孤独な笑顔
あれから数年が経った。僕は高校生になり、ますます「ピエロ」としての生き方に磨きをかけていた。もちろん、周りの人々は相変わらず、僕を面白い奴として見ていた。笑いを取ることが僕の使命のようになっていた。クラスの中心で笑わせていれば、そこには必ず目が集まる。その瞬間だけが、僕の居場所だと思っていた。
だけど、心の中では何かが変わり始めていた。最初は、あんなに楽しかった「面白いこと」が、だんだんと虚しく感じるようになった。みんなの笑顔を見ていると、次第にその笑顔が僕に向けられているわけではなく、僕が演じるキャラクターに向けられているだけだと感じるようになったからだ。
それでも、止めることはできなかった。だって、もし僕が笑わなくなったら、どうなるだろう? もし僕が「普通」の人間として過ごしてみたら、また元の孤立した僕に戻ってしまうんじゃないか。それが怖くて、僕は日々「ピエロ」としての役割を続けていた。
ある日の放課後、いつものように友達と集まっていた。みんなが笑っている中、僕はまた一つ、面白いことを言ってみた。でも、今回は少し違った。僕は自分でも気づかないうちに、少しだけその笑いを引き出すために無理をしていた。体調が悪いわけでもないのに、体がふらふらして、顔が引きつっていた。
「お前、大丈夫か?」
友達の一人が心配そうに声をかけてきた。僕はその時、初めて自分の姿を客観的に見て、何かが怖くなった。自分がどれだけ無理をして笑わせようとしていたのか。笑顔を作るために、自分を犠牲にしていることに気づいてしまったからだ。
その夜、寝る前に鏡を見つめながら、ふと思った。「もし、このまま続けたら、どうなるんだろう?」
僕は、自分がどこに向かっているのかがわからなくなっていた。みんなが求める「面白い人」でいることが、果たして本当に自分の幸せに繋がるのだろうか? でも、他にどうすればいいのかもわからなかった。
次の日、学校に行くと、何だか一日中頭の中がぼんやりとしていた。いつもみたいに周りを笑わせようとしても、何も浮かばなかった。思うように笑いを取れず、どんどん空回りしていく自分に、また嫌気が差してきた。
昼休み、僕はいつものようにみんなの輪から少し離れたところに座り、ひとりで弁当を食べていた。その時、クラスの女子の一人が近くに座ってきた。名前は小野さん、クラスで唯一、僕に対して無理に笑わせようとしない人だ。
「今日、あんまり元気ないね。」小野さんは、そう言って静かに僕を見ていた。その一言が、何だか胸に響いた。いつもなら「大丈夫だよ!」と元気よく答えるところだけど、その日は返事をすることさえできなかった。
しばらく沈黙が続いたが、小野さんは黙って僕の隣に座って、何も言わずに静かに弁当を食べ続けた。それが、僕にとってはなんだかとても新鮮で、心地よかった。笑わなくてもいい、無理をしなくてもいい、ただ静かに一緒に過ごすことがこんなに心地よいことだとは思わなかった。
放課後、帰る準備をしていると、小野さんが話しかけてきた。
「最近、無理してない? なんか、いつもと違うよ。」
その言葉が、僕の胸に突き刺さった。無理してないわけがない。僕は毎日、無理をして笑わせているのだと自覚していた。でも、それを他の人に見透かされることが怖かった。だから、ただ無理に笑ってごまかしていた。
「うるさいな、別に大丈夫だよ。」僕は笑顔を作って、答えた。
小野さんは、ただ黙って僕の顔を見つめていた。そして、ほんの少しだけ口を開いた。
「もし、辛いなら、無理しなくてもいいんだよ。」
その一言が、僕の中で何かを変えた。小野さんの言葉が本当に正しいのかどうか、まだよくわからない。でも、その時、僕は初めて「ピエロ」を演じていない自分の顔を見せる勇気を持つことができたような気がした。
家に帰ってからも、僕はずっと考え続けた。これまでの自分の生き方が本当に正しかったのか。もっと素直に、もっとありのままで生きていける方法があるんじゃないか。そのことを考えながら、眠れない夜を過ごした。
次の日、僕は決心した。これからは、少しずつでもいいから、無理に笑わせようとしないようにしようと。もちろん、完全に変わることなんてできないかもしれないけれど、少なくとも、自分の本当の気持ちを少しだけでも表現してみようと思った。
その瞬間、僕の中に新しい決意が芽生えていた。それは、「ピエロ」としての自分を越えて、本当の自分を見つけるための第一歩だと感じた。




