Radirgy Noah - ラジルギノア
あのテロ事件からすでに半年余りが過ぎていた。事件の首謀者だったルキも、今ではすっかり落ち着いた性格になり、あたしも彼女の「姉」として、毎日奮闘する日々を送っていた。
「ねぇ、タダヨ、ルキ。どう? 思い切ってイメチェンしてみたんだけど、似合うかな?」
あたしは旧体育倉庫で、ルキとタダヨの前で、軽く首を振りながら髪の毛を揺らしてみせていた。
元々あたしはおさげ髪が好きで、ずっとそれを自分のトレードマークにしていたんだけど、ある時ふと思い立って、ショートヘアーにしてみようと考えた。
ルキが長い黒髪をポニーテールにまとめている。それと対照的な、というとおかしな感じになるかも知れないけれど、「姉妹」としての関係性を、髪型でもアピールすることは、決して間違いだとは思っていない。
「おおっ! シー殿、いい感じでごじゃるな。なんというか、こう、フレッシュな感じがするごじゃるよ」
タダヨが自分の席であぐらをかきながら、あたしの髪型をよく似合っていると言いながら拍手してくれた。
今でもタダヨはこの旧体育倉庫を自分の住み家にしながら、ここでパソコンいじりに興じている。
彼女のトレードマークともいうべき瓶底眼鏡が、彼女のそんなガジェット好きな嗜好をより如実に映し出しているような印象があった。もちろん、あたしの偏見かも知れない、というのは分かっていたけれど。
「……うん、シズル、よく似合っているよ。なんていうのかな、カワイイっていうより、カッコいい、って言った方がいいのかな。私も、今のシズルの方が好き」
ルキもあたしのイメチェンをよく似合うと言ってくれた。そう言いながらあたしに微笑みかけるルキは、半年ほど前からは全く想像することもできないほどに、どこにでもいる女子高生そのものだった。
あたしも、お父さんと一緒にルキの面倒をきちんと見てあげなければならない責任を、改めて実感していた。たとえ義理であったとしても、今のあたしがルキの「姉」であるという事実に変わりはないのだから。
そんな具合にルキとタダヨとの高校生活を楽しんでいたあたしだったけれど、異変というのはいつでも突然に訪れるものなのだと、否応にも思い知らされる事件が発生した。
「あぁ~。最近面白いゲームに、全然出会えていないでごじゃるよ~」
この日も、あたしとルキはタダヨがいる旧体育倉庫に足を運んでいた。そのタダヨは、パソコンの画面の前で、なにやら深刻そうな表情を浮かべながら喋っている。
「むうぅ~。面白いって、一体、どういうことなんじゃろうな~? 分からぬ、分からぬでごじゃるよ~」
どうやら、近頃のゲームに対してなんらかの不満があるらしい。コンピューター全般に精通しているタダヨは、ビデオゲームに関する造詣も相当に深い。
あたしたちが生まれるよりもはるかな昔に流行した、レトロゲームの領域すらも飛び越えた、もはや化石と呼んでもよいかも知れないゲームのことでさえも、タダヨは一体どこから仕入れてきたのかと首を傾げてしまうほどの知識量を持っている。
「ねぇ、タダヨ。市販のゲームに不満があるんだったら、自分でゲームを作ってみる、っていうのはどう?」
「そうね。タダヨなら、ゲームのこともよく知っているし、プレイするだけじゃなくて、作ってみるのも面白いんじゃないかしら?」
あたしとルキが、それなら自分でゲームを制作してみるというのはどうかと、タダヨに提案した。
あの事件の解決に貢献した「小次郎」のように、戦闘用スーツ型端末を作ることができるのであれば、ゲーム制作もあまり難しくはないのではないか、とあたしたちは考えていた。
「んんん~。それができれば苦労はしないのでごじゃるが……、んっ? な、なんでごじゃるか? こ、これは……?」
しかし、タダヨはその提案に難色を示していた。どうやら、戦闘用スーツ型端末の開発とゲーム開発とでは、開発のノウハウが異なるらしい。
その時だった。タダヨが操作していたパソコンの画面が、あるメッセージと共に不気味な警告音を鳴り響かせた。
