3 チュートリアル
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異世界二日目。今日は手分けして旅の準備をすることに。俺は情報収集と称してギルド巡りへ向かった。
まずは魔術ギルド。ローブに例の帽子をかぶった魔法使いが見れるかと思いきや、座っていたのはヒゲ面のいかついおっさんだった。店を訪ねると、ダボダボのスラックスにエプロン姿で読書中のおっさんが居たのだ。あまり魔法使いには見えない。気を取り直して店員のおっさんと世間話をしながら魔術について話を聞いた。大体次のような物だった
・この世界では火水土風の術が一般的
・スキル習得用ではなく、魔術自体が込められた魔石もある
・魔術ギルドは魔術を生活に利用するのがお仕事
「この魔術の込められた魔石って、おっさんがつくってるのか?」
「ん。まあ俺がやっているのもある。値段が高い奴はマスターが作ったり、他の街のギルドから仕入れたりしたりしているやつだな」
「それって簡単にできる?」
「まあな。ある程度スキルを上げれば、低ランクの術ならすぐに出来る。上位魔術は魔石の質も重要だから、色々な意味で難しくなるな」
「じゃあさ。魔術って使いすぎるとどうなるの?」
「そりゃぶっ倒れるさ」
ぶっ倒れる――か。また微妙な表現だな。いきなり死ぬってわけではなさそうだが。
「なるほどねぇ。あと魔術ってその4つ以外にもあるの?」
「あるぞ。ヴァナヘイム教皇の【神術】や伝説の【竜術】とかだな。まあどれもお目にかかるのすら難しいがな」
【竜術】と【神術】……。昨日、【時術】のタクヤを含め、何人かのクラスメイトが~術と言う類のスキルを持っていたが、その二つは見かけなかったな。よっぽどレアい魔術という事なのか?
しかしどうも、この世界の魔法使いは技術屋っぽいなというのが印象的だった。モンスターから得られた魔石を生活に利用しているようで、この魔法ギルドにも火術をこめた魔石を使ったカンテラや、水術をこめた魔石を使った水筒など、便利そうなものが並んでいた。
とりあえず、魔術については大体わかったのでとりあえず一通りのスキル魔石とカンテラ、水筒などを買って魔術ギルドを後にした。
……
次に戦士ギルドにやってきた。ここは護衛や用心棒の依頼の取り扱いをしているようだ。運搬やら盗賊退治とかの仕事もある。どうもこの世界では、冒険者ギルドはモンスター関連、戦士ギルドは犯罪・生活関連と住み分けをしているようだ。
スキルは武器スキルを中心に置いてあったので、みんなの分も買っていくことにした。俺は【短剣】。タクヤは後衛みたいだから、【魔術杖】だろう。さあきは何だろ、てきとーに【棍棒】にでもしておくか。仁保姫はもうすでに【天賦の才・格闘】があるから必要ないとして、あとはフーのハゲだ。"あのスキル"じゃあ何でもよさそうだが、一応【片手剣】くらいは買っておくか。
しかしこうして考えると、このパーティ前衛少ねーな。俺は特殊職だしタクヤは魔術職、フーは遠距離で、さあきにいたっては戦闘向きのスキルですら無い。まあ、まだこの世界の戦闘のセオリーも分かって無いし、もしヤバイとしても習得するスキルを調整して何とかするしかない。何事もやってみないとな。
その時、一人の女子が戦士ギルドに入ってきた。見慣れたウチの高校の制服だ。目が合って軽く会釈をしてくる。こちらも、よっ――っと手を上げて返事をしたが、さて、誰だっけ? 見たことあるような顔だが名前が出てこない。落ち着け。とりあえずいつも通り知っている振りを……
「六道 あやね。話をするのは初めてだね、一橋君」
名乗られてしまった。あー、そんな名前のやつもいたな。
六道あやね。女。たしか出席番号が一番最後の37番だったはず。ボブカット気味の黒髪と、整った顔立ち。美人ではあるが無口で、いつも一人でいる目立たないタイプだった、はず。もちろん接点がないので、よく知らないが。
「お前も買い物か?」
「うん」
一言答えて、黙る六道あやね。その無表情からはなにを考えているのかさっぱり読み取れない。たしかに美少女なのだが、どこか影があるといった感じだ。わりと苦手なタイプかもしれないな。
多少の居心地の悪さを感じていると、突然に六道が距離を詰め、上目遣い気味に言った。
「一橋君たち、すぐに街を出るのよね?」
「ん。あぁ」
「私も連れて行って欲しいな」
どうやら、俺達のパーティに入りたいらしい。
「それは構わないが、王子達といた方が安全だと思うけど。一応理由を聞いてもいいか?」
「笑わない?」
「ん?ああ」
「ほんとに?」
「笑わないって」
何度も念を押す六道。やがて意を決したように呟いた。
「私。魔王になりたいの」
「……は?」
思わず、変な声をあげてしまった。いまこいつ、魔王っていったか?
