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20話 すれ違う距離

──放課後の体育館。



練習が終わり、片付けをしているときだった。



「長谷川、タオル取って」


「はい!」



いつも通り返事をして手渡したけれど――。


そのまま自然に距離を取るように、少しだけ視線を逸らした。


ほんの小さな仕草。


けれど、美月、大和、莉子、そして煌大は気づいていた。



(……翠、なんか違う)



直接口にすることはないけれど、どこかぎこちない。


数日間、そんな空気が続いていた。


練習中も、視線が合えばすぐ逸らしてしまう。


ボトルを渡す手が少し震えて、

「ありがとう」と言われても笑って誤魔化すだけ。


まるで透明な壁ができたみたいに、

同じ空間にいても、心だけが遠く離れていく気がした。





──ある日の夕暮れ。



部活を終えて片付けをしていた私の腕を、不意に掴む手があった。



「えっ……結城先輩!?」



驚いて振り向くと、そのまま壁際まで押しやられていた。


近い距離。


逃げ場はない。


結城先輩の瞳が、まっすぐにこちらを射抜いてくる。


夕日のオレンジが瞳に映り込み、息が詰まるほど近かった。



「……お前、俺のこと避けてるだろ」



低く落とされた声。


いつもの柔らかさが消えていて、胸がぎゅっと締めつけられる。


でも私は、動揺を見せまいと、笑顔を浮かべて答えた。



「そんなことないですよ」



声が震えないように、ゆっくり息を整える。


心の奥では、嘘だって自分でもわかっていた。


この距離が怖くて、期待して、また怖くなる。


どうしたらいいのか、わからなかった。


その言葉とともに、柔らかく優しい笑みを残す。


そして、さっと身をかわして歩き出した。


体育館の床に響く足音が、やけに遠く感じる。





後ろに残された煌大は、その場に立ち尽くしたまま。


追いかけることもできず、ただ拳を握りしめる。



(……なんで、そんな笑顔で……)



夕暮れの光に溶けるように、彼の表情には焦燥がにじんでいた。


誰よりも近くにいたはずの距離が、

今はもう、手の届かない場所に変わっていた。


体育館の外では、蝉の声が弱々しく続いていた。


窓の向こうの空が、ゆっくり群青に沈んでいく。


その中で煌大は、何度も深呼吸を繰り返した。



(俺……何してんだろ)



怒りでも悲しみでもない。


ただ、どうしようもない悔しさが胸の奥に広がっていく。


あの笑顔を守りたいと思っていたのに、

今の自分は、その笑顔から一番遠いところにいる。


彼女が出ていった扉を見つめたまま、煌大は小さく唇を噛んだ。





一方そのころ、体育館の裏を歩く私の足も止まっていた。


夕風が頬をなで、少しだけ冷たかった。



(……本当は、避けたくなんてなかった)



胸の奥で呟く声は、誰にも届かない。


それでも、振り返ることはできなかった。


すれ違う想いが、静かに夜へと沈んでいく。










ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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