Sack'’
長いです。
家の中でぐうたらしていると携帯が鳴った。着信音で電話だと反射的にわかった。取る前に時間を確認。…なんだ、まだ22時か。留守電設定にしていないので、まだキーキーとうるさく喚いている。しかたなく手に取った。
「もしもし」
『シュン? 今どこ』
電話口から優しいトーマの声が聞こえた。
「普通に家だよ。なんかあった?」
『いいから早く来いよ。おもしろいもん見れるから』
電話の向こうでいやらしい笑い声が聞こえた。どうせ、腹黒い奴の声だろ。
「…トーマこそ、そっから早く脱出したほうがいいんじゃね? どうせ、ソウがまたなんかやってんだろ?」
『大丈夫。ソウはただ見てるだけだから。早く青春に来いよ』
そう言うとトーマは無愛想に電話を切った。
ソウがただ見てるだけなんて、もっとタチ悪い状況じゃねぇーか、と悪態をつけたが、すでに煙草とライターをポケットに入れて出る準備をしてるんだから、俺も大概だな。
◇
居酒屋『青春』につくと、すんなり席まで案内された。席にはトーマや他のメンバーが見当たらない。その変わり、タカミがすでに出来上がった状態で仰々しく座っていた。素面の状態でも面倒くさい男だというのに。
「シュン、おせぇーよ! 何してんだよー」
片手を挙げてタカミが偉そうに言った。
「なんだよ。もうできあがってんのかよ」
「8時集合ってメール送っただろ?」
「寝てたよ、んなもん」
「おいおい、フられた途端ヒッキーか?」
「うっせぇーよ。ヒッキーなんてもう死語だよ。シネ。それより、おもしろいもんがあるってトーマが言ってたんだけど、トーマは?」
「あぁ、トーマなら今トイレだよ。帰ってきたらわかるって。それより何飲む?」
「ビール」
当然だろ、と得意げに言うとタカミが絶妙のタイミングで店員さんを呼び、ビールを二つ頼んだ。まだ飲むのか、と嘆こうとしたが、それも今更なのでやめた。
「あ、今の店員さん可愛かったね」
一体どんな態勢で転がっていたのか、タカミの横からカナメがむくりと起き上がり、飄々と言ってのけた。小さな身体は、こういう時に役立つのか。
「カナメ起きてたのか? なんか頼みたかった?」
「タカミだけ? ソウとかは?」
「トーマはトイレで、他の奴らはスタンバってんじゃね?」
「あ、そういうこと。またさっきの店員さんがきたら何か頼もうっと。あ、シュン。早く座りなよ」
我が物顔のカナメにどこか悔しさを覚えるが、立っているのも邪魔なのでおとなしく向かいに座った。
「なぁ。説明は? 俺全然意味わかってないんだけど」
「シュン夕方のメール見てないの? 今日20時から合コンだったんだよ?」
「え? 聞いてないけど」
そう言ってタカミに視線を向けた。メールはこいつから回ってきたからだ。
「寝てたんだろ? 俺がせっかくメールしたのに」
厚かましい顔で言ってのけたので、携帯を取り出し、確認した。
「…20時に青春集合ってメールを、15分前に送るなよ! しかも、合コンならそう書けよ! お前バカか!」
「シュン、落ち着けよ。そんながっつくともてないぜ」
「タカミに言われたらシュン終わりだよ? ドンマイ」
「…もう、いいよ。どうせ、寝てたし」
そう言うと、先程の店員がビールを二つ持ちテーブルまで来た。ビールを受け取ると、カナメが人懐こい、可愛らしい顔を貼り付けて「注文、いいかな?」と言った。
やれやれ、と軽く頭を振り、ビールを飲もうとした瞬間、タカミがギャンギャン喚き出した。
「おい、乾杯はどうした。乾杯は」
「…乾杯」
ビールを持つ右手を軽く上げ、しかたなく応えてやるとタカミは満足そうにジョッキを傾けた。カナメはまだ店員さんに絡んでいた。
「あ、シュンじゃねーか。フられたくせにブッチするなんて、どういう心境だ? この野郎」
柄の悪い集団が来たかと思えば、哀しいかな、悪友達だった。
「…なんなの、その柄の悪い態度は。一体、何対何の合コンだよ」
むさ苦しい奴らに辟易しながら言うと、心外だ、と言わんばかりの表情で席に座った。
「シュン。君には失望したよ」
口を閉じることができないのか、休む暇なくシノノメが喋る。しかも、鬱陶しく肩をまで組んできた。
