エピローグ
「ヤッホー。タダヨ、遊びに来たよ」
「ごめんなさいね、タダヨ。いきなり押しかけてきてしまって」
「いやいや、シー殿やルー殿なら、いつでも大歓迎でごじゃるよ。さぁさぁ、こっちに来るでごじゃる」
それから数か月後。あたしはルキと一緒に同じ高校に通っていた。
あの事件の後、あたしはお父さんと話し合った末、ルキを養護施設に預けることにした。
タダヨの手で全てのサーバーからデータが消去され、この世に「存在」しないことなったルキ。だけど、あたしたちの記憶には、ちゃんと彼女のことが残っている。
なにより、本当の意味で「孤独」になってしまったルキを、あたしはどうしても放っておくことができなかった。
「ルー殿、お腹は空いておらぬか? 外は暑かったでごじゃろう。一つアイスでも……」
「いいわよ。勝手に押しかけてきたのは私たちなんだし……、って、シズル……」
「本当? 助かるわぁ、タダヨ。あたし、ちょうど冷たいものが欲しいなって、思っていたところだったのよ」
ルキを養護施設に預けながら、あたしたちは頻繁に彼女の様子を見に行っていた。
最初は施設に馴染めなかったルキだけれど、少しずつ施設での生活に慣れていくにつれ、表情も言葉遣いも穏やかになっていった。
あたしが一番驚いたのは、ルキの髪の毛が少しずつ白から黒に、そして瞳の色も血走っていたような赤から、柔らかいブラウンへと変わっていったことだった。
多分、これがルキの本来の髪と瞳の色なんだと思う。初めて会った時とは別人のようになった今のルキを見ながら、彼女が想像を絶するストレスに苦しんでいたのだと、今さらながらに実感していた。
「そういえば、タダヨ。この間、新しい端末を作っているって聞いたけど、それってどういうものなの?」
「おぉっ! シー殿、よくぞ聞いてくれたでごじゃる。実は、今拙者たちの目の前にあるのが、その新しい端末なのでごじゃる」
ふと、あたしはタダヨのすぐ後ろにある、大きな端末が気になった。一見してただの端末ではないことは分かっていたけど、実際どんな端末なのかについては、本人に聞かないと分からない。
「……驚くなかれ! これこそ、拙者の新たな最高傑作! 新型戦闘スーツ端末! その名も「小次郎マーク2」! またの名を『大五郎』でごじゃる!」
タダヨが本邦初公開、と言わんばかりにその端末の正体を明かした。しかし、その瞬間、旧体育倉庫全体がなんとも言えない奇妙な空気に包まれた。
「……フフッ。タダヨって、本当にメカが好きよね。そういう風に、自分の好きなことを思う存分追求できるの、なんだかうらやましいわ」
「……ルー殿にそう言われると、なんだか拙者も背中がこそばゆくなるでごじゃる……」
ルキが小さく笑いながら、タダヨの知識と技術を素直に褒める言葉を向けた。タダヨは照れ臭そうにしながら、その表情はまんざらでもない様子だった。
そんな二人の会話を見ながら、あたしはふと心によぎるものを感じていた。
タダヨとルキ。二人が抱えている重く暗い過去。そのほんの一部に過ぎないとはいえ、あたしはその両方を知っている、たった一人の人間だ。
タダヨもルキも、本当は今でもその過去に苦しんでいるのかも知れない。でも、あたしはなんとか、二人がその過去を乗り越え、その先にある未来を掴んでほしいと願っている。
「……あっ、お父さんからだわ。……はい、もしもし……。えっ? ほ、本当に!」
その時、あたしの身体に移植された端末が、お父さんからの着信を知らせた。あたしは何気なくそれに出たが、それはあたしたちの運命が一つ切り開かれる瞬間を告げるものとなった。
「どうしたでごじゃるか、シー殿? そんなに嬉しそうな顔をして……」
「ルキを養子縁組に迎える手続きが、さっき全部完了したって!」
そう、あたしはお父さんと一緒に、ルキを養子縁組に迎え入れる手続きを進めていた。
いつまでも、養護施設の世話になるわけにはいかない。それに、今のルキだったら、あたしたちと一緒に住むことに、なんら問題はないはずだ。
「ほ、本当に……? わ、私、シズルの家族になれるの……?」
「そうだよ! これであたしたち、立派な家族になれるんだよ! あぁ、これから大変だわ! ハルキにも改めて説明しなくちゃいけないし、ルキの部屋もちゃんと整えてあげなくちゃいけないし……」
以前から話はしていたけれど、まさか実現するとは思ってもみなかったのだろう。その表情には驚きと喜びが同時に溢れ出していた。
「……そうでごじゃるか。これで、ルー殿も、晴れてシー殿の妹になった、ということでごじゃるな。……ど、どうしたでごじゃるか、ルー殿……?」
「……あっ、ご、ごめんなさい……。本当だったら、喜ぶべきことのはずなのに、私って、やっぱり変、だよね……?」
「うぅん、そんなことはないよ。まぁ、最初は色々大変かも知れないけど、ルキだったら、きっと大丈夫だって」
ルキがふと涙を流しているのを見て、タダヨは途端に困った様子を見せていた。ルキも、本当は嬉しいのだろうけれど、その感情をどう処理すれば分からず、思わず涙を流してしまったのだろう。
「……あーあ、今日は一段と「ラジルギ」が酷いなぁ……」
「いや、シー殿。ここはラジルギの影響を受けない、特別な部屋で……」
あたしも、ルキにつられて涙を流してしまっていた。嬉しい時にも、涙は出るものなのだと思いながら、あたしはとっさに「ラジルギ」だと言ってごまかした。
「……そうでごじゃるな……。今日だけは、この部屋も「ラジルギ」に侵されてしまったでごじゃるな……」
反論しかけたタダヨだったけれど、あたしの涙の意味に気付き、とっさに言葉を切り替えてくれた。
今でもあたしの悩みの種である「ラジルギ」。だけど、今日ばかりはこれに感謝しないではいられなかった。