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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
8/62

ボク





--15-




おじいちゃんに抱きつきながら寝るのが好きだった。

おばあちゃんの最中に抱きつくのが好きだった。

お父さんは、よくあたしを抱っこしてあたしに頬擦りした。髭が痛かった。

お母さんはあたしを怒った後は、必ず“仲直りのハグ”と言って抱きしめてくれた。

お兄ちゃんはあたしが抱きつくとすぐ突き放した。

弟は可愛くて何度も抱きつくと、何度も笑ってくれた。



今思うと外国の文化みたいに、あたしは誰かとハグするのが好きだった。人の腕の中に自分の顔の下半分が埋まる感じが好きだった。







-9937♭-




小6の始業式。


(カッカッ……)


チョークの音が小気味よく聞こえ、それが途絶えるとあたし達のこれからの担任がこちらに振り返った。


「はい、今日からみんなの担任になる“モダ”ですー。みんなとこの1年間楽しい思い出作れたらなって思ってるから、みんなも協力してくれるかなー?いいともー!…って先生が先に言ったらあかんよねー?」


クラスの9割は笑っていた。あたしは全く面白いと思わなかった。“こんなこと言って恥ずかしくないのかなー”と思っていた。

でもみんなが楽しそうだし、これなら卒業するまで楽しめそうだ、とこの時は思っていた。

クラスの中であたしと同じく全く表情を変えていなかった人物は憶えている。初恋相手のアイツと、ランちゃんだった。彼女はすごく気弱で、今まで出会った誰よりも繊細だった。



小5からクラスが一緒で、通学路が同じランちゃんとその頃よく一緒に帰っていた。他に何人かいることも勿論あったけど、2人の時の方がランちゃんは沢山喋ってくれた。

ランちゃんとその日も2人で帰っていた。始業式の日は授業が無かったのでまだ太陽が真上にあった。


「ねーねー!ランちゃんは、“あの人”どー思う?」


「“あの人”って、、も、モダ先生のこと?」


「んー、そう。なんかあの人苦手。おもんないし。」


「そ、そう?ぼ、ボクは分からないけど、、」


ランちゃんは、現代でいうところの“ボクっ子”だった。女子でその一人称を使うランちゃんに興味を惹かれて話し掛けたのが友達の始まりだった。人とは違う少し独特な雰囲気持つ彼女をかっこよく思っていた。


「…じゃ、じゃぁ、あんたはなにがおろしろいん?」


「え?!聞いてやー!さいきんおもろい人達知ったねん!お兄ちゃんが教えてくれたんやけど、ぽいずんガールなんたらとかいう漫才の人達がー………」




ランちゃんは聞き上手で、あたしが何を言っても“うんうん”と言ってあたしの取り留めの無い話をいつも聞いてくれていた。言葉遣いが綺麗で、丁寧だった記憶がある。あたしが“あの人”と言っても、“モダ先生ね”と、会話の流れを止める訳でもなく訂正していた気がする。



「ポイズンガールのコンビは、、ボクも知ってる。関東の人らやんね?アレよくわからんよ。ふふ!」


そう言ってランちゃんは笑っていた。


「知ってるんー?えー?めっちゃおもろいやんー!東京弁やし、いみわからんし!」


「ふふ。意味わからんの面白くないよ。」


あたしはランちゃんと話すのが好きだった。





2週間程して、モダの本性が徐々に見え始めた。


「……なんで宿題してきて誰もこの問題解けないんじゃボケコラ。誰か手上げるまで休憩時間ないと思え!わかったかボケコラ?!」


「…せ、せんせー。昨日せんせーは宿題無しって言ってたから…」


「んー??リリ?…あっ!そっかー♪せんせー間違っちゃった!テヘ☆……なんでリリ以外誰も言わへんのや?頭おかしいんかお前ら?……おい、ラン。立て!」


あたし達は既に、モダが憤慨した時の恐怖を数回経験していた。リリは学級委員長という使命と正義感を振るわせて申し出ていたけど、それはもう焼け石に水で、リリもこの頃からどんどん声量が小さくなっていっていた。


「は、は…い。」


(…ガタ…)


「なんで言わへんねん?知ってたんやろがい。」


「ぼ、ボクは…あの…えっと…」


ランちゃんは人前に立つのが大の苦手な子だ。こんなのただの公開処刑と同じだった。モダは女子には甘いくせに、何故かランちゃんだけ目の敵にしていた。



「なーにが“ボク”やねんコラ!おまえ女のクセして“ボク”とか使うなや!みんな気持ち悪がっとるぞ!何言ってもメソメソメソメソしやがって。」



なんでランちゃんがここまで言われなきゃいけないのだろか。一人称をただ“ボク”としただけで、彼女はクラス全員の前で「気持ち悪い認定」をされたのだ。


あたしは、本当ならランちゃんを庇えたはずだ。なのに、怖くて何も言えなかった。あたしは弱かった。


(…ガタっガタっ…‼︎)


