3話 可愛い先輩マネージャー
──体育館の一角。
タオルを畳みながら、視線は自然と先輩マネージャーへ向かう。
高瀬美月先輩。
整った顔立ちに、柔らかく華やかな雰囲気。
スコアをつけ、ボトルを確認し、怪我をした部員にはすぐ駆け寄る。
「大丈夫? 無理しないで」
その一言で、相手の表情がふっと和らぐ。
タイムアウトではタオルを渡しながら「ナイスファイト」と笑う。
短い言葉なのに、選手の肩の力が抜けていくのが分かる。
(……すごいな)
動きは無駄がなく、必要なことを先回りしていて、周りを安心させる。
勉強もできて、気さくで、誰からも信頼されている「完璧」な人。
「美月先輩ってすごいよね。あんなふうになりたいな」
隣で萌が言う。
私はうなずきながら、横に立つ自分を想像して、胸がきゅっとなった。
(私には、きっと真似できない)
⸻
「お、陰キャマネージャーも頑張ってるな」
同級生の部員の軽口に、手が止まる。
もう一人が笑いながら続ける。
「めっちゃ真面目。陰キャ感あるよな」
数人の笑い声。
耳の奥がじんと熱くなる。
(からかわれてるだけ、なのに)
笑って返せばいいのに、喉が固まる。
布の端をつまむ指に力が入る。
「気にしなくていいよ、ああいうの」
横からさらっと声。
同じ一年マネージャーの平野莉子。
タオルを抱えたまま、にっと笑う。
「真面目な方が助かるし。雑なのより全然いいでしょ」
それだけなのに、胸の奥にぽっと火がともる。
(……ありがとう)
声には出せないまま、指先のこわばりが少しほどけた。
⸻
──練習後。
むせるような熱気の中、私は重いボールかごを押していた。
腕が震えて、今にも落としそうで。
「偉いね。ほんと助かってるよ」
振り向くと、美月先輩が笑っていた。
「私も最初全然できなかったよ。ボールかご重いし、流れも分かんなくてさ」
「……え?」
「だから、少しずつ覚えれば大丈夫。ちゃんと頑張ってるの見てるから」
その言葉がまっすぐ届いて、不安がふっと軽くなる。
見上げた先輩の笑顔は明るいのに、ちゃんと一人の後輩として私を見てくれていた。
「……はい」
小さな声しか出なかったけれど、胸の内側に温度が広がった。
(この人みたいになりたい)
ボールかごの重さが、さっきより少しだけ軽い。
⸻
そのすぐあと。
美月先輩は自然に、結城先輩の隣に並んでいた。
練習後とは思えない落ち着いた笑顔の結城先輩と、楽しそうに話す美月先輩。
息が合っていて、周りの空気まで柔らかくなる。
「美月先輩と結城先輩って幼なじみなんだって。お似合いだよね」
萌の何気ない言葉が、胸の中で反響する。
尊敬する先輩。
頼もしいエース。
二人が並ぶ姿に「素敵だ」と思う気持ちと、胸の奥がざわつく感覚が、一緒になって押し寄せる。
(……どうして、こんなに気になるんだろう)
答えの出ないざわめきを抱えたまま、私はタオルを抱えて視線を落とした。
⸻
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、ブックマークや評価をしてもらえると、とても励みになります。




