25 太古の地
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『太古の地――ドラゴンズホールと呼ばれる土地が、地上のヴァナヘイム教国の南にあります。そこには三柱神が一柱、ヨルムンガンドが居る。彼が魔石十二宮の一つ、【爆破のペリドット】を持っているはずです』
魔界の覇者。魔王アンラはそう言った。
奴ら魔界の住人達は、基本的に地上に来ることはできない。その代わりにモンスターを地上に解き放つ事により、ラグナロクという地上侵略戦争に精を出しているそうだ。
だが、それだと何時までたっても埒が明かない。そう言って直接地上に殴り込みをかけようとした魔界の神がいた。それが竜の君。世界蛇。ヨルムンガンドである。
無限の長さを持つと言われるヨルムンガンドは太古の昔、その長い体を目一杯伸ばして、魔界と地上とをつなげる巨大な穴を掘ろうと試みた。何千年もの年月をかけ、昼もなく夜も無く大地を掘り進めたヨルムンガンドは、ついに大地を貫通し地上に到達した。
そこまではまさに雄大な物語である。しかし多くの神話がそうであるように、その先はすこし間抜けな話だった。同じく三柱神で、ヨルムンガルドの妹であるヘルは次のように語る。
『あの馬鹿兄者は何を思ったか、ある日常に穴を開けてやると宣言して、天高く背伸びを始めたのだ。グングン体を伸ばし、地上の底に取り付いて、勢い勇んで掘り進み、やがて本当に到達してしまった。だがな、ここからが笑いどころでな。ぷ……ぷぷぷぷぷっ』
曰く、無限の長さを持つというヨルムンガンドの体を持ってしても、魔界から地上へは、ぎりぎり届かなかったそうだ。
なんとか地上にはたどり着いたが、その代わりに体が伸びきってしまって、尻尾が魔界から体を離してしまった。そしてヨルムンガンドは地上への大穴に顔を突っ込んだまま、宙ぶらりんになってしまったらしい。
『しかもだ。あんまり急いで掘り進めたせいで、すっかり体が挟まってな。抜けなくなってしまったのだ! アハハハハハハ! それでにっちもさっちも行かなくなって、数千年だ。馬鹿! 馬鹿よのう!』
そう言って、ヘルはゴロゴロと笑い転げていた。なんというか、随分と間抜けな話だが、神話の裏話とは案外こんな物なのかもしれない。
とにかく、その時出来たのが太古の地、竜の大穴だそうだ。
……
太古の地はエ・ルミタスの南東にあった。強力なモンスターであるドラゴンが集う場所として有名で、何匹もの悪名高い賞金モンスターが住処としているらしい。実際は危険すぎて訪れる者などほとんど居ないそうだが。
川をさかのぼり、山脈地帯を旅をする事1週間。最初はジンやファラを始めとするお付連中が、俺達の後ろをぞろぞろとついて来ていた。だが山脈地帯に入ると次々と脱落していき、見かねた姉御が麓の村で待機するように指示していた。結局、現在は十姉御との2人旅である。
そしてようやくたどり着いた太古の地。険しい山々の間にぽっかりと開いた、巨大な縦穴。どうやら某有名アクションRPGに出てくる同名のラストダンジョンとは、別の意味のホールらしい。
大穴を見下ろすと、とんでもない量の爬虫類系モンスター闊歩していた。中には小さいが、飛竜のような姿もみえる。
「姉御。ちょっとそこらで、休んでろ。数を減らす」
「あん?」
やる気満々に準備運動を始めていた姉御に言うと、すこし不満げな顔をされた。しかしここは、新スキルの方が効率がいいだろう。つーか、ここまでの道中、ほとんど姉御が1人で片付けてきたから試す機会がなかったのだ。そろそろ俺にもやらせろ。
俺は縦穴の全景が見渡せるがけっぷちに陣取ると、目に付いたトカゲ型モンスターを睨む。すると、モンスターの頭上に数字が表示された。
5…4…3…2…1…0
数字がカウントダウンする。そしてゼロになった瞬間、トカゲは苦しそうな表情を浮かべ、ひっくり返った後、魔石へと姿を変えた。
【死】の新スキル【死の凝視】。敵を凝視するとカウントダウンが始まり、0になると、殺せるという効果だ。視線に捕らえてないとダメなのだが、【眼力】スキルと組み合わせるとかなり遠くの相手まで一方的に殺すことが出来る。【一撃死】と比べ、はるかにリスクの少ない即死スキルである。
この効果だけ聞くと便利そうなのだが、骨地獄で覚えたこの新スキルには、いまいち使えない点がある。
敵が強いと、馬鹿みたいに見つめる時間が長くなるのだ。