椅子の動く音がした。


「せんせーすいません、お腹痛いんで、保健室行っていいですか?」


片手を上げて真顔で立ち上がったのはアイツだった。


「あ?さっさと行けやボケコラ。嘘やったら分かってるやろな?」


「嘘じゃないですって。…保健委員って誰やったっけ?」


「…あ!ランちゃんです!」


あたしは初めてそこで声を上げた。


「そっか。ランちゃん、ごめんやけど保健室まで連れ添ってくれん?」


「……は、はい。」


そう言って患者のはずのアイツは余裕綽々に、保健委員のランちゃんは背中を丸めて下を向きながら歩くという、なんとも矛盾した構図で2人は保健室へ向かっていった。モダはそこにいた生徒全員に聞こえるくらいの大きな舌打ちをした。






それから暫くして、ランちゃんは学校を休みがちになった。欠席の際の宿題やプリントは、家が近所だったあたしが届けていた。小さいアパートの二階に住んでいたランちゃんの家のインターホンを押しても彼女はあまり出て来てくれなくて、いつも郵便ポストにプリントを入れて帰った。



「らーんーちゃん♪あーそーぼ!」



あたしが家の前でこう呼ぶと、恐る恐るドアを開けてランちゃんはあたしを招き入れてくれた。


ランちゃんの家は玄関口の側にすぐキッチンがあって、そのまま2部屋が一直線上に設置された、お世辞にも広いとは言えない部屋だったけど、あたしにとって家の広さなんて全く興味のないものだった。


「ランちゃん!あんなやつほっといて学校来ようや!」


「……でも、ボク…こわい。」


「…そっか。じゃー行かんでもいいね!今クラスぐちゃぐちゃやし。」


「そうなん?」


「せやで!あいつめちゃくちゃやねん!男子が話し掛けたらすぐキレるから、もう女子から話し掛けよーってなってるー。そしたらあの人機嫌良いから……あれ?ランちゃんもしかしてロクヨンやってた?!!い…いいなー!休んでる間にゲームとか最高やん!!」


「あ、、ぼ、ボク、ゲーム好きやから…。あんたも…一緒にする?」


「え?!ほんま!?やりたい!うちなぁ、ゲーム1週間に2回で30分ずつしかないねん!終わってるやろ?しかもその時間もお兄ちゃんに取られるねん!“お前は下手くそやから見ててイライラする”って!」


「ふふ!そーなんや。ボクはひとりっ子やし、この時間はポップいないからずっとできるよ?」


あたしは学校を休むランちゃんのプリントを届ける大義名分を掲げてランちゃん宅で一緒にテレビゲームするようになった。ランちゃんはどのゲームもすごく上手でどれも勝てなかったけど、彼女はあたしを馬鹿にしなかった。いつも少し怯えたような笑顔でゲームをして、ムキになるあたしと柔らかい声で会話していた。ランちゃんは、将来ゲームクリえーたーになりたいと言っていた。


あまりにもゲームに勝てなかったあたしは、一度クラスの仲の良い男子を数名連れてランちゃん宅を訪問した。その中にはアイツもいた。“これでランちゃんに勝ってみせる…。”あたしは考え方がズルかった。

彼女は驚いてまた震えていたけど、あたしが強行突破してみんなでゲームした。派手な服を着た配管工のパーティゲームをみんなでした。結果、勝ったのはランちゃんで、あたし達が“すごー…”と声に出すと、すごく喜んで笑っていた。


「ただいまー。あれ?今日はえらい大所帯やなー。もう暗くなるから早よ帰りやー。」


「ポップおかえり!」


ランちゃんが、その人の帰宅で更に元気になった。


ポップはランちゃんの父親で、当時の彼女にとってのたった1人の親だった。ランちゃんは実の父親のことを“ポップ”とあだ名で呼んでいた。名前の由来は、ある漫画の登場人物に似ていたからだった。あたしにはそんなに似てるようには見えなかったけど、ランちゃんがそう呼ぶので合わせてあたしも“ポップ”と呼んでいた。




ポップが帰ってきた時間は丁度あたしを含めた訪問者達の門限時間ギリギリで、あたし達はランちゃんとポップに挨拶してそれぞれ家を出始めた。

玄関先で振り返ると、ランちゃんはポップの腕の中にいた。彼女の怯えのない笑顔をその時初めて見た、と思う。

細くて頼りなさそうなのに、笑顔がすごく優しくて少し頼もしいポップを見て、あたしは少しだけ“憧れ”のような感情を持っていた気がする。


少しだけランちゃんに嫉妬していた。それくらい2人は仲が良かった。




お読みいただきありがとうございます!

私が眼を少し患っておりまして、誤字脱字等注意しているのですが多くなってしまいがちです。読み辛かったら申し訳ありません。気軽にご指摘して頂けると大変助かります。

もし気に入っていただけたら、ブックマーク、評価、コメント等よろしくお願いします。

とは言え、読んでいただけるだけで幸せです。

これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願いします。

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