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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
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ムカつく




-10357-




ルイがこの中学から姿を消した日の放課後、あたしは担任から呼び出された。



「まだ提出できへんか?お前だけなんや、プリント出せてないの。」


「すいません。親になかなか相談できなくて…。」


「そうかー。先生は、お前なら赤川も狙えるとは思うけどな。あとは親御さんがOKくれるかやな。まぁ赤川じゃなくて公立でも、今のお前の成績なら狙えるところは多いし、今週中に親と話して、決められるか?」


「はい…。頑張ってみます。」


「よし!まぁ元気出せ!お前らしくないぞ?!」


「……先生、」


「お?どうした?」


「ルイ…、コバヤカワって、本当に転校したんですか?」



職員室の中の雰囲気が微妙に変わった気がした。



「コバヤカワ?別のクラスの男子やろ?先生はあんまり知らんけどなー。急な転校って話は、そのクラスの担任から聞いたぞー。」


「…そうですか。」


「そうか、お前はコバヤカワと同じ小学校やったな。挨拶ないと辛いよなー。わかるぞー。まぁ、どこ行ってもコバヤカワなら上手いことやるやろうな!成績も良かったし!」


「…ですね。」


「そんなことより!まずは自分のことやぞー?早く帰って親御さんと話してきなさい!はは!」


「…はい。ありがとうございます。失礼しました。」


あたしは職員室を出て少しそのままドアの前に立った。



(先生、今の子…)

(そうですね、彼女も例の教師の教え子です)

(じゃぁ、、)

(いや、あの子は関わってないはずです)

(でも…)

(僕を信じてください。彼とあの子は無関係です)

(じゃぁなんで彼女は転校を疑ってたんですか?)

(先生…あまり僕のクラスの生徒を疑ってやらないでください。彼女は無実です)

(う、疑ってなんて…!ただ、もうこれ以上事が大きくなったら私達だけじゃ…)

(それは…………)




あたしはその辺りで家に帰り始めた。

担任の先生は、あたしを必死に守ってくれていた。あたしを“無実”だと言っていた。

つまり、有罪の誰かがいる。

そうじゃないと、そんな発言が出ることはないんだ。


そして、その“誰か”の予想は簡単についていた。




帰りにルイの家の前まで行ってみた。

“コバヤカワ”の表札は取られていて、人が住んでいる気配がなくなっていた。




あたしの知らない世界で、知らない間に何かが動いて、誰かが傷ついて傷つけて。そう考えると、頭がおかしくなりそうだった。




家に帰ると、母はいつもと同じようにフライパンを振っていた。


「おかえりー♪今ちょうどご飯できるところやから、手洗って待っとき!」


「あー、うん。」




「…ただいまー。」


兄も珍しく早めに帰ってきた。


「あら、珍しい。早く帰るなら連絡しなさいよ!ご飯、お兄ちゃんの分も用意せな!」


「あ、おにぎりとかでいいから。おれは部屋で勉強してるから、後で適当に取りにくる。」


「そんなこと言わんとー!そしたら、おにぎりとお味噌汁作って部屋に持って行くから。勉強してなさい。」


「…わかった。ごめん。」



兄はそう言ってそのまま自分の部屋に歩いていった。



「はぁー。お兄ちゃんもあんたくらいわかりやすかったら楽やのにねー。」


その言葉は明らかにあたしに向けられた言葉だった。


「あ、あたしってそんなにわかりやすい?」


「わかりやすいよー。お腹減ったらすぐ言うし、しんどがったらすぐ顔に出るからねー。」


「…そっか。」


「とりあえず、あんたの分のご飯はもうできるからそこで待っててー。」


「…はーい。」




母が作った野菜炒めと味噌汁とご飯を食べていた。


母は、兄の分のご飯をせっせと作っていた。



「…なぁ、お母さん。」


「んー?どうしたん?」


「…あたし、志望校、赤川にしようかなって、思ってる。…あかんかな?」



その言葉を聞いて、母の手が遅くなった。



「……赤川高校に行って、何するん?」


「それは…」


「バスケやろ?」


「……うん。」


「…バスケして、あんたは何になるつもりなん?」


「何って…」


「…バスケするためだけなら、他の高校でもできるでしょ?」


「……でも…」


「プロの女子バスケの選手なんて、もっと身長ないとなれないんちゃうん?」


「……そんなん知ってる。」


「なら、別に強豪のとこ行っても変わらんやろ?お兄ちゃんは今大事な時期なんやから。」



母はそう言って、兄の分のご飯を完成させた。

エプロンで手を拭きながらあたしのそばに母が歩いてきた。



「あ、あたしだって大事な時期やんか!」


「…あのね、…あんたは女の子やから、学歴が少し低くても、誰かと結婚して幸せな家庭を持てる。でも、お兄ちゃんはいっぱい勉強して、ちゃんとした大学に行かなあかんの。分かる?」