高貴で清楚な雰囲気のこの美少女は、魔王になることをご所望らしい。なるほど。世の中、不思議が一杯だ。
「……一応、理由を聞いてもいいか?」
「だから、魔王になりたいの」
「いや、そうじゃなくて、その魔王になりたい理由」
「それは……」
顔を真っ赤にしながら下を向いて恥ずかしがる六道。すぐに俺は自らのミスに気がついた。
「悪い。ちょっと意外すぎて動揺した。忘れてくれ。うん。今パーティ5人しかいなかったからちょうどいい。一緒に行こう」
何がちょうどいいのかわからなかったが、慌てて了承した。俺のイメージしていた六道と余りにギャップがあり過ぎた発言に、何も考えずに質問してしまったが、人には聞かれたくない事の一つや二つあるものだ。
心底ほっとしたような顔で礼を言う六道。一瞬赤くなった顔もすぐに元の無表情に戻って、再び無表情となってしまった。
俺は六道と共に戦士ギルドを出、次の武具店で一通りの皆の武器防具を買った所で午前中の買い物を終えた。
……
その日の昼過ぎ。入り口の門から草原に出てすぐの小高い丘にパーティの面々が集まった。目的は戦闘演習、というより初心者チュートリアルである。
「ってことで、今からお前らにRPGの基礎と戦闘の基本について教えてやるから、ちゃんと聞けよ」
「はいはい先生―」
3人目の女の子がパーティに入ったことでご機嫌なさあきが、調子良く手を振りながら話の腰を折った。
「タクヤがいないけど、いいの?」
「タクヤはまだ街に用事があるってさ。それに、これから教えるのは基礎基本だから、ゲーム上級者であるの俺らには当たり前の事なんだよ。んじゃはじめるぞ」
はーいと生返事をするさあきと、先ほどからメモを構えて準備している仁保姫。ニヤニヤと俺とさあきのやり取りを見ていたフーと、無表情の六道。
この中で少しでもRPGの知識があるのは、男子のフーと、昔俺がゲームやってる姿を横で見てたさあき、そして実は結構詳しそうな六道の三人だった。しかし前の二人はまともにプレイした事は無いし、仁保姫にいたってはゲーム自体に触ったことも無いそうなので、基本的な事柄から説明する事にした。
「用語からやるぞ。まずLv、レベルのことだな。これはだいたいの強さのことだ。高いほうが強い。上げる事で強敵を倒せるようになったり、強いボスを倒せるようになる。だからレベリング、つまりレベル上げがRPGではとても重要になる」
さすがにこれくらいは知っていたようだ。四人ともうなずいている。
「次にHPってのは生命力のこと。ダメージを食らうと減少する。戦闘していると頭上に現れるバーはこれを表しているみたいだ。一般的にこれがなくなると戦闘不能になる。が、この世界での戦闘不能ってのがどういう状態なのかはまだ分からない。試してみるわけにはいかないしな。まあ現状では石内の件もあったし、おそらく死ぬと考えたほうが良いだろう」
四人の顔が一瞬強張る。石内とは昨日街に来る道中、森でモンスターに襲われて死んだクラスメイトだ。その時は実際にHPが0になった瞬間を目撃した訳ではなく、体の一部分を目撃したというだけなので、HP0即死亡なのかどうかは正確にはわからない。しかし甘い予想はしないほうが良いだろう。
「次に細かいステータスな。おおざっぱに言うと、STRは力、DEXは器用さ、VITは体力、AGIは素早さ、INTは知力、そしてCHRはカリスマか魅力の事だけど、どっちかはまだわからん。大体、言葉の意味そのままの効果があるはずだ。じゃあ自分のステータスで一番高いやつと一番低いやつの数値を言ってみろ」
「えーと。高いのはINTで25。低いのはAGIで10かな」 さあきの答え、
「一番高いのはSTR33で低いのはINTとCHRが同じで8です」 仁保姫の答え、
