32 推測
32
次の日の午前中、俺は一人で赤銀騎士が幽閉されている牢屋へと向かった。目的は捕らえた赤銀騎士を尋問する為。どうやらヴァナヘイムの赤銀騎士というと、この世界ではなかなか有名人のようだ。
ヴァナヘイム近衛騎士団。数万ともいわれる兵力を持つヴァナヘイム教国軍において、わずか5人しか所属していない超精鋭部隊。その構成員は世界クラスの実力者で、どいつもこいつも世界で十指に入る強さを持つとの噂だ。
噂には尾ひれがつくものだが、それを差し引いても、やつらが強者に属する連中である事は間違いない。
まず十が相手をしていた斧使い、デアリガ・ヴァナヘイム。結構年のいった壮年のおっさんだ。無骨で、意志の強そうな大人。すでに観念した様子で静かにたたずんでおり、鉄格子越しに声をかけてみたが、無言を貫かれしまった。
残念ながら俺にはこいつの口を割らせる手段は思いつかない。っていうか無言なのに威圧感、半端ないし。
仕方がないので、もう一人の方を尋問する事にした。俺が相手をしたレイピア使い。こちらは捕まえてから判明した事実だが、若い女だった。
長く伸びた金髪と白い肌、そしてつり目の気味の青い目が特徴の美人。背丈は俺と同じくらいで、鎧の外からでもわかるほどの細身だったが、粗末な囚人着のみを着用させられた今、その線の細さが一段と目を惹いた。
鉄格子越しに眺めると、今にも噛みついてきそう様子でこちらを睨んできた。魔術を詠唱不能にする特殊な枷により、女は手足を封じられている。軽く睨みを受け流し、俺は女に質問した。
「名前と肩書きを教えてくれ。ああ、大体わかっているが、一応、名乗りたいだろ?」
「見た目通り、嫌味な男だな」
元気な奴だ。この状況でよくそんな事が言える。さすがは近衛騎士団といった所か。
「まあいいわ。私はヴァナヘイム教国近衛騎士団序列4位、クロリス・ヴァナヘイム」
クロリスは自信に満ちた表情で、朗々と名乗った。
「始めましてクロリス。俺は一橋空海。これから幾つか質問する。素直に答えてくれると、こっちも助かる」
「はん! 私が、あなたに屈するとでも?」
「別に屈しなくてもいいが、素直に吐いたほうが身のためだとは言っておく。それじゃ、始めるぞ。なぜ教国軍はエ・ルミタスを襲った?」
言い合うのも面倒なので、とっとと質問に入る事にした。クロリスがはき捨てるように答える。
「知らないわ。知っていても教えない」
「教皇の意思か?」
「黙秘します」
「再び侵攻する予定はあるか?」
「……」
他にもいくつかの質問をする。経緯、戦力、赤銀騎士の二人が残った理由――だが、さすがにこんな簡単な尋問だけでは、ほとんど回答は無かった。
やはり拷問か。あまり気が乗らないな。こいつ、拷問に耐える訓練とか受けていそうだし、第一普通の高校生の俺にそんな技術は無い。効果なんかあるのかね。
「三好、それと友森という男は知っているか」
「ミヨシ、トモモリ……」
なぜかクロリスは、その2人の名前に反応した。顔を引きつらせ、おびえる様な表情を見せたのだ。
「知っている事があれば教えろ。奴ら、教国で何をしている」
畳み掛けると、クロリスはうつろな表情で固まった。明らかに今までと異なる反応。少し期待しながら次の言葉を待つと、やがてゆっくりと口を開いた。
「私にもわからない。なんで、あんな奴らに従っていたのか……」
かろうじて発したクロリスの声は、ひどく震えていた。
……
近衛騎士団はヴァナヘイム教国最強の騎士団である。クロリスの話によると、主な仕事は教皇・教国の守護、もしくは領域内のモンスター討伐であり、侵略戦争に赴く事は滅多に無いそうだ。
今回のエ・ルミタス攻撃は、絶対君主たるヴァナヘイム教皇からでは無く、最近教皇の周りをうろつくようになった2人組の冒険者にから出された命令だった。その2人の冒険者が、三好と友森である。
『身命を賭して命令を遂行する気だった。だが今となっては、なぜ教皇でもない奴らの命令に従っていたのか、わからない』
クロリスはあの後、ひどく混乱した様子でそう語った。
その後もクロリスはしばらく狼狽し続けた。動揺している隙を突いて色々と質問していたのだが、やがて自分を取り戻したらしく、黙り込んでしまった。仕方が無いので尋問は打ち切り、十の屋敷に戻ってきた次第である。
「なんだ。一人か?」
屋敷に居たのは七峰だけだった。一人優雅に庭園を見渡すテラスでお茶を飲んでいた。
「ええ。もう【マーキング】も終わりましたので、出発したいのですが、美羽が帰ってこなくて」
パートナーである比治山は、さあきと十と三人で街に出て行ったらしい。
暇を持て余しているようなので同席させてもらう事にした。メイドの一人がすぐに茶を用意してくれる。良い香りのするそれを飲みながら、雑談がてらに今朝の赤銀騎士の様子について報告。ついでに少し考えていた事があったので、七峰に相談する事にした。
「七峰。ちょっといいか」
「はい」
七峰が残っているのはラッキーだった。こいつは俺なんかより遥かに頭の出来がいい。相談相手としてはうってつけだ
「三好と友森のことなんだが」
「話は聞きました。私達のクラスで、あの様な行為を行う者がいるなんて、残念です」
