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恋愛SLGの世界に転生したが、このゲームには致命的な欠点がある

作者: ののめの

 ゲーム世界への転生、というシチュエーションは、よほどの鬱ゲーや死にゲーでない限り大抵のゲーマーにとっては夢のような話ではないだろうか。

 

 やり込んだゲームに転生してゲーム知識で無双とか、世界観が好きなゲームに転生してのびのび暮らすとか、人によってやりたいことは様々あるはずだ。

 自分が今現在進行形で体験している「恋愛SLGの主人公への転生」も、その筋のオタクにとっては垂涎もののシチュエーションに違いない。

 

「よっちー! おっはよ!」

「おはよ、優里」


 玄関のドアを開ければ、家の前で待っていた幼馴染——榛名優里(はるなゆうり)が満面の笑顔と共に手を振る。

 ピンク色のふわふわのロングヘアにコバルトブルーの瞳、そしてやたら胸部分を強調するようなコルセット型の紺のジャンパースカートを着こなした姿はどこから見ても立派なメインヒロインの風格だ。確か薄ぼんやりと記憶にあるジャケ絵でも優里っぽいピンク髪の子がセンターにいた……気がする。たぶん。


「今日は忘れ物してないか?」

「してないよっ! 教科書もちゃんと入れたし! 数学に日本史に現代文に……」

「今日は現代文じゃなくて古典じゃなかったっけ?」

「あっっ! ……よっちー、教科書貸してぇ〜」

「面倒くさがるな。家近いんだから取ってきな、先行ってるから」

「うえぇ〜ん……」


 朝から涙目になった優里がとぼとぼと三軒先の自宅に歩いていくのを見送って、反対方向へ足を向ける。慣れ親しんだ通学路を歩けば、いつもの丁字路のカーブミラーの下に観月璃良(みづきあきら)千智(ちさと)の姿が見えた。


「おはよう、璃良、千智」

「おう、おはよ」

「おっはよー!」


 こちらに気付いてひらひらと手を振る璃良と千智は、きょうだいだけあって髪の色は同じ綺麗なマリンブルーだ。イケメン系かかわいい系かの違いはあるが、お互いに吊り目気味なところもよく似ている。


「優里はまた忘れ物か?」

「ほんとよくやらかすよねぇ。いっそ毎晩RINEでリマインダーやってあげたら?」

「えー……面倒だし嫌だ」

「即答かよ」

「まあ優里ならリマインダーされたところで読み間違いしそうだしねえ」

 

 そんなことを話しながら待っていれば「おまたせ〜」と息を切らした優里が合流して、へろへろの優里の息が整うのを待って四人で肩を並べて歩き出す。幼馴染四人での登校は小学生の頃からずっと変わらない、毎朝のルーティンだ。

 

「今日は何忘れたの、優里? まさか替えの下着とかじゃないよね」

「ち、違うよ! 教科書忘れただけだから!」

「今日が体育だったら忘れてた可能性はある」

「中学になってもやってたもんなあ……」

「も、もう忘れたりしないもんっ! あれから水着着ていくのはやめるようにしたんだから!」

「で、今度は水着を忘れると」

「あはは、やりそ〜」

「〜〜〜っ! もうっ、よっちーもアキもからかわないでよっ!」

 

 顔を真っ赤にしてぽかぽかと肩口を叩いてくる優里に璃良と千智が笑い、つられて自分も笑う。

 一見ありふれているようでいて、恵まれた日常。一度大人になったからこそ、よりかけがえのなさが身にしみるまばゆい青春。これを毎朝体感できるのもまた、ゲーム世界転生の恩恵と言えるだろう。

 

 自分達が通う高校は、自宅から歩いて十五分程度の距離にある。

 まだ中学生の千智とは途中で別れて、千智が右折した十字路を直進すればすぐに校舎は見えてくる。八時過ぎの校門前にいつもより人が多く集まっているのは、今週から始まった清掃週間のせいか。


「おはようございます」


 校門に近付くと、トングとゴミ袋を手にした生徒会長——呉島葵(くれしまあおい)がよく通る涼やかな声で挨拶をしてきた。会釈に合わせて黒く艶やかなロングヘアがさらりと揺れるのと同時に、おそらくは会長の使っているシャンプーの匂いがふわりと香る。どことなく大人っぽさのある、甘くかぐわしい匂いにふっと意識を絡め取られて呆けていると、顔を上げた会長に鋭い視線を向けられた。


