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その日、私は世界一幸せな花嫁になるはずだった。
今回の式のためにと伸ばした髪を結い上げて、無垢の象徴でもある、百合を模った小さなアクセサリーを付けられる。
花嫁はヴェールを被るから、あまり髪飾りは派手ではないほうが好まれるらしい。だが私が今しがた髪に飾ってもらったこれは、祖母の代から受け継いだ、大切な髪飾りだった。
真っ赤な私の髪に白百合の花。バランスが悪く見えなくもなかったけれど、これを身に付けるのはとても嬉しかった。
それから、お父様とお母様と一緒に選んだ純白のドレスを身にまとう。
この国の貴族の慣例として――梅毒ではないことを示す――つまるところ、純潔であることを公の場で示すため、背中や肩の空いたドレスを着るのが慣例だった。
のだが、今回は私のわがままで、全てを包み隠すドレスにお願いした。
だってそうだ、今日ここに至るまで、私は女騎士として剣を奮い、その体には女とは思えない傷痕や筋肉がついていたから。誓って梅毒とかそういうわけではなかったが、とても人に見せられる体ではなかったのだ。
――本当は、もっと騎士団で剣を振るっていたい気持ちはたったのだけれど。
けれど致し方ない。
私は子爵家の令嬢。遅かれ早かれ、騎士団を辞め、こうして婚約者の元に嫁ぐのは当然の話だった。
鏡に映った自分の姿を見て、うん、と頷く。
悪くない。デザイナーに渋られはしたが、背中と肩を隠すドレスだって全然ありだ。
私の女らしくない体で、子爵令息である婚約者をがっかりさせてはいけない。双方の両親とも相談したうえで決めたドレス。これならきっと綺麗と、そう言ってもらえると思ったのに。
控え室の扉を叩く軽快なノック音。
婚約者――ヘンリー様が見に来られましたよ、と耳打ちされて、私はなんのためらいもなく、通すようにお願いする。
綺麗と言ってもらえるだろうか。そう、期待して、
「――なんだそのドレスは! 背中と肩を隠すなんてっ……! 僕に失礼だと思わないのか!?」
控え室にやってきた私の婚約者は、私の姿を見るなり狂乱とも呼べる叫びをあげた。
褒められると、思っていたのに。だから私はそれに瞠目する。
「前々から怪しいとは思っていたんだ! 女でありながら騎士団なんて! どうせ団員と関係を持ち、性病でも貰ったんだろう!? だから肩の空いたドレスが着れない! 違うか!?」
「なっ……、そんなこと絶対有り得ません! ましてこのドレスを着ることはヘンリー様も同意のはずで……!」
「あんなのその場限りの与太話だと思っただけで……! まさか本当にそんなドレスを着るなんて! 最っっっ悪だ! 慣例すら守れないお前となんて結婚は無理だ!」
一方的に捲し立て、ヘンリー様は控え室を後にした。
そして――、
「――で、結局そのまま結婚式もなくなり、婚約自体も消滅したと」
通い慣れた騎士団のための団員施設。
事務の仕事だったり、あるいは休息場だったり。そういうことを一同に兼ね備えたその場所の、事務室で。
壁に背中を預けながら呆れたように呟いたのは、――騎士団長でもある、レオンハルトだった。
「いやまぁ、ことの顛末はお前さんの両親から聞かされてはいたが、……散々だったなほんと」
こちらを労るような視線に、う、と胸のつっかえる思いがする。
「……あの日は本っっっっ当にすまなかった。私も、その、まさかあんな事態になるとは思っていなくて……」
「そりゃ誰だって同じこと思うだろうよ。双方合意のうえでドレスを選んだつもりが、なぁ?」
腕を組みながらなにか考える様子を見せるのは――レオンハルト・シュトベルク。
目の覚めるような金の髪。タレ目がちな緑の瞳。一見優男に見えるその男は、異例の若さで騎士団長まで登り詰めた剣の天才だった。
出自は私と同じ子爵家。
私の両親とレオンハルト――もといレオの親の仲が良かった。
同じ子爵家、そして歳の差はあれど、年齢が近いということもあり――今私は18歳、レオは22歳で――幼馴染として育った仲だった。
「で? 次の予定は決まってんの?」
「いやぁ〜……それがだな……家督はもう兄が継いでいるし、かといってこれから、私と結婚してくれそうな人を探すのにも時間はかかるだろうしで……、……しばらくはまた騎士団で世話になる予定だ」
「良かったなぁ。うちに籍置いといたままで」
「うっ……それは本当に……レオには頭が上がらないというか……」
結婚を機に、退団しようとした私を引き留めたのは、他でもないレオだった。
――ちゃんと結婚式をあげて、婚姻届を出すまでうちに籍置いとけよ。退団なんていつでもできるだろ。
どうしてそんなことを言ってきたのか定かではない。だが幼馴染、そして今は上司でもある団長に言われれば拒否はできない。
言われるまま騎士団に籍を置いたままにしておいたが――本当によかったと、今は安堵しきりだ。
「……それにしたって、女である私がこれ以上剣で成果をあげるのは難しいとも思いはするが……」
「貴族のご令嬢の護衛なんて手もあるが」
「……そうはいってもなぁ。やはりなにかあったときに男の力に対抗するのは難しいところがあって……、……騎士団にいさせてもらえるのはありがたいが、……身の振り方は考えないといけないな……」
12歳で入団して早6年。
剣技に自信はあったが、やはり力ではなかなか男に敵わない。演習ではどうにかなっても、実戦となれば話が変わること。それを私は痛いほど痛感していた。
「事務方とか……、器具のメンテナンスとかどうだ?」
「うーん……それもなぁ……、……事務にしろメンテナンスにしろ、それもそれで修練がいるものだろ? 剣ばかり振るってきた私にできるんだろうか」
「やってみなきゃわかんないだろ」
「とはいってもなぁ」
行儀が悪いと思いつつ、頬杖ついて思案する。
「……まぁ女というのは結婚して家に納まるのが定石だろう。これまでいた女騎士だってみなそうだったわけだし」
そうなると今度は『相手が見つからない』に帰結する。
こんなの堂々巡りだ。とりあえず父が掻き集めてくれている釣書書に目を通すところからだな、とため息をついたとき。
「なら俺の嫁になるか?」
――俺?
ばっ、と顔を上げると、レオが、いつもと同じような笑みで私を見下ろしていた。
「お誂え向きだと思うんだけどな。俺も婚約者なんぞいないし、お前さんとは付き合いも長い。仮に結婚したとして、齟齬が〜、とか、価値観が〜、なんてのは回避できるはずだからな」
ニコニコと、騎士団の団長とは思えない笑みを浮かべながらレオは続ける。
「どうだ? その気があるなら俺はいつでも大丈夫なんだが」




