思春期
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高1の6月。深田高校との練習試合の翌日は日曜日で、いつも通り体育館で午前中練習をして、そのまま家に帰った。
部活の数名がそのままおファミレスに昼ご飯を食べに行くと話していて、少し羨ましく思いながらも携帯電話に入っていた母からの“お昼ご飯用意するから帰る時連絡して”というメールを見て、あたしはファミレスを諦めた。
自転車に乗って1人で帰る時は、決まってポータブルMDプレイヤーで音楽を聴いていた。
当時流行っていた音楽はあまり聴いていなくて、兄や男友達から教えてもらったロックバンドの曲をいくつもMDに、自分だけのアルバムを作るみたいに詰め込んでいた。
しゃがれた聴き取りにくい声や意味のわからない英語の曲は、高校生のあたしでもわかるくらい世間でトップチャートに来ることはなかったけれど、なぜかあたしはその曲達が大好きだった。元気になる気がしたんだ。
当時のあたしは週一くらいの頻度でCDショップに通っては手当たり次第にバンドの曲をレンタルしてはMDに詰めて聴いていた。
家に帰ると母がちょうど昼食を完成させていた。最近暑くなってきたからという理由でそうめんと、いつものコショウがよく効いた炒飯だった。不思議な組み合わせだったけど、違和感はなかった。
あたしと一緒に食べたかったのか、もうお昼は過ぎていたのに母は自分の分も用意していた。母の方には炒飯はなくて、代わりに昨日の夕飯の残り物を食べていた。
「美味しい?炒飯。」
「え?うん、美味しいで?」
「ふふん♪当たり前や!お母さんが作ったんやから♪」
「じゃぁなんで聞くんよー。ふふ♪」
「…最近元気やね。高校楽しい?」
「…うん!南山はあたしに合ってる気がする。」
「そっか….。」
母は少しホッとしていたようだった。
「なんかね、バスケ部の先輩達も同期の子達も、あたしのこと信じてくれて、しんどいはずやのについてきてくれるねん。…先輩に指導するの、初めは嫌やったけど、先輩達が積極的に聞いてきてくれるし、それに本当にみんな上手くなってるから、それ見るのがすごい楽しい。」
「…へぇー。みんな頑張ってるんやね。マネージャーになった子は元気なん?」
「うん!めっちゃ!前より元気かも!」
「そっかそっかー。…あんたも色々挑戦してるんやね…。お母さんも頑張らないとなー。」
「え?お母さんは毎日頑張ってるやん?」
「んー?あんた見てたらもっと頑張りたくなったわ♪」
「…ふぅん。」
母からちゃんと褒められることはあまりなかったので、こういう会話をすると、なんて返事すればいいかわからず、あたしは素っ気ない返事だけをした。
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昼食を食べ終わり、あたしは自室へ歩いていた。何故か部屋が少し開いていて、また兄が勝手に漫画を取りに来ているのかと思った。
あたしはほんの悪戯心で部屋に静かに近寄り、勢いよく部屋を開けた。
(ガチャ…!)
「お兄ちゃん!女子高生の部屋に勝手に……あれ?何してるん?」
「………。」
暗い部屋の中にいたのは、弟だった。
弟は、漫画棚でも勉強机でもなく、何故かあたしの洋服タンスの前に座っていた。
「??どうしたん?」
「………。」
「なんか、服借りに来た?」
「………。」
(ダダダダっ…!)
急に弟が走り出して部屋を出ていった。
「あ、どうしたん?!なんか用あったんちゃうん?!!」
弟はそのまま何も言わずに自分の部屋へ帰っていった。
「なんなんよー?反抗期?」
そんなことを呟きながらあたしは部屋の電気をつけた。
「…あ。」
弟のいた洋服タンスの1番下と、そのひとつ上の引き出しが開いていた。その2つの引き出しに入れているのは、あたしの下着だった。
床には数枚のブラとパンツが散らばっていた。
驚きはしたものの、割とあたしは落ち着いていた。中学の時、父の部屋に忍び込んで見てはいけないものを発見した時のことを思い出した。弟は小5だ。少し早いとは思ったけど、物心がついてもおかしくはない。彼もまた、あの時のあたしのようにひどく怯えてるんじゃないだろうか。あたしにできることは何なのか、床に散らばった下着を拾い集めながら考えていた。
(キィ…)
「おい、漫画借りに来たぞー…って、何してんねん?」
「わっ!ちょっと!お兄ちゃん!部屋入る時はノックしてや!アホちゃうん?!」
「いや、ノックの前にドア少し開いてたし、別に良いかなと。」
「良くないわ!ぼけ!」
「……で、そんなに急にドア開けられて嫌なことでもしてたんか?……そんな両手に汚いもん持って。」
「き、きたないやと!??これは!女子高生の下着やぞ!羨ましがられてもおかしくないわ!」
「いや…お前の下着とか金貰っても欲しくないんやけど…。」
「う、うっさいぼけ!今タンス整理してたの!早よ漫画持って出ていって!」
「はいはい…。変なやつ。」
兄はそそくさと漫画を手に取って部屋を出ようとした。
「……お兄ちゃんはさぁ、」
「なんやねん。」
「……なんもない。」
「…あっそ。」
そのまま兄は部屋を出ていった。
家族には誰にも言えないと思った。
ただただ弟を傷つけたくない一心だった。そのためにどうすればいいんだろう。お母さんはあの時あたしを抱きしめてくれたけど、それはダメな気がする。だからって、このままにすると弟が心を閉ざしてしまうかもしれない。
彼があたしの下着を引き出しから出した理由を深くはわからないけど、きっと今は部屋から出たくないだろう。
あたしは弟の部屋の前に行った。
「……なぁ。」
(………。)
部屋の中で弟が泣いている声が聞こえた。
「…なんかお姉ちゃんの部屋に探し物あった?」
(………。)
「…あたしよく知らんけど、お姉ちゃんの部屋勝手に入ったらあかんよー?お兄ちゃんとも約束してるんやから。」
(………。)
「…なんか探し物あるなら一緒に探してあげるからね?…お姉ちゃんは、ずっとあんたの味方やから。」
(………。)
少しだけ咽び泣く声が大きくなった気がした。
あたしは、これ以上の言葉は出さずに自分の部屋へ戻った。
お読みいただきありがとうございます!
これはどこにでもある、何かありそうで何もない物語。
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とは言え、読んでいただけるだけで幸せです。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願いします。