「異性間で手を繋ぐのは校則違反です。異性不純交友は控えてください」

「えっ、幼馴染なんだから別にい……むぐぐっ」

「すいません。気をつけます」

 

 手厳しい警告に、即座に優里の口を塞ぎながら握られていた手を振りほどく。優里の手が離れれば会長は満足したように頷き、「今度から気をつけてください」と言い残して去っていった。

 

「手を繋ぐくらいいいじゃない。ケチ」

「ケチとかじゃなくて校則。登下校中は手繋ぎは禁止」

「ケチっ!」

 

 再び手を握ろうとしてきた優里の指をさっと避ければ、優里は大きく頬を膨らませる。ついでに「同性ならいいのか」と腕を絡ませようとする璃良も振り払うと、袖にされた二人が目を合わせてニヤリと笑った。

 

「一人はダメでも二人がかりなら」

「ポテトMサイズで手を打とう」

「おごるよ」

「よし!」

 

 二人の間で交渉が成立する頃には、自分はもう強く地を蹴って走り出していた。追い縋る二人をぐんぐん突き放して教室に逃げ込み、机に突っ伏して護身を完成させる。

 今世こそ帰宅部だが、前世の自分は陸上部のスプリンターである。走り方はなんとなく覚えているし、体力だって今世も地味ながら鍛えている。前世の人生経験は何かと役に立つものだ。

 遅れて優里と璃良が教室に入ってくる気配がしたが、時すでに遅し。二人は自分を机から引き剥がそうとあの手この手で躍起になっていたものの、やがて諦めるとそれぞれの席へ戻っていった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 昼食を取り終えた後「ちょっと用事が」と告げて、一旦優里と璃良と別れる。

 借りていた本を片手に図書室を訪れれば、案の定と言うべきかなんというか、やはり色めき立った生徒で溢れていた。

 

(本目当て以外の奴が図書室に来るなっての)

 

 頭の中で毒づきながら人混みを掻き分け、どうにか返却ボックスに本を投入する。もちろん自分は本が目的だ。この図書室はやたらと蔵書が充実しているので、一生徒として利用しない手はない。

 本当はリクエストして追加されたばかりのトレーニング理論の本を借りたいところだったが、貸出カウンターに行列ができているのを見て断念した。三列に並んだ生徒がぞろぞろと動く様はまるで元日の初詣か福袋販売の行列のようだ。学内で最後尾札が求められるレベルの行列を作らないでほしい。

 

 アホらし、と冷めた目で行列を一瞥して去ろうとする間際、人混みの合間からちらりと深い紫色が覗いた。カウンターに座って次から次へと訪れる貸出希望者を捌いているのは、図書委員会の天使こと鷺澤累(さぎざわるい)だ。

 なんでそんな大層なあだ名が付いているかというと、まあお察しの通り掛け値なしの美貌の持ち主であるからで。加えて誰の告白にもなびかない、どこかミステリアスな高嶺の花だからこそより人気が沸騰しているらしい。そこでお高くとまって——とやっかまれないあたりが実に不思議だ。美人だからだろうか?

 

 不意に目が合うと、鷺澤累はゆっくりと目を細めて微笑む。その美しさに見惚れると同時に、自分があの鷺澤累に認識されているのだ、という事実に鼓動が早鐘を打つ。

 鷺澤累は一体どこの誰を見て微笑んだのか——と視線の先を探し始めるファン達が自分に気付く前に、足早に図書室を去った。


「よ、おかえり」

「おかえり、よっちー!」

 

 やたらと気疲れしてへろへろの体で教室に戻ると、自分の机を囲んで話していた璃良と優里がにこやかに出迎えてくれる。お疲れだね、と言われて図書室であったことを——鷺澤累に微笑まれた部分だけは省いて——話せば、生暖かい同情の眼差しが向けられた。

 

「鷺澤先輩がいたんだ。ほんとに人気だねー」

「まあ美人だしな。なんか凄すぎて現実味が薄いっていうか、漫画から出てきたって言われても信じるわ」

「ははは」

 

