30 再会
30
もはや隠れる意味など無かった。三好と話をするために、短剣を手にしたまま広場に飛び降りる。それを見て、三好も周囲の騎士たちをその場に留めたまま進み出た。
「ここには姉御さんしかいないって聞いていたのに、どうしてクーがいるかな?」
三好がとぼけた様に言った。
「そんな事はどうでもいいだろ。それよりなんでお前、こんな事を……いや、とにかく攻撃を止めてくれ。このままじゃお前、十の奴にボコボコにされちまうぞ」
「それは怖いなぁ。ハハハッ!」
三好はどこの悪役だと言いたくなる位、高らかに笑った。こいつは中学の頃から知っているが、こんな風に笑う所は初めて見た。しばらく見ない内にキャラが完全に変わってしまったようだ。つーかこいつ、本当に三好か?
「クーからも姉御さんに、僕について教国に来てくれるよう言ってくれないかな」
「十? 教国? どういう事だ」
「モーリーがさ。姉御さんにお熱なんだ。自分で来ればいいのに、あのヘタレはねぇ」
そう言って、再びくっくっと笑う三好。モーリーというのは、クラスメイトの一人、友森の事だろう。こいつらはよく一緒につるんでいた。どうやらこの世界でも行動を共にしているようだ。
「よくわからんが、あの女が人の言う事なんか聞く訳無いだろう」
「まぁね。その為の兵士達さ」
「姉御を無理やり連れて行くつもりだったのか。正気の沙汰じゃあないな」
「準備はしてきたつもりだよ。でも、クーもいるのは計算外。ちょっと手駒が足りないかな」
三好は傍に侍っていた赤銀の騎士に声をかける。一言二言指示を出すと、続けて俺に向かって手を振った。
「クー! 姉御さんに伝えておいてよ。『友森が教国で待ってる』ってさ!」
「おい! 待て!」
肥満気味の体を翻し三好は馬車に乗り込むと、あっという間に広場から走り去っていった。それは意外なほどに、すばやい撤退だった。すぐに追いかけたかったのだが、赤銀の騎士が二人ほど残って道をふさいでいた。
頭からつま先まで、全身を覆う赤銀の鎧を身に着けた二人の騎士。鎧は同じ型のものだったが、二人の体格にはかなりの差があった。
大柄な方は、2mは有りそうな巨漢であり、巨大な両手斧を手に仁王立ちをしている。もう一人はかなりの細身で、すこし下がり気味の位置にて腰に提げた細剣引き抜いていた。それぞれ【死の凝視】によるカウントが十と同じく4桁はある。少なく見積もってもレベル30後半だろう。簡単に蹴散らせる相手では無い。
「おい! クー! なんだこの赤い奴ら」
姉御も到着した。有象無象の兵士共との大乱戦にもかかわらず、HPをほとんど使用していなかったのはさすがだ。しかしすぐに、この赤銀騎士達のやばさを感じ取ったらしい。
「……」
無言のまま、細身の赤銀騎士が祈るようにレイピアを胸の前にかざすと、小さな炎の矢が無数に出現した。これは【火術】【ファイアアロー】だ。矢の形をした炎を、大量に発射する高ランクの魔術。タクヤが使っていたのを何度か見たことがある。ただし、その時と比べて矢の数はかなり多かったが。
火矢の雨が降りかかると同時に、巨漢の騎士が巨大な両手斧を手に襲い掛かる。しかし十は、炎の弾幕を一切恐れること無く進み出ると、手にしたトンファーで両手斧の斬撃を受け止めた。
金属同士の耳障り激突音が響き渡る――瞬間、俺は奥にいるの細身の赤銀騎士に向けて、走り出した。
「姉御! そいつは頼む! 奥は、俺がやる!」
「はっはー! 任せろ!」
正体不明の、赤銀騎士との戦闘が始まった。
……
「っは!」
赤銀騎士の右手から繰り出されるレイピアの刺突をかわし、突き出た切っ先を短剣で叩き落す。その衝撃により、敵の体勢を崩すことに成功した。続けて短剣を切り返し、鎧の隙間を狙って突きを繰り出す。
だが追撃が当たる直前、足元から巨大な水壁が現れる。その圧倒的な水量により吹き飛ばされるが、なんとか空中でバランスを取って着地する。すると水煙の中から現れた細身の赤銀騎士が、再びレイピアを構えていた。
俺が相手をしているこのレイピア使い。どうやらかなり強力な【火術】と【水術】の使い手のようだ。
遠距離では【ファイアボール】などの【火術】が容赦なく飛んでくるし、苦心して近づいても、華麗なレイピア捌きによって俺の短剣技はことごとく受け流されてしまう。さらに少しでもこちらが優勢になると、今のように【水術】【ウォータウォール】の巨大な水壁によって、無理やり距離をとられてしまっていた。
まったく、面倒くさいやつだ。隙が無い。ほのかに期待をしているのは、姉御があっちのでかいほうの赤銀騎士との戦いを早々に終わらせて、二対一に持ち込むという展開なのだが、あっちはあっちで苦戦しているようだ。【ポーズ】が付加された魔石も品切れなので、双竜戦の時の様に【一撃死】による即死も狙えないしな。