「こ、このプログラムは、さっき拙者が無料でダウンロードした“Little Cat , Big Cityの宇宙猫MOD”で……、あっ! あぁあっ!」
「タダヨ! どうしたの、タダヨ!」
「いけないわ! タダヨ、離れて!」
どうやら、タダヨが何気なくダウンロードしたあるプログラムが、タダヨの意図しない形で作動したようだった。あたしとルキも危険を察知していたけど、その時には、タダヨがパソコンの画面の中に吸い込まれていっていた。
「……な、なにが起こったの……? こ、これは……?」
あたしとルキは、恐る恐るパソコンの画面を覗き込んでみた。すると、そこにはあたしたちが見慣れた顔が表示されていた。
一見するとタダヨと同じ顔だったが、彼女が着ているジャージやニット帽、さらには暗い紫の髪は漆黒に染まり、口元には歪んだ笑みさえ浮かべている。
これはタダヨではない。あたしはすぐに直感した。まさか、あのテロ事件と、同じことが起ころうとしているのか。
「フッ、フハハハ、フハハハハッ! 拙者は「黒タダヨ」。タダヨの影より生まれし、もう一人のタダヨでごじゃる!」
とモニターの中に入り込んだタダヨは高らかに宣言した。自らを「黒タダヨ」と言い放つところに、元々のタダヨの性格を垣間見ることができるような気がしていた。
「拙者の野望はただ一つ! 「ヘイヨー乳業」の工場を占拠し、カフェオレを全て我が物にすること! そして世界をカフェオレ漬けにしてやるでごじゃる!」
黒タダヨから野望という言葉を聞いた瞬間、あたしもルキも思わず緊張で顔をこわばらせた。しかし、続けて発せられた野望の内容は、どう聞いてもそれでいいのか、と思わせてしまうものだった。
「……えっ? せ、世界をカフェオレ漬けにする……? ど、どういうこと……?」
あたしは、黒タダヨが言っている「言葉」を理解することはできた。けれども、その言葉の背後にある「意味」を理解することはどうしてもできなかった。
「ちょっと、目的がショボいのか壮大なのか、よく分からないんだけど……」
「……でも、放ってはおけないわよね。本当にヘイヨー乳業の工場が襲われたら、大変なことになるし」
若干呆れ気味のあたしに対し、ルキはすでに戦闘用スーツ型端末「プロトタイプ・大五郎」を起動していた。すでにかなりトゲが消えていたとはいえ、あたしと一戦交えた時の記憶はしっかりと残っているらしい。
だけど、それが今はあたしや世界を憎むのではなく、大切な友達を助けたい、という方向に動いているのは、あたしにとっても望ましい話だった。
「そうね。工場で働いている人たちが巻き込まれる前に、早くタダヨを止めなくちゃ!」
あたしも、かつて命を預けた相棒である小次郎の改良型の「小次郎・改」に乗り込んでいた。タダヨになにがあったのか。その真相を突き止めるためにも、一刻も早く彼女を止めなければならない。
「んっ? なに、あれ?」
「別の戦闘用スーツ型端末のようね。見たこともない型式だけど、どこの所属かしら……?」
あたしとルキがヘイヨー乳業の工場に向かっている途中、所属不明の戦闘用スーツ型端末が行く手を遮ってきた。
「うぬお~! なんかずいぶん壊してくれたっポね」
「あ、あなた、誰よ?」
「ボクは「チーポ」って言うんだポ。それにしても、無作為にとは言ってもシロウトを乗せたらダメだと思うポ」
戦闘用スーツ型端末の所属は分からなかったけれど、乗っているパイロットが「チーポ」という名前であることは分かった。
「シロウトって、随分なことを言ってくれるじゃない。私とシズルのこと、なにも分かっていないくせに」
チーポが口にした「シロウト」という言葉に、妙に反応するルキ。あたしも、ルキの気持ちはよく分かっているつもりだった。
彼女があのテロ事件の首謀者であることを、このチーポが知るはずもない。であれば、ルキを素人だと言ってしまうのも、全く無理のない話だった。
「いくわよ、ルキ! ここで時間を食っている余裕はないわ!」
それなら、あたしも自分たちが素人ではないことをこのチーポに教えてあげる必要がある、と考えた。あたしはルキとの交信で作戦内容を伝え、ルキもそれを了承してくれた。
