あたしは何も分からなかった
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周りに遮るものがない見晴らしのいいパラダには、新鮮な秋風が冷たく頬を撫でていた。
「………モダが捕まったこと聞いたんか?」
「うん…リリから。」
「…そうか。まぁ、小6同じクラスやったやつらには遅かれ早かれ絶対に伝わるやろな。」
「…リリからその話を聞いた時な、モダのことよりなんでかあんたの顔が浮かんだんよ。」
「へー。そんなにおれはモダと仲良く見えたか?」
「そういう意味ちゃう!なんかあんた小6の時、変やったやん!」
「変?」
「だって、モダが謹慎する前はあんなに楯突いてたのに、謹慎明けてみんながモタのこと本気で避け出した時、あんただけモダと仲良くし始めて…。みんな気にしてたんやで?」
「……あぁ、あの時な。まぁ、モダが可哀想やったから…とか言ってもお前は納得せんよな?」
「するわけない!モダとそれからずっと関わっていたかは知らんけど、あの時のことか、聞きたい!今なら話せるやろ?!」
「……せやな。」
彼は椅子から立ち上がって、あたしの方に少し近寄った。
「モダが逮捕されたのは、おれが関わってる。」
「………。」
「もっと言えば、小6の時モダが謹慎受けたのも、おれがPTAに言った。証拠を持ってな。」
「証拠?」
「…おれの親父、ライターの仕事してんねん。いろんな人にインタビューする時な、後で文字書き起こすようにレコーダーみたいなんに録音するんよ。親父が休みの日、おれはそれをこっそり借りてモダがぶち切れだタイミングで録音を開始した。それをPTAに持って行った。そういうこと。」
「そんなことしてたん…。」
「その後、クラスのみんながモタのことを避け始めたのは好都合やったな。そういう時って、立場上あいつは文句言えないから、仲間がほとんどいなくなった。おれがあいつと仲良くしたら、あいつはおれのこと本気で信用するやろ?」
「…何言ってるん?」
「小学校の卒業式にあいつに“卒業してからも先生と話したい”って言ったら、喜んでメールアドレスくれたわ。」
「…ちょっと、」
「おれは2年間、週に2、3度は家のパソコンであいつと連絡取り続けたんや。始めはおれの作り話の悩みを話してたんやけど、段々とあいつの悩みとか愚痴とかを話すことが多くなってきてな。」
あまりにも淡々と話す彼がすごく怖かった。
「おれはあいつの今担任してる学校のクラスの情報を調べたら、友達の妹がおったんや。友達に連絡してその子に会わせてもらって、夏休み前に“実行”した。」
「…“実行”って…?」
「絶対誰にも言うなよ?」
「……うん。」
「モダに“先生のこと大好きな生徒がいるらしいですよ。僕の友達の妹なんですけど”ってあいつにメールしたら、スッゲェ喜んでたわ。アホみたいに。」
「………。」
「モダは一応謹慎受けてからは生徒との距離を考えてたからな。“その子にならいいんじゃないですか?距離感なんて生徒によって変えれば”って言ったら、中学生のおれの言葉に深く感心してたわ、あいつ。」
「……それでモダは……。」
「そうや。妹さんに“身の危険を感じたらすぐに誰かに助けを求めろ”って言ったら、2日後にはモダは逮捕されたよ。…妹さんには少し悪いことしたけど、その子もモダのこと元々嫌いやったらしいから、笑ってたわ。」
「……なによ、それ…。」
あたしは、彼がモダのことを何か知ってるんじゃないか、謹慎の時、何か裏でしてたんじゃないか、くらいにしか考えていなかった。
想像していた以上の答えが彼の口から出てきたことで、あたしは酷く怯えてしまった。
「2年間我慢して連絡取り続けた甲斐があったわ。もちろん親に見られへんようにメールは消してたし、モダにも“卒業した男子生徒とずっと連絡取り続けるのバレたらまた変な噂立つかもしれないから、消したほうがいいですよ”って言ったらすぐに対応してくれたわ。だから、多分証拠はない。」
