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七つの罪と七つの剣  作者: 九条欅
AN:game start
3/11

最初の犠牲者

「おいおい逃げんなよ。そんなんじゃあこのゲームの勝者にはなれないぜ?」


 巨大な(つるぎ)を軽々とした動作で肩に担いだ男――倉方力(くらかたつとむ)は微笑を浮かべ、少年――新山葉月(にいやまはづき)のことを見下ろしていた。

 葉月と力の間の地面には抉れた跡があり、強い衝撃を受けて砕けたであろう地面の欠片(かけら)は、辺り一面に飛散していた。


「ゲームの勝者? ……なんだよ、それ?」


 筋肉質で屈強な外見をした、身長百九十センチを越える巨体が放った言葉を葉月は反復し、意味を見出そうとする。しかし、彼にその言葉の意味を理解することはできなかった。


「そうか……。最後に連れてこられた人間か……」


 葉月の戸惑っている様子を見ては何かを理解すると、おかしそうに小さな笑い声を上げる。


「なにも知らない状況で俺と出会うとはツイてねぇなァ……」


 男は先程まで軽々しく扱っていた大剣を重々しく、ゆっくりと頭上に上げていく。それに比例するかのように口の端も上がっていき、白い歯が顔を見せる。


「――ひっ!」


 葉月はその動作を見て、先ほど地面を抉り取った光景が脳裏に浮かび上がると同時に、息を呑んだ。成人男性の一般的な身長ほどの大きさを持った大剣は、もし頭に受けたら割れる程度では済まされない。そのまま身体ごと一刀両断することすら想像に容易(たやす)い。


「や、やめてくれ……」


 葉月は尻餅をついたまま後ずさりするが、少しさがったところでそのまま止まってしまう。身体は思うように動かず、ただ、目の前に立つ男の迫力に恐れるしかできなかった。


「ハッ、だらしねぇガキだな」


 力は呆れたような表情で首を横に何度か振るが、ニタリとした薄気味悪い笑みに瞬時に切り替わると、大剣を力強く握りしめた。


「アッハッハッハッハ!! じゃあなァァッ! クソガキィィィィッッ!!」


 そして、力は持ち上げていた大剣を躊躇もなく、力任せに振り下ろした。

 葉月は反射的に腕で頭を庇う。そんなことをしても無意味だと理解していても、生物の持つ自衛の本能が、身体へとその信号を送っていた。


(誰でもいいから自分を助けてくれ……)


 剣が振り下ろされるまでの僅かな時間で、思考が巡る。




「あらあら〜。カワイイ男のコですわ〜」




 その声は突然聞こえてきた。そして……、それは葉月の願いが叶った瞬間だった。

 金属同士がぶつかり合う、鈍く大きな音が周囲に響き渡る。

 咄嗟に顔を上げた葉月の視界には、火山帯という場所には不似合いな紫色のドレスを着込んだ女性が映っていた。振り下ろされた大剣を一本の短剣で受け止めながら、にこやかな笑みを自分へと放っている。


「うふふ。怪我はないかしら〜?」


 どこかの令嬢のような、おしとやかな雰囲気をまとっている女性――()()()()()は、その笑みを保ったまま葉月のことを気遣う言葉を投げ掛ける。

 葉月は安堵した。その女性が自分の敵じゃないと判断したからだ。

 葉月は恵梨の問い掛けに、ただ首を縦に振って答えた。


「それはよかったですわ〜。……だって、」


恵梨の嬉しそうな声。しかし、そのあとに紡ぎだされた言葉は、葉月を再び恐怖のどん底へと叩き落とした。




「貴方を傷つけるのは(わたくし)ですもの〜」




 葉月の彼女に対する認識が瞬時にして真逆ものに変わる。恵梨の浮かべていた満面の笑みは、先ほどから変わらないはずなのに、今の彼には悪意に満ちた笑顔に見えていた。


(わたくし)、カワイイ男のコと女のコが大好物ですの〜」


 恵梨は(あか)らめた頬を手で押さえながら恥ずかしがっていた。もし先程の発言がなければ、葉月はその表情を見て『可愛い人だな』と思っていたかもしれないが、今は恐怖以外には何も感じていなかった。