その後は、あたしたちの息の合った攻撃の前に、チーポは全く手も足も出ない状態だった。最終的には戦闘不能になったスーツ端末から脱出するチーポを、あたしたちが脱出ポッドごと回収して、そこでの戦闘は終わった。
「ハァ……、ボクもいい加減つかれてきたポ……」
「疲れてきたって、なんのことよ……? おっと、今はそれよりタダヨをなんとかしなくちゃ」
回収したチーポを伴い、あたしたちはさらに進んでいった。そして、目的地となるヘイヨー乳業の工場に辿り着いた。しかし、そこに待ち受けていたのはあの小次郎と同型のスーツ端末だった。
「よく来たでごじゃるな。だが、もう時すでに遅しでごじゃる!」
その声は、紛れもなくタダヨのものだった。でも、今は黒タダヨ、と呼んだ方がいいのかも知れない。
「やめて! タダヨ!」
「もう手遅れでごじゃる! この「漆黒次郎」で、この世のカフェオレの全てを、拙者のものとするのでごじゃる~!」
今の黒タダヨに、あたしたちの声は届いていなかった。全身漆黒の小次郎。だから「漆黒次郎」というのか、と思いながら、あたしはタダヨを止める方法はないのかと、思案を巡らせていた。
「シズル! あれを使うのよ!」
その時、ルキからの通信が届いた。ルキが言った「あれ」とは一体なんのことだろうか。
「えっ? ルキ、あ、あれって……?」
「忘れたの? タダヨから教えてもらったでしょう? 「ABS」の応用技術」
そこで、あたしはルキとの戦いのことを思い出していた。確か、あの時も「ABS」のエネルギーを最大限発動し、一時的に小次郎をフルパワー状態にしていた。
「ABS」で強化されたショットとシールド、そしてソードのパワーを駆使して、あたしはルキとの戦いに勝ったのだった。
「……あっ、あれ、覚えていたの……?」
「当たり前でしょう? あれを私たちが同時に使うの。あなたのショットを、私のシールドで反射させて、二機分の「ABS」のエネルギーを上乗せするのよ」
実際に受けたことがあるからこそ、ルキはそれを逆に切り札として見出そうとしていた。あの攻撃はルキが自分を取り戻すための扉を開く、一つのきっかけにもなっていたのだから。
「二機分の「ABS」のエネルギー……。分かったわ、それで一気に決着を付けるわよ!」
そして、あたしとルキはそれぞれ「ABS」を発動させた。あたしがショットに「ABS」のエネルギーを上乗せしていけば、ルキもシールドを「ABS」で強化し、いつでも攻撃に移れる体勢に入っていた。
「いくわよ、ルキ!」
「いいわよ、シズル!」
あたしはルキのシールドに向けて、「ABS」付きのショットを発射した。通常のシールドでは跳ね返すことができない攻撃だったけど、ルキが使った「ABS」付きのシールドは、そこに二つ目の「ABS」のエネルギーを上乗せする形で反射することに成功していた。
「目標、漆黒次郎っ! いっけぇぇぇぇっ!」
あたしのショットがルキのシールドによって反射され、巨大な光の矢となってタダヨが乗っている漆黒次郎に向けて放たれていった。
「あっ! あぁあっ! あああぁぁぁあああっ!」
その、亜光速ともいうべきショットの速度に、漆黒次郎は反応することができなかった。
「ブギョア~! イクトぉ~! カフェオレ~! もうイヤじゃ~!」
光の矢が漆黒次郎を貫いた。その直後、黒タダヨの絶叫がこだまし、脱出ポッドが射出されると、漆黒次郎は爆炎の中に消えていった。
「……タダヨ! タダヨ!」
その後、あたしとルキは脱出ポッドを回収し、中にいるタダヨを救出した。その姿はまだ黒タダヨのままだったけれど、すでにイヤな感じはしなくなっていた。
「……うっ、うぅっ……」
「よかった、気が付いたのね。タダヨ、大丈夫?」
小さなうめき声と共に、タダヨが意識を取り戻した。ルキが真っ先に声を掛けるが、まだタダヨの意識は若干朦朧としている様子だった。
「……せ、拙者は……。拙者は、一体、なにを……? う、うおおおっ! こ、これは、なんじゃ~! なんでごじゃ~るか~!」