試しに十姉御を睨んでみると、カウントスタートは約2000からである。つまり30分以上も見つめていなければ、姉御をこの【死の凝視】で殺すことは出来ない。しかも目を逸らしたらカウントのやり直しである。なかなか厳しい。
ちなみに死神ヘルや魔王アンラにいたっては、桁数が十桁を超えていた。そこまでカウントが多いと、【死の凝視】は聞かない事と同義となる。
とにかく同格以上の相手にはほとんど無意味なスキルなのだが。じゃあ格下に使えるかといえば、格下ならまともに戦っても勝ててしまう。要するに『使いどころが良くわからないスキル』というのが、俺の使用感である。
それでも、使い方次第で、かなり有用なスキルであることに間違いは無い。例えば暗殺に有用なのは明らかだし、今回のように見晴らしのいい場所での雑魚狩りにも、まあまあ便利だ。【眼力】スキルも手伝って、随分遠くの雑魚まで一方的に処分できる。とりあえずある程度減らしとかないと、潜入が面倒だからな。
調子よく鼻歌を歌いながら、潜入できそうなルートにうろついている雑魚を次々と消去する。これで最低限の戦闘で進むことが出来るだろう。
「つまらん」
怒気をはらんだ声で、十姉御はそう宣った。続けて足元に転がっていた小石が、姉御の長い脚によって思いっきり蹴り上げられる。小石は綺麗な弧を描いて大穴に飛び込み、やがて爆音と共に破裂した。
何事かと見上げるトカゲ、飛竜そしてリザードマン。無数の視線の先には当然、俺と十がいた。
「ばれたな。よし」
「姉御てめぇええええ!」
俺の計画は雲散霧消――サヨナラグッバイだ。この脳筋女め。何が悲しくて、正々堂々こんな大群と戦わなきゃいけないだよ、ちくしょうめ。
翼を持たない連中はわらわらと列を為して大穴を登ってくるし、飛べるワイバーン達は直線距離を高速で飛んでくる。嘆いていても始まらない。とりあえず自己バフをかけて戦闘に備えながら、【死の凝視】で敵の大体の強さをチェック。現れるカウントを見る限りでは、一番強いのは飛竜のようだ。
「姉御。お前が呼び寄せたんだからな。せめて飛竜くらい、自分で何とかしろよ」
「まかせろ」
十はにやりと笑いながら、おもむろに腰に下げていた袋に手を突っ込み、その中に詰まっていた白い粉を鷲掴みにした。色や質感から察するに、恐らく小麦粉か何かだろう。
「なんだそれ?」
「まあ見とけ」
俺の疑問を無視して、十はその粉末を【風術】【ウィンドストーム】によって巻き上げていく。白い粉末が風に乗って上空へと舞い上がり、空気中へと拡散していった。
ここまでくれば姉御の狙いは確定的に明らかだった。俺はすばやく地面に這いつくばり、顔を伏せ、両手で耳をふさぐ。
「はっはー! いくぜ。【イグニッション】!!」
十姉御の楽しそうな声と共に、大爆発が起きた。
………………
耳をふさいでいても響いてくる爆音。体を突き抜ける圧倒的な衝撃。そして襲いくる、灼熱の熱風。
音が止み頭を上げると、飛竜達が殺虫剤を食らったハエのごとくぼとぼとと落下していた。それどころか地べたをせっせと登ってきていたリザード連中まで、かなりの数が爆風で吹っ飛んでいる。
「注文どおり、一丁上がりだぜ」
「説明してからやれ、バカ。危ないだろうが」
こいつ。粉を空気中に巻き上げて粉塵爆発を起こしやがった。もちろん本来はこんな開けた場所で、あんな少量の小麦粉によって粉塵爆発など起こるわけが無い。おそらく姉御は【爆術】【ボムズ】によって一粒一粒を爆弾状態にしてばら撒き、それを同時に起爆して全体爆破を発生させたのだろう。とんでもねぇ。
だが、やはり代償は大きいようで、十のHPは今の一撃で半分近く減少していた。多用は出来ないようだ。
「たしかに凄い威力だったが、あんまし回数は使え無さそうだな」
「まあ、景気づけだよ。さぁ、行こうぜ! 戦闘開始だ」
そう言って、腰に備えていたトンファーを取り出し、ぞろぞろとやってくる地上モンスターに立ち向かう十姉御。どうやら飛竜はあらかた殺してしまったようなので、後は地上戦だけだ。
短剣を抜きながら、俺は十姉御の背中を追った。
十 うらな
Lv36
HP 1824
STR 167
DEX 97
VIT 213
AGI 103
INT 65
CHR 140
スキル/爆術29, 格闘27, ガード21, 風術14, 土術11 , 調合21, 罠7
【爆術】【イグニッション】
HP消費・極小。【ボムド】により爆弾化した物質を起爆する。
【風術】【ウィンドストーム】
HP消費・中。自身を中心に暴風を発生させる。規模や威力は、INT・風術スキル依存
【死】【死の凝視】
視線に捉えた対象を、一定時間で死亡させる。