14 撃退
14
「おい。三人とも、起きろ」
「……んあ? クー?」
「……?」
俺は、いつもは立ち入り禁止にされている女子部屋に無断侵入していた。そして寝ているさあき達に声をかけた所だが、よく考えると悲鳴をあげられてもおかしくない状況だったな。危ない危ない。
「……どうしたの?」
「端的に言うと、ホームが盗賊団に襲撃されそうだ」
その言葉ですぐに動いたのは六道。ベッドから飛び起きると、まだ俺がいるのに着替えを始めやがった。その様子に事態の急を察したのか、2人が眠い目を擦りながら起き上がる。
「さあきは今すぐ俺について来い。六道と仁保姫は戦闘準備を整えて広間にきてくれ。明かりは極力点けないように。こいさあき」
「え? え? ちょっとー」
着のみ着のまま状態のさあきを引っ張って屋根上へと戻る。タクヤがすでにそこで待機していた。男子陣は先に起こしておいたのだ。サラ達はフーが起こしに行っているはずである。
「雲が厚くてぜんぜん見えないや。どっちにいるの?」
「こっちだ。ちょっとまて……」
もう既に、明かりをつけていないようで、ごそごそと蟻の様に動く点が見えるだけだった。
「もう2,3kmのところまでは来てるな」
「さあき。なにか情報わかる?ここから見て西の方角、あの辺りらしいけど」
「んー……ダメ。まだ遠いみたい」
ちょっと、遠すぎるようだ。
「そっか。クー、あいつらの大体の数は?」
「木立地帯に入る前に見た時は、20人近く固まっていたな」
「わかった。とりあえず状況は把握した。広間に集まろう。さあきは急いで着替えてきて。敵情報について何かわかったらすぐに教えて」
「う、うん」
さあきが慌てて女子部屋にとんぼ返りである。あわよくばこの距離でもなにか敵情報がわかるかと思ったが空振りに終わった。
「盗賊団ってことは対人戦だな。どうする気だ?」
「いつかは戦う事になるとは思っていたけど。このタイミングはちょっと予想外だったよ」
俺が聞くと、タクヤは暗い表情で腕を組んだ。何を考えているかは大体わかる。敵はモンスターではない。人間である。と、すると今回俺たちは、初めて人を殺すかもしれない、ということだ。
もちろんゴブリンやワーウルフなどの人型のモンスターを倒しているので、少なくとも俺にはそこまで違いがあるとは思えない。人を殺したら魔石になるのか? とかそういう事のほうが気になる。だが、割り切れない奴には越えられない一線だろう。
「一応聞くけど、クーはいけるよね?」
「おれは問題ない。ただ他の奴らはどうだろうな」
「んー。六道さんはいけるんじゃない?」
「六道な。あいつはまあ大丈夫そうだけど、実際どうだろうな」
「まあ今回は時間も無いし、期待するしかないね」
そう言って、俺たちは皆の待つ広間に向かった。
……
道なき道を、盗賊たちが進む。粗末な装備で武装した、汚らしい男どもがほとんどのようだ。
簡単な作戦会議の後、俺と六道の2人はすぐに盗賊たちの進路上に向かい、闇の深い森に立ち並ぶ、木の上に潜んだ。俺は【ヒドゥン】、六道は【闇術】【ダークネス】により完全に風景と同化している。
「全員行ったかな」
「まずは、あなたの仕事でしょ?」
「ああ。じゃ、事が始まったらよろしくな」
やっと【隠密】スキルの活躍所か。【サイレンス】を発動させて樹から飛び降りる。そして集団から離れ気味だった盗賊一人に無音で近づき、口を塞ぎつつ喉を切り裂いた。
【一撃死】狙いのため傷が浅かったので、あまり血は吹き出なかった。だが、確実に【一撃死】が発動し、男は声も発せずに事切れた。それを静かに横たわらせると、次の標的を探す。
出発する直前にさあきの【解析】スキルにより判明した敵人数は18人。レベルは最大で26。これは俺たちの中で最高レベル六道のレベル27に匹敵する強さだが、そこまで高レベルな奴は一人だけであり、後は一桁も多かった。おそらくそいつが首領だ。
できればそいつを暗殺できればいいのだが、そこまで話は簡単ではないだろう。まずは数減らしだ。集団を背後から追跡して隙をうかがい、2人目の逸れ者を暗殺したところで、連中はついに木立を抜け、ホームを見渡せる地点に到達した。
殺気立ちながら戦闘準備を整える盗賊たち。そして中心には首領と思われる大柄な男がいた。その男が指示を出すと、周囲の仲間が火球【ファイアボール】を作り出し、ホームに向かって打ち出してきた。
数は3つ。轟々と火の粉を撒き散らしながら、火球がホームに迫る。が、その内一つが突如、鋭角に方向を変えて、明後日の方向に飛んでいく。残りの二つも途中で停止して、周囲を煌々と照らす松明に変わってしまった。フーのスキル【グラブ】の仕業だろう。
その明かりの元に、タクヤと仁保姫が姿を現す。
3人目
とりあえずホームを火攻めにしてから襲撃という流れだったのだろう。盗賊団は予定と違う状況に驚きとまどっていた。しかし、相手がまだ年端も行かぬ少年少女なのを見ると、すぐに気を取り直したようだ。