「…な、なんでそんなことしたんよ?逮捕させるほど、あいつのこと憎んでたん?」
「……まぁ、おれもムカついてはいたけど、どちらかと言えば…“あの子”への罪滅ぼしかな。」
「あの子って?その、妹さん?」
「違うわ。お前、忘れたんか?ランちゃんに決まってるやろ?」
その名前が出た時、胸を深く抉られた気がした。あたしが固く閉ざしていた“ランちゃん”という存在。中学生になってからも、一度も学校へ来ることが無かった彼女を、あたしはどこかで風化させていた、と思う。
「ら、ランちゃんのことならあたしだって覚えてるよ!」
「ランちゃんからどこまで聞いた?」
「……え?」
「ランちゃん、お前には話すって言ってたんやけどな…。」
あたしは、彼女と最後にした会話をすぐに思い出した。確か、彼女は彼の名前を出して何かを言いかけた時、あたしは雰囲気の違う彼女に畏怖して逃げるように帰ったんだ。
「え?し、知らんよ。聞いてない。」
「そうか…まぁ、今の感じ見てたらわかるわ。…なら言えへんかったんやろうな。」
「なんの話?」
「……もう今やから話すけどな、ランちゃんが初めてモダから怒鳴られた時、保健室におれが連れて行ったやろ?」
「連れて行ったって、あんたがお腹痛いとかなんか嘘吐いてランちゃんに保健室連れて行ってもらった時?」
「そう、それ。その時な、ランちゃんに約束してん。“絶対にモダに仕返しするから”って。“無理に学校に来なくていいと思う”ってことも言った。」
「は、はぁ?」
「おれはそれからモダをどうにかできないか必死で考えたんやけど…正直にいうと、おれもあいつが怖くてな、行動に中々起こせへんかった。」
「なに、それ……。」
心臓が高鳴っているのがわかった。できればすぐにでもこの場から立ち去りたかった。
「情けないよな……。それで、ランちゃんがお前と久しぶりに登校した時…覚えてるやろ?」
「………うん。」
「…あの時のことは、お前にとって嫌な思い出やろうけど、おれには必死でモダからランちゃんを守るお前がすごくカッコよく見えたんや。……2人でランちゃんを保健室に連れて行った時のこと覚えてるか?」
「………うん。」
「あの時、お前途中で歩くのやめたやろ?…たぶんランちゃんから“嘘吐き”って言われたんちゃうか?」
彼は閉ざしていた箱の中にあるもっと深い箱までどんどん開けてきた。
「………う、うん。」
「あれな、お前に向けた言葉ちゃうねんぞ?」
「……え、、?」
「あれは…約束守れなかったおれに向けた言葉やねん。保健室入った後、ランちゃんめちゃめちゃ泣いてて、おれに何回も“嘘吐き”って…あんまり思い出したくないな。」
頭の中がパニックになっていた。
「え、え?どういうこと?」
「ランちゃんはお前のこと嘘吐きなんて思ってないねんって。むしろお前のことめっちゃ好きやったんや。お前は戦って守ってくれたのに、おれは逃げただけやって……何回も言われた…。それでな、おれは本気で行動することにした。」
「……。」
「お前、あれからあんまりランちゃんの家にプリント持って行かんようになったやろ?そのプリント、おれが届けに行っててん。たまに家に入って話したりゲームしてたりしてたら、お前のことよく話してたわ。お前は“ゲーム下手やのにいつも本気で楽しそうにするから一緒にいて楽しい”とか、“何も気にしないで話してくれるから嬉しい”とか。…その頃、お前様子変やったやろ?そのことをランちゃんと話してたら、たぶんあの時、“嘘吐き”って言ったのを、自分が言われたと思ってるんじゃないかって話になって。おれから言おうとしたら、ランちゃんが“大事な友達やから自分から謝りたい”って言ってさ。お前がプリント持って行ってた時にランちゃんに聞いたと思ってたわ。気づかんくて悪かったな…。」
あたしは何も言葉を返せなくて、涙がボロボロ溢れていた。
