26 世界蛇
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普段は人間を寄せ付けず、竜族を中心とした弱肉強食の世界を構成していたのであろう太古の地。そんな聖域は現在、2人の侵入者によりお祭り騒ぎとなっていた。
入り口の巨大な縦穴を飛び降り、アリの巣のように入り組んだ巨大地下洞窟の中を俺達は進んでいる。邪魔する敵は切って斬って殺りまくる。作戦は勿論、ガンガンいこうぜである。
「はっはー! 次行くぞ、クー!」
「姉御。待てって。一旦隠れて、ほとぼりを冷まそう。きりが無い」
「お。また強そうなやつが出てきた」
「あぁ。くそ! またか」
上空まで開いた巨大な空洞で待ち構えていたのは、美しい翠色の鱗を持つグリーンドラゴンだった。
ボス戦――しかし初めてでは無い。ここまでも広場に突き当たるたびに、そこには大抵巨大なドラゴンが居た。蟲竜、多頭竜、飛竜――次々と現れる多種多様な竜族。ドラゴン見本市の巡っているようなもので、姉御はさっきからはしゃぎまくりだ。俺も最初はその壮大な姿に胸が高まったが、ここまで連戦が続くとさすがに食傷気味である。
そして今度は本当のドラゴンだった。掛け値なしの、王道ファンタジードラゴン。
「うっわ。やべ。かっこいい」
「のんきな事いってる場合じゃないだろ。くるぞ」
大きく息を吸い込んだドラゴンが、その巨大な顎から炎のブレスを吐き出す。息と言うよりは熱線に近いその攻撃を、俺と姉御は左右に別れて避けた。
同時に十は自己バフを掛け直し、自己回復力を高める高価な薬品をがぶ飲みしながら、吼えた。
「いっくぜぇ!」
一切の恐れなくグリーンドラゴンの巨体に立ち向かう十姉御。 断続的に吐き出されるブレスを掻い潜り足元に飛び込むと、突き出た前足にトンファーを叩き込んだ――瞬間、爆発が起きてドラゴンは大きく仰け反る。続けて力任せにトンファーを連続して叩き込む姉御。比喩でもなんでもなく爆発する一撃一撃に、ドラゴンも困惑気味に叫び声を上げていた。
勿論、俺もサボっているわけではない。十の派手な動きに隠れて、側面や翼をザクザクと切り裂いている。
こういう巨大ボスに対する俺たちの戦略は、今のように姉御がタイマンしている所を、俺が横からちょっかいを出すという戦法を取っている。
姉御の圧倒的な戦闘力と、くそ度胸におんぶに抱っこな作戦なのだが、効率がいいんだから仕方がない。姉御の奴、俺より10近くレベルが低いくせにSTRとVITは俺より高いし、オマケにあの性格だ。やめろと言ってやめる奴ではない。
それにこの作戦にはもう一つメリットというか、目的もある。スキル【一撃死】の為に必要な情報――敵の急所を探す事だ。
丸太のようにでかい尻尾が飛んできたので、大きくジャンプして回避する。次いで巨大な鱗がびっしりと生え揃ったドラゴンの背中に飛び乗ると、適当に攻撃しながら背を駆ける。その際、注意深くドラゴンの表皮を観察していた。
竜の逆鱗。1個体が1つだけ持つという、逆向きに生えた鱗。この世界では竜族の急所は逆鱗である事が、今までの戦闘からわかっている。問題はこのタイプのドラゴンは、どこに逆鱗を持つか――
本来は喉下にあると言われている。だが今まで出会った竜族だと、飛竜は背中、多頭竜は腹の辺りにあったし、蟲竜にいたっては肛門の付近に存在しやがった。種類によって逆鱗の位置はバラバラらしい。
敵の急所がわかる【解析】スキル持ちのさあきがいればこんな事すぐに分かるのだが、今はいない。
俺の主力スキル【一撃死】は、敵の急所が分からないとまるで意味が無い。分かりやすいモンスターや、アスモデウスの迷宮で出会ったことのあるモンスター類なら対応できるのだが、生憎あの迷宮にはドラゴンはいなかった。つまり、今回の敵はその大部分が、急所がわからない初見の相手なのである。
いつも居た(便利な)幼馴染が居ないだけで、こんなにも(労力的な意味で)苦しいなんて思いもしなかった。そんなことを考えてしまう、今日この頃だ。
「クー! こいつ、喉に変な鱗があるぞ!」
それはドラゴンと正面で打ち合っていた、十からの報告だった。どうやら、普通に喉下にあったようだ。灯台下暗し。たしかにそこから探すべきだったな。
しかしその場所だと、ちょっと【一撃死】を狙うにはリスクが高すぎる。急所攻撃はあきらめ、予定通りちくちく削る戦法に終始することにした。
……
耳障りな叫び声をあげ、グリーンドラゴンが地にひれ伏す。やがて巨大な光と共に書滅し、幾つかのドロップ品と巨大な魔石へと姿を変えた。
