12 奴隷
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「説明してもらおうか」
「うっ……」
恫喝に黙り込むフー。目が右へ左へ、トビウオのように泳いでいる。どう説明しようかと、あれこれ思考をめぐらしているようだ。
2人の少女が互いを守るように抱き合っていた。いや違うな、ショートヘアーの小さい方が、ロングヘアーを大きい方を庇っているのか。ショートの少女は威嚇するような目で、ロングの少女は怯えるような目で、それぞれ俺とフーのやり取りを窺っていた。
「えっとな。この子達は奴隷市で売られてて……」
「それは大体わかる。で、俺はなぜここで待っているのが馬車ではなく、少女2人なのかを聞いているのだが」
「えーとっ……話せば長くなるわけで……」
「は・な・せ」
しどろもどろに搾り出したフーの言葉をまとめると、大体次のような感じだ。
2人は姉妹。ロングの方が姉のサラ、ショートの方が妹のエレン。フーは初めてスクルドに来た時に、奴隷市で2人と出会ったらしい。ほかの女奴隷と比べて事情があって安かった事もあり、テンションが上がっていたフーはその日の内に買い取る約束をしてしまった。しかし、金が揃っているわけでもなく、伸ばしてもらっていた期限も迫っていたので、しょうがなく馬車の代金で買ってきたという話だ。
あー……やってしまったな。奴隷ハーレムを作ろうとしている奴に、大金を持たせた俺が間違いだった。
「で、いくらしたんだ?」
「……金貨20枚」
「まぢでか……」
そう吐き捨てて、少女2人を見下ろす。ビクリと体を震えさせて、さらに強く互いを抱き合うサラとエレン。髪の長さは異なるが、2人とも金色の髪に蒼色の瞳、そして白雪のような肌。ボロボロの服装に栄養の足りてなさそうな体つきだが、奴隷に落ちる前は貴族の家系だったらしい。よく似た姉妹だ。
年齢はサラが俺たちより少し下で、エレンは小学生高学年といったところだろう。2人とも、まだまだガキっぽさが残っている。
しかしサラはまだしも、エレンについては言葉も無い。こんなガキを奴隷ハーレムの一員に選んだのかこのハゲは……。いや、こいつの性癖などどうでもいい。問題はこれからどうするかだ。
フーがなにやら言い訳を並べているがとりあえず無視で。この世界にクーリングオフなんて制度があるとは思えないし、返品は効かないだろう。それよりもさっさとホームに帰らないと日が暮れてしまう。荷物も持って帰らないといけないし。
とりあえず、一度ホームに戻って、奴隷の扱いはタクヤ達と相談して決めるか。よし。
「馬車以外の言われたものは買ってあるのか?」
「えっ!! あ、あぁ。一応」
「おーけー。じゃあ荷物運び用の荷車、今すぐ買ってこい。ダッシュな」
そういって金貨を一枚投げ渡す。慌ててそれを掴み取ったフーが逃げ去るように、荷車を買いに走っていった。
「さて」
2人とも相変わらず怯えている。まあ実際、怒っているからしょうがないが。
「えーと。サラとエレンだっけ? 言葉は分かるか?」
「は、はい」
「うん」
2人がそれぞれ答えた。出来る限り声のトーンを落としながら言う。
「さっきの男が荷車を買ってきたら、荷物を載せるのを手伝ってくれ。すぐに俺たちのホームに向かう。日が暮れるまでには着くと思うから」
「あ、あの」
「わかってる。歩けない、だろ?」
「はい。申し訳ございません」
姉のサラのボロボロのロングスカートからは左足一本しか見えなかった。右足のヒザから下を戦争で失ったそうだ。手には松葉杖代わりだろう、木の棒を持っていた。
値段が安かったのはそれが理由だ。それもそうだと思う。当然ながら、誰が働けない奴隷など欲しがるのかという話。動けない奴隷の使い道など、ギリギリ愛玩動物としての価値しかないのだろう。その点サラは器量がよく、性格も従順であったため、性奴隷としてギリギリ価値があったみたいだが。
「姉さまも分も、私が働く、働きます」
妹のエレンが舌足らずな敬語で主張する。こいつはまだどう見てもガキだ。フーの話だとサラと一緒に買って貰わないとイヤだと、手が付けられないほどに暴れていたらしい。事実、身体中に傷がある。かなり無茶をしていたのだろう。
「2人とも、これからどうするかはホームに戻ってから決める。まあ悪いようにはしないが、金貨20枚分の働きはしてもらうだろうから、覚悟しといて」
