表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のとなりで、恋をする  作者: 森谷るい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

6話 昼休みの交差点

──昼休みの食堂。



ざわめく声と食器がぶつかる音が四方から押し寄せる。


揚げ物の匂いが空気に混じり、熱気でむっとした空間に人の波が絶え間なく流れていた。


トレーを抱えたまま、私は立ち尽くす。



(……どこに座ろう)



空席を見つけたいのに、知らない人の群れに飛び込む勇気が出ない。


周りの視線が全部自分に向いている気がして、足が動かなくなってしまう。



「おーい、翠ちゃん!」



元気いっぱいの声が、ざわめきの中から浮かび上がった。


声の方に振り返ると、大和くんが大きく手を振っている。


彼の隣の席だけぽっかり空いていて、まるで最初から私のために残しておいたみたいに見えた。



「え、ありがとう……」


「翠ちゃん、すぐ困った顔すんじゃん? 俺が確保しといてやったんだぞ~」



にかっと笑う大和くんの顔は、体育館でボールを追っているときと同じくらいまぶしい。


その明るさに救われるようで、胸の奥がじんわりと温かくなる。





座るとすぐに、大和くんはいつもの調子で世話を焼いてきた。



「それ、取ってあげよっか?」


「え、いいよ。自分でできるから」


「遠慮すんなって。俺の方が手ぇ長いんだから」



あっけらかんと皿を取ってくれる。


その自然さが羨ましかった。私には真似できない気安さ。



「なあ、一口ちょうだい……って冗談冗談!」


「もう、大和くん!」



思わず笑ってしまう。


くだらないことを言って場を明るくするのは得意で、にぎやかすぎるところもあるけれど――困っているときには必ず気づいて助けてくれる。



(ほんと、いい人だな……)



そう思うと、不思議と肩の力が抜けた。


安心感に包まれて、ほんの少しだけ食堂の喧騒がやわらいで聞こえる。



「大和くん、ほんとお世話焼きだね」


「そりゃそうだろ。翠ちゃんだからな」


「……え?」



一瞬意味がわからず首をかしげる。


けれど大和くんは「なーんでもない」と笑ってご飯をかきこんでしまった。


その自然さに、なんとなくそれ以上は聞けなかった。





「へぇ、仲いいんだね」



明るい声がして顔を上げると、美月先輩が立っていた。


隣には、トレーを持った結城先輩の姿。



「えっ!? ち、違います! そんなことなくて!」



慌てて否定する私の横で、大和くんは悪びれもせずニヤリと笑った。



「まあ、仲いいのは事実だけどな」


「……元気だなお前ら」



結城先輩は短くそう言って、美月先輩と並んで席についた。



「あざっす! 結城さん!」



どこか誇らしげな声で返す大和くん。



「褒めてねーわ。……うるさい」



声は軽くても、どこか低い。


その一言でテーブルの空気が一瞬にして引き締まる。


結城先輩の横顔は、笑っているようで笑っていない。


いつもの余裕に満ちた雰囲気と少し違って見えて、胸がざわついた。


理由なんてわからない。


ただ――息が詰まる。


私は慌てて視線を落とし、スプーンを握る手に力を込めた。


かちゃり、と小さな音。


鼓動がさらに早くなる。





「翠、ここいい? ……先輩方も、ご一緒していいですか?」



声の方を向くと、莉子がトレーを持って立っていた。


きちんと先輩に断りを入れるところが、いかにも彼女らしい。



「もちろん、いいよ~。一緒に食べよー」



美月先輩が笑顔で答え、結城先輩も無言で軽くうなずく。



「ありがとう」



莉子はそう言って私の隣に腰を下ろした。


仕草が自然で、少しほっとする。


ふと視線を動かすと、少し離れたテーブルで萌が別の友達と笑い合っているのが目に入った。


最近まで一緒にお弁当を食べていたはずなのに。


胸の奥にぽっかりと小さな空白が広がった。



(……いつの間に、こんなふうになったんだろう)





「結城さんってさ、俺らが必死にやってても、なんか涼しい顔してんだよな。反則っすよ」



大和くんが軽口を叩くと、美月先輩が笑って頷いた。



「ふふっ、わかる。昔からそうなの。余裕あるように見えるけど、実はちゃんと考えてるんだよ」


「やめろ、美月」



結城先輩は小さく返した。


声は低いけれど、どこか照れ隠しのようでもあった。


幼なじみ同士だからこその自然な空気。


そのやりとりを見ているだけで、胸の奥がまたざわめいた。


大和くんの明るさも、莉子の落ち着きも、確かに私を和ませてくれる。


けれど結城先輩の存在だけは――どうしても息を詰まらせてしまう。



(……なんで、こんなに気になるんだろう)



昼休みのざわめきの中、交差する視線や言葉。


ほんの短い時間なのに、心は落ち着く場所を見つけられず、揺れ続けていた。


──胸のざわめきは、午後になってもずっと消えなかった。






──



ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークや評価をそっと入れてもらえると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