「高いやつはDEX27とAGI23だなー。INTは一桁だぜ。あとは10台」 フーの答え
「高いやつはSTR25,低いのはVIT15」 六道の答えだった。
「さあきによると、街の人たちのレベルもステータスはほぼ一桁で、門衛や騎士でやっと二桁になるらしい。ようするに俺らのステータスは、一般人の数倍はあるってことになる」
「つまりこの世界では俺ら、ケンカに強いってこと?」
坊主頭のフーが質問してきた。
「数値上はそうだな。それと、この辺のモンスターのステータスも似たようなものだ。さあき、あそこにいる角ウサギのステータスを読んでみろ。ああ、数字だけで良いぞ」
「えーと。ホーンラビット。HPが51でLv2、ステータスは上から7/8/5/10/3/5」
さあきのスキル【解析】。人、モンスターはもちろん、武器、アイテム、建物にいたるまで情報を得ることが出来るようだ。さあき自身は視界に何か入るたびにインターネットのポップアップのように各種ウィンドウが出てくるらしく、それを処理するためにいつも忙しそうに、指で空中に絵を書いている。外から見ると結構怪しかった。
「実際、昨日この辺のモンスターと戦闘したけど楽勝だった。後から戦闘に慣れるために戦ってもらうから、よろしく」
ういー、っとフーの気の抜けた返事だけが帰ってきた。他の三人もちゃんとうなずいているから、大丈夫だろう。
「最後に今のところ分かっている戦闘システムについて、重要な点3つを教えとく。一つ目は技の使い方。【スキル】+【技名】を口に出すか、念じればいい。魔術も同じな。対象を取ったりするタイプの技は使い方は、おれは持ってないから良く分からんが、タクヤが言うにはあれに当てたいと思ってれば大丈夫だってさ。六道、俺に【ブラインド】を掛けてみて」
そう言うと六道は無言でと立ち上がり、ゆっくりと細長い人差し指を俺にむけ、つぶやいた。
【闇術】【ブラインド】
その瞬間、指から黒い霧が沸き立ち、一瞬で俺の頭を包みこんだ。さあきと仁保姫の驚く声が聞こえる。視界が一気に暗くなり、目の前にいる六道たちの姿さえ確認することが困難になってしまった。
六道のスキル【闇術】。呼んで字のごとく闇の魔術のようだ。王子が【光術】のスキルを持っていたはずだから、それと対となる魔術だろう。今使えるのはこの視界妨害の【ブラインド】だけらしいが。
真っ暗な視界の中、説明を続ける。
「使用方法はこんな感じ。2つ目に大事なのはこの世界にはMPが無いこと」
「MP?」
もっともゲームに疎い仁保姫の声がした。
「そ。マジックポイントの事。RPGには普通、『この魔法を使うためにはMPが○○ポイント必要』っていうシステムがある。だが、この世界にはMPというステータスはない。その代わり魔術をつかったら”HP”を消費する。今魔術をつかった六道にはHPバーが出ているだろ?」
ようやく晴れてきた視界の中、六道の頭上にすこし減少したHPバーが見えた。今のでHP10消費って所だろう。
「自分のHPは減少したら視界に現れる。死にたくなかったら常に自分のHPを把握しとけ」
MPが存在せず、魔法を使用する場合にもHPを使用するゲームは、それなりに存在する。この手のゲームでよくやるミスが、スキルを使いすぎて気がついたら瀕死という奴だ。しかもこの世界にはさらに特徴的なことが有る。
「最後に3つ目。回復魔法が無いことだ」
「回復呪文って言うと『ホイミ』とか『ケアル』とか?」
ゲーム経験のある男子のフーが、某有名RPGシリーズの魔法の名を上げた。
