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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
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アメリカンチェリーはさくらんぼなのか




--17-




小1の初夏あたり。初夏というには少し早い時期だったけど、もう我が家は衣替えを済ませていた。家の中にはこどもの日に備えて鎧兜が飾られていて、兄はその中にあった玩具の刀をこっそり持ち上げてあたしによく切りつけていた。親にバレてあたしまで一緒に怒られた。


小学校に入学したばかりのあたしには、学校行事の“オリエンテーション”が明日に迫っていた。

あたしの小学校では、当時小1から小6まで全員の仲良しを目的として登下校や朝礼で行われるレクリエーションの際に“班”が設けられていた。この“班”には小1〜小6まで各学年の生徒が必ず1名入っていて、約6名のグループを作っていた。小6がリーダーを務める。

登下校、その班で集まって帰ることを目的ともしていたため…というか寧ろこっちが学校側の本当の目的だったのかも知れないけど、その為基本的に小学校の中でも取り分けご近所さんの人と一緒の班になることが多かった。


もちろん、あたしもその班に所属していた。たしか、5班だった気がする。


メンバーはあまり覚えていないけど、小6の先輩のことはよく覚えている。髪が短くて、背が高くて少し猫背。眼鏡をしていて、目は恵比寿さんのような細い垂れ目というか、細目で目尻が下に垂れて常に笑っているような表情だった。真剣な顔も怒った顔も見たことがなかったけど、その笑顔が印象的で、なんとなく安心感があった。彼はあまり冗談を言ったりするタイプではなかったけど、後輩の面倒見は周りでも群を抜いていて人望があった。




オリエンテーションの日を迎えた。

“オリエンテーション”というのは、学校全体で行く遠足のようなものだった。遠足といっても遠くに行くわけではなくて、学校から歩いて30分程度のところにある大きめの公園に行くだけのものだった。

オリエンテーションでは、班ごとの活動が義務付けられていた。本当は同級生と遊びたかったけど、学年の違う者同士でアスレチックに行ったり、柔らかいボールでキャッチボールをした。あたしは人見知りで、まだ出会って1ヶ月にも満たないこのメンバーと上手く話せるか不安だった。ねも、近くの班にいた兄があたしのことをみんなに詳しく紹介してくれたおかげで話しやすい環境ができた。兄はあたしのことをよく煙たがってはいたが、要所要所でいつも助けてくれていた。あたしはすんなりと班に溶け込むことができた。



今日は特別なことがもうひとつあった。お弁当の持参だ。

幼稚園の頃から給食で、“お弁当を持っていく”ということが生まれて初めての体験だった。お母さんがあたしのために作ってくれた初めてのお弁当を開けること、食べることがあたしの今日の一番の楽しみだった。


お昼になって班ごとにレジャーシートを敷いて座った。その日も夏に近い気温を記録していたので、どの班も木陰にシートを敷き、根元に隆起する木の根っこの不安定さに文句を言いながら座っていた。

5班もシートに座り食事の準備をした。木漏れ日が少し眩しかったな。

あたしは忘れずに持ってきた角張った巾着袋をリュックから取り出し、その中からお弁当箱を取り上げた。

あたしの目はたぶんキラキラしていたんだろう。あの日の光景は今もしっかり覚えている。

箱を閉じ込めているゴムを外し、開封した。彩り豊かなお弁当がそこにあった。あたしがイメージしていたお弁当そのものだった。唐揚げに卵焼き、ほうれん草のお浸しと無惨に剣を脳天に突き立てられたタコさんウインナー。今みたいなキャラ弁のような文化は無かったし、他の人が見て可愛いかどうかは分からないけど、あたしにとっての最上級のお弁当が目の前にあったんだ。


お母さんに感謝しながら、班のみんなで“いただきます”をした。あたしはお弁当を食べた。当たり前のように美味しかった。母も祖母と同じく料理上手で、母の焼いた卵焼きは甘くて好きだった。


食べ進めていくとおかずに隠れていた“デザート”が隔離されていたことに気づいた。あたしはあまり見慣れないそのフルーツの持ち手らしき部分を指で摘み上げた。


「あー、それアメリカンチェリーやねー。美味しそう。」


あたしの不思議そうな顔を見たのか、小6の先輩がお箸を持った手で眼鏡をくいっと上げながら、いつもの笑った顔でそう言った。


「あめりかんちりー?」


「チェリー。んーとね、さくらんぼやね!」


先輩はあたしに教えるように顔を見て話してくれた。でもあたしは受け入れられなかった。

あたしが知っている“さくらんぼ”とは、遥かに大きさが違っていた。さくらんぼは、もっとこう…赤くて小さくて可愛い感じのフルーツ。これは…遠目では似ているけど、赤黒くて、デッカくて、全く可愛くなかった。


「これさくらんぼ?」


「んーさくらんぼの仲間かな?」


「えー、こんなん仲間ちゃう。」


「そんな、可哀想なこと言ったらんといてよー。美味しいよ?」


「好きなん?これ。」


「え?ぼくは好きやで。」


「…あげる。」


「え?いらんの?」


「…うん。」


「嫌いなん?」


「嫌いちゃうけど、いらんの。」


「えー?ありがとう!じゃあぼくからも、、これあげるね。」


先輩はゆっくりとあたしのお弁当箱から“デカグロさくらんぼ”を全て取り出した。そして、その空いたスペースにウサギが形取られたリンゴを置いた。


今まであれだけ華やかな気分だったのに、なぜか急に心に霧がかかったようだった。小さな悪魔が頭の中をくるくる回っていた。


そのままお弁当を食べ進めた。先輩は“美味しー!ありがとうね!”と、何度もソレが美味しいことをあたしに伝えようとしていた。


「…いらんもん。」


あたしは昔から頑固者だった。

それに彼がくれたリンゴは美味しかった。口の中でウサギが雪になって(ほど)けていくような、柔らかい食感だった。その美味しさで心の霧が少し晴れたような気がしていた。


オリエンテーションはその後何事もなく無事終了し、班はそのままいつもの通学路を歩いた。今日の思い出話や今夜のアニメの話で盛り上がっているうちに、1人、また1人と分岐して行った。