そう言って、少しだけ眉を寄せる七峰。今回の一件の後、こいつはこんな感じで友森と、特に三好に対して嫌悪感を隠そうとしない。別に、こんなに来てまで世界『風紀を守れ』と言うわけではないだろうが、やはり三好達が起こした今回の事件は、この女にとっては侮蔑の対象なのだろう。
「いや。あいつらの事情なんかどうでもいいんだよ。俺が考えているのは、あいつらのスキルなんだ」
「スキル?」
そう、スキル。特に俺たちクラスメイト一人一人が持つ、ユニークスキルだ。
さあきの【解析】スキルは、前よりレベルが上がり、今では他人の所有スキルについても詳しい説明を知る事が出来るようになっていた。しかし今回、さあきは三好の事を詳しく調べていないとの事。少しタイミングが遅かったようだ。まあその点は、今更言っても仕方が無い。
三好と友森を含むクラスメイト全員のユニークスキルは、この世界に来た時にさあきに調べさせている。当時のさあきでわかったのはスキルの名称だけで、詳細まではわからなかったのだが、名称からでも大体の予想はできる。
まず三好のユニークスキルは【扇動】である。扇動とは人をあおり立てて、ある行動を起こすように刺激を与える事(七峰先生談)。こちらは大体予想がつく。言葉の意味から考えて、人々の心理を煽り立てる能力なのだろう。今回の敵軍の異常な強さの一つは、この【扇動】によるものだと思われる。
おおざっぱに言えば、味方の士気を上げ、敵の士気を降下させる、そんな感じの能力だろう。実際、教国軍の士気は異常だったし、三好がいなくなってから一気に弱体化した現象も説明できる。
ただ、確かに強力そうだし、使い方によっては恐ろしいスキルだとは思うのだが、恐らくあまり戦闘向きのスキルでは無いと思われる。直接相手をどうこうする感じのスキルでは無さそうだからな。
一方、友森のユニークスキルは【精神制御】である。こちらの意味は字に書いてそのままの意味での精神制御だろう。
このスキルが問題なのだ。人の思考を操作し、意のままに操ることが出来るスキル。そんな感じのスキルだとしたら、相当に強力なスキルだと思われる。だがこの場合、はっきりとした疑問が沸いてくる。
「なぜ友森君は、自ら姉御さんの所に来て【精神制御】を用いなかったのか――という事ですか」
七峰が淡々と言った。俺は頷きつつ答える。
「そうだ。そこが解らないんだ。人を自由に操れるスキルを持っていて、十が欲しいなら、直接自分で十の所に来て操ってしまえばおしまいだろ? 兵を使って街を攻めるなんて面倒な事なんかしないでさ」
「そうですね」
七峰は唇に手を当て、目線を上げた。すこし眠そうな瞳が、宙にさまよう。やがて考えがまとまったようで、一度小さく頷いた後に語り始めた。
「今すぐに思いつく理由は二つあります。まず一つ目は【精神制御】のスキルに制限、もしくは条件が存在するという事です。例えば『格下の相手でなければ支配下に置けない』とか『支配する人数が数人まで』とかですね」
「ああ。なるほどね」
要するに、十をコントロールしたくても出来ないっていう場合か。確かにそれが一番ありそうだな。
「もしくは操るのに面倒な制約や手順が必要ってパターンか。俺たちのスキルってなんだかんだで色々制限が多いし、確かにそうかもな」
俺のスキル【死】にしてみても、無条件で相手を殺せるわけではない。いくつかの条件を満たした上で、相手を即死させることが出来る。同じように考えれば、友森の【精神制御】も無条件で相手を支配できるわけではないという事か。
「しかし、先ほどの一橋さんの話では、赤銀騎士の方々は【精神制御】により操作されていたと考えられます。彼らはかなりの高レベルにも関わらず――です」
「さっきの様子だとそんな感じだな。洗脳が解けたって様子だった」
先ほどのクロリスの狼狽した姿が思い出される。あれは、たしかに誰かに操られていたといった後、我を取り戻した様子だった。
「つまり、三好君が姉御さんを教国に連れ帰ろうとしていたという事も合わせて考えれば、友森君は【精神制御】により、姉御さんをコントロールする事が可能なのでしょう。ただし、条件付で」
何らかの条件はあるだろうが、十や俺の様な高レベルの相手も支配できる。やはり、面倒そうなスキルだな。
「なるほどねぇ。じゃあ、もう一つの理由はなんなんだ?」
「もう一つは、私がこういうのもアレですが」
「何だよ」
七峰は少し言いづらそうにしていた。だが俺が促すと、はっきりとした口調で言った。
「友森君って、気が弱いでしょう。姉御さんの前で、まともに立つ事すら出来ないのでは?」
「……」
友森 聖。出席番号22。男。影が薄いと評判の大人しい奴である。部活も確か、囲碁将棋部という、なんというか、名前のカッコよさとは反対に、かなり内気の奴だ。
確かにあいつは俺と話すときでさえ、かなりキョドりながら話す、落ち着かないヤツだ。女子と話している所なんか見たことないし、ましてやあの十とは……まあ、無理そうだな。
「まあ、前者の理由のほうがそれっぽいか……」
「そうですか? 私は後者――気が弱いからだと思いますけど」
至極当然な様子で言う七峰。その理由って、要するに『友森君はヘタレだから無理』って事だろ? 友森、ひどい言われようだぜ。女子にそんな事を言われたら、俺なら自殺を考えるレベルだ。泣きたくなる。
「まあ、いいや。サンキュ。助かった」
「どういたしまして」
七峰は素っ気無く、本当に何でもなさそうな様子で答えた。