「そうだ。もうちょっと正確に言うと『瞬間回復魔法』が無い。少なくとも、この街の魔術ギルドで確認した限りだと、そんな効果の魔術はなかったし、薬品も全部試してみたがだめだった。代わりにHPは徐々に回復していくし、回復速度を増加させる薬や魔術ならあるから、それで何とかするしかない。ま、要するに――」
「要するにHP管理がとても重要、という事でいいかしら?」
言いたかった結論を六道に先回りされた。やっぱりこいつ、結構やってやがるな。
「ん。そういう事。何度も言うが、戦闘中は常に自分のHPを意識しろ。危なかったら距離をとって、最悪逃げろ。んじゃてきとーに敵を倒してこい。一回戦ったらHP回復するまで待ってから次の戦闘に行け。あと、あんまり遠くに行くなよ」
四人はそれぞれ真新しい武器を手に持ち、丘を下って草原に散っていった。
最後に六道も言っていたが、この戦闘システムではHP管理をミスると致命的である。なにも考えずに魔術を戦闘に用いていたら、あっという間にHPがなくなってしまうからだ。そして慌てて回復しようにも、徐々に回復させるしか手段がない。リアルタイムの戦闘でこれはなかなかきつい。とりあえず余裕で勝てる相手でHP管理をしっかり習得させないと、強敵とは戦えないだろう。さらに連携とか陣形とかそこらへんは、後からタクヤと考えよう。
その日はずっと、街の周辺で戦闘訓練にいそしんだ。途中からタクヤも合流して、簡単に6人での戦闘訓練もやって、日が暮れる頃に宿へと戻った。
……
「明日出発するそうですね」
「ああ。タクヤから聞いてると思うが、まあこっちは勝手にやるから気にするな」
その夜。一人でいるところを王子に話しかけられた。このイケメン生徒会長は、俺たちが街を離れると聞いて心配しているようだ。
「クーさんはすごいです。この状況にも最初からあまり動揺していない様だし。尊敬します」
屈託の無い笑顔で、歯の浮くような台詞を言い切る王子。なんでこいつはこんな恥ずかしい事を、真顔で言えるのかね。
「いやいや、王子の方が凄いだろ。領主の館での話は、とてもじゃないが信じられんぞ」
「ははっ。まあ、たまたまです」
そういって、照れながら頭を掻く王子。世の中の女子すべてがときめく様な破壊力のある仕草だった。イケメンは卑怯だな。
そんな俺のやっかみを無視して、王子は深刻な表情に戻る。
「元の世界に戻れると思いますが?」
「……それはわからんな。何が起きたのかすら、わからないし」
「そうですよね……」
ここは何処なのか、そしてどうすれば元の世界に戻れるのか。それは今の所、何一つわかっていなかった。
「まだこの世界の事ぜんぜん知らないわけだからな。まあ、これからだろ」
「もうすでに一人、石内くんが死にました」
突然、王子は昨日死んだクラスメイト――石内に話題を振った。
「あれはお前のせいじゃない。不意打ちだった」
「僕はこれ以上クラスメイトを死なせずに、みんなで現実世界に戻りたいと思っています。クーさんも絶対死なないでください」
強い意志の宿った目で見つめられると、俺はすぐに耐え切れなくなって視線を切った。
こいつは人が良くて責任感が強い奴だ。何でも一人で背負いこんで、それを解決できる能力がある。それが美点でもあるし、弱点でもある。
「……俺らより自分の心配をした方がいいぞ。ここは現実じゃなくて剣と魔法のファンタジーRPGの世界らしいからな。油断するなよ」
「あはは。大丈夫ですよ。クラスのみんながいますから」
そのクラスのみんなってのにも、油断するなよ――
そう言いかけたが、途中で止めた。俺の杞憂かもしれないし、第一、こいつにそんなこと言ってもしょうがない。この完全無敵の王子様は、いつだって俺の予想を超えてくるからな。
【闇術】【ブラインド】
HP消費小。対象の視界を奪う。効果時間・効果範囲は【闇術】スキルに依存。