漫画とアニメ
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高1の初夏。6月が過ぎて7月に入った。2年の先輩達が修学旅行で数日間バスケ部の練習は軽いものになった。
最近練習時間も少し伸びていたし、期末テストも近づいていたので、あたし自身も気分転換にちょうどいいと思った。
軽い練習の後、更衣室でダラダラと雑談している時に偶然漫画の話になった。あたしはそこで漫研のことを思い出した。もしかするとまだ漫研は活動しているかもしれない。
マリコちゃんに“漫研の部屋いる?”とメールを送ったら“30秒も経たずに“います!”と返ってきた。あたしは漫研の部屋に初めて訪問しようと思った。彼女へその旨の返信をするとすぐに“あっちゃんぶりけ!”と返事が来た。言葉の意図はわからなかったけど、それが医者の漫画の台詞ということだけは知っていた。
漫研の教室は学校の中でも遠くの方に位置していた。向かうにつれて人が少なくなっていって、野外で活動している部活動のホイッスルの音や吹奏楽部の演奏が廊下にまで響いていた。
(コンコン…)
「あの、初めてここに来たものなんですけど…」
あたしは恐る恐る教室のドアに向かってそう言った。
(……合言葉を言え。)
知らない男性の声が聞こえた。
「あ、合言葉?そんなの知りませんけど…。」
(……合言葉を言え。)
(オクダ氏!意地悪しないで欲しいですぞ!)
「……あ、マリコちゃん?」
(ジジ氏!す、すいません…漫研では合言葉を設けていまして……)
「え?めっちゃめんどくさいんやけど……。」
(そ、そんなに難しいことではありませぬ!ただ自分の好きな漫画のセリフやお気に入りのワードを言えばいいだけなので、特に決まったものはなくて…)
「えー?…じゃぁ、、“あっちょんぶりけ”!♪」
(………っ!?)
(ガラガラ…!)
「ジジ氏ー!!!待っていたでござる!!今の合言葉!さすがです!私のメールを見て考えたのですね!まさに“天丼”という技法ですな!」
「あーはは……。」
ドアを開けて急に抱きついてきたマリコちゃんはすごく幸せそうな顔をしていた。彼女はあたしを部屋に招いた。
「オクダ氏!今の合言葉を聞きましたね!?ジジ氏は逸材ですぞ!」
「……ふぅん。」
目の前で椅子に座りながらあたしを横目で見たのは、髪をギャル男みたいに盛り盛りにしたチャラ男…みたいな感じの見た目だけど、ルックスは絵に描いたようなオタクで校則通りに制服を着た男性だった。彼は頬杖をつきながらあたしを睨んでいた。
「ジジ氏!こちらはオクダ氏です!同じ学年で、クラスは違いますがなかなかのオタクっぷりを披露してくれますぞ!」
「…あ、初めまして。マリコちゃんからは“ジジ”って呼ばれてます…。」
「………オクダです。魔女宅好きの女子を連れてきたのですか、マリコ氏?」
「そ、それは違いますぞ!ジジ氏はバスケ部で、期待の新人で、あだ名がジジなんです!」
「ま、マリコちゃん…あだ名じゃなくて、コートネーム…。」
「へぇ?バスケ部とは、オレと同じ陽キャに属しているやな!」
「……陽キャ?」
「陰キャラか陽キャラかの話しや。そんなこともわからんですか?オレは見ての通り今流行りのギャル男やから!」
「…………ま、マリコちゃん。漫研って、1年はこれだけなん?」
「いえいえ!あと4名ほどいますが、特に出席を義務付けてもいないのでそれぞれ家に帰ったり漫画喫茶に行っていると思われます…。」
「じゃぁ、今日はオクダ君と2人なん?」
「そうですね!先ほどまで2人で“漫画とアニメの違い”について話しておりました!」
「……へ、へぇ。」
「ふふふ…ちょうどいいな!じ、じ、ジジさん……って言いましたね?き、君はどう思う…ますか?漫画とアニメの違いについて!」
オクダ君は急に緊張したような感じであたしに話しかけた。
「え?漫画とアニメの違いとか…考えたことないけど……」
「ほ、ほら!見たか!?マリコ氏!オタクじゃない人からすれば漫画とアニメの差なんて…」
「でも、漫画とアニメは全然違うかなー?」
「……っ!?」
オクダ君が驚いた顔をしていた。
「ジジ氏!それは一体どういうことですか?!私は漫画派で、オクダ氏はアニメ派なんです!ジジ氏の意見が聞きたいです!」
マリコちゃんはキラキラした目であたしを見ていた。
「あ、えー?えーと、漫画は漫画家の意志が乗ったもので、アニメはそれを読んで感じた人達の作ったものだから、どっちも面白いけど別物じゃないかな?」
「じ、ジジ氏!素晴らしい意見だとは思いますが、漫画家には担当編集などがおりまして……」
「それは知ってるけど、作者として名前が出るのは1人だもんね?アニメは制作した人の名前が全部出るから。」
(ガタッ……!)
急にオクダ君が席を立った。
「ほぉ!なかなか興味深い意見だ…です!では、じ、ジジ氏は漫画とアニメ、どちらが好きか聞きたい!」
「……まぁ、漫画は好きかな。やっぱりそれがないとアニメもないわけやし、それが面白いからアニメになるわけやし…。」
「オクダ氏!聞きましたか!?やはり漫画の方が…」
「…でも、最近はアニメの方が好きかな。1人の意見だけじゃなくて、みんなでひとつの作品を作ろうとしてるのが。作者の手の中を飛び越えてできるアニメは、面白いと思う。」
あたしのこの意見は、きっと中学生の頃には出なかっただろう。そして赤川高校に行っても出ることはなかった。この高校のバスケ部に入ったことで生まれた意見だと思った。
オクダ君は驚きながらも嬉しそうだった。
「お、おお!ジジ氏の意見!オレにはわかるぞ!そうやんな!みんなで作る良さがある!!」
「じ、ジジ氏ぃ!」
「………なんかわからないけど、もう帰ろうかな…。」
「ま、待て!まだまだ話すことは山ほどある!」
「そうですよジジ氏!まだ帰らせるわけにはいきません!私の漫画論を聞いてもらわねば!!」
あたしはここから90分近く2人の漫画論、アニメ論を聞いた。本当にどうでも良かった。ただ、漫研の中でも好みの差はあるみたいで、マリコちゃんは同人誌やオリジナル漫画を描いていて、オクダ君は他の漫研の人達とオリジナルの小説CDやアニメーション制作をしていたことを知った。
あたしは、初めて漫研に来たにしては濃過ぎた内容にしんどくなって部屋を出ようとした。
すると、オクダ君があたしに声をかけた。
「ジジ氏。君の声はすごくいいと思う。是非、アニメーションやCD収録の際には声優を担当してほしい。」
「は、はぁ!?そんなん絶対嫌やし!!あたしみたいな低い声が!」
「それが良い。今作ってる作品は可愛い声とかっこいい声が必要なんや。かっこいい声は、ジジ氏が合ってる。」
「う、うるさ!!低い声って言いたいだけやん!やらんから!!」
「…ふむ。マリコ氏、その時はジジ氏を頼むぞ?漫研のためにな?」
「ラジャーでござる!♪」
「マリコちゃんまで、やめてやー!」
あたしは1人で教室を出た。
まだ陽は落ちていなくて、西陽が強く廊下を照らしていた。
自分の声は好きじゃない。でも、もしかしたらこんな声でも求められる場所があるのかも知れない。そんな風に思えた。




