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 あたしは、独りMPP本社に向かっていた。軌道エレベーターの光景を見ながら、あたしは本当に独りでお父さんを助けることができるのか、それが一番不安だった。

「……それにしても、タダヨはどういうつもりなのよ……? この小次郎を造ったのには、別の目的があるってこと……?」

 小次郎のような戦闘スーツ型端末を実質一人で開発してしまう。その知識量と技術力は、今も素直に尊敬している。

 けれど、タダヨがさっき見せたあの言葉遣いには、あたしが知らない、タダヨの深刻な悩みが見え隠れしているような気がしてならない。

「……クッ、マズイわ……。か、身体が……」

 あたしは、途中で猛烈な眠気に襲われた。そういえば、小次郎に乗り込んでからろくに休んでいなかった。お父さんを助けることに夢中になるあまり、身体の疲労感に意識が向いていなかったのだ。

 しかし、タダヨとケンカ別れして、独りぼっちになったところで、意識を自分の内側に向ける余裕ができたのは、あまりにも皮肉だった。

「……あっ、あぁっ……」

 あたしは、その疲労感と眠気に耐えられず、小次郎のコックピットの中で気を失ってしまった。……そこで、予想外の光景を目の当たりにすることになるとは、全く思ってもいなかった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねキモオタ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねメガネザル、くせぇんだよ」

「うるさい! 黙れ! お前たちなんかに、私のことなんか、分かってたまるか!」


(い、今のは、一体……? た、タダヨの、声……?)

 夢の中で、あたしはタダヨの声を聞いていた。いや、それは声というより、全てを拒絶しようとする、タダヨの「敵意」を反映したような声だった。


「捜索願 行方不明:相田イクト君」

「……イクト……。どうして、私に相談してくれなかったの……? たった一人の姉のことが、そんなに信用できなかったの……?」


(……こ、これも、タダヨの、声……? っていうか、「イクト」って、タダヨの弟、なの……?)

 再び聞こえたタダヨの声。それは、先程の敵意とは全く異なった、タダヨの「絶望感」を如実に示唆した声だった。

 その後も、私は夢の中でタダヨの「過去」と思われる光景を垣間見ることになった。

 以前酷くいじめられていたこと。それが原因であの体育倉庫に引きこもるようになったこと。

 そして、たった一人の弟だった「イクト」が、突然行方不明になり、今も居場所が分からない、ということ。


「……そうか……。タダヨも、ずっと苦しんでいたんだ……。自分ではどうにもならないことに……。それなのに、あたしってば、なんてことを……」

 思わぬ形でタダヨの「心の中」を垣間見ることになったあたし。それが全てだとは思わないけれど、少なくともタダヨがそれで辛い思いをしている、ということは痛感していた。


「……殿! シー殿! シー殿!」

 あたしの頭の中に、小次郎の秘密通信のサイレン音がけたたましく鳴り響く。続けて聞こえてきたのは、紛れもないタダヨの声だった。

「……あっ、あたし、つい眠っちゃって……」

 そこで、あたしは自分の意識を夢の中から現実下に引き戻した。そうだ、まだ戦いは終わっていない。お父さんを助け出すための、本当の戦いはむしろこれからなんだ。

「シー殿! 無事でごじゃるか!」

「……タダヨ、ごめんなさい……」

 どうしてタダヨの声が聞こえてくるのか。その理由は分からなかった。けれど、タダヨに謝るなら今しかない、と、あたしは開口一番、それを発した。

「ど、どうしたでごじゃるか、シー殿……?」

「あたし、あなたがあんな辛い思いをしていたなんて、知らなかった。それで、キモオタなんて言っちゃって、あなたをさらに傷付けちゃって……。あたしたち、もう、ダメだよね……?」

 タダヨにしてみれば、あたしが謝っている理由、そしてタダヨの過去の一部を知っている理由も分からないだろう。

 多分、この小次郎の中に、タダヨの潜在意識がプログラミングされているんだと思う。そう考えれば、タダヨがこの小次郎を造った、本当の目的もなんとなく察することができる。

「……いや、拙者も悪かったでごじゃる。シー殿があれほど焦っていたのも、本気でお父上のことを案じているからだったのでごじゃるな」

「た、タダヨ……」

「それなのに、拙者は自分のことしか考えていなかった。イクトを助けてやれなかった自分がずっと許せなかった。だから、誰かが人殺しになるのを、見ていられなかったのでごじゃる……」

 今のでほぼ確信した。タダヨがこの小次郎を造った、本当の目的。それはたった一人の弟である「イクト」を助けるためなのだ、ということ。

 行方不明ということは、まだ死んだと決まったわけではない。可能性は限りなく低いかも知れないけれど、ゼロではない限り、そこには希望が残されているのだ。

「……あたしこそ、ごめんなさい……。それで、この後のことなんだけど……」

「分かっているでごじゃる。お父上を助け出すのでごじゃろう。そのための新しい切り札も、ちゃんと用意してきたでごじゃるよ」

 それを聞いたあたしは自分たちの関係が、ほんの少し前進したような感触を覚えた。ちゃんとした謝罪は事件が解決してから改めてやるとして、今はお父さんを助けることを優先しなければならない。

