#69
一発の銃声が時を止めた・・・否、凍り付かせた。
シェリスも瞬きを忘れ、微動だに出来ず、見開いた瞳には痛切な瞬間が焼き付けられるのだった。
一発の銃弾は母親の様な存在である先生をいとも容易く貫いていた。
「やめろォォォッッ!」
シェリスの怒号は皮肉な程に虚しく響き渡るのであった。
殺那的な静寂の後、再び、動き出した時を感じた。
「チェッ、残念、惜しいな~、外しちまったゼ。」
銃を放った戦闘員は夜店の射的でも、やっている様な風体で命を何とも思ってはいない残忍な笑いを浮かべていた。
銃弾は狙いをつけた場所とは違っており、先生の左肩を貫通していた、命に別状こそ無いものの、重症を負った事には違いなかった。
腕は、だらりと力を失い、垂れ下がり、肩を伝って落ちる血液は、一滴・・・また一滴と落ち続け、足下を朱に染めていくのだった。
「・・・ケッ、下手くそな奴だな、見てられないゼ、よし、次はオレが殺ってやるゼ。」
至近距離で銃弾を外した戦闘員の傍にいた、もう一人の戦闘員は意地悪そうに、からかうと、カチャリと銃を構えたのであった。
「頭と心臓、どっちを貫いて欲しいんだ、糞ババァッ!」
戦闘員は愉快そうに、そう語り掛ける。
「あなたの好きな様にしなさい、人殺し共めが!」
激痛が全身を駆け巡るというのにも関わらず、先生は気丈に振る舞い、戦闘員を一喝するのだった。
「イイね、イイねぇ、勝ち気な女は嫌いじゃねぇゼ。
惜しまれるのはババァが、後、3~40くらい若けりゃ、も~っと違う場所をた~っぷりと一晩中でも気持ち良く、何度も貫いてやったのによう、残念だゼぇ・・・フヒャァハハハハハッッ!」
先生はキッと睨み付ける。
「・・・外道め、その汚ならしい舌で、いつまで、私を愚弄するつもりだ。」
「ペッ、せっかちなババァだな、そんなに早く死にたいのかよッ。」
戦闘員はマスクを外して、唾を吐くと、背伸びをして銃口をグイグイと先生の口の中へ乱暴に突っ込んだ。
「ファハハハハア~ッハハハハッッ!
オレの銃の味は、どうだ?
・・・最高だろ~?
そ~ら、気持ち良過ぎて、我慢出来ないから上の口で発射しちゃうゼッ!」
戦闘員は極上な笑みと共に銃弾を発射した。
シェリスには吐き出された下卑た言葉の意味など知る由もなかった。
けれども、自然と、はらわたが煮えくり返る程に嫌悪感を覚える光景なのは・・・
恐らく、先生を侮辱しているであろう言葉なのはニュアンスと悪意に満ちた笑い声である事などから何となくだが理解できた。
「ウワァァァァァァァァ、先生を虐めるなァァッ、やめろォォォッ!」
シェリスは泣き叫ぶ!
《 ズドンッ!! 》
その銃声と共に、先生の頭部は吹き飛んだ。
それは、鈍器で叩き割られたスイカの様に、グチャリと潰れ、電子レンジで生卵を加熱したみたいにボンッと爆発し、はぜるのであった。
頭の無い案山子みたいな血塗れの死体と化した先生。
あれが、母親の様な優しかった先生の辿る人生の末路とは、なんとも哀れであるとしか言えなかった。
バタバタと宙を舞い、ボトボトと降り注ぐ、鮮血に塗れた肉片は地獄絵図そのものだった。
先生を惨殺した戦闘員は、いまだ、血煙がモヤモヤと舞う中、飛散した幾つかの肉片の傍に、けん玉みたいな視神経に繋がったままの眼球を目敏く発見する。
すると、それをヒョイと拾い上げ、昔、懐かしい玩具である、アメリカンクラッカーみたいにして、ひとしきり弄ぶと、地面に叩きつけた。
「クケケケ、糞ババァだけに何とも汚ねぇ、花火だったが、それなりに楽しめたゼッ!」
そう言うと叩きつけた眼球をブヂュリと力強く踏み潰したのであった。
靴底から、ネロリと飛び散る液体が嫌に薄気味悪いモノに思えた。
すでに、シェリスの心は臨界点を突破していた。
心が粉々に砕け散る音をシェリスは初めて聞いたのであった。
シェリスは自らの視神経と唇がプチプチと切れるのを意識の片隅に感じながら、絶叫した!