 漫画じゃなくてゲームなんだけどな——とはさすがに言えず、適当な愛想笑いで場を濁す。自分から見れば璃良も優里も十分レベルが高いのだが、この世界だと彼らは「クラスの中ではそこそこかっこいい/かわいい方」という位置付けらしい。前世の感覚を引きずっている自分からすると、この世界のルックスの平均値の高さには(おのの)くしかない。


「なに、よっちー。さっきからじーっとこっち見て」

「いや。優里はかわいいなと思って」


 ぼんやりと優里達を眺めていたのを見咎められたので素直に感想を述べれば、優里は「褒めてもなんにも出ないよ〜」とへにゃっと相好を崩す。嬉しそうに頬を染めて笑う顔は、やはりギャルゲーならメインヒロインを張れるほどのかわいらしさがあって。

 自分が()で向こうが()だったら本当に放っておかないのにな——と、最早何度目かもわからない溜息を吐き出した。


「……そんなにかわいくてなんで男なんだ」

「え〜、かわいいんだから別にいいでしょ?」

()的にはどうしてもそこが引っかかるの」


 そう。自分の幼馴染、榛名優里は男だ。

 なにせこの世界は「攻略対象が男の娘だけの乙女ゲー」という非常にマニアックなゲームの世界なのだから。


 一体どうしてそんなニッチすぎる需要をピンポイントで攻めたゲームが発売されたのかは、全くもってわからない。自分は前世の推しの配信者がこのゲームを「男の娘好きが今一番注目しているゲーム」と紹介しながらプレイしていたから知ったくらいの浅い知識しかないので。

「オトコの娘と花咲くような恋を」というキャッチコピーのもと売り出されたこのゲーム——タイトルは確か「咲かせてオトメ心(スウィートハート)」とかいったはず——は、配信に寄せられたコメントによると発売前からそこそこ話題になっていたらしい。あまりにも攻めすぎたコンセプトのゲームとして。


 自分もあまり詳しくはないが、乙女ゲーといえばイケメンと恋を楽しむゲームであろう。女の子向けの恋愛SLGだから、攻略対象はもちろん男になる。

 その攻略対象を「男なんだけど女の子みたいにかわいい」男の娘にするのは、果たしてメインターゲット層の需要に沿っているのかという疑問がある。確かに乙女ゲーの攻略対象というとだいたい歳下やらかわいい系男子が一人はいる気はするが、それはあくまで選択肢のひとつに過ぎないわけで。

 かわいい系の攻略対象を好むユーザーはあくまで乙女ゲー顧客層の一部であって、全てではない。それ以外を切り捨てればかわいい系を好むユーザー以外の顧客が離れるのは当然の摂理だ。しかも男の娘となると、かわいい系とはいえあくまで「男の子」を求めている層の需要に沿うかも厳しい。


 一応、ゲーム内には色んなタイプの男の娘がいた。性自認が男性の男の娘だけでも、かわいいものが好きだから女装している男の娘、きょうだいのお下がりを貰ううちに女の子趣味になった男の娘、別に女装しているわけではないし女の子趣味でもないけど中性的な雰囲気の男の娘、などなど。

 だがそれはあくまで「男の娘好き」の関心を買う方に作用したらしく、おそらくはメインターゲット層の女性ユーザーよりも男の娘が好きな男性ユーザーに売れている——とコメントでは書かれていた。しかも男性ユーザーはDL版を買うので、パッケージ版はめちゃくちゃ売れ残っていたらしい。なんとも複雑な話だ。


 一応、性自認が男性の男の娘に関しては告白を成功させられる「ダイスキフラグ」なるものを立てると、「今のままの自分がいいか、それとも男らしくなってほしいか」と聞かれるイベントが発生し、後者を選ぶとエンディングの一枚絵が男っぽくイメチェンした姿に変わるという苦し紛れ感の強いサービスもあったが……そもそもこのゲームをわざわざ購入してプレイした層のほとんどが男の娘マニアだったため、「男の娘を売りにしたいなら男の娘を貫けや」とキレるプレイヤーもいたらしい。

 ちなみに前世で見ていた配信者は「今のままのカワイイ君が好き」と言いつつも男らしくイメチェンした一枚絵も回収し、「どっちもかわいいねぇ〜」と破顔していた。かわいければショタもイケると公言していただけあって懐の広い反応だった。


