あたしは平気じゃなかった
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朝練が終わって片付けをしていた。いつも朝練の片付けはクミとあたしが担当していた。クミはあたしと目が合うと左斜めに目線を落とした。
「クミ。」
「え、?なに?」
「大丈夫やで。あたしはクミのこと大好きやから。こらからも一緒に練習して上手くなろう?」
「…うん。ごめんね、、あの、うち、」
「大丈夫。クミは悪くないよ。クミがあたしのこと嫌いになっても、あたしはクミのこと好きやから。」
クミが気の弱い子なことは知っていた。あの場面ではクミはソラ達に合わせるしかなかった。あたしはそんなこと気付いていたのに、彼女の口から出た言葉にショックを受けて、見失っていた。
彼女に投げた言葉はお母さんの真似事でしかなかったけれど、彼女の何処かに刺さったみたいだ。クミが目を合わせてくれた。
「うたな、こわく、て、ソラちゃんが。それでな…“すきちゃう”…って言ってん、でもな、でも、うちはあんたが頑張ってるの知ってるから…それやのに…」
「…うん。ありがとう。クミの口から直接聞けて嬉しい。なぁ!仲直りのハグや!」
あたしは笑ってクミに抱きついた。
あたしは昔から誰かとハグをするのが好きだった。
「なんで?!やめてや!恥ずかしいって!!」
「良いやんか!今誰も見てへんって!ぎゅー!あは!」
「苦しいって!…もうー。ちょっとだけな?」
あたしとクミは5秒間くらい抱きしめ合って、それから片付けと着替えを済ませてそれぞれの教室へ向かった。
その日の放課後の練習後、あたしはまたあの“補欠メンバー”の命令で3人分の片付けをさせられていた。
1人で体育館の床にモップを滑らせながら歩いていた。
「手伝おかー?」
入り口の方で声がした。振り向くと、ニヤニヤしたソラがあたしに向かって歩いてきていた。
「…ほんま?助かるけど。」
「小学校からの仲やんかー。なんでも言ってやー。」
彼女はそんなまともな事を言いながら、何が嫌な余裕感みたいなものが窺えた。
ボールの空気入れを頼んだ。彼女は“りょかいですー”と軽い返事をしてボールに空気を入れていた。
「…あのさー、」
無言が続いてから少しして、ソラがあたしに声を掛けた。
「なにー?」
「あんたさ、バスケ部の1年のみんなから嫌われてんで?知ってた?」
笑みを含んだ声で彼女は話を続けた。
「みんなあんたにバスケ部辞めて欲しいんやってー。あんたおるなら辞めるって言ってる子もおるらしいで?」
「…それ、あたしに言って良いん?」
「あはっ!知らんの可哀想やもん!みんなから嫌われてんのに部活するの嫌ちゃうー?」
「……じゃぁソラが味方なってや、。」
「え?!うちが?なんで??」
「さっき“なんでも言って”って言うてたやんか。」
あたしはモップの先端に目をやって、淡々と話していた、と思う。
「えー?まぁ、ええけど?でも、みんなが聞いてくれるかは知らんよー?」
「聞いてくれるやろ?アンタからみんなにそういう話してるんやから。」
「っ!?はぁ?!何なんそれ?そんなん言ってへんけど?証拠あるん?!」
ソラから笑みがなくなった。
「証拠っていうか、昨日更衣室でアンタがみんなと話してるの…聞いた。手上げさせてたやろ?」
「し、知らんし!でも、それがあったとしたら、みんな手上げてたからあたしの言ってる事ほんまやんか!あんたみんなに嫌われてんねん!」
「…でも、あたしはみんなのこともソラのことも嫌いじゃない。」
あたしは勇気を出した。モップを止めてソラの方を向いて言った。“その言葉に嘘がなかったか”と聞かれると、否定は出来ない。けれど、お母さんの言葉を信じてソラにぶつかろうと思った。
「だ、だからなんなん?!頭おかしいであんた?」
「あたしは、ソラともっと仲良くなりたい!す、好きやから。あたしより身長も高くて羨ましいし、バスケもあたしより上手いところいっぱいあるし、ソラともっと楽しくバスケしたい!」
「あのさー、、さっき“あんたおるならバスケ部辞めるって言ってた子おる”って言ったやん?それうちやで?あんたのこと嫌いやねんって!」
「あたしは好きやもん!」
「ほんまに頭どうかしてるんあんた?」
涙が出てきていた。泣くのは負けた気がして嫌なのに、止められなかった。
「あたしはソラとバスケしたいのに、辞めるとか言わんといて欲しい。」
「……。」
「最近あたしやっと試合出れたやん?ソラはそれより先に試合出てたやんか。あたしより…。、」
「あれはたまたま先輩達が休み多かっただけで…。しかもあんたみたいに褒められてへんよ…。」
「たまたまちゃうよ!ソラ練習頑張ってるやんか!知ってるよ!だから試合出れてるんやんか!」
「だから何なん?わけわからんねんけど!」
「あたしは先輩達からも嫌われてるねん!!!」
「え?」
「…レギュラーの先輩達のことちゃうで?他の3人が…知ってるやろ?…今もそうやんか。あいつらの仕事全部やらされる…」
「それは、見てたらわかるけど…あんた平気な顔してやってるやん?だからs…」
「へーきちゃうわ!!!!!」
体育館中にあたしの声が響き渡った。