「…分かる、けど…そのためにあたしが行きたい高校諦めなあかんの?」


「…そういう時もあるの。理解してくれへんかな?」


「……。」


少しの間、沈黙が続いた。



「行きたいとこ行けばええやん。おれは国立行くから、そしたら学費は安くなる。高校で私立行かせてもらったし、国公立しかおれは行く気ないよ。」


兄がのそのそと、リビングへ来ておにぎりと味噌汁に目をやっていた。

母は少し戸惑っている様子だった。


「な、なんでそんなこと言うの!お兄ちゃんは、私立でもいいから学歴高いところ狙って勉強してるんやろ?!」


「ん?あれ?おれは元々国公立狙うって母さん達に言ってたやろ?」


「それはそうやけど…簡単に国公立なんて行けるかわからんやろ?」


「…そんなに自分の息子が信じられへん?」


「……。」



兄が母を言いくるめていた。



「…お前は好きな高校行けよ。おれは国立受かるから、そしたら好きなところに行って、好きなことしたらいい。そうじゃないと、不公平やんな?」


「え……?」


「…おれは長男やからって理由で好きな学校行かせてもらってる。やのに、お前が女やからとか、そんな理由でおれに遠慮して行きたくない高校に通うとか、嫌やろ?」


「……うん。」


「なら、自分が行きたいところちゃんと父さんと母さんに言え。お前がそんな感じやから、母さんもそう言うしかなくなるんや。」



そう言って兄はおにぎりと味噌汁を持って自室へ戻って行った。


兄が部屋に入ったドアの音を確認した後、母は声量を落として話し始めた。


「……お兄ちゃんはあんなこと言ってるけどね、もしかしたら浪人するかもしれへんの。」


「……。」


「浪人したら1年分の生活費も、予備校のお金もかかるの。あんたなら分かるよね?」


「……分かった。お母さん達はお兄ちゃんに期待してて、あたしには何も期待してないってことは、よく分かった。」


「なんでそんな捻くれた解釈するん?あんたはそんな子ちゃうやろ?」


「もういいよ。あたしは赤川に行きたい。先輩達が待ってくれてる。…でも、先輩達をあたしの手で負かすのもいいかなって思ってる。お母さんがそう言うなら、あたしは公立にする。」


「…そう?あんたがそれで納得してくれてるんならいいんやけど…。」


「納得は…今はしてないよ。でも、これから納得する。公立でバスケ強いところに行く。それならいい?」


「…あんたの今狙える学校の偏差値下げても、そっちがいいの?」


「うん。」


「……分かった。それであんたの気が済むんならそれでいいよ。」




少し疲れが見えた母にあたしは“ご馳走様”の声だけを掛けて、食器をシンクに浸けて兄の部屋に行った。



「…なんや?」


「あたし、公立行くことにしたから。」


「……そうか。」


「じゃ。それだけ。」


「………ムカつくよな。」



部屋のドアノブに手をかけた時に、兄はそう言った。



「…え?」


「産まれたのが早いか遅いか、男か女かだけで、自分の人生の道が狭くなるなんて、逆の立場ならおれもお前とおんなじ気持ちやわ。」


「……。」


「…でも、そうなった以上受け入れるしかないよな。おれはお前が楽に道を選べるようにしたかったんやけど、頑張っても母さん達はおれが受かるとは少しも思ってくれへん。」


「……。」


「…おれがもっと余裕で国立狙えたら、こんなことにならんかったのにな…。すまんな。」



兄があたしに自主的に謝ったのは、これが初めてだった、と思う。



あたしは何も返事をせずに自分の部屋に戻った。鞄からプリントを取り出して空いている志望校の欄に、今のあたしの成績と比べると1ランク偏差値を下げた南山高校の名前を書いて、そのままベッドに横になった。





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