「……はい。覚悟しています」
「私も、姉さまと一緒なら大丈夫。どんなことでもする、します」
ん? なんか間違ったニュアンスで伝わった気がするな……まあいいけど。
……
俺と奴隷2人を含む荷物満載の荷車を、フー1人に牽かせて走ること数時間。ホームに着く頃には日が暮れて辺りが薄暗くなってしまった。
到着すると同時に、仁保姫が心配そうな顔で出迎える。
「おかえりなさい。一橋さん。門倉さん。遅かったですね。その方々は?」
「ああ。仁保姫。すまんがこの2人をお前らの部屋に連れてって、体を拭いて新しい服を着させてやってくれ。あと髪の長い方は足を切断してるから、ちょっと状態を見といてくれるか?」
「え? えっと、わかりました」
仁保姫が2人を連れて二階の女性部屋に向かう。あいつは応急手当の知識もあるそうだから、任せて大丈夫だろう。
入れ違いに残りの三人がホームから出てきた。
「クー? 今の2人はなに?」
「ああ、タクヤ。今から話す。その前にさあき」
「なになに?」
「お前は仁保姫と一緒にさっきの2人、世話してこい。一応、何か隠し持ってるかもしれないから、確実に裸にひん剥いて着替えさせろ。あとステータスも何もかも全部調べとけ」
「え。なんかエッチ」
「うるせぇ。さっさといけ」
「はーい」
とことこホームに戻るさあき。タクヤに状況を説明しようと思ったが、六道が黙って荷車の荷物を運び込み始めていたので、俺たちもそれにならい、とりあえず荷物をすべてホームに運び込んだ。走り続けてボロ雑巾のようになってしまった変態坊主は放置して。
……
「なるほど。馬車じゃなくて、奴隷を買ってきたってことね」
「そ。しかも性奴隷候補にな」
「バっ! それは……!」
俺の一言に、フーが慌てる。
「違うのか?」
「えっ? えっと……はい。そうです」
「最低ね」
「うっ……」
回復したフーを囲んで、事情を説明する。タクヤの追及に加え、六道のゴミを見るような目からの蔑み。完全に『もうやめて、フーのHPはゼロよ』状態だがまったく同情できない。いいぞ、もっとやれ。
一通り状況を飲み込むと、タクヤは大きく息を吐きながら言った。
「まあ、買ってしまったものは仕方がないね。2人には家事や炊事をしてもらおう。ホームを管理してくれる人が居たほうが、迷宮探索の効率が上がるだろうし」
「だけどサラは隻脚で、エレンなんかまだガキだぞ。できる仕事なんかあるのか?」
「エレンは力仕事じゃなければ大丈夫だと思うわ。問題はサラだけど、まったく歩けないって訳でも無いんでしょ? 炊事やお針子の仕事くらいできるはずよ」
六道が、壁に背を預けながら言った。
「それはそうだが」
「六道さんの言う通りだね。なんなら簡単な義足でも作ってやればいい。フーが」
「俺っ!?」
タクヤの言葉に、フーが絶望的な顔をする。
「あたり前でしょ。寝ずに作ってね。あと彼女達の代金は借金扱いにしておくから、迷宮潜ってさっさと稼ぐように」
「う……うっす」
タクヤの非常な判決に、フーがうなだれる。自業自得である。
そんなこんなで2人にはメイドとして働いてもらうことになった。体を洗って清潔な服を着させられた2人を広間に呼び、2階の余っている小部屋を与えて、住み込みで雑事をしてもらう旨を説明する。基本的に食事も生活も、俺たちと同じ様にしてもらうことにした。
予想していた待遇と違ったのか、ずいぶんと戸惑われた。なぜ奴隷が主人と変わりない待遇なのかとも聞かれた。確かにこちらの世界では異常なのかもしれないが、俺たちが奴隷をどうやって扱うものなのか知らない以上、どうしようもない。
『その代わり、一生懸命働いてくれ』とタクヤが言うと、涙目になりながら2人が頭を下げた。さあきと仁保姫は可愛い妹が出来たといってはしゃいでいるし、六道もまんざらじゃなさそうだ。
女成分が当社比60%増しになって、さらに姦しくなってしまったわけだが。
「人手は欲しいと思ってたし、よかったんじゃないかな? クーはメイド好きだろ?」
「まあな。メイド服でもあれば完璧なんだけどな」
「今度、俺が買ってくるよ」
「だまれフー。俺が買ってくる。お前は馬車馬のごとく働いとけ」
「ひでぇ……」
「まあまあ2人とも。とりあえず一応確認しとくけど」
タクヤがニヤニヤしながら、言った。
「エロい事は禁止ね」
……たりめーだ。