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「おはよう、ハルキ。あっ、また朝からボーっとして。そうやって夜更かししちゃダメだって、何度も言っているでしょう?」

「いいじゃないかよ、姉ちゃん。俺だって、色々と遊びたいこととかあるんだからよ」

 ある日の朝。時間通りに目を覚ましたあたしは、身支度もそこそこに朝食を摂っていた。弟のハルキが気怠そうに何度もあくびをしているのを見て、また夜更かしをしていたなと、それとなくたしなめた。

「なぁ、俺も、そろそろ端末手術受けたいんだけどな。クラスの中で受けていないの、俺だけなんだよね」

 ふと、ハルキがそんなことを言い出した。「端末手術」とは、身体の中になんらかの電子端末を埋め込む手術全般を指して使う言葉である。

 目的によって埋め込む端末の種類は様々であるが、大抵の場合は一昔前には「スマートフォン」などと呼ばれていた高度情報端末を埋め込むことが多い。

「ダメダメ、ハルキにはまだ早いよー。あたしだって手術受けたの高校に入ってからだし」

「そりゃ、そうだろうけどさ。あーあ、またお預けかよ」

 端末手術は、今となっては当たり前に行われるようになり、思わぬ副作用が発生した場合に備えて、一連の救済制度も整備されていた。

 かつて、市販の医薬品の過剰摂取、いわゆる「オーバードーズ」が社会問題になった時に、そうした市販薬の副作用被害に対する救済制度が設けられたのと、大体状況が似ているらしい。

「……あらっ? なにかしら、このニュース?」

 そうして朝食を摂っていると、ふと背景音変わりに流していたテレビのニュース映像の中に、気になるニュースが流れてきた。

「……ラジルギの特効プログラム……? そんなものが、本当に作れるの……?」

 そのニュースは、「MPP」という巨大企業がラジルギの完治を謳った特効プログラムの開発に、本格的に着手した、という内容だった。

 そのMPPという企業のことは、あたしも何度か耳にしたことがあった。あたしのお父さんも、そのMPPと何度か取引したことがあると、前に言っていたのを思い出していた。

「よかったじゃん、姉ちゃん。これで、姉ちゃんもラジルギに悩まされなくて済むし」

「えぇ、そうね……。だけど、これって本当のことなのかしら……?」

 旧時代に世間を騒がせた花粉症。その主要な原因だった杉の木を大規模に伐採し、代わりに花粉症の原因にならない木を植樹するなど、地道な対策が功を奏し、現在はほとんど花粉症の例が報告されなくなっている。

 ラジルギも、そんな花粉症のように、根絶される日が来るのだろうか。あたしにとっては歓迎すべきことのはずなのに、あたしは何故だかそのニュースに、言い知れない違和感を覚えていた。

「おはよう、シズル。今日は昨日言っていた通り、MPP本社に出張に行ってくる。帰りは遅くなると思うから、家のことは頼んだぞ」

 そこへ、あたしの父さんが階段を降りながら仕事に行こうとしていた。あたしのお父さんは、お母さんが事故で亡くなってからずっと、あたしとハルキの面倒を見てきた、典型的なシングルファーザーだった。

「分かったわ、お父さん。じゃあ、行ってらっしゃい」

 あたしの見送りを背中に受けながら、お父さんは仕事に向かっていった。今日もこうして何気ない一日が幕を開ける。あたしはそのことに、なにも疑いを持っていなかった。


 学校の休み時間。あたしは前に聞いていた、旧体育倉庫を訪れていた。

 ここはもう誰も足を運ぶことがなくなっていた代わりに、今はタダヨが密かに住み込んでいる。

 学校側もタダヨが勝手に学校の施設を使っていることは知っていたが、すでに使われなくなった施設であること、特にタダヨが学校に迷惑をかけているわけではないことを鑑み、現時点ではなにも言ってきていない。

