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ポーチを倒したあたしは、お父さんを助け出すため、引き続きテロ事件の現場となったMPP本社に向かっていた。
「ねぇ、タダヨ。ちょっと気になっていることがあるんだけど」
その途中、ふとあたしはあることが気になり、それを確かめるため、タダヨに通信を入れた。
「んっ? どうしたでごじゃるか、シー殿?」
「この、小次郎っていうの? それに搭載されている「ABS」って、なんの略なの?」
あたしはさっきポーチを倒す時に使った、「ABS」という装備のことを、もう少し詳しく聞く必要があると考えていた。
実際使ってみて、その内容は概ね把握した。だけど、これを搭載したタダヨの本当の狙いを知らなければ、もう一度使う適切なタイミングが分からない。
「そうでごじゃるね。シー殿も知っておくとよいでごじゃる。その名もズバリ『アブゾネット』でごじゃる」
そこから、タダヨの小次郎自慢が始まった。「ABS」に始まり、ショットやソード、シールドといった通常兵装についても、タダヨは口も滑らかに説明していった。
「……わ、分かったわ、タダヨ。スゴイ兵器だってことは、もう十分伝わったから」
「……そうでごじゃるか? これからが本番なのでごじゃるが、仕方がないでごじゃるね……」
このままだと、戦闘そっちのけでタダヨの自慢話を延々と聞かされることになってしまう。あたしは適当なタイミングで話を打ち切り、本来の目的に意識を向け直した。
人間の中には、好きなことや興味関心のあることに対しては途端に饒舌になる気質を持った人たちがいるというけど、タダヨも、もしかしたらそのうちの一人なのかも知れない。
「おっと、シー殿! 前方に敵影! 恐らく、さっきの追手でごじゃるよ!」
その時、小次郎のレーダーが敵の接近を知らせるサイレンを鳴り響かせた。タダヨも同様の連絡をあたしに送ってきたところから、その情報に間違いはなさそうだった。
「えっ? 敵? ……あ、あのロボットたちは……?」
「多分、さっきのポーチとかいうのと同じ、アンブラの手下でごじゃる。きっと、ウィルスみたいなものを使って、プログラムを改竄しているのでごじゃる」
タダヨが状況を説明するが、いずれにしても敵だというのであれば、あたしに手加減する理由はなかった。
「そうなのね。じゃあ、戦闘再開よ!」
あたしは小次郎を駆り、アンブラの手下と思われる暴走ロボットたちを撃破していった。
タダヨのサポートもあるおかげで、あたしは特に苦戦することもなく進撃を続けていった。
「それにしても、この小次郎っていうのは、本当にスゴイわね。本当にタダヨ一人で造ったの?」
「そうでごじゃる。実際には他の戦闘スーツの実戦データを参考にしているから、完全なオリジナルというわけではないでごじゃるが」
あたしは、これほどの性能を持った戦闘スーツを一人で造ってしまうタダヨの技術力が、どこから生まれているのか、ふと疑問がよぎった。
単なるオタク気質の女の子、として片付けることもできたけれど、どうにもそれだけではない部分が、隠れているような気がしてならなかった。
「そろそろ軌道エレベーター工区ね。この先にMPP本社があるはずだわ」
「ということは、いよいよ敵の本丸に乗り込むってわけでごじゃるね。シー殿、気を付けるでごじゃるよ」
あたしは、MPP本社へと続く軌道エレベーターの上空を飛行していた。この先は、タダヨが指摘した通り、敵の本丸に乗り込むことになる。敵の攻撃も一層激しくなることが予想されるため、なおのこと油断は許されない。
「んっ! この機影は! タダヨ! 敵よ!」
「分かっているでごじゃる! この戦闘スーツ、所属不明でごじゃるが、多分、アンブラの構成員が乗っているでごじゃるよ!」
突如、小次郎のレーダーが二機の機影を捉えた。タダヨがすぐさま機影を捉えるが、情報が不足しているらしく、所属が分からない、と返答が来た。
