23 姉御
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十うらな。女。出席番号36。十姉御――という敬称で呼んでいるが、もちろん同級生である。むしろ姉御は早生まれだから、正確には年下だ。
この女とは小学校の時から同じ学校であり、まあ一応幼馴染と言ってもいいのだろう。近所では小学生の時から問題児として有名であり、同時に正義の味方としても数え切れない武勇伝を持っている。かくいう俺もその中の一ページを彩っているのだが、やめておこう。人には触れられたくない過去の一つや二つくらい持っているものだ。
とにかく、十姉御は、傍若無人を地で行き、頭のネジがダース単位でぶっ飛んでいる女傑なのである。
十とは昔ある事件で仲良くなり、小学生の時にはよく遊んでいた。だが、高校生になった今も毎日顔を合わせているもう一人の幼馴染と違って、中学以降、十とは余り話さなくなっていた。理由は単純。クレイジーで社交的なあいつと、ゲーマーで陰気な俺とでは、徐々に接点が無くなってしまった――それだけである。
……
光のトンネルを抜けると、巨大な魔法陣が地面に敷かれた大部屋に出た。アスモデウスの迷宮の最奥ボス部屋とそっくりだったので、どうやらここがアンラの言っていたエ・ルミタスの迷宮なのだろう。
やれやれ。とんだ小旅行だった。さっさとお宝を回収して、街に戻る事にしよう。たしかアンラのやつ、転送装置があるって言ってたな。財宝部屋はどっちだ?
――ドン
その時、腹を叩くような低い音が鳴り響いた。不意に聞こえた為正確な位置はわからなかったが、かなり遠くで鳴ったようだ。
――ドン!
今度は、先ほどよりも近かった。どうも爆発音のようだ。カタカタと地面が揺れ、天井から埃が舞っていた。
その後も、不規則に響く爆発音とそれに伴う振動が続く。しかも、徐々に近づいてきているようだった。なんか、激しくいやな予感がする……
そしてついに 俺の頭上で大爆発が起きた。とんでもない爆音と、それに伴う衝撃が襲いかかる。ガラガラとおちてくる瓦礫は、大部屋の天井が砕け散った残骸だろう。その量はとんでもなく、迷宮自体が崩壊してしまったのではないかと思うほどの量だった。
そして巻き上げられた砂煙の中、特徴的なシルエットを持つ女が現れた。
「やーっと着いたか。くぅぅぅぅ! 腕が鳴るぜ!」
後ろ髪を上げた特徴的な短髪をした女が、大きく伸びをしながら声をあげた。170cmを超えるモデル並みの身長。ガゼルのような細い脚にくびれたウエスト、そしてアンバランスなほどにデカイ胸。
俺はこの声とシルエットに覚えある。というか、こんな奴、世界で一人しかいねぇ。
十姉御だ。何でこんな所に――
「お!? お前がボスか?」
姉御があっけにとられる俺を見つけて言った。
「は? いや、ちが……」
「よっし! いくぞこらぁーーー!!」
俺の返事も待たず、威勢のいい掛け声と共に、十は腰に備えた旋棍を構える。瞬間、十の足元が爆発し、その爆圧を利用して一気に間合いを詰めてきた。
慌てて横に避けると、元居た場所に振り下ろされたトンファーは炸裂し、爆発した。それは比喩でもなんでもなく、言葉通りに爆発していた。
中心部分を失った転移陣が、何度か瞬いた後に輝きを失う。部屋の明かりもかねていた転移陣が消え、部屋が暗闇に包まれてしまったので、俺は松明を取り出しつつ十がいるであろう方向に向け叫んだ。
「やめろ! ストップ! 十姉御! 俺だ! クーだ! 一橋空海だ!」
ゆらりと立ち上がる細い影。その言葉にピクリと反応したようにも見えたが、だめだった。手にした獲物を舐めながら、十うらなは言い放つ。
「惑わそうとしても無駄だ」
姉御は、気が狂ったように楽しげな笑顔をこちらに向けていた。
「クーの奴がこんな所にいるわけが無いだろう。偽者め、その名を名乗ったことを後悔させてやる。しぃぃぃぃねぇぇぇぇ!」
だめだ。完全にスイッチが入ってやがる。どうやら俺を迷宮の守護者だと勘違いしているようだ。こいつは昔から、人の話を聞くという行動パターンが存在しない超絶自己中心女だったよ――くそ。
【爆術】【ボムド】
十はそう叫ぶと、先ほどの攻撃で飛び散った瓦礫を蹴り飛ばした。散弾銃のように小さな瓦礫が襲い掛かる。危険な予感がしたので、慌ててジャンプで飛び越えると、その石礫は地面に落ちた瞬間一つ残らず爆発してしまった。
距離をとりつつ着地し、体勢を立て直す。とりあえず状況を確認しよう。
十の固有スキルは、魔王との話にも上がった、はぐれ魔術【爆術】である。そしてステータス的にはSTR・VIT偏重の重戦士型だったはずだ。昔、さあきに調べさせた時はそうだった。
その時は【爆術】が何なのかわからなかったが、さっきから景気よく地面や瓦礫を爆発させているのが、【爆術】なのだろう。事実、十姉御は、攻撃を受けていないにもかかわらず、魔術の使用によりHPを三割ほど減少させていた。
「はっはー! 逃げるな!」
再び足元を吹っ飛ばして、爆進してくる姉御。金属製のトンファーをぶん回してきたので、慌てて短剣を取り出しガードする。金属同士の鈍い激突音が響き渡る。
――ドン!