タダヨは、そこで自分がやってしまったことを思い出し、信じられないほどの悲壮感を漂わせる悲鳴を上げていった。
完全に困惑しているタダヨ。自分がやったことの記憶は残っているが、それはなおのことタダヨを困惑させることになっていた。
「ちょっと、ビックリさせないでよ。でも、タダヨ。一体なにがあったの? どうして、急にあんなことを……?」
「……あっ、シー殿、ルー殿……。い、いや、それが……」
あたしたちが事情を問い質すと、タダヨは自分がダウンロードしたプログラムの影響であることは間違いないと答えてくれた。
だけど、そのために自分があのような行動に出てしまった、その理由が今一つ理解できない、と言っていた。
「うーん、そのプログラムの出所も気になるけれど、よりにもよってタダヨが狙われるなんて……」
「……ゴメンだポ。ボクも久しぶりにこっちの世界に来られて、ちょっと調子に乗り過ぎたポ……」
そこに、別の脱出ポッドに乗っていたチーポが、あたしたちに向けて謝る態度を見せてきた。
「えっ? こっちの世界って、どういうこと?」
「詳しくは言えないポけど、こっちの世界のコンピューター技術を使えば来られるかもって思って、実験してみたくなったんだポ」
どうやら、チーポにとっては軽い実験のつもりだったらしい。それが、ヘイヨー乳業の工場が襲われそうになったことを考えると、軽い実験で済まされるものではない。
「気にすることはないでごじゃるよ、チーポ殿。でも、こっちの世界に来る時は、ちゃんと来てもいいか確認するのが、筋というものでごじゃる」
そこに、巻き込まれた当事者であるタダヨがチーポを慰める言葉をかけていった。すでにタダヨは黒タダヨではなくなり、元のタダヨの姿に戻っていた。
「本当にゴメンだポ。また来る時は、ちゃんと確認してから来るポ」
「それがいいでごじゃるよ。イタズラ心もほどほどにするのが吉でごじゃる」
「ご迷惑をおかけしたポ……。ぺこぺこ……」
タダヨにたしなめられたチーポは、すっかりしおらしくなった様子を見せながら、自分が住む世界に帰っていった。
「……で、タダヨ。この後始末、どうするつもりなの?」
チーポが帰っていったことで、一応騒動は決着を見る形になった。けれども、あたしたちにとっては、まだ決着は付いていなかった。
「あ、後始末って、どういうことで、ごじゃるか……?」
「とぼけないでよ。元をただせば、あなたが変なプログラムをダウンロードしなかったら、こんなことにはならなかったのよ。コンピューターに詳しいタダヨにしては、らしくないミスだったってことで」
話を誤魔化そうとするタダヨだったけれど、それを許さないのはルキの方だった。
あたしも、なんとなくこのまま騒動がうやむやになってしまうのはよくないって思っていたけど、そこはルキの方が割り切りがよくできていた。
「……そ、そんな、そんな……。うわあああ~~~~っ!」
損傷もなく、稼働に悪影響も出ることもなかったヘイヨー乳業の工場脇で、タダヨの悲壮感に満ちた悲鳴が響き渡っていた。
「ヤキソバパンと……、カレーパンと……。ンギギ……、や やむなしでごじゃる……。ハァハァ……」
それからしばらくの間、タダヨは騒動を起こした罰として、シズルとルキにパシリ役にされる日々を過ごしていた。
「は、早く戻らなければ……。こ、このような買い物だけでも、拙者には大変なことであるでごじゃる……」
シズルとルキは、単にタダヨをパシリ役に使っているのではなく、いつまでも引きこもっていてはいけないと、自分に伝えようとしている。
それがおぼろげでも理解していたからこそ、タダヨは今のパシリ役に対して文句を言うことはなかった。
「ルー殿がそうだったように、拙者も変わらねばならぬ時が、そろそろ来ているのか知れぬでごじゃるな……」
かつてシズルとタダヨが見出した、ルキへの新たな光。その光を、今度はシズルとルキが、自分に見出させようとしている。
自分も、いつまでも過去に縛られているわけにはいかない。そんなことを考えながら、タダヨはシズルとルキが待っている、旧体育倉庫に向かって走り出していくのだった。