15 昼下がり
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一応敵人数が分かるさあきを連れてきたのだが、盗賊団の拠点には首領の情報どおり、残党が2人と奴隷が1人だけだった。すぐに殲滅しに乗り込んだのだが、その時の話はなんというか、あまり詳細に描写しても不快なだけなので要点だけ語る。
奴隷がまだ若い娘であり、乗り込んだ時もそれはひどい状況だった。現場を目撃したさあきが、逆上して残党2人をミンチにしてしまったぐらいだ。まあミンチは言い過ぎだが、とりあえずHPが無くなるまでボコボコにしてしまった。泣きながら殴り続けるさあきをなんとかなだめて、残党を生け捕りにして制圧した。さあきがキレて無かったら、おそらく俺か六道が惨殺していただろうけど。
まあそれはそれ。とにかく残党狩りはすぐに終わった。その際、興味深いことが分かったのだが、これは後で話そう。忘れずに金目のものを戴いた後、奴隷の娘を保護してホームに帰った。
盗賊団の拠点を潰し、スクルドの街まで走って向かい、戦士ギルドの護送団を呼んでホームに帰った時にはすでに日が高くなっていた。戦士ギルド員のおっさんは、俺達みたいな子供が盗賊団一つを潰したことにかなり驚いていたが、それ以上は追求されずに賞金を渡し、盗賊を連行して帰って行った。
死体はそっちで処分しろと言われたので、タクヤが【土術】【フォルト】で穴を開けて、さらに【火術】【ファイアランス】で火葬にしてしまった。その際死体をタクヤと運んだのだが、さすがにちょっと気分が悪かった。まさか人を殺して、その死体を自ら運ぶ経験をする事になるとは、人生わからないものである。
「やれやれ。やっと一息つける」
タクヤが疲れた様子で広間のイスに腰掛ける。他の四人は、盗賊たちの後始末を俺たちに任せて、今日も迷宮探索に出かけていった。残りの18・19階の探索を済ませてくる予定だ。
「しかし、今回の戦闘は色々とわかってよかったね」
「ああ」
そう。今回の戦闘では初めての対人戦という、言ってしまえば人体実験を行ったことで、大事な事がいくつか判明した。その中でも重要な事は、人は死んでも魔石にならない事と、HPが0になってもすぐには死なないことである。
前者は人とモンスターは厳格に違う存在であることを示唆している。例えばそこらへんにいる虫を殺しても魔石にならないことはすでにわかっているので、モンスターを『死ぬと魔石になる生物』と定義すれば、人はモンスターでは無いということ。当たり前かも知れないが、こういう小さな設定がこの世界を知ること、ひいては現実世界に帰還することに役に立つはずである。少なくとも俺はそう考えている。
そして、大事なのは後者である。意外というか、やはりというか、HP0=死では無いことが判明した。
それがわかったのは残党狩りの時。さあきがボコボコにした盗賊の1人が、HP0にもかかわらず生存しており(意識は失っていたが)、さらにしばらくするとHPゲージが回復したのである。
これは有名どころで言うと、HP0=死亡のドラクエ型ではなく、HP0=戦闘不能のファイナルファンタジー型のシステムであると言える。つまりHP自体は、直接生死には関係が無いという事だ。
勿論、HP0の状態が危険な状態である事に代わりはないが、戦闘中にHP0になっても仲間に助けてもらえば生き残れる可能性がある事がわかったのは大きい。
「死亡とHP0は別物って事はわかったけど、じゃあHPってどういう意味なのかな」
「どっちかっていうと『スタミナ』とか『気力』的な意味なのかもな。魔術や技を使う時に消費するから。たしかウルドの街で魔術士ギルドのおっさんが魔術を使い続けたらぶっ倒れるとかいってたし」
「そういえばサラとエレンにも協力してもらって、いろいろ検証した中の一つに、『HPバーが見えるの俺達だけ』ってのがあったよね。その辺りも関係してるかも」
「あー。そうかもな」
2人で話していると、すっかりメイド服姿が様になってきたエレンが紅茶(正確には野草の煮出しらしいので煎茶と呼ぶべきか)を淹れてきてくれた。
「ご主人様。お茶を入れ、入りました」
「ああ。ありがとうエレン」
「ありがとう」
それを口に含みながら、タクヤがエレンに尋ねる。
「ノエルの様子はどう?」
「まだ起きないみたい、です。姉様が看てくださっているので大丈夫だと思う、ますけど」
「そっか。かなりひどい扱いを受けてたみたいだから、最初は怯えるかもしれないけど、仲良くしてあげてね」
「はい! 任せて、ください!」
エレンはいつもの調子で答えると、ピョコピョコと元気良く走りながら仕事に戻っていった。いい娘なんだが、色々と心配なやつだ。