とはいえ、小次郎よりも一回り大きい機体に加え、明らかに軍用機を改造したその形状は、タダヨが予測した「アンブラの構成員」というところに確固たる回答を与えるものだった。
「なんだ、もうここまで来たんだ。だけど、あんたがポーチをやったんだってね? ふぅん、案外可愛い機体使ってんじゃん」
最初に通信を送ってきたのは、紫色の機体からだった。そこに乗っているのは女性であるらしい。小次郎と同じ種類の秘密通信を使っているあたり、対策に抜かりはないようだった。
「あなた方も、行き過ぎたテクノロジーが悲しみを生むということを、いい加減理解してください。それが分からないのであれば、あなた方にはここで死んでいただきましょう」
続いて同系の機体と思われる黒い機体からの通信が届いた。やはり小次郎と同じ種類の秘密通信を使い、乗っている男性が、あたしに警告をしてきていた。
「もしかして、あなたたちがアンブラなの? あたしのお父さんはどこへやったの?」
あたしが目の前の二人に質問をすると、その二機の機体はこれが返事だ、と言わんばかりに、あたしに攻撃を加えてきた。
「ち、ちょっと! 問答無用ってわけ! いくらなんでも、ルール無視し過ぎじゃないの!」
「ハァ? こちとらテロを仕掛けようっていうのに、ルールもへったくれもあるかよ!」
「まぁ、ルキ様はこれは戦争だとおっしゃっていましたが、そうなると戦争のルールを適用しないといけませんからね。ですから、我々はこれをテロと考え、ルール無用と位置付けているわけです」
二人があれこれ説明していくが、要するにやらなければやられる、という単純なルールがあるだけだ、ということは理解できた。
この二人、性格はかなり異なるけれど、戦闘面ではかなり息の合った攻撃を繰り出してくる。
お互いファンネルのような自律型兵器を使っている。紫色の機体が近接攻撃を得意とすれば、黒い機体が遠隔攻撃で紫色の機体をサポートする。
「シー殿! 大丈夫でごじゃるか!」
「な、なんとかね……。だけど、こいつら、かなり手強いわ。この小次郎でも、これ以上はかわし切れないかも……」
二人の息の合った連携攻撃の前に、あたしは防戦一方だった。いくら小次郎が高性能な戦闘スーツだといっても、いつまでも回避行動を取り続けるわけにはいかない。
「あっ! て、敵の攻撃が!」
「し、シー殿! ま、マズイでごじゃる!」
敵の攻撃が、小次郎の尾翼部に命中し、機体が大きくバランスを崩して。そこを畳みかけるように二人の集中放火が浴びせられていく。
「た、タダヨ! このままじゃ、小次郎が……!」
「分かっているでごじゃる! こうなったら。こっちも切り札を出すでごじゃるよ!」
機体バランスが崩れてしまっては、いくら小次郎でも敵の攻撃を回避することはできない。あたしが次々と攻撃を受けていく中、タダヨはさらなる切り札を用意していた。
「シー殿! ABSとソードの複合攻撃でごじゃる!」
タダヨは新たな兵器として、ソードにABSのエネルギーを上乗せしていった。敵の攻撃を跳ね返すABSのエネルギーを、ソードの攻撃エネルギーに加算することで、防御と攻撃を同時に行うことができる。
「ありがとう、タダヨ。……今だわ!」
あたしは、紫色の機体が接近してきた、そのタイミングを見計らい、強化ソードの一撃を放った。黒い機体の攻撃を跳ね返しながら、同時にソードの一撃が紫色の機体を貫通した。
「クッ! な、なんだってっ!」
「い、いけません! レイコ、早く脱出装置を!」
紫色の機体から、脱出ポッドと思われる球体が飛び出してきた。黒い機体がそれを回収した直後、紫色の機体は爆発し、跡形もなく消滅した。
「ちょっと超ムカツクぅぅぅぅぅぅ! っていうか私手加減しすぎ? あぁ、もう! なんなのよ~ッ!」
「どうやら、ただの民間人というわけではなさそうですね。ですが、これ以上深入りするようでしたら、我々も容赦はしませんから、そのつもりで」
