“攻め”と“守り”
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-アイダ ミユ-
あたしと同じ高1で、同じバスケ部。
入部当時バスケは未経験で、中学時代は陸上部に所属していた。陸上部では短距離走の選手だったみたいで、足がすごく速かった。
身長はそこまで高くなくて、部活内でも下から数えたほうが早いくらい。その分、女性的な柔らかい体つきをしていた。
コートネームは、たまたまその時週刊誌で連載していた影の薄い主人公のバスケ漫画に登場するキャラと同じ苗字だったため、そのままそのキャラの名前を取って“リコ”になった。当の本人はその漫画の存在さえ知らなかったみたいで、ずっと頭にハテナマークを浮かばせながらそのコードネームを受け入れていた。
性格は明るくて、誰に対しても優しい。どこか上品なのに、ノリも良くて部活内でのムードメーカーみたいな存在だった。彼女の笑った顔は、すごく素敵だった。
クラスは別だったけど、廊下を歩いている彼女やお昼休みに中庭で昼食をとっているところを見かけると、いつも必ず複数の友人達の中にいた。リコはあたしに気づくといつも笑って手を振ってくれた。
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高1の初夏。あたしがコーチを始めてから約3週間が過ぎた。夏に向かって日に日に気温は上がり、それに比例して体育館の温度と湿度は過酷さを強めていった。
「今日はここまでです!お疲れ様でした!ストレッチ忘れないでくださいね!」
(((お疲れ様でした!)))
その日の練習が終わった。あれからみんなは必死にあたしの教える練習についてきてくれて、疲労感は見えたものの1ヶ月前とは明らかに違う身のこなしと体力がついていた、と思う。
(パンパン!!)
「ごめん!帰る前にみんな集合してー!」
サワさんが部員に集合をかけた。横にはリコが立っていた。少し、いつもの雰囲気とは違っていた。
「よし、集まったね。みんな練習後にごめんな?今日ちょっとリコに相談されて…リコ、自分から言える?」
この空気感、胸騒ぎはきっと間違いない。
「……えっと、みんなごめんなさい!わたし、ちょっと練習についていけなくて…みんなは、もう休むことなく練習してるのに、わたしだけまだ休み休み練習してて…。」
やっぱりそうだ。
なんとなく気づいてはいたんだ。なのに、見て見ぬ振りをしていた。
あたしのせいで誰かが部活を辞めてしまう。それがすごく嫌だった。
「り、リコ!そんな、それはリコのペースで良いし、あたしも練習内容考えるから…!だかr…」
「ジジ。」
サワさんがあたしの言葉を遮った。
「確かに練習内容が一気に変わったのは、リコが今ここに立ってる理由のひとつや。でも、それはあんたのせいじゃない。私達が…ううん、私があんたにお願いしたことやから、責任は私にある。…でもな、だからって練習内容を楽にしていくのは違うと思ってる。」
「で、でも……」
「…ジジ…ごめんな?わたし、ただみんなと楽しく部活できたら良いなって思ってただけで…。それに、みんながついていけて、わたしだけついていけてないってことは…わたしが悪いよ。みんなの足を引っ張りたくないし、根性なかったわ…。」
「そ、そんなこと…!大丈夫やって!あたしがリコのこt…」
「ジジ!これはリコが悩んで決めたことや!駄々こねるな!」
「きゃ、キャプテン!駄々こねてるわけじゃないです!だって…あたしがいなかったら、リコはこんな思いしなくて済んだのに…」
泣き出しそうになって顔を下に向けた。
「……はぁーーー。あんた、ほんまコートの外やとヘタレで臆病者やなー。…リコ、最後まで話したり。この子泣いてまうわ。」
「そうですね、あはは。」
リコはあっけらかんと笑っていた。
「え…??」
「ジジ…ありがとう。あんたは本当に優しいね。やっぱり大好きやわ。……みんな聞いてください!わたし、練習にはついていけないけど、ここにいるみんなのことが大好きです!みんなと一緒に過ごしたい気持ちはあって、それをキャプテンに相談したら“マネージャーになれば”って言ってもらって。…プレイヤーは辞めて、女子バスケ部のマネージャーになりたいです!」
リコは、晴々とした顔で堂々とそれを言った。眩しいくらいにかっこよかった。
「そういうことやねん。みんなどうかな?」
“全然いいですよー!”
