10 日々
10
小部屋へ続く通路上。現在俺は、六道、フーの三人で迷宮に潜っていた。
さあきによって作成されたマップによると、この先の小部屋は行き止まりになっている。しかしその部屋には、『緑の点があったよ☆ミ』と書き込みがある。若干、書き込みにイラッとしたが、緑の点は宝箱がある事を示していた。実際、部屋の中心にそれらしき物体が見える。同時に敵モンスター、今回はスケルトン達もワラワラといるわけだが。
「フー、頼む」
「おっけー」
フーは道具袋から棍棒を取り出すと、数十メートル先の小部屋にいるスケルトンに向けてそれを投げつけた。ほぼ直線軌道で進んだ棍棒は、スケルトンの頭蓋骨を粉々に粉砕し、同時にHPを大きく減らした。
フーの能力の一つ【スロー】。フーが投げられると思ったものはなんでも投げられる能力らしいが、重要なのはどちらかというと、『投げる威力』がハンパないという点である。こいつは、投げられるものは何でも強力な遠隔攻撃にしてしまうのだ。
「くるぞ。アーチャ2とウォーリアー4だ。フー、アーチャを狙え」
よしきた、とフーが道具袋から手当たり次第に物を投げる。拾った敵の武器、モンスターの牙や爪、挙句に道中に落ちていた礫石など、本当に節操が無い。それでも、襲い掛かるスケルトンの群れの後方、スケルトンアーチャのHPをゴリゴリと削っていき、そいつらが攻撃態勢に入る前に、倒してしまった。まったくデタラメである。
「いくぞ」
「うん」
【闇術】【シャドー】
氷の様な冷たさで詠唱された六道の魔術。六道の影が怪しく形を変えると、迫り来るスケルトン×4の影に入り込み、動きを縛ってしまった。初めて見た闇術だったが、どうやら行動禁止の効果があるらしい。それなら――と素早く【ダッシュ】を発動し、すれ違いざま一体に、急所である脊椎に一撃を加えて走り抜ける。スケルトンウォーリアー、が淡い光と共に消滅する。
スケルトンに対しては、なぜか急所を突けば【一撃死】がいつでも発動する。これには最初驚いた。原因は不明だが、スケルトンは死んでるから攻撃を認識するってこと自体ができないんじゃないの? というのが六道の意見。そう言われればそうかもしれないが……
返す刀で、もう一体の急所も抉り、残り二体――
「どいて」
仰ぎ見ると六道がその巨大なバスタードソードを大きく振りかぶっていた。そしてゆっくりとしたモーションから、通路の横幅いっぱいに届きそうななぎ払いを繰り出した。慌ててバックステップをし、攻撃範囲から脱出する。しかし、動きを止められた残りのスケルトンは為す術なく斬撃の餌食となった。
六道により、大きくHPバーを削られたスケルトンに三人でトドメをさして戦闘終了。
「なんだ六道。その魔術、いつの間に覚えたんだ?」
「別に、前から使ってた」
「ふーん」
六道は俺らの中でも群を抜いて強い。あの仁保姫と並んで前衛をしているのだから相当な物だ。そう――たしかに強い。だがステータスもスキルも、近接戦闘向きの仁保姫と比べると普通だ。どこが強いのか、いまいち良くわからない。
固有スキルの【闇術】も現状、妨害用の魔術ぐらいしかないはずなんだが。おそらく立ち回りや魔術の使い所なのだろうが、とにかく不思議な強さだった。
「おーい。早く開けようぜ」
「ん。あぁ」
「……」
すばやく宝箱部屋に入り込んでいたフーが急かす。宝箱を安全に開ける【開錠】スキルを使用して、宝箱を開けた。
中身は古いコインや宝石、そして大き目の魔石だった。高く売れそうだ。
「よっしゃー。次、行こうぜ」
「……早く」
まだまだやる気満々の2人。
フーには、大きな夢がある。ハーレムだ。どれくらい資金が必要なのかは教えてくれなかったが、とにかくまとまった金が手に入るまでは俺たちとここで稼ぐつもりらしい。相当張り切っている事がわかる。
一方、六道はたぶん、楽しいんだろう。戦闘が、迷宮が、そしてこの世界が。このパーティの中で、1番この状況を楽しんでいるのはこいつだ。最初一緒に行動することになった時はどうなる事かと思ったが、意外に気が合う奴でよかった。
なんとなくそんなことを考えながら、先を進む2人の背を追いかけた。
……
夜明け前。この世界でも夜には月が巡り、朝になれば太陽が昇る。違いと言えば、信じられないほど綺麗な夜空だということぐらい。ふと、星の位置からこの世界が現実なのかどうか判断できるかと思いついた。だが星座についてほとんど知らない俺には、この夜空が現実世界のそれと同じかどうか、判断できるはずがない事に気が付き、自嘲の笑みを浮かべるだけに終わった。
