29 十うらな
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小学校に入りたての頃は、俺は体も態度もデカく、言葉は古いがガキ大将のような感じだった。その時に出会ったのが十うらなである。
たまに挙動不審な行動をとるものの、普段の振る舞いは大人しく、少し変わったお嬢様というのが十の最初の印象だった。
この頃の十はいつも、ある”ぬいぐるみ”を持ち歩いていた。小学生が手に抱えるにはちょうどいい大きさの、可愛らしいウサギのぬいぐるみ。名前はミーたん。十はそのぬいぐるみを、いつも大事そうに持ち歩いていた。
ある日、俺はそのミーたんを川に捨てた事がある。十が目を離した隙を突いて、素早くミーたんを拉致すると、そのまま学校近くの橋の上から勢いよく投げ捨てたのだ。
何故そんな事をしたのか、自分でもよくわからない。十があまりに大事にしているので、なんとなくいじめてやろうと思ったのだろうか。今から考えると、この上なく命知らずな所業である。
やがてミーたんがいなくなった事に気が付いた十は、泣いた。いや、泣くだけならましだった。泣き、叫び、うろたえて、やがて学校どころか街ごとひっくり返す勢いで暴れ始めたのだ。
それが後も続く十大暴れの歴史――その1ページ目なのだが、とにかくゴジラのごとく暴れまくった。
こいつの最も恐ろしい所は、俺も含め周囲の人間を一切疑わなかったという点だった。とにかく、俺やクラスメイトは絶対にやっていないと思い込んでいたのだろう。見知らぬ人に襲い掛かっては、『ミーたんをどこに隠した』と問い詰め続けた。
結局そんな十の必死な姿に、いたいけな小学生だった俺は罪悪感に耐え切れなくなった。ミーたんを川から拾い、びしょ濡れになってしまったそのウサギのぬいぐるみを持って、十に謝ったのだ。
すると十は、ミーたんを拾ってきた俺に、死ぬほど感謝をしてきた。
『見つけてきてくれて、ありがとう……』と。俺が捨てたと――自白したのにもかかわらずだ。
意味がわからなかった。その時の自分が、恐怖にも似た感情を感じた事を覚えている。こんな奴がいるのかと。
まあ、あいつの思考は、高校生になった今でも理解できないのだから、小1の俺が怖がってもしまうのも無理はない。とにかくその時、俺は十に完敗したのだ。
だが迷惑な事に、その事件以来、なぜか十は俺に構う様になった。事あるごとに俺を巻き込み、一時は十以上に俺の方が問題児だとも言われてしまったものだ。
結局、どんどん今の奔放な性格に変化していった十は、それに伴い友達も増え、反比例するように俺とは疎遠になっていった。
その変化の中で、十は徐々に自分だけではなく、人のために暴れるようになっていった。今では友達の身になにかあれば、"友達の為に"暴れまくることが出来る。そんな今時珍しい、友達思いで腕っぷしも強い頼れる姉御として、十はみんなに慕われていた。
だが、他の奴らは勘違いをしている。この女はそんな高尚な奴じゃない。十うらなは、あの頃と何も変わっていない。ただ、自分の所有物を傷つけられたら許さないだけの、どこまでも自分勝手な女なのだ。
……
エ・ルミタスの街は火に包まれていた。
俺達が街にたどり着いたのは、麓の村で報告を聞いた次の日。俺と姉御の二人だけで、ジンやファラ達を置き去りにして全速力で戻ってきたのである。
しかし、すでに教国の軍勢は、侵攻を開始していた。さしたる城壁なども無い、開かれた交易都市だったエ・ルミタスの街は、いとも容易く敵兵の侵入を許していた。
「うああぁぁぁ!」
街に到着すると同時に、鬼の形相で、目に付いた敵兵から次々と蹴散らしていく十姉御。
この女は自分の所有物を奪われる事を、心底嫌がる。おそらく十は、この街自体を自分の所有物だと考えていたはず。それを侵された時の姉御なんて、考えただけでぞっとする。この攻撃の首謀者に同情してしまうくらいだ。