「よっちーはぼく(・・)がかわいいの、嫌なの?」

「嫌じゃない。ただ女として負けた感が激しいだけで」


 青い目を潤ませて尋ねる優里に、決して嫌いなわけじゃないと念を押す。優里のことは好きか否かで言えば友人として好きだ。でもそれはそれとしてあまりの美少女すぎるので、自分の冴えなさと比較して落ち込むことは多い。

 

 璃良は早々に同じ土俵で競うのを諦めて「俺はイケメン路線で行く」と別路線に走ったが、自分は別に女の子にキャーキャーされたいわけではない。あくまで恋愛対象は男なので、男にモテたい。でも身近に男であると同時に、自分より男にモテる最大のライバルがいるわけで。

 

「せめて男に……男に生まれたかった……!」

「えーっ、よっちーが男の子だったら一緒にかわいい服選べないじゃない!」

「女じゃなかったら明らかに優里の方がかわいいって敗北感に苛まれずに済んだんだよッッ!」

 

 切実な叫びと共に頭を抱え、机に突っ伏す。

 女に生まれただけの女の自分よりも、男に生まれながら可愛くあろうとする男の娘の方がかわいさに対する意識は高い。そこに天性の美貌や華奢な体格という男の娘の素質が合わさった優里や千智は誰から見ても性別以外にケチのつけようがない「美少女」だ。

 こんなことなら、まだギャルゲー世界にモブ女子生徒として転生した方がマシだったかもしれない。男性であるはずなのにそこらの女性よりもかわいくて美しい攻略対象を見るたびに、そう思わずにはいられないのであった。

「攻略対象全員男の娘の恋愛SLG世界への転生」というネタが降ってきて、そういうギャルゲやエロゲは多いみたいだしどうせなら乙女ゲにしたれ!と思って書きました。

ちなみに男の娘(常時女装)が攻略対象の乙女ゲは某歌の王子様しか知りません。



◆よっちー


転生者。高校一年。女。

本名は「園村芳花」。よしか→よっちー。

一応美容には気を遣っているしメイクで化けようともしているがやればやるほど優里達との圧倒的な素材の差を実感してつらくなっている。

好きなタイプは頼りがいと包容力のある人。



◆榛名優里


メイン攻略対象。

主人公の幼馴染でクラスも同じ。ちょっぴりドジで明るくてかわいいものが大好きな男の娘。

あくまで性自認は男なのでダイスキフラグを立てると男らしくするかしないかの選択肢が発生する。

ちなみに主人公達の通う学校は制服はズボンとスカートの自由選択制なので、普通に女子の制服を着て通っている。



◆観月璃良


主人公の友達ポジションなお助けキャラ。

優里、千智の幼馴染でやはりクラスも一緒。

イケメン女子路線を進んでいる女の子で、後に無料DLCで攻略ルートが追加された。内容は非常に良かったものの、このゲームがどこ向けなのかわからないという困惑の声をより加速させたそうな。



◆観月千智


攻略対象。

璃良の一歳下の弟。二年生になると主人公と同じ高校に入学してくるが、初期から休日や放課後のデートのお誘い相手として解放されているので入学前から好感度を上げられる。

姉のお下がりを貰っているうちに女の子っぽくなってきたタイプの男の娘。姉がイケメン路線に進む頃には自分からリカちゃんや子供用コスメを親にねだっていた。

こちらもダイスキフラグでイメチェンする。



◆呉島葵


攻略対象。主人公より一年上の二年生。

生真面目で成績優秀な生徒会長。

髪は伸ばしているが女装しているわけではなく、ただ線が細く中性的なだけの男の娘。家族でシャンプー(L○X)を共用しているのでいい匂いがする。

女装していないのでダイスキフラグを立ててもイメチェンはしない。彼のルートは「一番普通に乙女ゲーしてる」と女性ユーザーから好評だったそうな。



◆鷺澤累


攻略対象。生徒会長と同じ二年生。

男や女という垣根に囚われず自由でいたいから、ズボンもスカートも両方履くタイプの男の娘。

飄々として掴みどころがなく、攻略はかなり難しい。性自認が曖昧なためかダイスキフラグを立ててもイメチェンはしない。

ちなみに芳花は頻繁に図書館に通っているせいでそこそこ累の好感度が上がっている。しかし本人に攻略する気がないのでフラグは立っていない。


なお他にも攻略対象はいるが、芳佳がめんどくさがって部活や委員会に所属していないため接点がなく登場していない模様。

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