「ウフフフフ……」


 恍惚として幸福そうな表情を浮かべた恵梨の舐め回すような視線を感じ取り、怖気(おぞけ)が葉月の身体全体を駆け巡る。

 やっとまともな人間に会えたと思ったら、目の前にいる男以上に一癖も二癖もありそうな人間だったことに彼は絶望していた。


「そんなわけですから、貴方のようなむさ苦しい男がこんなカワイらしい男のコを虐めるなんて、(わたくし)が許しませんですわ〜。消えてくださると大変助かりますわ〜」


 恵梨はニッコリと微笑んだが、目は笑っていなかった。ただただ威圧的な雰囲気だけを放っていた。それを感じ取った葉月は、彼女が真っ当な人生を送っていないことを察していた。事実、地獄へと導かれている魂であるため、当然と言ってしまえば当然ではあるが。


「アァン? コイツは俺が最初に見つけた獲物だッ! 誰にも渡さねぇよォッ!」


 恵梨の威圧感に気づいていないのか、力が食ってかかる。


「あらあら〜。(わたくし)がせっかく見逃してさしあげようと良心的になっていたのに、残念ですわ〜」


 笑みを崩さない恵梨は、いつのまにか先程まで持っていた剣とは違う剣を逆の手に握っていた。

 先端で刃が三つ叉に別れている、淡いピンク色をしたその剣は女性のシンボルマークを(かたど)っており、先ほどまで持っていた剣は、刃の先端に〝返し〟のようなものがついている青みがかかった剣であり、こちらは男性のシンボルマークを象っていた。

 二本の剣を弄ぶようかのように指に引っ掛けて弄び、恵梨はにこやかな笑みを浮かべていた。それは余裕の表れだった。

 冷静になっていた葉月は理解していた。この女性に力が勝てないことを。


()ろうってのか、このクソアマがァァッ!」


 だが、頭に血が上り、冷静な判断を下せない力は恵梨の強さに気付けない。たとえ、『憤怒』の感情で大きな力を出すことができても、それ以外に彼が彼女に勝ることなど、現状、何一つなかった。


 そのため、力がここで死ぬことは確実であった。


「あらあらあらあら〜。身の程知らずにも程がありますわ〜」


 二人から感じ取れるのは、隠す気もさらさらない、露骨な殺意。これが本物の殺し合いであり、サバイバルゲームが実際に始まったことを告げていた。


「単なるクソアマが調子に乗るんじゃねぇよォォォォッッ!!」


 先に動いたのは力であった。自身の剣を押さえつけていた短剣を力任せに弾き返すと、恵梨の腕が上がり、隙ができたと判断した脇腹に大剣を薙ぐ。


「死ねェェェェッッ! クソアマがァァァァァァッッ!!」


 声を出すことで腕に込められる力を増やそうとしているのか、大声を出しながら全力を(ふる)って力は大剣を振るった。


「あらあら〜、そんな大振りじゃあ、当たるものも当たりませんわ〜」




「……と言っても、(わたくし)は避けるなんてことしませんけど〜」




 少し小ばかにするように恵梨は最後にそう付け足すと、先ほど葉月を助けた時のように、ただ、大剣の軌道線上に短剣を構えた。

 短剣はまるで空中に頑丈に縫い付けられて世界と同化したかのように、びくともせずに大剣を受け止めた。


「なんだとッ!?」


 男の顔に初めて戸惑いの表情が浮かぶ。そして彼は気づく。この女の強さに。


「テメェ、なんでそんなに……ッ!?」


「あらあら〜。気づくのが遅いですわ〜。(わたくし)、もう貴方を許しませんの〜。だから……」




「死んでくださいませ」




 彼女は軽やかな動きで力の懐に潜り込むと、もう片方の手に握られていた短剣をその脇腹に突き刺した。


「――――ッ!!」


「藻掻き苦しんで死んでくださいな」


 恵梨は満面の笑みを力に見せると、刺した短剣で脇腹を抉る。


「ぐ、……はぁッッ!!」


 執拗に、執拗に、短剣を抉り込んでいく。

 (つとむ)が立てなくなり、地面に膝から崩れるが、恵梨は体を寄せ合い、短剣を押し込む。

 力に反撃するほどの意識は残されていなかった。彼が初めて感じる、体に突き刺さる刃物の痛みに歯を食いしばり、耐えるほかなかった。


「思っていた以上に、弱いのですね」


 つまらない、といった表情で恵梨は剣を引き抜いた。

 傷口から溢れた血液は彼女のドレスに黒い()みを作り出す。しかし、彼女はそんなことを気にも留めず、崩れ落ちた力を見下ろしていた。


「……テ……メェ……、いつか、必ず……、……殺す」


 口から血を吐き出し、苦悶に顔を(ゆが)めながらも、(つとむ)は弱気など一度も見せずに恵梨を睨み続けていた。だが、徐々にその目からは生気がなくなっていき、そのまま息を引き取った。