あたしの家は小学校の学区の中で1番遠い所に位置していたので、先に周りの生徒達が分離して帰っていくのをいつも見届けていた。最後の分岐点であたしと、更に奥の方に家がある小6の先輩は挨拶をして別れ、そのまま歩いて30秒程で家に着いた。



家の鍵は開いていた。



「ただいまー。」


「おかえりー。オリエンテーション楽しかったー?」


母のいつもの声がキッチンから聞こえた。水の流れる音も聞こえていて、たぶん洗い物をしているんだろう。

あたしは靴を脱ぎ捨ててキッチンに向かった。


「うん、楽しかったー!」


「そー?!良かったねー!みんなとちゃんと話せた?」


「うん、お兄ちゃんが手伝ってくれて…」


「そうなんー?!あの子さっき帰ってきてすぐ遊びに行きよったわ!そんなことひとつも教えへんのやからねー。そっかー。…お兄ちゃんにちゃんとお礼言わないとね!」


母は優しく笑っていた。なんとなく、兄の優しさと、それをいつも隠そうとする不器用な所が可愛かったんだろう。わかる。あたしも好きだったから。


「あー、そうそう!さっきあの子お弁当箱雑に置いて出て行きよったんよ。それで今洗ってたところなんやけど、あんたも出してくれる?一緒に洗っちゃうから。」


「あ、うん!」


あたしはリュックサックを背中から前に回して中に手を入れ、お弁当箱を探した。


「ちゃんと全部食べたかなー?」


母は子ども番組のうたのおねえさんみたいな言い方で質問した。

あたしは言葉が詰まった。


「…うん。」


母の顔を見れなくて、リュックの中のお弁当箱はもう手に掴んでいたのに、探すフリをしながら返事をした。


手に取ったそれを母に渡すと、すぐに解体作業が行われた。


「あら、ちゃんと食べてるやんかー。よく全部食べたね!美味しかった?」


「うん。美味しかった。」


母が作ってくれた生まれて初めてのお弁当を、あたしは全て食べることなく、他人に差し出し、挙げ句の果てに「全て食べた」と嘘を吐いた。

罪深いことをしたような感覚だったんだ、と思う。母の愛を踏み躙ったような、母があたしのためにお弁当を作っているところを想像すると、涙が込み上げてきた。“なんであの時ちゃんと食べなかったんだろう、人にあげたんだろう”と、ずっとあたしのトラウマになっていた。


子どもの頃から好き嫌いがあまりないあたしだけど、アメリカンチェリーだけは“自分が食べるべきもの”だと確定するまでは避けるようになった。普通に食べることも出来るし、味も嫌いじゃないんだけど。

アメリカンチェリーがお弁当に入っていたのは、あの時の一回だけたった、と思う。








二十歳を超えて、自宅で母と2人でお酒を飲む機会があった。母が何気なく小皿に数個入れたアメリカンチェリーを置いた。


「え?お酒に合う?!これ。」


「ふふ。柑橘系のお酒多いんやから、合わんわけないやろ?」


「あー、確かにー…」


「…あんたさ、なんでこれ苦手なん?」


母はニヤニヤしながらあたしに訊いた。


「え?!なんで?あたし苦手とか言ったことないけど?!別に嫌いちゃうし。」


「嫌いちゃうのはわかるよー。普通に食べてるし。あんたお母さんより好き嫌い少ないやん。でも、これ苦手やろ?今も苦手なん?」


母はなぜか嬉しそうだ。


「嫌いと苦手って違うものかなー?」


「苦手やん。小学校の頃から、これ見る度に悲しそうな顔してたやんか。」


「あー…」


母には何でもお見通しだったようだ。あたしは母に今更ながら小1のオリエンテーションの日のことを打ち明けた。


「…ってことやねん。だから、あの時あたし、嘘吐いちゃったんよね…」


あたしはグラスを回しながら話を終えた。


「……くくくくっっっ…………あーはっはっはっ!!!」


ずっと我慢していたのか、母はダムが決壊したように大声で笑い出した。


「ちょ…失礼じゃない!?人が言いにくい過去を打ち明けてるのに!」


「あーははは!ごめ、ごめんごめん!ふふふ…だって、、あんた、、それただのデザート交換やんか………ククっ!そんな、真剣なかお…で…クク……さも、さも大切なエピソードみたいにお酒のグラスまわしt………あーはっはは!」


お母さんはかなりツボに入ってしまったらしい。その後あたしがどれだけ怒っても、いや、むしろ怒れば怒るほど更にツボに入っていた。最後に“親を笑い死にさせるな”と言われたところで、あたしも根負けして笑った。そして、目の前のアメリカンチェリーを全て口の中に入れた。


そして大きな種を三つ四つ小皿に出して母に笑って言ってやった。





「なんやこれ、ただのさくらんぼやんか!」





お読み頂き有難うございます。

この物語は、何かあるようで何も無い物語です。のんびりと読んでいただければ幸いです。

もし気に入っていただけたら、ブックマーク、広告下の評価に星をつけていただけると幸いです。

とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。

これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。

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