そもそも、ここまで戦闘が長引いた時点で敵達の目標は達成されている。三好は確実に逃げ切るためにこの二人を残したのだろう。要するに時間を稼いでいるだけ――そう考えれば、こいつがこんな消極的な戦い方をしているのにも納得がいく。こうなったら、こいつら自身が撤退に転じる前に戦闘不能にして、とっ捕まえるてしまう事が次善だ。
数十メートルの距離を開けてレイピア使いと対峙する。今までの傾向から考えて、この距離ならば【ファイアボール】を放ってくるはず。一気に距離を詰めれば問題ない。赤銀騎士に向け、再び突進を開始した。
「なっ……?」
しかし、今度は【ファイアボール】ではなかった。赤銀騎士はいつの間にか手にしていた白く輝く魔石を砕くと、突然無数の光の剣が現れたのだ。
壁のように整然と並んだ剣の群れ。それらすべての切っ先が、俺の方に向いていた。
今までのパターンに無い攻撃に虚をつかれる。よく見ると前方だけではなく、四方八方に光の剣は配置されている。次々と現れる白く輝く剣。その密度を刻々増しており、あっという間に取り囲まれてしまった。
やがて、配置を終えた光の剣は、一瞬の静寂の後、一斉に襲い掛かる。
「っち……」
俺には防御体勢をとるしか、手が残されていなかった。
……
次の瞬間、俺の周囲が透明な平面で覆われていた。いうなれば、奇術で使うような人が1人だけ入れるボックス――空中をなぞるように現れた、枠組みだけの立方体が、俺の周囲を覆っていた。
光の剣は見えない箱の面に当たった瞬間、俺の居る空間をすり抜けて、反対側の面から飛びだしていく。それは四方八方から襲い掛かる全ての光の剣が、同じようにすり抜けていった。
やがて、すべての剣が通り抜けると、立方体も消える。俺は無傷だった。
何が起こったのかさっぱりわからない。だがそれはレイピア使いも同じようだった。鎧越しにもわかるくらいに困惑した様子を見せている。戦っている当人達が共に混乱しているという、不思議な事態に終止符を打ったのは、上空からの重たい一撃だった。
突然上空から落下してきた女が、赤銀騎士の脳天をメイスで殴打したのだ。その不意打ちにより、赤銀のレイピア使いは半分ほど残っていた残りのHPを全て失い、気絶した。
あまりに唐突な事態に、間抜けにも口を閉じる事が出来ない。そんな俺を横目に、一撃を叩き込んだ張本人がゆっくりと立ち上がった。
ひらりとしたミニスカートと、ブラウスの上に仕込んだ胸当てと、その上に纏ったボレロ。そしてポニーテールと、くっきりとした目が特徴的なその顔は、生まれてこの方自分の顔よりも長い時間見てきたそれだった。
「クー!」
「さあき。なんでこんな所に……」
状況がさっぱりつかめずに呆けている俺に、幼馴染の更科沙愛は勢い良く抱きついてきた。目に一杯の涙を溜め、泣きじゃくる。
「うわぁぁ! クー! ほんとに生きてたー」
「お……おい。さあき?」
なんかいろいろな体液でぐしゃぐしゃになった顔を擦り付けてくるさあき。だめだ。一切、展開についていけない。なんでこいつ、こんな所に、しかも上から降ってきたんだ? だれか説明してくれ。
「いちゃつかない」
そんな俺の心の叫びに対し、手酷い突っ込みが飛んできた。肩まで伸びたセミロングの黒髪に、針金の様に細い体。面の小さな眼鏡を指で掛け直しながら、一人の女子が隣に立っていた。
七峰奈々。女。出席番号23。うちのクラスの生徒会長といえば、王子こと天王寺淳だが、クラスをまとめる委員長といえば、この七峰だ。なにかと王子の後塵を帰すことが多いこの女だが、頭の出来的には一切遜色の無い才女であろう。
だがこいつは王子の所で、あのハーレム団体の補佐役を買って出ていたはず。なんで王子の所にいるはずの七峰までいるんだよ。
まったく状況が飲み込めない。だが戦闘は続いている。とりあえず、疑問はすべて棚上げする事にした。
「さあき! 七峰! 話は後だ。十に加勢するぞ」
「うらなちゃんのほうも、終わっているよ?」
その緊張感の無い言葉で振り返ると、確かに赤銀の斧使いが横たわっていた。そして勝ち誇る様にその男を踏みつける姉御の上で、羽根の生えた少女が踊るように空を舞っていた。
更科沙愛 Illusted by wad
【火術】【ファイアアロー】
HP消費中。火の矢を大量に打ち出す広域攻撃魔術。INT、スキルによって、矢の数は多くなる。
【光術】【ウォールオブソード】
HP消費?。無数の光の剣により標的を攻撃する。
【空術】【コネクト】
HP消費変動。対平面を作り出し、それぞれの面を空間的に接続する。平面の大きさや繋ぐ距離によって、大きく消費HPが変化する。