“残ってくれるん嬉しい!”
“リコいなくなるの寂しいもんな!”
“大賛成です!”
…………
……
「…ってことで、みんな賛成やけど、あんたはどうや、ジジ?」
「…え?あ、はい!!あたしも!大賛成です!」
顔を上げたあたしの頬には涙が伝っていた。
「あはは♪リコ、見てみや!やっぱりこの子泣いたわ!なー?言った通りやろ?」
「あはは!ほんまですね!……ほんまに、わたしなんかのために泣いてくれるんやね、ジジは…。」
リコはあたしを優しく抱きしめた。すごく柔らかくて、温かかった。
「リコぉー。リコだって泣いてるやんか……」
「あんたがこんなことで泣くからやろー?…あんたのこと嫌いになる人なんてここにはいないんやから、安心しなさい!」
「うぅー…リコぉ…離さんからなぁー。」
あたしはキツく彼女を抱きしめ返した。
「ぐえっ!?痛い痛い!!誰かこの子離してください!!背骨折れるー!!」
マネージャーを歓迎する拍手と、あたし達のやり取りを見て笑う声が体育館に響いた。
その場が解散して、みんな帰っていった。あたしはひとり体育館に残って、シュート練習を繰り返していた。
「いっつも練習の後にひとりでこんなことしてるん?」
体育館の入り口から声がした。その声の主は、リコだった。
「リコ…うん。あたし、シュート下手くそやから、みんなでディフェンスした後、攻めはあたしがなんとかしないとあかんしね。」
「あんなキツい練習した後によくそれだけできるわ。やっぱり、あんた変やわ、ふふっ♪」
「へ、変ちゃうし!」
あたしはボールをカゴに入れて片付けを始めた。
「マネージャーって何すれば良いんかわからんのよねー。」
そう言いながら彼女はあたしの押しているカゴを一緒に押して体育倉庫に向かってくれた。
「んー。なんなんやろ?あたしもあんまりわからないけど、イメージするのは、水分の管理とか、スコアつけたりとか?」
「そうやねー。」
「あ、あと!漫画やとレモンをハチミツにつけたりとか!?」
「あーあはは♪そんなのもあるね!」
あたし達は倉庫に入ってカゴを定位置に置いた。倉庫の中は暗くて、体育館のメインフロアから差し込む光が強く差し込んでいた。
「ふーっ、ありがと。んー、後はケガ人とか、選手の管理みたいなのもあるんかな?そんなん自分でしたら良いと思うけど!あはは!」
「…そっかぁ…。」
そう言いながらリコは倉庫の扉を少しだけ閉じた。
「何してるんよ?倉庫の中に泊まる気?あはは!」
「ジジ……」
(ぎゅう…)
リコがまたあたしを抱きしめた。
着替えの終わったリコの制服からは、制汗剤の香りがしていた。
「え…?どうしたん?さっきの続き?あたしまだ練習着やから汗臭いで?」
「…いいの。これがマネージャーの仕事なんやろ?」
「え?」
「…ジジのこと癒すのも…マネージャーの仕事やの!」
「……?」
「……なんでも良いからわたしのことも抱きしめてよ。」
「う、うん。」
(ぎゅう…)
中学時代、ソラとしていたハグを思い出した。あたしの中に生まれたのは、その時のソラの感情だった、と思う。
「…もう少し強く。」
「だって、リコさっき“痛い”って言ってたやんかー?」
「いいの!…痛いくらいだきしめて。」
彼女はあたしに顔を見えないようにして、そう言った。
(ぎゅう…!)
「ぐえっ!」
「ほらぁ!」
「あはは♪」
彼女は笑いながらあたしの背中を跳び箱の側面に押し当てた。
「なぁ、ジジ?」
「え、え……?」
「…あんたは“攻め”と“守り”、どっちが好きなん?」
暗くてもわかるくらいに赤くなった顔でリコが口にした言葉の意味が、バスケを示しているものではないことは理解していた。でも、本当の意味はわからなかった、気がする。
「え……えっと…何のこと?」
「……意地悪なんやね?」
「り、リコ!いつもと違うよ?どうしたん?」
「…どうかさせたのはあんたやよ。」
「え……んっ!」
突然、彼女はあたしにキスをした。