その涙は、あの時“嘘吐き”と言われたわけじゃなかったことが分かった安堵感なのか、勘違いしたまま何年もランちゃんを心の中に閉じ込めてしまった罪悪感か、ランちゃんが自分を“大事な友達”と思ってくれていた嬉しさか、それを無下にしてしまった悔しさなのか、何も分からなかった。
「で、その謝罪をする時に、おれがモダに復讐する計画も話してもらおうと思ってたんよ。ランちゃんはな……モダのことを本気で憎んでた。そりゃそうやんな。あいつのせいで人生滅茶苦茶になったわけやから…。ランちゃんはモダを◯したいって言ってたけど、それはさすがにまずいから、“モダのために自分の人生を棒に振るようなことはしたらあかん”って言ったんや。その代わりに“あいつの人生も滅茶苦茶にしてやろう”って……。長い時間かかったし、おれももうランちゃんとなかなか連絡は取れないから、届くか分からんねんけどな……あの子に届いてくれたらと思ってる。……こんなことしても、もうたぶんランちゃんは学校に来られへんやろうけどな。あれだけ心を閉ざしちゃったら…。」
「あ、あ、あたしは……なんで……ランちゃんを……」
あたしは膝から崩れ落ちた。涙が止まらなかった。
「お、おい!大丈夫か!?」
「あ、あ、あたしは……!ランちゃんが…急にモダを◯したいって言って………こわ、怖くなって逃げた!……ランちゃん、、なんか言おうとしてたのに……帰ってん!“嘘吐き”って言われたと思ってたから………もうあんな子知らんって……見放してん、、!ご、ごめんランちゃん!ごめんなさい………!」
大声を出して泣いた。幸いパラダの周りにはほとんど通行人が現れることもなかったから、誰にも見られていない、と思う。
アイツはあたしの肩に手を置いた。
「……そうか。……お前は悪くないよ。おれも弱かったし、ランちゃんも弱かった。お前はよく頑張ってたよ。ランちゃんもポップも、お前には本当に感謝してたぞ?思い出話する時は、いつもお前の名前が出てた。」
あたしは彼の優しい言葉に泣き声をあげることしかできなかった。
(…トッ……)
何でそんなことをしたのか今でも分からない。
あたしは彼の胸に飛び込んだ。そして大声を上げて泣いた。
ソラやマコ先輩とは全く違う、広くて硬い、しっかりした胸の中にいるあたしを、彼は嫌がらず、何も言わずに頭を軽く何度もポンポンと叩いていた。
泣きじゃくってから何分経ったんだろう。もう辺りは暗くなり始めて、ちらほらと電灯がつき始めていた。
「……大丈夫か?」
「……うん、ごめんな?こんなん……。」
「いや、、しゃあないやろ。お前も大変やったんやから…。」
「……勘違いされるで?」
「あーほんまやな。なら、やめるか?」
「………ほんま意地悪やんな、昔から。」
「はは…。そうか?ほんまの意地悪ならお前の泣いた顔覗いたりそのままキスしたりすんぞ?」
「……さいてー。」
「分かってるって。お前にそんな気がないことくらい。あはは。」
「……彼女とかおるん?あたしも勘違いされるの嫌なんやけど。」
「おったらまずここに2人で来てないって。」
「………ふぅん。」
「なぁ?泣き顔見せてや?あはは!お前今相当ブスやろ?」
「……ほんまさいてー。」
「あはは!悪い悪い!」
また彼はあたしの頭をポンポンと叩いた。
「……顔上げてあげよっか?」
「お!?見せてくれるんか?!あはは!」
「……誰が泣き顔見せるか。」
「は?ならどうやって顔あげr…」
何でそんなことをしたのか今でも分からない。
あたしは勢いよく顔を上げて、“コバヤカワ ルイ”の唇にキスをした。
お読みいただきありがとうございます!
この物語は何かあるようで何もない、でもどこかで経験したようなことのある物語です。
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とは言え、読んでいただけるだけで幸せです。
これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願いします。