それらを拾い集めた後、少し休憩する事にした。
「いやー。なかなか強かったな」
「ああ。今の所、一番厄介だったな。さすが王道ドラゴンと言った所か」
「しかし、その"ヨルムンドラゴン"ってのはどこにいるんだ? 結構、奥まで来たよな?」
姉御がこきこきと肩をならしながら言う。すでにその整った顔は、埃や返り血でかなり薄汚れていたが、この女はまったく気にするそぶりを見せなかった。
「"ヨルムンガンド"な。魔王の話だと魔界から続く巨大な落とし穴に嵌っているらしいが」
すでに侵入して数時間は経っている。大分奥まで来たので、もう少しだとは思うが。
「あー。なんか飽きてきたなー。爆破して進む?」
「いや。やめてくれ……」
方向が分からないのに、発破しても意味無いだろうが。脳筋め。
俺達はHPの回復を待って、さらに奥へと足を進めた。
……
それは、想像を絶する巨大さだった。
スタジアム数個分はありそうな広大な空間と、真ん中だけぽっかりと開いた暗黒の大穴。そして大穴からは、信じられない大きさのドラゴンが頭だけを出していた。
無数に並ぶ暗黒の鱗。百人はまとめて丸呑みに出来そうな巨大な口と、鋭くとがった大角――こいつと比べたら、今までの勇壮なドラゴン共なんか、ただの子供竜だな。
「すっげー。でっけー」
十姉御が興奮した声を上げる。頼むから、問答無用で殴りかかるとかはやめてくれよ。
「そんな事しねーよ。ほら、話をするんだろ?」
そう言う十に促され、俺は巨大な竜に声を張り上げた。
「ドラゴンの王。ヨルムンガンド!」
その呼びかけに世界蛇は、ひどくゆっくりとした動作で頭を起こした。続けて、大きく、あくびをする。それだけで空気が振動し、地面がひどく揺れ、パラパラと岩が落下した。
やがて、低い声が周囲に響いた。
「人間か……。よく来た。何百年ぶりだろうな」
「ヨルムンガンド。まずは、この地に住む同属たちを殺して回ったことを謝罪する」
「謝罪? 異なことを言う。弱きが死、強きが生きる。古代から変わらぬ、真理だ」
どうやら、激高していきなり襲い掛かってくるということは無いようだ。続けて、目的である【爆破のペリドット】について尋ねた。
「魔石十二宮……【爆破のペリドット】……。はて、どうだったかな」
「魔王アンラが、貴殿が持っていると言っていたのだが」
その言葉を聞き、突然ヨルムンガンドは巨大な目を見開いた。
「アンラ。今、魔王アンラと言ったか」
「ああ。そうだが?」
「そうか、魔王か。あの百々目鬼の小僧が……。フハハハハハ!」
空気を揺るがして大笑いをするヨルムンガンド。耐え切れずに耳をふさぐが、空気自体を大きく揺さ振っているためほとんど意味を成さない。体だけじゃなくて、声までデカい。
ひとしきり笑った後、ヨルムンガンドは言った。
「人間よ。確かに【爆破のペリドット】は、儂が持っておる。昔――遥か昔、英雄を名乗る人間を殺した時の戦利品だ。どれ、探しに行かせよう。ニッグ」
その呼び掛けに、一人の少年が現れた。いや、元々そこにいたのだろうが、ヨルムンガンドに目を奪われて見落としていたようだ。
「【爆破のペリトッド】を探して持って来い」
生気の無い虚ろな目と、燃えるような赤い髪を持ったその少年は、ヨルムンガンドの指示に無言で頷き、無数にある横穴の一つに消えていった。
「さて、人間よ。まさか、タダでくれてやるとは思っておらぬだろうな」
ヨルムンガンドは、すこし愉快そうな調子で聞いてきた。
「もちろんだ。要求があるなら聞かせてくれ。酒か、美女か、それとも金銀宝石か?」
「フハハハハ! どれも良いな」
ゲラゲラとわらう世界蛇。図体がでかいくせによく笑う。こういう笑い上戸なところは、あの死神と似ている気がするな。図体の大きさはまったく異なるが、さすが兄妹だという所か。
「だがな、人間。儂が今、興味があるのは貴様らだ」
嫌な予感。次の瞬間、ヨルムンガンドは巨大な口を開き、大きく吼えた。
――ゴアアァァァァ!!
世界中に響くような大声だった。その咆哮に、呼応するように二頭の巨大なドラゴンが現れた。
レッドドラゴンとブルードラゴン。同じ形をした、色違いの屈強なドラゴン――
「強さを見せろ、人間。されば望むものをくれてやろう」
結局……戦闘かよ。なんですぐに戦いたがるんだ。やめろよ。こっちには血の気が多い――いや、血の気しかない奴がいるんだから。
頭を抱える俺の横で、水を得たホオジロザメの様に生き生きと笑う十うらながいた。
世界蛇ヨルムンガンド Illusted by wad