表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

同じことを繰り返す恐怖

夕暮れの風が、静かに頬を撫でていく。赤く染まる空の下で、僕はひとり、足元に転がる小石を靴先で転がした。


変わることを決めたのに、心の奥底には消えない不安が巣くっている。


本当にこのまま進んでいけるのか?


また気づけば、無意識に冗談を口にしてしまうんじゃないか。誰かが沈黙すれば、それを埋めようと軽薄な言葉を並べてしまうんじゃないか。誰かの機嫌が悪ければ、自分の気持ちを殺して、場の空気を和らげようとしてしまうんじゃないか。


そうして気づいたときには、また「ピエロ」としての自分に戻ってしまっているのではないか。


変われるのか、僕は。


それとも、これは一時の錯覚で、結局僕は何も変わることができずに、また同じ日々へと回帰してしまうのだろうか。


空を仰ぐ。


茜色の光が、ゆっくりと影を落としていく。どこかで鳥の鳴く声がした。


不安に囚われたまま、足を止める。ふと、背後から聞き慣れた声がした。


「どうしたの?」


振り向くと、小野さんが立っていた。彼女は僕の顔を見つめ、少し首を傾げた。


「また同じことを繰り返す気がするんだ。」


僕はそう言った。


「ピエロをやめたつもりでも、いつかまた、無意識に戻ってしまうんじゃないかって思う。変わろうとしても、結局、僕は僕のままで、何も変えられないんじゃないかって。」


小野さんは、しばらく黙っていた。何かを考えているような、そんな表情だった。


やがて、彼女は静かに口を開いた。


「戻ることが怖い?」


「……怖いよ。」


「でもさ、たとえ戻ったとしても、また気づけばいいだけじゃない?」


僕は言葉を失った。


「もし無意識のうちに『ピエロ』に戻ってしまったとしても、また気づいたときにやめればいい。それを繰り返せばいいだけ。完璧に変わる必要なんてないんだよ。」


風が吹く。


揺れる髪の向こうで、小野さんは淡く微笑んでいた。


「人間って、そんなに簡単に変われるものじゃない。でも、気づくたびに立ち止まって、また歩き出せば、それでいいんだと思うよ。」


目を伏せる。


風に舞う落ち葉を眺めながら、僕は彼女の言葉を噛み締めた。


「……やり直せば、いいのか。」


「そう。何度だってね。」


ゆっくりと、呼吸を整える。


何度だってやり直せる――。


そう思うだけで、少しだけ、心が軽くなった気がした。


沈みゆく夕陽を眺めながら、僕はそっと目を閉じる。


その夜、僕は眠れなかった。


小野さんの言葉は確かに胸に響いた。でも、頭の中では、過去の記憶が次々と蘇る。


小学生の頃、クラスの輪に入れなかった僕は、笑いを取ることでそこに居場所を作った。中学生になってもその癖は変わらず、いつの間にか「面白い奴」として認識されるようになった。


でも、本当は違った。本当は誰よりも孤独を恐れていただけだった。


気づけば、笑うことが自分を守る手段になっていた。


その習慣を今さら手放せるのか?


目を閉じる。


闇の中で、自分がまた無意識に「ピエロ」へと戻ってしまう未来が見えた。


「何度だってやり直せる」


そう言い聞かせても、不安は拭えなかった。


次の日、学校に行くと、友人たちがいつものようにたわいない話をしていた。


「おい、昨日のテレビ見たか? あの芸人マジでウケたわ!」


「お前もやってみろよ、得意だろ?」


いつものように、笑いを取るよう促される。


喉が詰まる。


「いや、今日はいいや。」


そう言った瞬間、周りの空気がわずかに固まった。


「どうした? なんか元気ねえじゃん。」


「そんなんじゃ、お前らしくないぞ。」


「お前が笑わねえと、つまんねえよ。」


まるで、僕の存在価値は「ピエロ」であることにあるかのような言葉。


手が震える。


また元に戻ってしまうんじゃないか。


でも――


「……そうかもしれないな。でも、今はちょっと考えたいんだ。」


言葉を噛みしめながら、僕はゆっくりと息を吐いた。


友人たちは驚いた顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。


僕は少しずつ変わり始めている。


それが、ほんのわずかでも前進であるならば。


この道を進んでみようと思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