21 魔王
21
金髪に白い肌。整った顔立ちに華奢な体つき。礼装のような黒ずくめの服を身に着け、両手にはゴテゴテと大量の指輪を身につけている。
いつの間にか隣にいた男は、見た目には人間と同じ姿だった。ただ唯一、額にある黄金色の眼――-三つ目の瞳だけが、俺とは根本的に違う種族であると言うことを主張していた。
「始めまして。一橋空海。六道あやね。魔王をやらせてもらっているアンラです。よろしく」
席を立ち優雅に一礼をするアンラ。その名前はまさに今、話題に挙がっていた名前だ。
俺の第一印象は"弱そう"だった。魔王というくらいだから、邪悪で屈強な大悪魔を想像していたんだが、全然覇気がなかった。魔王って、こんなものなのか?
――ガシャン!
席を蹴飛ばし、テーブル上にあった食事をぶちまけて立ち上がったのは、六道だった。獲物であるバスタードソードを構えつつ、なにやらブツブツと魔術を詠唱しはじめた。どうやら魔王と一戦交える気のようだ。
「六道あやね。落ち着いてください。あなたと戦うつもりはありません」
「あやね、落ち着け。今のお前じゃ……」
一方、当の魔王本人は両手を上げて敵意のない事をアピールしているし、使い魔のアスモデウスも止めにかかっていた。
「六道。落ち着けよ」
俺としても、いきなり戦闘になるのは勘弁して欲しい。しかし六道は聞く耳を持たなかった。自己バフをかけ終えると、手にした大剣の切っ先をアンラに向けた。
「あなたを倒せば魔王になれる?」
「はい」
アンラは、六道を静かに見つめていた。
「ですが、今のあなたには無理です」
「そんなの。やってみないと、わからないわ!」
最後の一声を掛け声に、六道は弾かれた様に飛び掛った。瘴気のような黒い霧を帯びた大剣を振りかぶって、アンラへと迫る。
それを見て、アンラは小さくため息を吐いた。そしてゆっくりと指輪だらけの指をかざす。瞬間、突進する六道の進路上に四角い平面が現れた。突然現れたその薄壁に、六道は回避しきれずに突っ込んでいく。
六道はそのまま消えてしまった。余韻も、音も、影も残さずに。
ぞっとした。なんだこいつ。六道が瞬殺なんて、洒落にならん。
「アハハハハ! 消えた消えた!」
「アンラ! てめぇ」
「はぁ。順序が逆になってしまいましたね」
ケラケラと大笑いのヘル。怒り心頭な様子のアスモデウス。すこし困った顔で頬をかくアンラ。三者三様の表情を浮かべる奇妙な空気。
「本当は六道あやね本人に説明するつもりだったのですが、仕方がありません」
そう言って、アンラが神妙な面持ちでアスモデウスに向き、話し始めた。
「アスモデウス。よく聞きなさい。まずあなたが魅惑の君の二つ名を異世界人に渡した事は、特に咎めません。六道あやねにはその資格があります」
「そんな事より、アヤネをどこに……」
「ただ、資格だけです。権利があるにすぎない。彼女は、魅惑の君の二つ名を継ぐにはあまりにも弱すぎる。現在のラグナロクの戦況を考えれば、今、七悪魔にそのような因子を加えるのは少々不都合です」
なんだ。何を言っているんだ、こいつは……
「それはわかっている。だが、あやねはすぐに俺より強くなる」
「ええ。だから送ったのです。夜の女神の元に。彼女は必ずや六道あやねを強めてくれるでしょう」
それを聞いて、アスモデウスがさらに悪態をついた。
「っち。よりによってあのくそ婆の所かよ」
「ええ。為すべき事はわかっていますね。それではあなたも行って来なさい。しっかりやるのですよ」
そう言うと、アンラは再び指をかざす。今度は真上に現れた平面がアスモデウスを通過すると、やはりその後には、やはり何も残らなかった。
話の流れから察するに、アスモデウスはどこかに送られてしまったらしい。そして六道も、何処かに飛ばされただけで、殺されてしまったわけでは無さそうだ。