「……それでな、シー殿。このロボットが、またスゴイのでごじゃるよ。ここをこうすると……。ホラ、でごじゃる」

「へぇ、大したものね。タダヨって、本当にコンピューターのこととか詳しいわよね。あたし、尊敬しちゃう」

 その旧体育倉庫には、大量のチョコミントアイスを格納した冷凍庫やコーヒーのペットボトル、色々なお菓子などがずらりと並べられていた

 もはやタダヨの家同然ではないか、とその光景に対して感想を抱きながら、あたしはタダヨが披露する自作ロボットの数々に興味津々だった。

「フフン。でも、実はも~っとスゴイヤツを、今作っているんでごじゃるよ。シー殿も楽しみにしておくでごじゃる」

 自慢げに小さく鼻を鳴らしながら、タダヨはさらに高度なロボットを作っていると言ってのけた。

 それは一体なんなのだろう。あのタダヨ自ら「も~っとスゴイヤツ」と言っている以上、きっとあたしでは想像もつかないような性能のロボットを作っているに違いない。

 その後、あたしは普通に授業に戻っていった。放課後になったら、またタダヨのところに行ってみよう。そのスゴイロボットのことも、もしかしたら話してくれるかも知れない。

「た、大変だ! 緊急事態だ!」

 その時。別の教室で授業をしていた別の教師が、血相を変えて教室に飛び込んできた。

「どうしたんですか、今は授業中ですよ」

「そ、それどころじゃない! MPP本社がテロリストに襲われてしまったんだ!」

 その教師の発言は、教室中を騒然とさせるには十分すぎるほどの衝撃を持っていた。テロ事件というだけでも十分脅威的であるというのに、MPP本社が狙われたとなれば、話はさらに違ってくる。

「て、テロリストですって!」

「ヤツら、「アンブラ」とか名乗って、人質を取って占拠しているらしい! おかげで、全ての電波が機能停止してしまったんだよ!」

 そこまで聞いた時、あたしは全身に悪寒が走った。確か、今日はお父さんがMPP本社に出張に言っているはず。そこがテロリストに襲われたというなら、お父さんも人質に取られている可能性もある。

「シー殿! シー殿! 聞こえるでごじゃるか!」

 その時。あたしの携帯端末にタダヨからの秘密通信が届いた。この秘密通信は、従来の電波とは異なった特殊な周波数を用いており、電波が停止したこの状況でも、こうして通信を行うことができる。

「あっ、タダヨ!」

「すぐに拙者のところに来るでごじゃる! 大事な話があるでごじゃるよ!」

 あたしは一目散にタダヨがいる急体育倉庫に走っていった。このタイミングでタダヨが秘密通信を使うということは、すでにタダヨの方でも事態の把握に努めているに違いない。

「シー殿! 来てくれたでおじゃるな!」

「タダヨ! 実は……」

「事態は拙者の方でも大体掴んでいるでごじゃる。お父上が心配なのでごじゃろう。今こそ、これの出番でごじゃる!」

 あたしが旧体育倉庫に入ると、タダヨはすぐさまあたしにあるものを見せてくれた。

「こ、これは……?」

「これぞ、拙者の一大傑作! 巨大戦闘スーツ型端末『小次郎』でごじゃる!」

 タダヨが見せてくれたのは、『小次郎』と名付けられた巨大な戦闘スーツ型端末だった。一見して戦闘機のような外観をしているその端末に、小次郎という古風な人の名前を付けるあたりが、なんともタダヨらしいとあたしは思った。