「ちょっと、やめろよ。気持ち悪い。トーマはまだ?」
「トーマなら今面白いことになってるよ」
「だから、なんなんだよ。その面白いことって」
「席詰めて」
ずっと立っていたソウが、椅子の大半を占領しているシノノメに向かって冷たく言い放った。
そうしなければ話は進まないかの様な態度にシノノメがわざとらしく、はいはい、と言いながら姿勢を正し、スペースを作った。
「実は、今日五対五の合コンをやったんだけど」
六人掛けのテーブルが一気に狭く感じたが、しかたがない。カナメは何時の間にか店員さんと会話を終わらせていたらしく、おとなしく座っていた。
「その五人中五人がカナメと穴姉妹でさー」
爽やかな顔をしたソウが、淡々と言った。
視線をカナメに向けると、こちらも動揺も見せず、目の前にある枝豆を黙々と食べていた。その様が絵になるから、むかつくんだよなー、なんて思いながら見つめていると
「そんなに見ないで、えっち」
と、タカミが鬱陶しく絡んできた。
お前なんて見てねーよと怒りにまかせて怒鳴りつけたい衝動を抑え、視線をソウに戻した。
「それって、たまたま?」
そんなわけあるはずがないだろうが、確認すると、ソウはクスッと笑った。
「それが、まさかの偶然! 俺の知り合いの知り合いだから」
そう言うと、吹き出した。
「世の中狭いよねー」
悟りを開いたように、のんびりとカナメが言った。
「いや、普通に身近な女の子を片っ端から食べていっただけでしょ」
果たして、ソウの知り合いの知り合いが身近なのかは、甚だ疑問だが。
「シュン君。女の子が近くにいて、喰わない男なんているの?」
「いるよ、普通に」
「そんなん不能者でしょ」
やれやれ、とカナメは頭を振った。
「ちょっと、カナメ。言ってやるなよ。シュンは喰わないが不能者じゃねぇーよ。ただのマヌケ、もしくは腰ヌケなだけだから」
「おい。タカミは黙ってろ」
「ま、その内の一人がトーマのこと気に入ったみたいでさ」
ソウが、面白がった声で言った。なるほど。確かに、ソウの好きそうな話題だな、と思いながらビールを流し込んだ。
「ふーん、カナメの元カノ、がねー」
「それから、まだ話があるんだなー、これが」
調子の良いタカミの声が響いた。
「トーマのことを気にいったカナメの元カノが、ミキちゃんって言うたけど、ミキちゃんの隣に座ってたアヤメちゃんっつーのがトーマの元カノだったらしいんだよ。そんで、その隣に座った、」
「わかった。ソウ、ちょっとストップ。とにかく、全員が全員、何かしらの兄弟になってたっつー話だろ?いいよ、そんな惨い話は」
「なんでだよー。今からが面白いのにー」
「そうだよ、シュン。こういった経験が男を上げるのだよ?経験値が」
カナメは枝豆で俺を指しながら言った。
「なに。トーマ、修羅場なの?」
「今は、トーマが。さっきまではカナメ、その前がソウで」
「なにが、トイレだよ! つーか、全然、面白くもねーし。修羅場にいちいち呼び出すなよ!」
「いやいや、君が未練タラタラな元カノもひょっとしたら現れるかもしれないだろ? なんたってこんなに元カノに遭遇する会なんだから」
「そんな会、ねーよ」
「シノノメの元カノなんかシノノメ見た瞬間、ソッコー近寄ってきて泣いて縋ったんだぞ? よりを戻したいって」
「シノノメに?」
そう言って隣のシノノメに視線をむけると、ドヤ顔で決めていたのでとりあえず枝豆を飛ばした。
「おいおい、シュン。男の僻み《ひがみ》はみっともないよ?」
「うっせ。シノノメ彼女いるくせに、なに、合コンなんかに出席してんだよ、シネ」
「シュンがドタキャンするからだろ?」
してねぇーよ!
そういうとさっきの可愛い店員さんが白ワインを一つ持ってきた。
「お待たせしましたー」
間延びした女の子特有の声につられるようにカナメが手を伸ばした。
「ありがとう、サキちゃん」
いつのまに名前なんか聞いてんだよー、とあちこちで野次が飛ぶ。
「しかも白ワインなんて、邪道」
そう言って、タカミと一緒にビールをわざとらしく掲げたが、カナメはサキちゃんとのおしゃべりに夢中で一瞥もしなかった。
長々とすみません。ありがとうございました。