「待ちなさい! お父さんはどこにいるの! あなたたちのボスって誰なの! 答えなさい!」
逃げ出そうとする黒い機体を、あたしは逃がすまいと追撃しようとした。
「待つでごじゃる、シー殿!」
しかし、そこにタダヨの通信が入ってきた。タダヨはあたしを止めようとしているのか。
「ちょっと! なんで止めるのよ! せっかくのチャンスだったのに!」
「深追いは禁物だと言っているのでごじゃる。あの手の輩は、自分たちがやられた時に備えて、別の策を用意しているものでごじゃる。それに……」
そこまで言いかけて、タダヨは言葉を詰まらせた。そこに、もしかしたらタダヨの本心があるのだろうか。
「……それに、なによ、タダヨ……?」
「……それに、拙者はただ、シー殿が人の命を奪うところを見るのが嫌なだけでごじゃる」
その言い分に、あたしはどうも納得ができなかった。お父さんを助ける。そして小次郎に乗り込んだ時点で、そうせざるを得ないことは覚悟していた。
「な、なにそれ? あたしよりも敵の心配をするわけ? あたし、あいつらにやられかけたんだけど」
「それとこれとは話が別でごじゃる。拙者たちの目的、忘れたわけではないでごじゃろうな?」
「忘れているわけないじゃん! それを邪魔してきたから、反撃しただけなのに! ここで倒しておかないと、他の誰かが犠牲になるかも知れないじゃん!」
確かにあたしは小次郎のおかげでどうにかなかった。しかし、彼らが本当にテロ組織を名乗るのであれば、攻撃の矛先が他に向かう可能性は十分にある。
実際にMPP本社が占拠され、お父さんも人質に取られているかも知れない。その現実は、どうやっても覆すことはできないだろう。
「もういい………。シズル、小次郎から降りるでごじゃる」
「な、なによ、それ……? 今さら、戦いが怖くなったっていうの?」
「そうではないでごじゃる。シズルをあいつらと同じにはしたくない。拙者の気持ちは、一番にはそこにあるのでごじゃる」
あたしを小次郎に乗らせながら、あたしをあいつらと同じにはしたくない。あたしには、タダヨの言い分がどうにも理解できなかった。
「……あたしのこと、そんな風に思っていたわけ? あんな連中と同じになるかも知れないって……。今さらいい子ぶらないでよ、キモオタのくせに……」
あたしは、そこで自分が言ってはならないことを言ってしまったことに気が付いた。だけど、気付いた時には、もう後の祭りだった。
「……そうでごじゃるか……。結局、シズルも、あいつらも同じだったってことでごじゃるね……」
「な、なんなのよ、またそれ……? 見損なったわよ、タダヨ! もういい! あたしだけでも、お父さんを助け出す! あなたの助けなんか必要ない!」
「……ならば、拙者は武運を祈るだけでごじゃる。……アウト」
タダヨからの通信はそこで終わった。
「どういうつもりなのよ、タダヨ……。あたしは、ただお父さんを助けたいだけで、そのために力を貸してくれているって思っていたのに……」
あたしは小次郎の状態を確認しながら、この先独りで戦わなければならない現実を前に、大きな不安に苛まれていた。
あたしをあのテロ組織と同じにはしたくない。タダヨの言い分も、決して理解できないものではない。
だけど、あたしは今ここで、現実にあの二人に命を奪われかけた。タダヨもそれを知っていたからこそ、即興で新しい切り札を用意してくれたのだろう。
「……だけど、多分仕方がないんだよね……。この戦場のリアルを、タダヨは通信でしか知らないんだし……」
ふと、あたしは昔一世を風靡した某刑事ドラマの中にあった「事件は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」という主人公の刑事のセリフを思い出した。
戦場のリアルを知ってしまったあたしと、それを知らないタダヨ。そこに温度差の違いが生じるのは、それもまた一つの現実なのかも知れなかった。