「さすがはタダヨ。やっぱり、頼りになるわね」

「フフン、当然でごじゃる。さて、いよいよ敵のボスが現れる頃でごじゃるよ! 気を引き締めていくでごじゃる!」

 自慢気に返事をするタダヨを見て、あぁ、いつものタダヨだと安心感を覚えながら、あたしは再びMPP本社を目指していった。


 その後、あたしたちは何度も襲い掛かってくるアンブラのロボットたちを退けながら、少しずつMPP本社に近づいていった。

 さすがに敵の攻撃が激しくなってきた。小次郎もかなり損傷が大きくなっている。この後待ち受けているボスとの戦いに、果たして耐えられるのだろうか。

「見えたわ。あれがMPP本社ね」

「待つでごじゃる、シー殿! 前方に敵影! かなりの強敵の予感でごじゃるよ!」

 そして、夜の帳が降りる時間になり、あたしたちはついにMPP本社に辿り着いた。しかし、そこで待っていたのは、先程遭遇した二機と類似した、軍用機のカスタム戦闘スーツだった。

「なによ、あなた。そんなポンコツで、よくここまで来られたわね」

 その機体のパイロットと思われる声が、秘密通信を介して聞こえてきた。どうやら、乗っているのは女性であるらしい。それも、あたしと近い年代の女の子であるようだった。

「そのポンコツを止められなかった、あなたたちの方がよっぽどポンコツじゃないの? それより、お父さんはどこなの? 言いなさい!」

「……あなたはなに? なにがしたいわけ? 電波症を治す ?父親を助ける? それが悩み? それが目的?」

 その女の子は、あたしの質問には答えず、逆にあたしに向かって詰問するような口調を向けてきた。

「えぇ、そうよ。それがどうかしたの?」

 あたしはこれをその女の子の挑発だと受け取った。どの道お父さんを助けるためには、この機体を撃破しなければならない。


「 た か が そ ん な 事 で 私 の ジ ャ マ を す る の ! ? 」


 しかし、その直後。その機体が攻撃を仕掛けてきた。その攻撃は、最初から情けも容赦もない、あたしのことを完全な敵と認識したものだった。

「たかがですって? あなた、あたしの父さんのことを、たかが、なんて言ったわね!」

「その通りじゃないの。家族なんて、所詮まやかしよ。誰も、私の苦しみなんて分かってくれない。私から母さんを奪った、この電波社会が、この端末社会が。この世界の全てが許せないのよ!」

 どうやら、その女の子も、タダヨと同様、過去の出来事がトラウマになっているらしかった。

 このテロ事件を起こしたのも、恐らくはそこが動機になっているのだろう。

「だからって、無関係な人たちまで巻き込んで良い理由にはならないでしょう?」

「無関係? バカを言わないで。私はこの世界そのものが許せないのよ。父親を助け出す? ハッ、父親が敵に寝返っているかも知れないのに? そんな夢物語を信じられるなんて、あなたもとんだ勘違いのクズ女ね」

 この女の子の過去になにがあったかは分からない。けれども、お父さんをバカにするような発言だけは、どうしても許せなかった。


「 オ マ エ い い 加 減 に し ろ よ ! 」


 その後は、あたしも徹底抗戦の構えだった。

 その女の子が操る機体の攻撃は、先程と同様ファンネルのような自律型兵器に加え、相手の端末の制御を奪うクラッキング型のウィルスの複合型だった。

「クッ! あのウィルスのせいで、思うように近づけない!」

 下手に接近しようとすれば、ウィルスの効果で小次郎を乗っ取られてしまう。かといって遠隔攻撃を続けていても、あの機体には有効なダメージを与えることができない。

「シー殿! これが拙者の、とびっきりの切り札でごじゃる!」

 その時。タダヨが秘密通信を使い、あたしに即興で造った切り札を転送してきた。

「こ、これは……!」

「シー殿! それが使えるのは一度きりでごじゃる! それを超えたら、いくら小次郎でも耐えられないでごじゃる!」

 それは、先程の機体を倒す時に使った、「ABS」のエネルギーをソードに上乗せするものにさらなる強化を施したものだった。

 「ABS」のエネルギーをソードだけではなく、ショットとシールドにも上乗せし、全ての砲門を解放して一斉攻撃を仕掛ける。

 もちろん、トドメはソードでなければできないであろう。これは切り札というより、小次郎を使った特効作戦だった。

「分かったわ。タダヨ、必ず成功させてみせる!」

「……なにをブツブツ言っているの! 諦めたのなら、そのまま死になさいっ!」

 女の子は、ファンネルで小次郎を包囲し、一斉射撃を仕掛けてきた。しかし、それこそがこちらにとっても最大の反撃のチャンスとなるものだった。

「そうはさせない! これでも喰らいなさい!」

 あたしは、タダヨの最大の切り札を発動させた。小次郎の全砲門から「ABS」付きのショットが乱射され、たちまちのうちにファンネルを破壊していく。

 続けてあたしは女の子の機体に向けて高速接近した。ウィルスの効果を「ABS」を上乗せしたシールドで阻止しながら、やはり「ABS」を上乗せしたソードで攻撃態勢に入る。

