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14話 近すぎる距離

──練習試合の日。



いつもより少し早く集まった体育館は、独特の熱気に包まれていた。


相手校のユニフォームの色。


シューズが床を叩く音。ウォーミングアップの掛け声。


その全部に圧倒されそうになりながら、私は先輩マネージャーの隣で、スコアの練習をしていた。



「ここが相手の得点ね。で、この横がシュート決めた人の番号」


「は、はいっ……!」



必死でペンを走らせるけど、字は小さいし、欄からはみ出してしまう。



「……あれ?」



自分で書いた数字が読みにくくて首をかしげていると、横からふっと影が落ちた。



「なに書いてんの?」



顔を上げれば、結城先輩。


汗を拭いながら、自然な動きでスコア表を覗き込む。


近い。


思ったよりずっと近くて、息が止まりそうになる。



「す、スコアの練習してて……」


「ああ、なるほど。……字、ちっちぇーな」


「えっ!? ……やっぱり小さいですか?」



真っ赤になって答えると、彼はほんの少しだけ口元をゆるめて、小さく微笑んだ。



「いや、長谷川らしい。いい」


(私らしい……? 今、そう言った……?)



胸が跳ねて、呼吸が浅くなる。


距離が近すぎて、顔が熱い。


視線を落としてごまかそうとしても、斜め上からの気配が消えない。



「……ちゃんと追えてる。マジで」



不意に優しい声。


視線が合った瞬間、全身が固まった。


何か言わなきゃいけないのに、喉がきゅっと詰まって言葉にならない。


その様子を、周囲の部員たちがちらちら見ては、



「なんか雰囲気よくない?」


「え、やば」



と小声で笑っていた。


頬の赤みがさらに増して、ペンを握る指先が震える。


書き直そうとしても、頭が真っ白で字がまとまらない。



(落ち着いて……仕事、仕事……!)



焦れば焦るほど、意識は彼の言葉に引き戻される。



「長谷川らしい。いい。」



その一言が、何度も胸の中で反響していた。





試合が進むにつれて、体育館の熱はさらに増していく。


キュッと床を鳴らす切り返し、シュートの弧、ベンチから飛ぶ声。


私はスコア表を追いながら、タイムの笛を待ちつつ、未使用のボトルを確認していた。


白テープで「予備‐2」と書いたボトルを抱え、タイミングを見計らう。



(ちゃんと渡せるように……位置、ここでいいよね)



──タイム中。



ベンチに戻ってきた選手たちが一斉にボトルへ手を伸ばす。


結城先輩はスポドリを一気に飲み干し、空になったボトルを軽く振った。



「……なくなった」



その瞬間。


私が抱えていた『予備‐2』のボトルが、ひょいっと消える。



「え――」



気づけば、結城先輩の手の中にあった。


彼は飲み口を少し離したまま、ボトルを傾けて一気に流し込む。


喉が上下するのが、すぐそばで見えた。



「悪い。借りた」



さらっと返されるボトル。


差し出されたそれを受け取る指が震える。



(ほかにも予備はあったのに――わざわざ、私の?)



頭が真っ白になる。


顔から火が出そうで、目を合わせられない。


自分の胸の音が隣の人にまで聞こえてしまいそうで、怖かった。



「……助かった」



短くそう言って、汗を拭いながら何事もなかったかのようにコートへ戻っていく。


私は、返されたボトルを見つめたまま動けなかった。





──ざわめく声。



「今の見た?」


「結城、真っ直ぐ長谷川のとこ行ったよな」


「やっぱ、長谷川がお気に入りなんじゃね?」



クスクス笑い声、驚きのささやき。


視線が集まっているのが分かるのに、逃げることもできない。


胸が熱くなって、鼓動が止まらなかった。



(ど、どうしよう……。これって、私だけに……? それとも、ただの偶然……?)



自分に問いかけても、答えは出ない。


……さっきまで“予備”として抱えていたボトルは、もうただの水じゃなくなっていた。


指先に残る温度と、さっきまで結城先輩が飲んでいたボトルだ、という事実だけで意識してしまう自分が恥ずかしいのに、目を逸らせない。


視線を落としても、頬の熱は収まらない。


むしろ見られてしまったことで余計に意識してしまう。


周囲の声も、笑いも、ボールの音も、すべて遠くに霞んでいく。


心を奪ったのは、ほんの一瞬の出来事。


それなのに――私の世界は、その一瞬で、大きく揺れてしまっていた。











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