6話 昼休みの交差点
──昼休みの食堂。
ざわめく声と食器がぶつかる音が四方から押し寄せる。
揚げ物の匂いが空気に混じり、熱気でむっとした空間に人の波が絶え間なく流れていた。
トレーを抱えたまま、私は立ち尽くす。
(……どこに座ろう)
空席を見つけたいのに、知らない人の群れに飛び込む勇気が出ない。
周りの視線が全部自分に向いている気がして、足が動かなくなってしまう。
「おーい、翠ちゃん!」
元気いっぱいの声が、ざわめきの中から浮かび上がった。
声の方に振り返ると、大和くんが大きく手を振っている。
彼の隣の席だけぽっかり空いていて、まるで最初から私のために残しておいたみたいに見えた。
「え、ありがとう……」
「翠ちゃん、すぐ困った顔すんじゃん? 俺が確保しといてやったんだぞ~」
にかっと笑う大和くんの顔は、体育館でボールを追っているときと同じくらいまぶしい。
その明るさに救われるようで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
⸻
座るとすぐに、大和くんはいつもの調子で世話を焼いてきた。
「それ、取ってあげよっか?」
「え、いいよ。自分でできるから」
「遠慮すんなって。俺の方が手ぇ長いんだから」
あっけらかんと皿を取ってくれる。
その自然さが羨ましかった。私には真似できない気安さ。
「なあ、一口ちょうだい……って冗談冗談!」
「もう、大和くん!」
思わず笑ってしまう。
くだらないことを言って場を明るくするのは得意で、にぎやかすぎるところもあるけれど――困っているときには必ず気づいて助けてくれる。
(ほんと、いい人だな……)
そう思うと、不思議と肩の力が抜けた。
安心感に包まれて、ほんの少しだけ食堂の喧騒がやわらいで聞こえる。
「大和くん、ほんとお世話焼きだね」
「そりゃそうだろ。翠ちゃんだからな」
「……え?」
一瞬意味がわからず首をかしげる。
けれど大和くんは「なーんでもない」と笑ってご飯をかきこんでしまった。
その自然さに、なんとなくそれ以上は聞けなかった。
⸻
「へぇ、仲いいんだね」
明るい声がして顔を上げると、美月先輩が立っていた。
隣には、トレーを持った結城先輩の姿。
「えっ!? ち、違います! そんなことなくて!」
慌てて否定する私の横で、大和くんは悪びれもせずニヤリと笑った。
「まあ、仲いいのは事実だけどな」
「……元気だなお前ら」
結城先輩は短くそう言って、美月先輩と並んで席についた。
「あざっす! 結城さん!」
どこか誇らしげな声で返す大和くん。
「褒めてねーわ。……うるさい」
声は軽くても、どこか低い。
その一言でテーブルの空気が一瞬にして引き締まる。
結城先輩の横顔は、笑っているようで笑っていない。
いつもの余裕に満ちた雰囲気と少し違って見えて、胸がざわついた。
理由なんてわからない。
ただ――息が詰まる。
私は慌てて視線を落とし、スプーンを握る手に力を込めた。
かちゃり、と小さな音。
鼓動がさらに早くなる。
⸻
「翠、ここいい? ……先輩方も、ご一緒していいですか?」
声の方を向くと、莉子がトレーを持って立っていた。
きちんと先輩に断りを入れるところが、いかにも彼女らしい。
「もちろん、いいよ~。一緒に食べよー」
美月先輩が笑顔で答え、結城先輩も無言で軽くうなずく。
「ありがとう」
莉子はそう言って私の隣に腰を下ろした。
仕草が自然で、少しほっとする。
ふと視線を動かすと、少し離れたテーブルで萌が別の友達と笑い合っているのが目に入った。
最近まで一緒にお弁当を食べていたはずなのに。
胸の奥にぽっかりと小さな空白が広がった。
(……いつの間に、こんなふうになったんだろう)
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「結城さんってさ、俺らが必死にやってても、なんか涼しい顔してんだよな。反則っすよ」
大和くんが軽口を叩くと、美月先輩が笑って頷いた。
「ふふっ、わかる。昔からそうなの。余裕あるように見えるけど、実はちゃんと考えてるんだよ」
「やめろ、美月」
結城先輩は小さく返した。
声は低いけれど、どこか照れ隠しのようでもあった。
幼なじみ同士だからこその自然な空気。
そのやりとりを見ているだけで、胸の奥がまたざわめいた。
大和くんの明るさも、莉子の落ち着きも、確かに私を和ませてくれる。
けれど結城先輩の存在だけは――どうしても息を詰まらせてしまう。
(……なんで、こんなに気になるんだろう)
昼休みのざわめきの中、交差する視線や言葉。
ほんの短い時間なのに、心は落ち着く場所を見つけられず、揺れ続けていた。
──胸のざわめきは、午後になってもずっと消えなかった。
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