「さて。一橋空海。次はあなたです」
「……」
「そんなに警戒しないでください。私に敵意はありません」
そんな事を言われても、状況がさっぱりつかめないこの状況では、慎重にならざるを得ない。特にこの男、何を考えているのか、さっぱり読めないからな……
「……六道はどうなった」
搾り出すように聞いた俺の質問に、アンラは丁寧に答える。
「彼女は魅惑の君になってしまいました。魔王の任を預かる私としては、彼女には強くなってもらわないと困る。そこでちょっと教育してくれる御方の所へ送ったのです。まあ花嫁修業みたいなものですよ」
アンラは、余裕げに言った。いつか自分を殺しに来るかもしれない人間を鍛えようと言うのか。こいつは。
何か考えがあるのか。または器がでかいのか、それとも単に酔狂なだけなのか。読みきれないな。
「まあ。とりあえず座りませんか?」
「そうだ。クーカイ。座れ」
六道に散らかされたはずのテーブルはいつのまにか修復されており、新しい食事とワインが再び用意されていた。ヘルと共に、机に書ける事を勧められたで、否応なく魔王・アンラと対面する事となった。
魔王アンラ――隣には死神ヘルのオマケつきだ。はっきりいって生きた心地がしないな。
「一橋空海。私に聞きたい事があるのでしょう?」
「……ああ」
俺が生返事をすると、アンラは間髪いれずに語り出した。
「まずお仲間がこの魔界に来ているかどうかですが、ここ100年ほどで生きた地上の人間はあなたと六道あやね、2人しか来ていません。ご安心ください。それにあなた方がここに来てしまったのは、私も想定外です。まさか人間が転移陣を逆流させてフォールダウンするなど、思いもよりませんでした。おそらく六道あやねの力、【闇術】がキーだったのでしょう」
気持ちの悪いことに質問するより先に、よどみなく説明を始めたアンラ。しかも、聞こうとした質問を、聞いたかの様な回答だった。
しかし、さっきのヘルの時にしていた時もそうだが、説明に意味不明な言葉が多すぎてつらいな。
「そうか。じゃあ……」
「次に地上に戻る方法です。幾つかありますが、一番楽なのは地上にある私の所有する迷宮にあなたを召還するという方法でしょう。あなたの体は地上の物なので、問題なく転送できると思います」
「それは助かる。だが俺が一番聞きたいのは――」
「外の世界に戻る方法ですね」
そういって微笑を浮かべるアンラ。全部お見通しらしい。なるほど。ヘルが魔王に聞けといっていたのは、こういう理由か。アスモデウスの言ってたことも良く分かる。まったくもって、気味が悪いやつだ。
「そうだ。ヘルの話だと天界のさらに上に有るとか」
「そう言われています。ただ私はそこへ行く方法を知りません」
と思ったら、なんでもは知らないらしい。
「魔王様でも、知らないことがあるんだな」
「ははは。知らない事だらけですよ」
とりあえず皮肉を言ってみるが、軽く返されてしまった。
「ただまあ、心当たりが無い事はない」
「と言うと?」
「そうですね。まずはあなた方、異世界人とは何か――から始めましょうか」
そう言って、目の前に注がれていたワインに手をつける。どうやら魔界では、ワインが好まれるらしい。しかしこいつは――ヘルもそうだが、用意されている食事類には一切手をつけない。ひたすらワインばっかり飲んでいる。じゃあ何で用意するんだという感じだった。
グラスを一気に飲み干し、アンラは続けた。
「一言で言って異世界人とは、天界の神々が一柱、人神ロキの召喚物です」
「ロキ?」
「はい。人神ロキは外の世界から人間を召喚することができます。それを地上に送り込んで、ラグナロクに利用するのです」
「ストップ。さっきも言っていたが、ラグナロクってなんだ?」