十の攻撃を数発くらっただけで、バタバタと倒れていく教国の兵士達。実力的に俺や姉御の問題になるような連中じゃ無さそうだ。しかし指揮官か、それに準ずる連中には強者が紛れていてもおかしくは無い。とにかく油断せずに状況を把握しなければ。
猪のように突進する姉御から距離をとり、密集して建てられたエ・ルミタスの家々を駆け上がる。そこからエ・ルミタス全域を見渡すと、あらゆる区域が蹂躙を受けている事がわかった。
所々市民達が抵抗しているようだが、ことごとく切り捨てられている。この街には冒険者や賞金稼ぎなど、腕の立つやつらも多かったはずだが、応戦しているのは少数のようだ。敵のほうが遥かに多い。
そう、敵兵は多い。正確な数がわからないほどに。こんな修羅場は、見た事がなかった。
戦争とはこうも人を狂気に駆り立てる物なのか。敵の兵士たちはみな、女子供も含め非戦闘員に対しても容赦なく攻撃を加えている。熱病の様に浮かれた表情で、街中を蹂躙する敵兵たちに、俺はひどく恐怖を感じた。
だが、今はビビッてる場合じゃない。とにかく、街中が攻撃されている。この街の広さを考えれば、少なくとも敵は全体で千人以上はいるのではないか。もしそうなら、いくら俺と姉御が敵兵を殺して回ってもきりが無い。
ならば敵のトップを説得――もしくは殺すのがこの戦闘を終わらせるには手っ取り早いだろう。スキル【眼力】を使い、注意深く街中を見渡して敵本体の探索に入った。
すると、中心近くの広場に整然と並ぶ一団を見つけた。連中のほとんどが敵兵と同じ武装をしていたので、おそらくあれが敵兵の中心だろう。
「姉御! 中央広場だ。そこに敵兵が集っている!」
「っ! わかった!」
下で戦闘中の十に報告する。十はそれを受けて、広場へと魚雷のように突進していった。俺はあいつを陽動に、隠れて反対側から回り込む事にした。
その時、上空を飛ぶ奇妙な物体に気がついた。
【眼力】スキルを使って凝視すると、それは羽の生えた何かだった。見間違いでなければ、それは人間のように見える。少なくとも人型である。ただ、距離があるので正確な姿は確認できなかった。
良く分からないが敵の仲間かもしれない。そうだとしたら、戦闘中に上空から加勢が来る可能性があるな。
しかし今は街の蹂躙を止めることが最優先だろう。俺は上空の連中を無視し、十の後を追った。
……
「てめーら! よくも私の街で好き勝手やってくれたな。ぶっ殺す!」
そう啖呵をきった姉御は、広場に到着するやいなや、トンファーと【爆術】を駆使し、並み居る敵軍をゴミくずのように蹴散していった。ドン引きするレベルの無双っぷりである。
百人はいるであろう広場の兵士達と、大乱戦に入った姉御を遠目に見ながら、俺は別方向から指揮官らしき人物がいる一群に近づいた。
ほとんどの兵士は、十の対応に出向いている。しかし赤銀の鎧で身を固めた5人の完全武装をした騎士が、一群の中心人物の周囲を固めていた。これはこっそり【一撃死】で殺すって訳にもいかなそうである。
もう少し様子を見よう。とりあえず敵を確認しようと、敵のトップとみられる人物を【眼力】スキルを使って凝視した。
「なっ……」
その顔は、俺がよく見知った顔だった。
三好哲也。男。出席番号33。少し小太りな、人のいい笑顔が印象的なやつだ。楽しい性格で人当たりがよく、わりと人気もある。俺とは話はする程度仲だが、最初の街で別れて以来会っていなかった。
その三好がなぜ教国軍の――しかも中心にいやがる。
「おい、三好!」
気がついたら、声を張り上げていた。冷静に考えると、声をかけるメリットなんて何も無い。この状況なら十を隠れ蓑に不意打ちを狙うのが定石なのに。
ただ、”いつか起きるかもしれない”と考えていた事態、それでも”そんな事は無いだろう”とどこかで高を括っていた事態。それが現実に起きてしまって、信じたく無かったのかもしれない。後からそんな事を顧みた。
まさか、クラスメイトがこの虐殺を指揮しているなんて。
「あぁ。クーもいたのか」
赤銀の鎧たちと共に三好がこちらを向く。そこには俺の知っている三好はいなかった。ひどく醜い笑顔をした、小太りの男が立っていた。