「こいつに乗ってお父上を助けに行くでごじゃる。ついでにラジルギの特効プログラムもゲットしてくるでごじゃるよ」

「た、タダヨ。あなた、まさか、ずっと……」

「みなまで言うな、でごじゃる。では、健闘を祈るでごじゃる」

 あたしは、タダヨが心強い存在であると実感すると同時に、これほどの用意周到ぶりに対して、逆に疑惑の念さえ募らせていった。

 とはいえ、今はこれに頼る以外に、お父さんを助ける方法はない。あたしは小次郎に乗り込み、テロリストに占拠されたというMPP本社に向かっていった。


「……それにしても、街には誰もいないのね……。電波が止まったっていうのは、間違いじゃないみたいね……」

 あたしは小次郎に乗り、MPP本社を目指しながら、眼下に広がる街の光景に目を移していた。

 そこは本来いるべきはずの人々はおろか、警察すらも見当たらない、さながらゴーストタウンのようだった。

「シー殿、小次郎の状態はどうでごじゃるか?」

「あっ、タダヨ。そうね、今は特に問題ないわ。だけど、この先、テロリストが襲ってくるかも知れないし、気を付けなくちゃね」

 そこへ、タダヨからの秘密通信が届いた。この秘密通信だけは、今も有効に機能しているらしい。おかげで、あたしはこうしてタダヨのサポートを受けながら進むことができる。

「……なんて言っていたら、なんか、変なものが出てきたわよ。あっ、あれは……」

 そこへ、あるものがあたしたちの前に立ちはだかってきた。それは自治体が所有するゴミ収集ロボットだった。

 「XART-2008」という型番を持つそのロボットのAIは、左右でお団子でまとめたツインテールの黒髪にぐるぐる眼鏡といった少女の外見をしていた。

「オマエ、敵だな! ここから先は、このポーチが通さないぞ!」

「……い、いきなり、なんなの、コイツ……?」

「ルキ様の邪魔をするヤツは、ぜ~んぶこのボクが片付けてやるんだポ! オマエなんかに、ボクは倒せないポ! ……きゃー! ボク、カッコいいポ~♪」

 小次郎の通信システムを介して、そのロボットがあたしに言いたい放題言ってきた。どうやら、「ルキ」というのが、この事件の首謀者である可能性が高い。

「……ハァ、意味不明だわ、コイツ……」

「あっ! 今オマエ、ボクのことバカにしただろ! ムキー! 許せないポ! オマエなんか、こうしてやるポ!」

 あたしが呆れた態度を見せているのを、自分をバカにされたと思ったらしい。その「ポーチ」と自称するロボットが、大小様々なボールを弾丸の様に撃ち出してきた。

「……よく分からないけど、とりあえず、アンタはあたしの敵ってことでいいのよね?」

「シー殿! あれを使うでごじゃる!」

 あたしが迎撃態勢に入ろうとしたのとほぼ同時に、タダヨからの通信が入った。それを聞いたあたしは、さっそく「あれ」を使う機会が訪れたかと、そのボタンに目を移した。

「あっ、タダヨ。この「ABS」って書かれたスイッチを押せばいいのね? じゃあ、いくわよ!」

 それは、タダヨから「身の危険を感じた時に使うとよいでごじゃる」と言われていたものだった。早くもここで使うことになるとは思ってもみなかったけれど、ここでその性能を確かめておけば、いざという時の切り札にもなり得る。

「あっ、この光は……。あっ、アイツの攻撃が……」

「その通りでごじゃる。その「ABS」は、周囲に特殊なエネルギーフィールドを展開し、相手の攻撃を跳ね返してダメージを与えることができるでごじゃる」

 あたしがそのボタンを押すと、小次郎の周囲に半透明の光の幕が展開された。ポーチの攻撃はその光の幕によって弾き返され、逆に自分がダメージを受けていた。

「なるほど、確かにこれはスゴイわ。よし、それじゃ、今度はこっちからいくわよ!」

 ABSの性能は分かった。とはいえ、膨大なエネルギーを消耗するため、あまり多用はできない、ともタダヨは言っていた。

 しかし、すでに弱っていたポーチを倒すだけなら、ABSがなくても十分だった。

「あっ、あぁっ……。る、ルキ様……。ご、ゴメンなさい、ポ……」

 結局、ABSのおかげもあり、あたしは特に苦戦することも泣くポーチを撃破することができた。散る寸前にポーチが小さくつぶやいた一言が、ポーチがただのロボットではないことを、あたしに印象付けていた。

「シー殿、やったでごじゃるな」

「ううん、これもタダヨがおかげよ。さぁ、まだ戦いは始まったばかり。気を引き締めていくわよ!」

 しかし、これは単なる序章に過ぎない。ルキと名乗るテロ組織の首謀者を倒さない限り、あたしの戦いは終わらない。

 あたしはお父さんを助け出すため、そしてラジルギの特効プログラムを手に入れるため、引き続き小次郎と共にMPP本社へと向かっていった。


「クッ! 貴様、自分がなにをしているか、分かっているのか!」

 一方、テロの舞台となっているMPP本社では、その社長が何者かに捕まり、喉元にナイフを突き付けられていた。

 恐怖に戦慄する社長とは対照的に、その人物は一切表情を変えることなく、透き通るような白い髪をなびかせながら、なおも社長にナイフを突き立てようとしていた。

「……分かっている。言っておくが、これはテロではない。……『戦争』だ」

 その少女は、社長に対して小さく、だが絶対的な意思を込めるようにそう言った。

「せ、戦争、だと……? 貴様、世界の支配者にもなるつもりか! 全ての電波を停止させて、それで自分がこの世界の全てを掌握でもしようというのか!」

「……バカなヤツ。そんなことのために、私がこんなことをするとでも思っているの?」

 目的を問い質す社長に対し、少女はなにを戯言を、と言わんばかりに返答した。

 シズルたちの知らないところで、密かに進行している、謎の少女の計画。その全貌は、今だ明らかにはなっていなかった。

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