「ああ。そうか。すみません。説明不足でした」
そこからのラグナロクの説明は長かったし、固有名詞も一杯出てきたので割愛。まとめると次のようなものだった。
・ラグナロクというのは魔界の住人と天界の住人による地上の争奪戦
・魔界の連中はモンスター、天界の連中は人間を送り込んで、陣取り合戦をしている
・かれこれ10000年以上続いている大戦争
「お分かりいただけましたか」
「ああ。ラグナロクってのはだいたい理解した。続けてくれ」
「では。先ほどいったとおり異世界人とはロキの召喚物です。たまに地上に送り込まれては、人間側に大きく力を貸していました。いわゆる勇者・英雄・賢者の類です。彼らには何度も苦渋を飲まされたものです」
どうやら今までに何人もの異世界人がこの世界にやってきているようだ。魔王がこんなに言うのであれば、おそらく伝説や伝承でその人物たちの話は残っているはずだろう。てことはその辺りの情報を探してみるのも有用かもしれない。
「しかし、不可解な事があります」
「不可解?」
突然、アンラが口調を変えた。
「今まで、ロキは数百年、もしくは数千年に1人しか異世界人を送り込んでこなかったのです。理由は不明ですが、おそらく異世界人の召喚には途方も無い魔力が必要だから、と考えていました。しかし今回は――」
「今回は1クラス、正確には37人の異世界人が同時に召喚されか――か」
「その通りです。これには驚きました。1人の異世界人ですら持て余すのに、それが同時にそんな大量になど……狂気の沙汰です。あなた方が全員で、我々魔界の迷宮や拠点を潰し続けたら、我らはすぐに地上から追放されてしまうでしょう」
たしかに異世界に召喚されてやる事といえば住人を助け、モンスター退治をし、魔王を倒すのがテンプレだ。今だって王子は順調にその王道を突き進んでいるのだろう。
「要するに、外の世界に帰りたいなら、お前らと戦う必要が無いという事が言いたいのか」
俺がそう言うと、アンラが静かに頷いた。
「聡明な方だ。一橋空海。そうです。あなた方、異世界人が元の世界に戻るためにやらなければならないことは、天界の神々、とくにロキに話をつけることです。我々と戦うことではありません。この事を地上に戻った際に他の異世界人にも伝えて欲しいのです」
なるほど。大体、こいつの言い分はわかった。たしかに俺たちを召喚したのがそのロキっていう神なら、元の世界に戻るためにはそいつに会うのが最優先だろうな。帰れるかどうかは別としても、なぜ俺たちをこの世界に召喚したのかとかも問い詰めれるし。
ただ、まあ。こいつの話が本当だとしたら――の話だが。
今の話を魔王側に立って考えれば、俺たちの敵意を自分たちではなく天空の神々に向けようとしているだけとも考えられる。勿論、ロキが俺たちを召喚したという話が本当ならそれでいいのだが、この提案は、天界の神々の勇者大量召喚という禁じ手に対抗する、魔王の策略の一つではないのか。
「なぜ、俺達は大量召喚されたんだ」
「わかりません。そんなことが出来るのなら、なぜもっと早くからやらなかったのか疑問です」
「ロキが俺たちを召喚したという話が事実だという証拠は?」
「残念ながら、私にはあなたに信じてもらう術はないです。そもそも、ロキが異世界人を召喚できると言う事も、話でしか聞いたことが無いのですから」
そして、魔王アンラは、芝居がかった強い口調で続けた。
「だが考えてみてください。何故、私が嘘をつく必要があるのか……と。異世界人の多くは人間を助け、モンスターを殺し、正義を良しとし、悪を嫌悪する。我々魔族からしてみると百害有って一利も無い存在です。もしも我らの中に異世界人を追放できる者がいれば、すぐにでも実行しているでしょう」