危険分子
「お前の駒は賢いな」
岩肌を剥き出した山に不釣り合いな、白い高級そうなソファに腰かけ、手入れのされていないボサボサの髪を有した少女――ベルフェゴールはそうつぶやいた。そのセリフを口にしている最中、彼女は片方の肘掛けに足を掛け、もう片方には頭を預け、そのまま眠りにつきそうな体勢へと変えていった。見事に『堕落』といったものを体現していた。
「そうでしょー。なんてったって、選りに選りすぐんだ、とっておきの駒だからね」
得意げに答えたのはマモンだった。その手にはキツネを模した駒が握られていた。
「私が考えるに、一番厄介な駒はマモン、お前の駒だろう。十分警戒しないといけないようだ」
「そんなこと言わずに、ベルフェの駒をけしかけてもいいのよん。まあ、ベルフェの駒は、どの駒を相手にしても負けそうだから、私の駒と戦ったら一発で負けちゃうだろうけど!」
「私の駒は逃げに徹するのは得意だから、最後の最後まで生き残れるさ」
「逃げてるだけじゃダメよ。サバイバルゲームは逃げてるだけじゃ絶対に勝てないんだから」
「“知っている”」
ベルフェゴールはただそれだけを告げ、目を閉じた。どうやら眠りに入るらしい。
「それより、呑気に寝てていいの? ベルフェの駒、まだ剣すら持っていないようだけど。このまま殺したら剣が奪えないわ」
「大丈夫だ。言っただろう、『逃げるのは得意』だと。渡す必要が出てきたときに渡しに行くさ」
「単にめんどくさいだけじゃないの~?」
「……それもある」
「やっぱり」
マモンは若干呆れていたが、ベルフェゴールがそういう悪魔であることを知っていたため、それ以上何も言うことはなかった。言ったところで無意味だということを理解していた、というのもあるが……。
「それじゃあ、私は自分の駒にちょっと会ってきましょうかね」
「……………………」
眠っていたベルフェゴールの耳に入っているかわからなかったが、マモンはそれだけ言うと、闇の渦へと入り込んで消えていった。後に残されたのは、ソファで横になって眠るベルフェゴールだけであった。