「そ、そんなっ! こんなことってっ!」

「終わりよ! 覚悟しなさい!」

 自分の攻撃が全て弾かれたことで、女の子は完全に動揺していた。機体の動きが止まった隙を見逃さず、あたしはソードでその機体を斬り伏せた。

「……あぁ、ま、負けちゃった……。母さん……、私、どうすればよかったのかな……?」

 その機体から聞こえてきた女の子の力のない声。それを最後に、機体は沈黙し、その機能を停止した。


「お父さん! 無事だったのね!」

「し、シズル! 何故お前がここに?」

「説明は後でするから! それより、他の人質たちは?」

「他はみんな別の部屋にいるはずだ。電波が復旧次第、救援要請をかける」

 その後、MPP本社で人質になっていたお父さんを発見したあたしは、お父さんを連れてMPP本社から脱出した。

 お父さんの話だと、社長を含めた他の人質たちは全員無事とのことだった。それはよかったけれど、それだとなおさら、あの女の子がこのようなテロ事件を計画した、本当の理由が分からなくなる。

 そして、損傷著しい小次郎をどうにか操縦し、あたしはタダヨが待つ旧体育倉庫に戻ってきた。

「シー殿! いやぁ、よかったでごじゃる。本当に、よかったでごじゃる」

「ごめんなさい、タダヨ。でも、あなたのおかげで、お父さんも助けられたし、本当に感謝しているわ」

 戻ってきたあたしを、タダヨは心の底から安堵した表情で出迎えてくれた。一度はケンカ別れしたあたしたちだけれど、こうしてまた再会を果たすことができたのは、なんとも不思議な縁を感じずにはいられなかった。

「……さて、残るはこの子をどうするか、でごじゃるな……」

 しかし、これで事件が全て解決したわけではなかった。テロ事件の主犯格であるこの女の子。機能が停止した機体から回収し、お父さんと一緒にここまで連れてきた。

 その間、タダヨがこの子のことを色々調べてくれていた。

 それによると、この子の名前は「三島ルキ」といい、著名な端末エンジニアを母に持っていたらしい。

「……以前、MPPが計画していた、新型の端末開発プロジェクト。そのプロジェクトに、彼女の母上が犠牲になったようでごじゃる……」

 タダヨが一通り調べてくれた内容を総合すると、ルキは母親を新型端末の実験中の事故で亡くしている。それが、端末と電波に対する憎悪の発端になったようだった。

「私をフォーマットして……」

 その時。ルキが自分を「フォーマット」してほしいと告げた。超高度に情報化されたこの社会においては、移植された端末を介して、他人の記憶や意識も操作することができるらしい。

 今ルキが言った「フォーマット」とは、自身の記憶と自我の全てを消し去ることを意味していた。ちょうど、端末の機能を使えなくするために、データを全て消去するように。

「なにを言っているのよ? そんなことをしたら、今度はあなたが……」

「いいのよ。父さんもいない、母さんもいない。こんな世界に生きる意味なんて、なにもないもの……」

 あたしはルキにそれだけはなんとか思いとどまってほしいと説得しようとした。しかし、大事なものを全て失ったと思い込んでいる今のルキに、あたしの言葉はなにも響かないようだった。

「ねぇ、タダヨ、なんとかならないの? いくら敵だったからって、このまま全部消しちゃうのは、さすがにかわいそうだよ……」

「うーん……。ならば、逆の方法を試してみるでごじゃる」

 あたしはタダヨに、ルキを救うなにか良い方法はないか尋ねた。タダヨはしばらく思案した後、ある方法を思い付いたようだった。

「……逆の方法……?」

「うむ。ルキ本人の記憶ではなく、この世界の全てのサーバーから、ルキに関する一切のデータを消去するのでごじゃる」

 タダヨの提案を聞いたあたしは、確かにそれならルキ本人の記憶や意識を操作することなく、この世界からルキの「存在」を消し去ることができる、と考えた。

 ルキの「存在」が消えてしまえば、誰も今回のテロ事件のことを追求することができなくなる。主犯格が「存在」しない事件を、誰が捜査することができるだろうか。

「……分かったわ……。それで、お願いするわね……」

「承知したでごじゃる。少々時間が掛かる故、しばし待つでごじゃるよ……」

 ルキがその提案を了承する返事をすると、タダヨは小さく返事をしながら、自分の端末を操作し始めた。

 これで、ルキのことを知る者は誰もいなくなる。情報と記憶が密接に連動したこの時代において、全てのサーバーからデータを消去するとは、そういうことなのだ。……少なくとも、あたしたち以外は。

 これで本当によかったのか。淡々と作業を進めるタダヨを見ながら、あたしはルキがこれからどうやって暮らしていくのか、それが不安でならなかった。

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