シェリスは純粋さゆえに眼前で繰り広げられる殺戮のひとつひとつが海馬を焼き尽くすくらいに耐え難い程の精神的な衝撃を受けていたのであった。
それは、流れる鮮血の涙という形でシェリスの想いを表し、切れた唇からは錆びた鉄の様な血の味を噛みしめながら、声を限りに言葉にならない想いを叫んだ。
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!!」
むせる様に、矢継ぎ早に息つぎをすると、さらにシェリスは消え入りそうな掠れた声で叫んだ。
「どうしてだよ、どうしてなんだよッ!
神父様は言ってくれたんだ。
ボクに、ボクの中に、皆を守護る力があるなら、何で・・・
何で・・・なんでなんだよッ!
今、必要なんだ、今じゃなきゃダメなんだ。
イヤだ、イヤだ、イヤだ、ボクは、ボクはァァァッ、絶対に後悔なんてしたくないんだ、ボクの力、力が欲しい、覚醒めてくれよォォッッ!
もう誰も死なせるものかァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!
覚醒めろ、玄武ゥゥゥゥゥッッ!!」
シェリスは羅刹の腕を無意味な行動とは知りながら、無意識のうちに無鉄砲にも幾度も幾度も殴り続け、足掻き続けた、そして、玄武という聞き覚えの無い、魂に刻まれた神の名を叫び続けるのだった。
「チィッ、喧しいわ、少し黙れ、糞ガキがァッッ!!」
羅刹は即座に照準を合わせると、砲口から、翡翠色に輝く、真空の刃を手裏剣の様に発射する。
一陣の刃は、果物の様にサクリと音を立てて、シェリスの右頬を斬り裂くのであった。
シェリスは傷口からドクドクと血を流したまま、羅刹をギンッと睨み付けるのだった。
羅刹は、別人の様な威圧感の溢れるシェリスの瞳の奥に、そら恐ろしいまでの気迫と闘気を孕んだ凄まじいオーラをヒシヒシと感じ取り、思わず、畏縮んでしまう。
「もうすぐ・・・本当の幕が上がりますよ。
そう、舞台は序盤最大の見せ場へと突入するのであります・・・か。
フフ、ああいうゲスな輩も使い方次第じゃ、なかなかに役に立つのですね。」
イーグルは踝辺りから、翼みたいなオーラを発生させ、上空高くから、見下ろすと三流役者のオペラでも観劇している様に、愛想笑いしながら、上下に手のひらを合わせ、拍手をしていた。
「さぁ~て、絶望的な状況を打破せんとする希望に満ちた憤怒のディーバに歌い続けて貰おうか、さしもの今の貴女には悲哀な涙の葬送曲が相応しい。」
そんな声など、露知らず、シェリスは続ける。
「世界を悲しみと憎しみで満たそうとする・・・お前逹の贖罪を決して・・・ボクは許しはしないッ!!」
《 ドクンッ! 》
シェリスのオーラが強さを増し、深淵なる闇色に変わってしまおうかとした時。
それは起こった。
『あからさまな挑発に、おめおめと掛かりおってからに・・・
若いと言うのは青いって事かの?
やれやれ、見てられないのぅ、力を貸そう、ぬし1人では心もと無かろう。』
シェリスの頭に幻聴にも似た声が響いた。
「誰だ、どこから話し掛けている。」
シェリスは感情が高ぶったまま、声を大にして叫んだのであった。
『おいおい、そうカリカリしなさんな、このまま激情にのみ込まれたままじゃ、あやつらと変わらぬ殺戮者になるのが目に見えておるのよね。』
声は淡々と続ける。
『無意識とは言え、名を呼ばれては他人の振りも出来はしまいて・・・
少し、冷静になってみろ、手助けしてやるよ、ほれほれ~、どうだ、感じはしまいか。
雄々しい大地の声が・・・
壮大な空の声が・・・
この地に生きる者逹の声が・・・』
声の主はシェリスの心に呼び掛けた。
「声・・・
・・・・・・・・・!?」
「聞こえ・・・る?
聴こえる・・・。
・・・あぁ、そうか、そうなのか・・・」
黒く禍々(まがまが)しかったシェリスのオーラは黄緑色に変わっていく・・・
「愛してる・・・愛されている・・・
君達、力を貸してくれるのかい?
ありがとう、ありがとう・・・みんなッ!」
シェリスは知ったのだ。
例え、ほんの一瞬だけでも垣間見れたのだ。
世界を・・・
闘争本能とは、もはや別物の本能・・・
森羅万象・・・全てを愛する事を・・・
それはシェリスが地球そのものになった様な・・・
そんな感覚だった。
『教えて貰いなさいな、ワシも久しぶりに小生意気な小僧共めらに、た~んとお仕置きしてやりたい気分じゃて。』
シェリスの身体から、とてつもない光が溢れ、ほとばしり輝いたのであった。




