同じことを繰り返す恐怖
夕暮れの風が、静かに頬を撫でていく。赤く染まる空の下で、僕はひとり、足元に転がる小石を靴先で転がした。
変わることを決めたのに、心の奥底には消えない不安が巣くっている。
本当にこのまま進んでいけるのか?
また気づけば、無意識に冗談を口にしてしまうんじゃないか。誰かが沈黙すれば、それを埋めようと軽薄な言葉を並べてしまうんじゃないか。誰かの機嫌が悪ければ、自分の気持ちを殺して、場の空気を和らげようとしてしまうんじゃないか。
そうして気づいたときには、また「ピエロ」としての自分に戻ってしまっているのではないか。
変われるのか、僕は。
それとも、これは一時の錯覚で、結局僕は何も変わることができずに、また同じ日々へと回帰してしまうのだろうか。
空を仰ぐ。
茜色の光が、ゆっくりと影を落としていく。どこかで鳥の鳴く声がした。
不安に囚われたまま、足を止める。ふと、背後から聞き慣れた声がした。
「どうしたの?」
振り向くと、小野さんが立っていた。彼女は僕の顔を見つめ、少し首を傾げた。
「また同じことを繰り返す気がするんだ。」
僕はそう言った。
「ピエロをやめたつもりでも、いつかまた、無意識に戻ってしまうんじゃないかって思う。変わろうとしても、結局、僕は僕のままで、何も変えられないんじゃないかって。」
小野さんは、しばらく黙っていた。何かを考えているような、そんな表情だった。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「戻ることが怖い?」
「……怖いよ。」
「でもさ、たとえ戻ったとしても、また気づけばいいだけじゃない?」
僕は言葉を失った。
「もし無意識のうちに『ピエロ』に戻ってしまったとしても、また気づいたときにやめればいい。それを繰り返せばいいだけ。完璧に変わる必要なんてないんだよ。」
風が吹く。
揺れる髪の向こうで、小野さんは淡く微笑んでいた。
「人間って、そんなに簡単に変われるものじゃない。でも、気づくたびに立ち止まって、また歩き出せば、それでいいんだと思うよ。」
目を伏せる。
風に舞う落ち葉を眺めながら、僕は彼女の言葉を噛み締めた。
「……やり直せば、いいのか。」
「そう。何度だってね。」
ゆっくりと、呼吸を整える。
何度だってやり直せる――。
そう思うだけで、少しだけ、心が軽くなった気がした。
沈みゆく夕陽を眺めながら、僕はそっと目を閉じる。
その夜、僕は眠れなかった。
小野さんの言葉は確かに胸に響いた。でも、頭の中では、過去の記憶が次々と蘇る。
小学生の頃、クラスの輪に入れなかった僕は、笑いを取ることでそこに居場所を作った。中学生になってもその癖は変わらず、いつの間にか「面白い奴」として認識されるようになった。
でも、本当は違った。本当は誰よりも孤独を恐れていただけだった。
気づけば、笑うことが自分を守る手段になっていた。
その習慣を今さら手放せるのか?
目を閉じる。
闇の中で、自分がまた無意識に「ピエロ」へと戻ってしまう未来が見えた。
「何度だってやり直せる」
そう言い聞かせても、不安は拭えなかった。
次の日、学校に行くと、友人たちがいつものようにたわいない話をしていた。
「おい、昨日のテレビ見たか? あの芸人マジでウケたわ!」
「お前もやってみろよ、得意だろ?」
いつものように、笑いを取るよう促される。
喉が詰まる。
「いや、今日はいいや。」
そう言った瞬間、周りの空気がわずかに固まった。
「どうした? なんか元気ねえじゃん。」
「そんなんじゃ、お前らしくないぞ。」
「お前が笑わねえと、つまんねえよ。」
まるで、僕の存在価値は「ピエロ」であることにあるかのような言葉。
手が震える。
また元に戻ってしまうんじゃないか。
でも――
「……そうかもしれないな。でも、今はちょっと考えたいんだ。」
言葉を噛みしめながら、僕はゆっくりと息を吐いた。
友人たちは驚いた顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。
僕は少しずつ変わり始めている。
それが、ほんのわずかでも前進であるならば。
この道を進んでみようと思った。