砕けた駒
「キャハハハハッ! まっ先に脱落してんの〜! ダッサーイ!」
「うっさいわね! 黙れ、くされビッチ!」
お腹を押さえながら空中を笑いころげていた少女――アスモデウスに向かって、サタンは怒鳴り声をあげた。
「汚い言葉しか吐けないなんてサタンったら悪魔らし〜。惚れちゃいそ〜」
アスモデウスは語尾を甘ったるく伸ばした喋り方をしていた。彼女は普段からこの喋り方をしているが、その喋り方で馬鹿にされたら、怒りをボルテージが低いサタンでなくてもイラッと来てしまうものだろう。そのため、サタンの不快指数はもうとっくに限界を超えていた。
「無様ね〜」
アスモデウスはサタンの足元に落ちていた、真ん中に穴の開いた〝駒〟を見下しの込められた目で眺め、足で転がす。
オオカミの姿を形取ったその駒は岩肌を剥き出した地面を転がり、サタンの足元へとたどり着いた。
「クッソッ!」
足元に訪れた駒をサタンは思い切り踏みつぶした。怒りに身を任せ、何度も何度も踏みつぶす。
現在、サタンにとって、この駒は、“使い物にならない無様な駒”でしかなかった。一度壊れてしまった駒は、もうゲームへの参加は望めない。この時点で、サタンはこのゲームの“真”の参加者から脱落したのだ。
「クッソッ!」
怒りに任せ駒を踏み付ける。駒の破損個所が岩肌の尖った部分に当たっていたことと、踏みつけによる強い力によって、駒は真ん中から二つに割れる。だが、そうなってしまっても、サタンの駒に対する怒りは止むことはなかった。
「そんなにグッチャグッチャにしちゃって~。今のサタンとおんなじぐらい惨め~」
粉々となった駒を見て、アスモデウスが思った感想を包み隠さず吐露する。
「ンだと、くされビッチ……」
そのセリフに、サタンが人を殺せるほどの怒りを宿した眼光で睨みつけた。
「や~ん、サタンったらコワーイ」
しかし、アスモデウスはその視線を軽く流し、“わざと”としか言いようがない怯えた様子を見せる。
「な~に~? 私の駒が勝ったのがそんなに不満~?」
「なにが『不満?』よッ! アスモの駒は熟成し過ぎなのよッ! ワタシの駒よりも長い間熟成させてたじゃないッ! ワタシの駒だって同じ時間熟してれば負けるわけが――」
「なぁにぃ? 言い訳? 見苦し〜。ダッサ〜イ。アハハハハハハハハッ!」
「――ッ!」
サタンは気づく。自身の口から紡ぎだされていた言葉は単なる言い訳でしかないことを。彼女たちの勝負において過程に意味は存在しない。結果で示さなければ意味がないのだ。
「次は……! 次は絶対にアスモの駒をぶっ壊してやるッ! 覚えてなさいッ!」
サタンは決意していた。次こそはアスモデウスの駒に負けない強い駒を用意してやる、といったことを。
サタンは踏み付けていた駒の残骸を拾い上げると、後方に出現させた闇の渦に入り込もうとした。
「逃げるの〜? 私つまんな〜い! アハハハハハハッ!」
アスモデウスの馬鹿にするような声で発せられた言葉を聞き、一瞬サタンの身体が止まったが、振り返らずに彼女は闇の渦へと入り込む。
「覚えてなさい」
サタンはそう言い残し、去っていった。その空間にはもう何も存在していなかった。
「……楽しみにしているわ、サタン」
先ほどまでの甘ったるい喋り方が嘘だったかのような真剣な声で、アスモデウスはサタンが消えた虚空を眺め、ほくそ笑んでいた。