最初に迷宮にやってきた日から一週間ほどで、11階までのマッピングが終わり、7階層までの宝箱を回収した。レベルも最高で六道の19、最低でもさあきの16となっている。
一日目に5階層までのマッピングを済ましてしまった俺たちは、次の日から、マッピングの済んでいる階層での宝箱回収と、レベル上げとドロップ品目当ての乱獲のどちらかを行なっていた。ほぼ、一日一階層ペース攻略は進み、件の6階とか11階にボス居るんじゃね? というタクヤの心配も杞憂だった。まったく順調である。
「朝か……」
話は変わるが、俺はショートスリーパーと呼ばれる人種である。これは要するに普通の人より睡眠時間が少ない人のことだ。俺の元々の睡眠時間は3時間ほどである。元の世界にいた頃は、明け方に寝て、朝8時頃に幼なじみのさあきに起こされて学校に登校するという毎日だった。
現実世界では明け方までゲームをするのが日課だったので、『便利な体質だな』程度にしか考えていなかったが、この世界は一晩中起きておくにはあまりにもやる事が無い。
仕方ないので俺はホームの家からの二階から屋根に上り、人ひとりがぎりぎり立てるだけの屋根上で、見張りついでに一晩中スキル上げをしていた。
目を閉じて自身のステータスを確認する。
一橋空海
Lv18
HP 421
STR 41
DEX 62
VIT 35
AGI 77
INT 31
CHR 56
スキル/死9,短剣11,ダッシュ7,風術6,水術6,隠密14,眼力15,開錠6,聞き耳3,覗き見4
【隠密】は【ヒドゥン】が、【眼力】(これは視ることについてのスキル)には【夜目】と【千里眼】があったため、【ヒドゥン】使用しながら、夜景を眺めているだけでこの二つはどんどんあがっていった。しかし、手持ちスキルの中で、この場所でスキル上げが出来るのは、この二つだけだった。
【死】【短剣】が戦闘でしかあがらないのは仕方が無いが、【水術】【風術】などの魔術が、バフをいくらかけても無駄だったのは予想外だった。システム的におそらく、重ね掛けしてもスキル上昇判定は行われないということなのだろう。仕方無しに、【隠密】と【眼力】を上げることに全力だったのである。
最後の二つ、【聞き耳】と【覗き見】は数合わせ、というかスキル上限数を計るために適当に覚えたものだ。そのおかげでスキル上限は10であることがわかっている。
別に【眼力】と【覗き見】スキルで、何処からでも覗きたい放題じゃん――とかは思っていない。フーじゃあるまいしな。
……
下の階からガタガタと物音がした。早番の奴がそろそろ起き出したのだろう。するりと見張り台のある屋根からハシゴをつたって二階に降りると、ちょうど女子部屋から六道が出てきた所だった。
「おはよう」
「……おはよう」
俺が声をかけると、六道が半開きの目で返事をした。
「朝、早いんだな。まだ夜が明けきってないぞ」
「あなたこそ。本当に、毎日一晩中起きているのね」
「まーな。体質なんだよ」
感心したように言う六道。意外にもこの体質、みなに気付かれていなかったらしい。初日の迷宮探索後、『どーせ明け方まで起きとくから、屋根に上って一晩中見張りでもしとく』という主旨の発言をしたら、さあきとタクヤ以外には驚かれてしまった。そして今も、六道が興味深そうにジロジロと見つめてくる。
仕方が無いので、こちらも六道を見つめ返す。寝起きにもかかわらず寝癖一つない漆黒のストレートヘヤー。白粉を塗ったかのような白い肌。少しキツめだが大きく、くっきりとした目。寝巻き用のワンピースの上から伸びた長い手足。出るところは出ているがスレンダーなモデル体型。
よく見ると恐ろしいほど美人だな。こいつ。
「……なによ?」
「なんでも。……ふぁあ。んじゃ、俺は一眠りしてくるわ。迷宮行く前に起こしてくれ」
「わかった。おやすみなさい」
俺は六道に手を振り、男子部屋へと向かった。
ガッ!
「んお! なんだ!?」
「起きろフー」
「ん。んおー?あ、ああ。朝か……おは」
「もう六道は起きてたぞ」
「ん。おう……。まってて六道たんー」
「殺されるぞ、バーカ」
もう一人の朝番、フーを叩き起して、俺はベッドに倒れ込んだ。ようやくやってきた眠気に身をゆだね、短い睡眠に入る事にした。
【闇術】【シャドー】
HP消費小。影を捉えて動きを縛る。使用中常にHPを消費し続けるが、その量は【闇術】スキル、敵レベル、対象数に依存する。