11 買出し
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スクルドの街・商人ギルド。
迷宮探索開始から10日ほどが過ぎたある日。俺はスクルドの街を訪れていた。目的は食料や日用品の補給。そして、そのための換金である。
この世界には為替制度が存在する。とはいっても俺はそもそも為替制度自体、よく知らなかった。タクヤが言うには要するに小切手のことらしい。取引を現金で行うのではなく、羊皮紙に金額を書き込んで受け渡し、その証書を商人ギルドやそれに準ずる場所に持っていけば換金できるという仕組み。ホームにやってくるエギルからの使いとは、この制度を用いて取引をしていた。
タクヤは興味深げにこの制度について考察していたが、俺にはよくわからなかった。確かに便利な制度だが、この外を歩けば危険に出会う世界で、現金を持ち歩くのはあほらしいから、そりゃあってもおかしくないだろ。その程度の認識である。
とにかく、そういう制度があり、そして今、10日分の儲けの換金を終えたところだ。金貨38枚と銀貨342枚。どうせ細々とした買い物が多いので最初から銀貨を多めにもらっておいた。
さて、そろそろ追いついてきたか。
俺は北門に足を向ける。本当は一人で来る予定だったのだが、フーがどうしてもついてくるというので連れてきた。が、まあ思ったとおり俺の高いAGIとスキル【ダッシュ】による高速移動、全くついて来れなかったので、街に着いたら北門で待ってろと言って、途中置き去りにしてきたのだが。
北門にはボロボロになった坊主頭がいた。息も絶え絶えで、死にそうに膝を突きながら。
「はっ、はっ、うっ……」
「やっと来たか。もう換金は終わったぞ」
「はっ、はっ。有り、得ん。いくら、なんでも、速すぎるだろ」
俺はPTの中では圧倒的に移動速度が速い。それしか能がないとも言えるが。とにかくその能力を活かして俺は街への補給役を任された。(半分は【ダッシュ】のスキル上げがしたかっただけ)
実際、現実じゃ考えられない速度で走ってきた。初日、半日以上かかったホーム~スクルド間を小一時間で踏破したのだから。しかし、俺にはどちらかというと、フルマラソン1本分の距離を休まずに走って、息を切らす程度だった事のほうが驚きである。つまり持久力も上がっているという事だ。
AGIとDEX以外は、俺とフーのステータスは大して変わらないはずなので、この違いはAGIの違いと見てよい。持久力はVITの領域だと思っていたので意外だった。要するにAGIは運動性能全般を底上げしているのだろう。
そんなことを考えながらフーが立ち直るのを待ち、換金した金貨を半分渡しながら今日の予定を確認する。
「俺は装備関係の買出しと、タクヤに言われた用事を済ましてくるから。お前は食料と日用品を頼むわ。それと馬車の件もよろしく。教会の隣に売ってる店があるらしいから。たぶん金貨20枚くらいあれば買えると思う」
「わ、わかった」
「んじゃ、正午にまたここでな」
そう言って、フーと別れた。馬車は以前から優先的に購入しようとしていた物だ。迷宮探索は大量のドロップ品が手に入るわけだが、現状、俺たちはそれを運搬する手段を持っていない。そこでエギルとは買取の独占契約を結ぶ代わりに商品を引き取りに来てもらってわけだが、当然買い叩かれる心配がある。
そこで馬車を買おうという話。また、これから旅をするにしても馬車は持っておきたい。以前スクルドの街で価格を調べたときは馬一頭で金貨15枚ほどだった。現実世界なら150万円以上だ。それに荷馬車も合わせれば、さっき言った金貨20枚くらいになるだろうという計算。結構な値段だが、まあそれに見合う利用価値はあるだろう。
さて、とにかくその話はフーに任せよう。俺は俺で、色々と用事がある。まずは冒険者ギルドで魔石の売却値段の確認からだ。さっさと巡らないと正午に間に合わなくなってしまう。
……
「それじゃ。この【魔石加工】スキルがあれば魔石に魔術をエンチャント出来るわけ?」
「いや、それだけじゃダメだ。魔術にもランクがある。上位の魔術ほど高い【魔石加工】スキルと質のいい魔石が必要だ」
