白い息は煙のように
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中3の冬。その年は例年に比べて寒さが厳しく、あまり雪の降らないあたしの街にも何度も雪が降った。
年が明けると、兄の勉強はさらに過激さを増した。大晦日も正月も全て返上して兄は勉強していた。同じ受験生だったあたしは、少し後ろめたい気持ちになった。
秋口に担任に志望校を提出すると、“南山高校ならお前の内申点でだいぶ優位になれる。油断しなければ十中八九合格できる”と言われた。
元キャプテンには家を訪ねて事情を話した。彼女はすごく残念がりながらも“それはしゃあないよな”と言ってまた大会で会う約束をした。
3月の受験まで、まだ少し時間はあった。
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中3の1月頃。兄がセンター試験と、受験慣れのために私立大学の受験をした。受験慣れのためだけに、関西でも有数の大学を受ける兄をすごいと思っていた。
「私立は受かっても行くつもりはない。滑り止めにするつもりもないから。」
兄は親の顔を見るたびにそんなことを何度も言っていた。兄はあまりしつこいタイプではないのに、その時はかなりしつこく感じた。
それは2月中頃、平日の夕方だった。
あたしは学校から帰って部屋で勉強していた。リビングの方から揉めている声が聞こえた。少し耳を欹てた。
「なんでやねん!」
「そ、そんな怒らんといてよ!お母さんはあんたのためにね?!」
「なんでおれのためやねん!おれは私立には行かんって何度も言った!こんなことするんじゃないかって嫌な予感したから……何度もしつこく言ったよな?!」
「だ、だって!せっかくいい大学受かったんやし!もし国立落ちだ時、気が変わることもあるかもしれへんやんか?」
「だから、なんで国立落ちたことばっか考えてんねん!ずっとおれのこと信じへんよな!?いい加減息子の言うこと信じろや!」
「そ、そうは言ってもね!どれだけの倍率やと思ってるの?!!100%受かるなんてない以上、無理やった時のこと考えるのはお母さん達の仕事やの!」
「私立には行かんって言ってる。落ちたら1年バイトしながら浪人するって言ったよな?!行かない大学に入学金の何十万円も払って、何が親の仕事やねん!!そんな金あるならあいつ赤川に行かせられたやろ!!あいつの気持ち考えたれや!!誰のために行きたい高校諦めたと思ってんねん!!」
「そ、それは……あの子は女の子やからな……?」
「…いつも男とか女とかで分けへんくせに、都合のいい時だけそんなこと言い出すんやな。それが親の仕事か?信じられへんわ。」
「ちょっと!親に対して大きい態度取りすぎちゃうの?!何様のつもりなんよ!!……………」
兄が珍しく憤慨していた。
内容はなんとなく理解できた。兄が受験慣れのために受けた大学に受かったんだ。兄は、親が国立大学を落ちた時のために、その私立大学に高い入学金を払うことを危惧して、それであんなにしつこく釘を刺していたんだ。
兄が国立へ受かってもその入学金は私立大学のもの。落ちても兄がその大学に入学しなければ入学金だけを大学にあげたようなもの。高い入学金を親はドブに捨てた。あたしのために払うお金はなかったけど、割と我が家は貧乏ではなかったみたいだ。
(ガチャ……)
「…2人とも、家中に響いてるで?あはは…。弟もきっと部屋で震えてるわ。」
「あんた…」
「お前…」
2人は一気に声のトーンを落とした。
「……お兄ちゃん、ありがとう。あたしのために色々考えてくれてたんやんね。あたしはお兄ちゃんが兄貴で良かった…。お兄ちゃんは我が家の有望息子なんやから、お母さん達はいくらでもお金かけたいんよ。分かってあげてや。どうせお兄ちゃんなら国立も簡単に受かると思うしさ!!あはは!」
「……おう。」
「……お母さん、ごめんね?元々、あたしが私立行きたがらなかったらこんなことにはならんかったよね…。あたし、お兄ちゃんみたいに頭良くないから、なんか自分の好きなこと見つけて、それ仕事にして早くこの家の役に立つからさ!弟の学費くらいあたしが払えるように稼ぐね!あはは!」
「……あんた……。」
「……もうー、2人共やることあるんやろ?!お兄ちゃんは勉強!お母さんは夕飯作ってよ!お腹減った!!」
「……せやな、すまん。母さんも、ごめんなさい。」
「……そうやね。お母さんの方こそごめんね、勝手なことして…。」
「はいはい!解散解散!はー、……あ、ごめんお母さん、ソラに借りてた参考書返しに行かなあかんの忘れてたわ。それだけ返しに行ってくるね?」
「…え?もう外暗いから明日にしときなさいよ?」
「今日返す約束してたんよー。返さな怒られるー。30分くらいで帰れると思うから!行ってきます!」
「……いってらっしゃい、気をつけや。」
家を出てから何も持っていないことに気付いた。お母さんにも気付かれたかな。
あたしは母に嘘を吐いた。1人になりたかったんだ。
雪がチラホラと降ってきた。積もることはないだろうけど、傘を持って家を出たら良かったな。
あたしが吐いた白い息は空に向かって姿を消しながら昇っていった。
雪が降ると、なぜだか町の喧騒が少しだけ落ち着くような気がする。あたしも白い息みたいに、手のひらに落ちた雪みたいに簡単に消えてしまえたら、お母さんとお兄ちゃんはあんなケンカしなかったのかな。親に期待されていないあたしなんか、いない方がよかったのかな。
手のひらを眺めながらそんなことを考えていた。
「………ダーレダ?」
懐かしい声が後ろから聞こえた。その声の少し後に、ふわふわの手袋をはめた左手があたしの左頬に優しく当たった。
「……そこはほっぺたですよ?隠すのは目です。…マコ先輩。」
「……ほぉん。」
振り返ると、見慣れない制服を着てショートカットになったマコ先輩が、右手の傘をあたしの方にも入るように少し前に出していた。
お読みいただきありがとうございます!
私が眼を少し患っておりまして、誤字脱字等注意しているのですが多くなってしまいがちです。読み辛かったら申し訳ありません。気軽にご指摘して頂けると大変助かります。
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