その瞬間、目の前で爆発が起きた。何が起こったかわからないまま、衝撃と爆風で吹き飛ばされる。何とか這いつくばるようにして地面にしがみつき、すぐに体勢を立て直すが、爆煙に紛れて十の姿を見失ってしまった。
慌てて両手を挙げ、降参の意思を示す。
「姉御! 待て。待ってくれって!」
「もらった!」
「くそ!」
たちこめる爆煙を掻き分け、右前方からトンファーが飛び出してきた。素早くしゃがみ、なんとかすり抜ける。
休む間もなく、追撃がやたらめったら繰り出されてきた。攻撃を受け止めたら、先ほどのように爆発する可能性があるため、回避に専念。上下左右あらゆる方向から襲い掛かる打撃を何とか避け続ける。
このまま一方的な戦闘を続けるわけにもいかない。こうなったら、最終手段だ。
「お前、それでもキンタマついてんのか!? 避けるな! 戦え!」
「あぁーーーーーー! うらな! これ以上やったら、またミーたん捨てちまうぞ!」
「っ!?」
突然、電池が切れたように姉御の動きが止まった。構えは攻撃態勢のまま、今にも次の攻撃を繰り出そうとしている。
しばらくの硬直の後、十は小首を傾げながら言った。
「……クーか?」
「さっきから言ってるだろうが」
「クー。クーじゃないか! おい、どうした! 久しぶりだな!」
殺気が消え、笑顔の十うらながそこにいた。この言葉でも止まらなかったら、本当に戦わざるを得なかったかもしれない。まったく。
髪留め一つで纏めたボーイッシュな短髪に、豊満な体を隠そうともしないタンクトップとショートパンツ。すこし釣り目だが気の強そうな目と、自信に満ち溢れた表情。ほこりと爆煙で薄汚れてはいるが、十姉御はあいかわらずの美人っぷりだった。
「どうしたんだよ、クー。こんなところで」
「話せば長くなるんだ。えーと。とりあえず、確認だがここはエ・ルミタスの迷宮か?」
「そうそう。なんか地下に巨大な迷宮があるって聞いたからさ。面白そうだから来てみたんだよ」
両手に持ったトンファーをくるくると回しながら、姉御は続ける。
「最初は結構楽しかったんだけどさ。なんか途中で、めんどくさくなっちゃって。それで地面ぶっ壊せば最奥まで一気に進めるかもって思ってさ。そしたらあっという間にここまで来れたよ。私、天才じゃね?」
得意げに笑う姉御。つまり、こいつは探索やマッピングなんか一切せずに、とにかく足元を掘りまくって、魔王いわく全91階層のこの迷宮の最奥まで来たって事か。あいかわらずのぶっ飛び具合だな。
「元気そうで安心した」
「はっはー!」
俺がそう言うと、姉御は笑顔を爆発させた。そしてトンファーを収めつつ聞いてくる。
「っで、なんでお前、こんな所にいるんだよ」
「ちょっとな――」
説明するよりも、先に街に戻りたい――魔界での出来事の直後に、こいつとの絡みは結構きつい。
「とりあえず、街に戻ろうぜ。ちょっとした旅行の帰りで、しばらくまともに寝てないんだよ」
「おう。それなら私ん家にこい。最近、手に入れたんだ。メイド付きだぞ」
なんだそれ――と突っ込みかけたが、それよりも早く休みたかったのでスルーした。その後は財宝部屋と地上への転送陣のことを説明し、2人でお宝を回収した後、すぐに地上へと帰還した。
そういえば、大部屋の転移陣はぶっ壊れてしまったから、この迷宮、消滅してしまうな。すまん、アンラ。不可抗力だった。
十うらな Illusted by wad
【爆術】【ボムド】
HP消費・変動。非生物を爆弾化する。爆弾化した物質は、時間や強い衝撃で爆発する。起爆タイミングを計れる【イグニッション】という爆術もある。
【爆術】【パイロマニア】
HP消費.小。装備に衝撃で爆発する性質を付加する。起動毎にHPを消費する。