ノエルというのは盗賊の拠点で保護した奴隷の娘の事。奴らに精神崩壊寸前まで追い詰められていた様子だったので、しばらくここでサラとエレンに世話をさせることにした。歳も近そうだったいし、ちょうど良いだろう。
「なんかまた人が増えちゃったね」
「良いんじゃねーの。問題はいつまでもここに居るわけにもいかないって事だけど」
「そうだよね。あぁ、そういえばさっき王子から手紙が来たよ」
「王子?」
王子とは俺たちのクラスメイト。スーパーの後に10個くらい修飾語が来る男の事だ。そういえば、あいつと別れてもう一ヶ月近くたつのか。
「クーが戦士ギルドの人たちを連れてきてる間に、回収屋が持ってきてくれたんだ」
「ふーん。で、なんて書いてあったんだ?」
「あっちもいろいろ大変だってさ。何人かが俺たちみたいに王子達のグループから別れて行ったらしいよ」
「まあそれはしょうがないな。ドキュンネ3兄弟とか十姉御が、人の話を聞くわけがないし」
「そうそう。その4人と、あと久遠、唐松、友森、三好あたりもいなくなったって」
「男ばっかじゃねーか」
今、名前が出た8人中7人が男だ。ってことは逆算すると……えーと、王子の所に残っているのは男6人と女16人か。ひどい男女比だな、おい。
「しょうがないよ。王子、モテるから」
「あー……しょうがないな」
いわゆる、諦めの境地である。
「で、ウルドの領主との契約は完遂したから、これから王都に行くってさ」
「王都に行って、領主を救ったつてで王様と謁見ところかな」
なんか、その後の展開が見えるな。
「王子は主人公体質だからねー。勝手にどんどん行っちゃいそうだよね」
「というか、なるだろうな。まあ俺たちは俺たちのやり方で現実世界へ帰る道を探させばいい」
王子が現実世界に帰る方法を見つければそれでいいし、こっちが見つければそれでもいい。王子が王道勇者路線で行くなら、こっちは別の攻略路線でいけばいいだけだ。
という訳で、タクヤと俺は現在、効率的な金策を考えている。レベルはだいぶ上がり、この世界の戦闘にも慣れてきたので、次に必要なのはまとまった金だ。タクヤの言い分は次のような物である。
「よくゲームでは依頼とかの仕事をこなしながら金稼ぎするじゃん。あれって俺たちみたいな異世界人には、すっごい効率悪いよね。せっかく現代知識やチート能力があるんだったらそれ使って手っ取り早く金と権力を得て、それから行動したほうが楽だし早いし、なにより安全だよ」
まあ、言いたい事はわかる。だが、その考え自体はあまり俺の趣味ではない。
だってそれって、レベルMax・装備最強を整えてから攻略するようなもんだろ? 俺は言いたい。そんなの何が楽しいのか、と。ギリギリのレベルと、手持ちの金で揃えた装備、そして持ち得る能力だけで進めるから、RPGは楽しいんじゃないかと。
だが、実際に自分の命が掛かかっているいまの状況では、タクヤの言い分が正しいのだろう。俺だって死にたくは無い。可能な限り備えてから動くのは当たり前だ。
「まあ現状、金策はやっぱり【魔石加工】が最有力だろうな」
「そういえば、やっと【時術】【ポーズ】がエンチャントできたよ。現状あまり手に入らないレベルの容量の魔石が必要だし、一個作るたびにHPが残り数ドットになっちゃうけど。何個か作ったから今度使ってみてよ」
そういって、タクヤはポケットから銀色の魔石を取り出すと、無造作に投げてよこした。
「じゃあ【リワインド】とか【フォワード】のエンチャントはまだ無理って事か」
そういう事になるね、とタクヤは頷いた。
「この迷宮で採れる魔石じゃ容量が足りないのはちょっと困ったな」
「うん。だからもうちょっと金を稼いだら、もっと強いモンスターがでる地域か迷宮を探そうと思う。どうせここの迷宮は、あと3日もあれば踏破できそうだしね」
「それだけど、どうするんだ? 最奥にいるボスを倒して魔法陣を破壊したら迷宮は消滅するって話だろ。さっさと終わらせるのか?」
俺が聞く、タクヤが足を組み替えながら、余裕げに答える。
「もう移動用の馬車も買ったし、当面の資金も確保できてるからね。俺としては次の段階に進もうと思ってるよ。当面、金を稼げなくなってフーあたりが怒りそうだけど」
「まあな」
ただあいつの場合、今はまだ俺たちと一緒に行動しているけど、遅かれ早かれハーレム作りを開始する為に1人で行動しはじめるだろう。金を稼ぐノウハウもある程度わかってきただろうし、そろそろ1人で動き出すかもな。
「ま。それにさ」
子供みたいな眼をしながら、タクヤは続けた。
「初めてのボス戦だよ。わくわくしてこない?」
「……はっ。ははは!」
確かに、それもそうだな――
【土術】【フォルト】
HP消費中。地面を動かして割れ目を作る。大きさは【土術】スキル・INT依存。