「貴方はもう死んだんですわ。次なんてないんですのよ」


「…………………………」


 葉月はただ、見ていることしかできなかった。恵梨が力を殺すまで、一瞬の出来事だったと思ってもいいほどにそれはなめらかに行われた殺人だった。そして、ただ怯えることしかできなかった。次同じ目にあうのは自分なんだ、と判断していた。


「さて……、片付きましたわ」


 恵梨がこちらに振り向く。

 先程までのニッコリとした笑顔ではなく、満足したような表情。それは人を殺す喜びを知っている顔。

 戦慄が走る。彼の本能が告げる。逃げないと死ぬ、ということを。


「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」


 葉月は無我夢中で走り出した。脱兎の如く。ただ(せい)に縋り付くために。


「あらあら〜。行ってしまいましたわ〜……」


 少年の走り去る後ろ姿を眺めながら、残念そうな声で恵梨は呟いた。


「まあ、でもお楽しみは後に残しておくことにしておきますわ~」


 男に手をかけた時の満足したような表情が嘘だったかのように、その目は閉じられ、見る者を騙す笑顔が現れる。


「やったじゃな~い! ゲーム開始早々に剣を一本手に入れたわ!」


 背後から聞こえてきたその声に恵梨が振り返ると、ピンク色のセミショートヘアを有した少女が彼女に飛びついてきた瞬間だった。


「あら〜。アスモちゃんじゃありませんの〜」


 恵梨はその少女を優しく受け止めた。まるで我が子を抱きしめる母親のようにも見えた。


「ん〜、いい匂い〜」


 アスモと呼ばれた少女はほころんだ笑みを浮かべながら恵梨の胸に顔を(うず)めたが、その匂いをさらに堪能するかのようにより深く顔を埋めた。


「あらあら〜。かわいいですわ〜。こんなにかわいいといじめたくなっちゃいますわ〜」


 慈愛に満ちた表情からは想像ができないような、歪んだ欲望を口にする。


「それはだ~め。それに、私よりもいじめたいコがいるでしょ~?」


 そう口にしたアスモは「貴方の思ってることはわかってるの」とでも言いたそうな、得意げな表情を浮かべる。


「そうですわ〜。一目惚れしたあのコを、ズッタズタに愛してあげたいですわ〜」


 少年が去っていったほうを向き、意地汚い笑みを見せる。


「でも、彼はあとで美味しく“いただき”ますわ〜」


 彼女の顔は再び、にっこりとした作り物の笑みに包まれる。


「だから、今はアスモちゃんに疲れを取ってもらいますわ〜」


「フフッ。本当エリは私が好きね~。もう毎日じゃな~い」


「美の秘訣ですわ〜。毎日するのは乙女の嗜みですわ〜」


「淫らな乙女ね」


 クスリとアスモが笑う。


「あらあら〜。それでも毎日つきあってくれるのはどこの誰でしたかしら〜?」


「とぼけなくてもいいわよ。私が何を(つかさど)る悪魔か知ってるでしょ~?」


 恵梨に抱き着いていたアスモが彼女の首に腕を回し、ぶつかりそうになるくらいまで顔と顔とを近づける。


「言っておくけど、今はもうゲーム中。私たち二人だけの世界じゃないわよ?」


「そうですわね〜。でも、そしたらさらに身体が火照(ほて)ってしまいますわ〜」


 アスモは遠回しに誰かに見られる可能性を示唆(しさ)したが、恵梨はそんなことは気にもしないといった様子だった。


「とんだ変態ね」


「自覚してますわ〜」


「も~う。恵梨ったら~」


 諦めたようにクスリと笑うとアスモはさらに顔を近づけ、唇と唇とを重ねる。


「それじゃあ剣を手に入れたご褒美に、少しのあいだ気持ち良くなりましょうか……」


 その口づけでスイッチが入ったのか、(とろ)けた表情を浮かべたアスモは、そのまま恵梨を自身のほうへと引き倒した。


「少しだなんて言わず、たくさんしましょ?」


 妖艶(ようえん)な笑みを浮かべた恵梨は、アスモの首もとに顔を埋める。


「あぁっ!」


 アスモの喉の奥から(つや)っぽい声が漏れる。


「た〜くさん楽しみましょ?」


 妖艶な笑みを浮かべた恵梨の言葉に対して、(ほう)けた表情を浮かべたアスモは、ただ頷くことしかできなかった。

 そして、その不純な交わりは数時間にも及んだ。


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