られない広域レーダー。羅列された情報を整頓する、ソート機能も無い。
要するにさあきのスキル【解析】は、対象の詳細な情報を調べる事ができる一方、大量の情報から知りたい情報をピンポイントで調べることに向いていないのだ。あいつに調べ物をさせると、状況によっては随分と時間が掛かってしまう事があるが、今回はまさに苦手なシチュエーションだった。
というわけで、さあきの【解析】を使って三好達のデータを手に入れる為に、すこし工夫がいる。もちろん、時間をかけて虱潰しにステータスを調べていけば、いつかは見つかるかもしれないが、もっと手っ取り早い方法がある。
俺が三好達と会ってしまえばいいのだ。さあきのレーダーで俺を追跡しておいて、近かづいて来た人物を片っ端から調べていく。その状態でおれが三好達と接触すれば、確実に【解析】できる。
もちろん俺が捕まってしまう、もしくは友森の【精神制御】を食らってしまう可能性はあるが、それついては考えがある。もう一つの目的と関係する事なのだが、なんとかなるだろう。
「クーカイ様。はじめまして。ヴァナヘイム近衛騎士団の長、トリヴァ・ヴァナヘイムと申します。上の階で三好様がお待ちです。案内させていただきます」
何の気配も無く放たれた声。振り向くと長身の青年が、俺を見下ろしていた。
金色の髪に、薄赤色の法衣。柔らかい表情とは対照的に、腰に下げた立派な片手剣が、この男が屈強な神殿騎士である事を示していた。
驚いた。声をかけられるまで気がつかなかった。近衛騎士団のトップ――やっぱり、相当強いんだろうな。今はあまり関係ないか。
「ああ。よろしく頼む」
トリヴァに先導され、俺は神殿の奥へと向かった。
……
神殿上階の一室。そこには、神官たちと同じ柄の法衣に身を包んだ三好が待っていた。さらにトリヴァとは別に、もう一人の赤銀騎士が三好のそばに付き添っている。やれやれ、近衛騎士団二人が相手じゃ、さすがに逃げられないな。
だが、とりあえず三好とは会えた。目的の一つは半分クリアっと。
「クーが一人で来るなんて、予想外だったよ」
三好がニコニコとした笑顔を作りながら言った。
「悪かったな。姉御じゃなくて」
「そうだよ。なんでクー、一人なの? 姉御さんが殴りこんでくると思っていたのに」
「っは。友森はいないのか?」
もう1人のクラスメイト、友森の話を切り出す。三好は、特に警戒するでもなくい答えた。
「いるよ。上の教皇専用部屋に閉じこもってる。会っていく? クーならたぶん会ってくれると思うけど」
それだけ聞ければ十分だ。これで一つ目の目的は達せられたな。
「いや、いいや。それよりお前にちょっと話があるんだ」
「話?」
「あぁ。その為に、わざわざ一人でここに来たんだからな」
ニコニコとしていた三好の丸顔が、少しだけ真剣な表情へと変わる。三好と個人的に話をする。これが今回、一人でここに来た最大の目的だった
「まず確認だ。三好。お前、魔石十二宮を知っているか?」
「魔石十二宮……?」
「そう。力を持った魔石の事だ。ちょうどこんな感じの奴なんだが」
そう言って、俺は唯一持っている魔石十二宮、【爆破のペリトッド】を三好に見せた。三好は【爆破のペリトッド】をひとしきり眺めると、手を顔に添えて考え込む。やがて、思いついた様に言った。
「あぁ。あれか。教皇の部屋で見た事がある。でっかい魔石でしょ? あれって魔石十二宮っていうんだ。ここの人は”オーディンの心臓”とか呼んでいたけど。【鑑定】した時の名称は、たしか【波動のルビー】だったような」
「それだ。持っているなら話は早い」
やはり魔石十二宮を知っていたか。しかも持っているとは、運がいい。これなら話は簡単だ。
「三好、取引だ。十を捕まえる事を手伝ってやるから、代わりに【波動のルビー】を俺にくれないか?」
三好の目が大きく見開く。その目のまま、しばらくこちらを見つめた後、三好は言った。
「驚いたな。クーは姉御さんの味方だと思っていたのに」
「別に。成り行きで一緒に居ただけだ。俺の目的は魔石十二宮だからな」
「どういう事?」
俺は、魔界での魔王との話をかいつまんで説明した。
……
「要するに、元の世界に戻るために、魔石十二宮っていうのが必要なんだよ」