あたしは下を向いて、息は荒くて涙も鼻水も垂れて、顔が真っ赤だった、と思う。
ソラが驚いて持っていたボールを床に落とした。そのボールの跳ねる音が、やけに大きく聞こえた。
「平気ちゃう…なんであたしばっかりこんなんせなあかんの?あたしなんも悪いことしてへんやん…!あいつらが練習サボってるの監督ちゃんと見てるんやんか!!それでなんであたしが嫌われなあかんの!?1年のみんなは、最近冷たく感じてたけど、仲間やと思ってた。そしたら…きのう……もう……へいきちゃう…」
ずっと我慢していた。ずっと強くいなければ、と。負けたくない、と歯を食いしばっていた。それがソラの前で決壊した。
次の言葉を出そうとして、喉が開かなかった。涙が止まらなくて体中が小刻みに揺れて、声にならない声だけが漏れ出ていた。あたしはその場に崩れるように座り込んだ。
「ちょ、あんた…大丈夫?!」
ソラがあたしのそばに駆け寄って肩に手を置いた。ソラは昔からそういう子だった。
小学校の時、あたしが男子にちょっかいをかけられて運動場でこけたことがあった。あたしは泣かないように堪えながら体を起こすと、ソラはしゃがんであたしの肩に手を置いて“大丈夫?”と言ってくれた。あたしは我慢出来なくなって彼女に泣きついた。その時初めて人前で泣いた気がする。
その時と同じように彼女はあたしの肩に手を置いた。
あたしはモップを手放してソラに泣きついた。
溜まっていた何がが、全部出ていくようだった。
たぶん3分以上はそのままだった。
「そろそろ落ち着いた?」
「…うん。ごめん。」
「酷い顔。」
「うっさい。」
「ふふ…」
「ふふ…あはは!」
2人で少しだけ笑った。心が和らいでいくのが分かった。
「あの、ごめんな。」
「なにが?」
「なにがって…」
「なにを謝るん?謝ることいっぱいあるんちゃうん?」
あたしは意地が悪かった。
「ふつーそんな言い方する?んー…嫌いって言ってごめん。あんたがどんどん上手くなって、みんなから褒められてて羨ましかってん。それで、、ごめん。」
「…他は?」
「…他の子とかと陰口言ってごめん。」
「…うん。」
「先輩のことは、うちは知らんで?」
「あんなやつら知らん。あたしはソラが味方やったらそれで良い。」
「あんたねぇ、、、」
「あと謝ることは?!」
「無いって!もう無い!」
「ある!」
「何よ?!」
あたしはまた赤くなった顔を隠すようにソラのジャージに顔を埋めた。
「…tいらちゃうもん…」
「え?なんて?」
「…たいらちゃんもん…最近、、少しは出てきた…。」
「あ、…あはは!まじかー!ごめんごめん!あんた着替えの時もみんなに背中向けて着替えるし、知らんかったわ!」
「あやまれ!」
「ごめんって!あはは!」
「仲直りのハグしろ!ぼけ!」
あたしは空いていた片方の腕を横に伸ばした。
「あはは!え、なにそれ?聞いたことないけど。」
「あるねん。しろ!」
「あんた、あたしをママと勘違いしてる?」
「してへんわ!早くしろ!」
ソラと抱きしめ合った。ソラは何故かあたしをあやす様に身体を一定のリズムで揺すっていた。
「ソラー」
「なにー?」
「もう少し強く…」
「…はいはい。」
「ぐるじいー」
「ふふ、自分から頼んだんやろ。」
「ソラー」
「なによ?呼びすぎ。」
「あたしのこと好き?」
「えー?…もう嫌いじゃないよ。」
「好きって言えや!」
「恥ずかしいわ!」
「さっきまでは“嫌い”って散々言われたのにー。」
「ごめんって。あんた根に持つタイプなん?」
「ふふ。はー落ち着くー。あのさー小学校の時もさ………」
「」
「」
体育館で長い時間座ったまま抱きしめ合っていた。
その後、あたし達は見回りの人が来るような気配を察し、急いで片付けを済ませて学校を出た。
家に到着すると、いつもより30分以上帰りの遅くなったあたしを母が心配して待っていた。そして、あたしの顔を見て驚いて誰かにイジメられたのか、と事情聴取された。
あたしは“お母さんのおかげでうまくいった”と笑ったら、笑い返して頭を撫でてくれた。
「よくやった!」
母はあたしにそう言った。
翌日から、あたしを取り巻く環境が少しずつ変わり始めた。ソラだけではなく、クミや他の同級生ともコミュニケーションが徐々に増えていった。ソラが何かをみんなに伝えてくれたみたいだ。クミは、ソラを目の前にしてオドオドしていたので、“ソラって〇ゃイアンみたいで怖いもんな!”と言ったら、何故か2人ともが焦ってあたしに詰め寄って、それを見てあたしが笑うと、2人も笑った。
“補欠メンバー”達は相変わらずだったけど、あたしがヤツらに何かを押し付けられると、それを一緒に手伝ってくれる仲間が側にいてくれるようになった。
部活がまた、楽しくなった。
それから少しの間、あたしはあの体育館でソラとハグをした夜のことを度々思い出しすようになった。
身体をソラに預け、赤子の様に揺らされ、強く抱きしめられた時のことを思い出して、胸が高鳴って身体が熱くなるのを感じていた。
お読みいただきありがとうございます。
彼女の生きた人生をダラダラと見守っていただければと思います。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。