4人目
「よく気がついていたな。ガキはまだ寝てる時間だと思っていたぜ!」
首領の煽りに、タクヤが大げさな身振りを交えながら応える。
「おっさんらこそこんな時間にみんなで連れションか? いい年して一人でトイレにもいけねーのか!?」
5人目
その返しに盗賊団からは大笑いがおきた。やれ威勢のいいガキだとか、やれ隣の仁保姫が上玉だとか大騒ぎだ。やっぱ見た目でなめられてんな。
6人目
7人目
「はははは! おもしれーガキだな。泣き顔が楽しみだ。うっしゃー野郎共! やっちまえ!」
首領のその号令に部下が応じて咆哮する。そして、首領とファイアボールを使った後衛3人を残して、盗賊団が突撃を開始した。
そこで首領は異常に気がついたようだ。味方の数が少ない事に。
18人いるはずの盗賊団から後衛3人と自身を抜けば、突撃するのは14人のはず。だが実際にはその半分しかいなかった。
そりゃそうだ。おれが殺して回ったからな。タクヤ達のミスディレクションが素晴らしかったので、俺は背後から近づいて首に短剣をつきたてるだけの簡単なお仕事だった。
異変に気がつき指示を出そうとする首領を、すでに背後から六道の【闇術】【シャドー】が捕らえていた。行動束縛。これでしばらくの間、首領は身動きが取れない。
だがそんなに余裕があるわけではない。【シャドー】が束縛している間、六道のHPは消費し続けるので、速攻で魔術師系の後衛三人を殺しにかからなければならない。俺はその中の一人に狙いを定め、【ダッシュ】で一気に距離を詰めた。
こちらに気がついた相手の詠唱を【スローイングナイフ】で妨害し、距離をつめる。ナイフで応戦してきたそいつの攻撃を軽くいなしながら、30秒ほどでHPを削りきった。
その後すぐに六道の援護に向かおうとしたが、すでに残り2人は、六道のバスタードソードによって、上半身と下半身が分離させられていた。殺し方がこえーよ、六道。
最後に【シャドー】で束縛中の首領の足に短剣を突き立てて行動力を削ぐ。それでこっちは終了だった。
「思ったよりHP減らされたな」
「そうね。【シャドー】は敵レベルが高いとHP消費が増えるみたいだから、それが原因かしら」
「なるほどねぇ」
六道のHPが、半分以下になっていた。30秒程度でこれだから、もうちょっと長引いたらまずかったかもな。
「それより……」
「ああそうだ。おっさん」
両足の短剣を突きたてられて悶えている首領に声をかける。自分でやっておいてなんだが、ちょー痛そうだな、これ。
「聞きたい事が幾つかある。答えろ」
「ガキが、なめるな……ぐあぁ!」
その言葉を言い終える前に六道が前蹴りをかまして首領を押し倒す。次の瞬間には巨大なバスタードソードをギロチンのように首に当てていた。自身はマウントポジションである。
「動いたら殺すわ。聞かれたことにだけ答えなさい。このくそ豚」
ノリノリですね、六道さん。とってもお似合いです。じゃなくて――
「なぜ俺たちを狙った」
「ひっ! お前達が、最近稼いでるって聞いたから……」
「誰から」
「お前らが、稼いでるってのは、スクルドじゃかなり有名だぞ」
「質問を変えよう。誰から俺たちのホームの位置を聞いた」
「街の情報屋だ!」
「名前は」
「……デインだ」
デイン……? 知らないな。今度街に行ったとき調べておくか。
「なるほどねぇ。じゃあ次の質問だ。他に仲間はいるか」
「拠点にあと3人……部下と奴隷のガキがいる」
「3人ね。他には?」
「ほ、本当だ!! だからその剣を降ろさないでくれ!」
六道はさっきからポンポンとバスタードソードの柄を玩んでいる。手を放せば、添えられた巨大な刃はいとも簡単に首を飛ばすだろう。なかなかスリリングな状況である。
しかし仲間が残ってるのか。3人というのが嘘で、もっといるとしたら面倒だ。さっさと潰しといたほうがいいか。
「よし。六道、もういいや。あっちも終わったようだし」
「そう」
見るとホーム居残り組が手を振っていた。あちらも終わったようだ。後衛とリーダーを失い、しかも人数が半分に減らされていた残りの連中は、タクヤ達にボコボコにされて生け捕りにされていた。さすがに7人程度なら楽勝である。敵レベルも低いしな。
タクヤの作戦は大まかには、俺ができるだけ敵を間引き、戦闘になったら背後から俺と六道が挟撃して、一気に勝負を決めようというものだった。結局、間引きの段階で敵戦力を半減させてしまったため、戦闘開始から5分もしないうちに俺たちが勝利してしまったのだが。
まあ全員無事でよかった。
とりあえず、生け捕りにした奴らの武装解除をし、縄に連ねてフーと仁保姫を見張りつける。残りの四人で生け捕りにした一人を道案内に、連中の拠点を潰しに行くことにした。
【闇術】【ダークネス】
HP継続消費小。自身を闇に溶け込ませる。