「へぇー。なんだかクーも、楽しそうなことしているんだね。そっかそっか」
三好は楽しげに笑った後、俺の目を見つめる。
「でもいいの? 姉御さんを裏切って」
「別に。お前らだって十を殺すつもりじゃ無いんだろ? だったら好きに喧嘩するなり、恋愛するなりすればいいさ。俺には関係ない」
「でも昔からクーって、姉御さんと仲良いじゃん? 好きなんじゃないの?」
「うるせぇ。なんでそうなるんだ」
本当に?――そうつぶやき、ニヤニヤと笑う三好。
うぜぇ。やっぱり十とはそういう風に見られていたのか。最近だと会話すらしていなかったっていうのに。
「俺の事はいいだろ。で、どうなんだ?」
俺が促すと、三好は少し唸りながら答えた。
「うーん。その【波動のルビー】ってアイテム。あれって教皇の持ち物だから、モーリーの管轄なんだよね。いらないとは思うんだけど、一応聞いてみないと」
よくわからんが、教皇の物は友森の物らしい。まあ、手に入るならどうでもいいが。
「明日、十を連れてくる。その時、【波動のルビー】を用意してなかったら、俺は十の側に付いて一緒に暴れる。その事を友森に伝えといてくれ」
「それじゃ脅しだよ、クー」
三好は苦笑いをしながら手を組み、しばらく考え込んだ後に言った。
「まあ、とりあえず伝えておくよ。たぶん大丈夫だと思う。その話で行こう」
「おーけー。じゃあ明日、どこにいけばいい?」
「それじゃあ、下の聖堂でどう?」
三好は指を下に向けながら言った。
「あんな人の多い所でか? 十の奴、絶対大暴れするぞ」
「明日の朝、信者は立ち入り禁止にして待っておくから大丈夫だよ。あそこ、人が居ない時は壮観なんだ。姉御さんが暴れるには、やっぱりそれなりの舞台じゃないとね」
楽しげな笑顔で言う三好に、俺は「わかった」と短く返事をした。それで話はまとまり、俺は三好といくらか雑談した後、中央神殿を後にした。
……
宿に戻ると、俺が戻ってくる事をレーダーで知っていたようで、二人が部屋で待ち構えていた。どうやらちゃんと言われた通りに留守番していたらしい。
まずは三好、次に赤銀騎士の二人の情報を紙に書き出させる。赤銀騎士のそれは、残り三人の内での二人のものだったが、残りの一人は他の赤銀騎士の情報から予想がつくので問題ない。
次に友森の居場所を教え、サーチさせること小一時間。ようやく友森のマーカーを見つける事が出来た。
「やっとか。で、なんだって?」
「んー。ちょっと待ってね。いまから書き写す……って説明ながっ」
四苦八苦しながら書き出された三好と友森のスキル詳細は、大筋で予想通りだったが、予想外の点も多かった。特に、三好の【扇動】は何に使うのかさっぱりだった。
「まあいいや。これで一番面倒そうな友森の【精神制御】は把握できたし、三好の【扇動
】も予想通り、あまり劇的なスキルではなさそうだ。2人ともレベルは低いし、何とかなりそうだな。明日、神殿に乗り込むぞ」
「はっはー。明日だな! っしゃあ」
「がんばろーねー」
やる気満々な2人に、俺は作戦を説明する事にした。
「明日の段取りだが、とりあえず俺、裏切るから」
突然発せられたその言葉に、二人の表情が固まってしまった。
【精神制御】
対象を意のままに操る。
【扇動】
場の雰囲気を操作する。
【精神制御】【マインドコントロール】
対象の頭を両手で挟んで使用する。対象によって、発動するレベルが異なる。【マインドコントロール】がかかっている状態でしばらく時間が経過した相手に使用すると、一段階レベルを上がる。
レベル1 一度だけ命令を聞かせる事が出来る。ただし、あまり強制力は無い。
レベル2 自分や他人に対する感情をある程度操ることが出来る。
レベル3 あらゆる命令を聞かせる事が出来る。レベル1で無理だった命令も可能。
レベル4 思想、価値観を塗り替える事が出来る。
レベル5 意のままに記憶、思考、性格を操作出来る。
【扇動】/【ポジティブモード】
場の雰囲気を明るくする。
【扇動】/【ネガティブモード】
場の雰囲気を暗くする。
【扇動】/【バーサクモード】
人々を怒りやすくさせる。
【扇動】/【ヴァイタライズモード】
人々の気分を高揚させる。