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11話 揺るがぬ自覚ー煌大ー

──夜、自分の部屋。



ベッドに仰向けになり、薄暗い天井を見つめていた。


スタンドライトは消していて、机の上のデジタル時計だけが、ぼんやりとした数字を映している。


窓の外からかすかに車の走る音がするのに、この部屋の中だけ、切り離されたみたいに静かだった。


静けさに包まれているはずなのに、耳の奥では、自分の鼓動ばかりが響いている。


まぶたを閉じても、浮かんでくるのは同じ光景ばかりだった。



(……俺、どうしちまったんだ)



いつもなら一日の出来事なんて、眠ればすぐに忘れる。


余計なことを頭に残さず、翌日の練習や勉強に切り替えるのが当たり前だった。


無駄な感情に引きずられないこと。


それは、自分で選んで積み重ねてきたスタイルだった。


キャプテン候補だの、生徒会だの、周りが勝手に騒いでも、流されないように、どこかで線を引いてきた。


なのに今夜は違う。


どれだけ目を閉じても、長谷川の姿が勝手に浮かんできて離れない。


──ダンボールを抱えて、危うく転びそうになった小さな背中。


練習前のあわただしい廊下。


誰も気づかないみたいに素通りしようとしたあの瞬間、気づいたら手が伸びていた。


頭に、ぽん、と触れた。


ほんの一瞬だったのに、触れた感触と、驚いて俺を見上げた彼女の表情が、やけに鮮明に蘇る。



(あんな顔、誰かに見せたことあったか?)



思い返すほどに、答えは「ない」とはっきりしていく。



──電車の中。



押し寄せる人の波に押されて、よろけた肩を支えた。


小柄な肩が、押しつぶされそうになっていた。


誰かのバッグや肘が雑に押してくるその間に、彼女が紛れているのが、一瞬、妙に腹立たしく見えた。


腕を引いて、背中を支えた時、距離が近すぎて、心臓の鼓動がバレるんじゃないかと本気で焦った。


庇うのが当然だと、自分に言い聞かせたけど――


本当は、ただ守りたかっただけだ。


他の誰にも触れさせたくない。


そんな独占欲に似た感情が、一瞬よぎった。



(は? 何それ)



自分の中から出てきた感情に、思わず眉間に皺が寄る。


らしくない。けど、消えなかった。



──通学路。



重いバッグを奪い取ったのも、自然な動作のつもりだった。


マネージャーの仕事だからって、一人で全部抱え込もうとする顔を見ていたら、放っておけなかった。


でも、抱えたのは荷物じゃない。


ほんの少しでも彼女の負担を減らしたい、そんな気持ちが先にあった。


それが、考えるより早く体を動かしていた。


隣を歩くと、周りの視線が集まるのもわかっていた。


噂になることくらい、簡単に想像できた。


それでも、手を離そうとは思わなかった。



(……なんで、俺はあんなに必死になってんだ)



誰にでも優しくできる余裕はあるはずだった。


実際、今まではそうしてきた。


深入りしなければ、面倒な感情に振り回されることもない。


期待させず、期待もしない。


そうやって、一定の距離を保ってきた。


けれど長谷川のことになると、その線は簡単に越えてしまう。


気づけば視線で追っている。


雑用をしている背中、スコアを書いている指先、水を配りながら少しだけほっと笑う横顔。


声を聞けば安心して、少し笑ってくれるだけで胸が高鳴る。


そんな感情に振り回されている自分を、もう誤魔化せなかった。



(俺……あいつのこと――)



心の中で言葉を途中まで出して、いったん飲み込む。


けれど、もう戻れないところまで来ているのは、自分が一番わかっていた。


自覚した瞬間、胸の奥で何かが決定的に変わった。


今まで誰にも抱いたことのない、本気の想い。


冷静でいることが当たり前だった自分が、彼女の前では何度も崩される。


練習中も、生徒会の話をしている時も、ふとした拍子に思い出してしまうのは、あの不器用な真面目さと、必死で食らいつこうとする眼差しだ。


それが悔しいはずなのに、不思議と嫌ではなかった。


むしろ、嬉しくて仕方なかった。


心が勝手に動く。


笑顔を見たいと思う。


困っていたら助けたいと思う。


泣きそうな顔をさせたくないと思う。


その感情が揺るがぬものだと、もうはっきり分かってしまった。


どれだけ理屈を並べても、別の誰かを思い浮かべようとしても、全部無駄だと分かるくらいには。



──その夜、眠りにつくまで。



胸の奥で何度も、同じ言葉が繰り返されていた。



(俺は、長谷川翠が好きだ)



それを認めた瞬間、やっと深く息が吸えた気がした。


____








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