「ふーん。具体的にはどうなの? 街の周りのモンスターから取れる魔石で【ウィンドカッター】はエンチャント出来る?」
「無理だな。せめて【ウインドレイヤー】までだ。この周辺のモンスター程度の品質だと、"属性"を入れて使う程度だ」
「なるほどねぇ」
俺は魔導士ギルドで知り合った、エルフ耳の威勢のいい女魔術師に質問攻撃を仕掛けていた。今の話題は【魔石加工】について。ファンタジーの世界でエルフというものは慇懃無礼と相場は決まっているのだが、この世界ではそうでもないようだ。見た目は20代後半かそこらだが随分と気さくな女性で、俺のわりと細かい質問にもハキハキと答えてくれる。
次に俺は現状の最深到達地点で入手した魔石(敵レベル21)を渡してみた。
「この魔石ならどの位のモノがエンチャントできる?」
「これなら中級魔術はエンチャント出来るだろうぜ。もしかしたら上級もいけるかもな。なかなか質のいい魔石だよ」
「どうやって判断するの?」
「ん?色と大きさで大体わかるよ。【鑑定】スキルがあればもっと正確にわかるはずだ」
【鑑定】スキルでわかって【解析】スキルにわからないはずがない。さあきめ。まだ俺に知らせてない情報があったのか。あとで説教だな。
「なるほど、慣れって事ね。ああ、そろそろ行かなきゃ。ありがとう。いろいろ教えてくれて」
「どういたしまして。私も君のような熱心な子に教えるのは楽しいよ」
そうしてエルフ耳の女魔術師と別れ、魔術ギルドを出た。なかなか気の合う人だった
俺とタクヤは現在、このエンチャントに最も興味をもっている。エンチャントとは、魔石に魔術をつめる技術である。一つ一つに魔術を詰め込み、場面に応じて使えるが、使用できるのは一回こっきりというのが基本らしい。要するに使い捨ての魔法スクロールだ。
生活にも用いられているが、特に消費量が激しいのは戦闘・戦争用である。いかに多く攻撃魔術をエンチャントした魔石を保持しているのか。それがこの世界での国力を表すパラメータの一つにもなるらしい。
エンチャントに注目しているのはその辺りが関係している。金を稼ぐには、金持ちを相手にしたほうが効率がいい。そしてこのRPG色の強い世界における金持ちは、国家か宗教のどちらかというのが基本である。ならば大金を稼ぐならそいつらを相手に商売をするのが一番だろう、というのがタクヤの考えだ。
そして俺たちには、それを可能とする心当たりがある。タクヤの【時術】と六道の【闇術】の存在だ。要するにめずらしい魔術を込めて、売り物にしてしまおうという魂胆である。
特殊な魔術はそれだけで戦力であり、権力だ。東のヴァナヘイム教国の教皇のみが使用できる【神術】がその典型で、聞けば不治の病を治すやら、100万のモンスターを打ち破ったやら、信じられない話ばかり聞く。多少の尾ひれは付いているのかもしれないが、少なくとも強力な魔術であることは間違いない。
そんな特殊な魔術をエンチャントした使い捨て魔石を売り物にし、強力さを知らしめて独占販売できれば、そうとう儲かるんじゃないかというのが俺たちの皮算用。
兵器というものは、使う側よりも売りさばく側の方が儲かるというのは当たり前の話だ。別に俺達はこの世界を武力で支配しようなんて考えは無いんだしな。
それに今後旅するにしても何するにしても、収入源を確保しておけば確実に有利である。そのための第一歩としてスキル【魔石加工】を購入し、情報を収集していたというわけだ。
……
魔術師ギルドを出た後は武器防具屋を廻り、各自の装備や補修用の布切れ、薬品やついでにさあきに頼まれていた調理器具や裁縫用の糸や布などなどを買い集めた。
気がつくと正午を知らせる鐘の音が鳴り響いていた。帰りは荷物があるため、一人で突っ走って帰ればいいというわけにはいかない。正午には街を出発しないと、下手をすると日没までに帰れなくなってしまう。慌てて荷物をまとめ走り出した。
北門にたどり着くと、そこにはすでにフーが待っていた。
「わるい。ちょっと遅れた……?」
フーの横に、ボロボロの服装をした金髪の少女が2人、不安そうにたたずんでいた。