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蝙蝠の歌 -mintdrop-  作者: u
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“アドゥ”




--1#-




最寄りの駅を少し出たところにそのバーガーショップはあった。

売上は、日本ではあの大規模チェーン店に一歩及ばずといった具合の、パッと見た印象はすごく色合いが似ていた。当時は我が家の近所にある唯一のファストフード店だった。


自転車で5分弱。信号のタイミングが合えば4分程でその店には着いた。

あたしは雲ひとつない快晴の、気持ちの良い季節をお祭り気分で自転車を漕いだ。


すぐにハンバーガーショップに到着した。


自動ドアを潜ると目の前には2つ並びのレジ。右手に行ったことのないイートインコーナーがあって、数組がそこでバーガーを食べていた。

レジには綺麗なお姉さんが笑顔であたしに挨拶してくれた。


「いらっしゃいませ!こちらへどーぞ!」


お姉さんはあたしをニコニコ見ながら悪意の無い言葉を投げかけた。


「はい、、あの、これ…」


あたしも1人での買い物はまだ数回しか経験がなく、特に誰かと話してメニューを決めることに強い緊張を覚えていた。

そこで、父が書いてくれた“みんながほしい物リスト”のメモをお姉さんに差し出した。


「ん?……あー、、これを全部買いたいってことで良いですかね?」


お姉さんはどう見ても年下のあたしにも敬語を使っていた。それがすごく素敵に思えた。あたしは首を縦に振った。


「…かしこまりました!たぶんですけど、、お持ち帰りであってるよね?」


お姉さんが初めてあたしにタメ口を使った。すごく嬉しく思った。あたしはまた首を縦に振った。


「ふふ。はい!ちょっと待ってねー。………お会計2○○○円になります!お金は、おとーさんおかーさんから貰ってきたかな?」


お姉さんは終始あたしに対して笑顔だった。

あたしはずっと下を向いて、お姉さんをなるべく見ないようにしていた。それを覗き込むように彼女はあたしの下に顔を持ってきた。


「あ、あります。これ…」


あたしは父から預かった5000円札を受け皿に置いた。お姉さんはまたニコニコしながら背筋を伸ばして、


「はい!5000円頂戴いたします!5000円札入りまーす!……こちら2○○○円のお返しと、レシートになります!」


少し顔が緩んだのを覚えている。1番高いハードルを超えた感触だった。手に取ったお釣りとレシートをポケットに戻した。


「あのね、今から10分くらいコレ持って待って欲しいんだけど、店の中にある空いてる席で待ってくれて大丈夫やから、待っててもらえるかな?」


お姉さんが番号の書かれたプレートを手渡し、少し顔を近づけてあたしにしか聞こえないように言った。

あたしは首を何度も縦に振って、待機場所を探した。テイクアウト待ちの席はもう別の誰かで埋まっていて、だからと言ってイートインコーナーに座れるほどの厚かましさはあたしには無かった。立つのが苦という訳でもないので、立って待つことにした。


自動ドアの傍に設置された観葉植物に並ぶように立っていた。その葉っぱを見つめながら、あまり何も考えていなかった。時々、レジのお姉さんと目が合った。レジのお姉さんは少し心配そうにこちらを見ていたから、あたしは少し笑顔を見せて会釈した。お姉さんは安心した様子でレジの中へと入って行った。


その頃は、まだ携帯電話や携帯ゲームを持っていなくて、暇つぶしのものが無かったから、本当に何もせずただぼーっとしていた。その時、窓を隔てた外側にいた見るからに日本人ではない細めの浅黒い男性と目が合った。


顔が縦に長く、浅黒い肌のせいか、歯がやけに白く見えた。目が蛙のように丸く出ていて、少し怖かった。

窓越しのその男性は目線をあたしと同じ位置まで落として、こちらをジロジロ見ながらニコニコしていた。こうやって表現すると、やけに恐ろしく感じるだろうけど、その時はあまり恐怖感はなかった。“あ、外国の人や”、くらいの感覚だった。


15秒くらい窓越しで目を合わせていた気がする。その外国人が手招きした。すごくユニークな顔をしながらあたしを呼んでいた。

店内でハンバーガーを待つべきだろうと思っていた。なんとなく、店の外にプレートを持って出ることに抵抗があった。あのお姉さんを困らせたくもなかったし、迷惑をかけたくもなかった。

あたしは、たぶんキョトンとした顔で顔を横に振った。男性は少し眉を顰めてガッカリとしたジェスチャーをした。あたしはそのジェスチャーが面白く見えて吹いてしまった。家で父がよく海外のコメディアンが声も出さずに演技する映画を観ていたから、それと重なったのかも知れない。

彼はあたしの様子を見て、ウケたことに喜んだんだろう。いろんなジェスチャーを見せてくれた。表現が一つひとつ大きい外国人のジェスチャーは、あたしには初めて見るもので、店内に笑い声が響かないように手で口を抑え、身体を揺らして笑っていた。


レジのお姉さんがあたしの方に駆け寄ってきた。


「お待たせしましたー!○番の方ー♪はい、どーぞ!プレートもらうね♪」


満面の笑みでお姉さんはあたしに大きい袋を渡した。中にはそこそこに膨れ上がった紙袋が2つ入っていた。

プレートを渡す時に、彼女が外の男性をチラッと見た。


「知ってる人?」


「ううん。知らないけど、面白い人。」


「…ふーん、そっか!気をつけて帰るんやで?ありがとうございましたーまたお越しくださいませー♪」


お姉さんは少しだけ不思議そうな顔をしていたけど、最後はニコニコしながらあたしの頭をぽんぽんと2回叩いた。少し嬉しかった。




店を出ると、さっきの外国人男性があたしの方を見て直立していた。さっきと同じように笑みを浮かべていた。

自動ドアが反応しない距離に離れたあたしは笑いながら軽く会釈をして、自転車の前カゴに大きな袋を詰めた。

“早く帰らなきゃ”そう思いながら自転車に鍵を差し込もうとした時、


「アドゥ?」


明らかにさっきの男性が発した言葉だった。1秒にも満たないその言葉が、どう考えても日本語の発音ではなかった。

あたしは男性の方に顔を向けた。彼はニヤニヤしながら、身体を揺らしていた。リズムに乗っているような揺れ方だった。

鍵を差し込むことを一度取り止め、あたしは曲げた腰を真っ直ぐに戻した。彼は右手をグーに握りしめ、親指と小指を立てた。そしてその手を自分の顎の下辺りに持っていき手首をクルクル回した。


「アドゥ?アドゥ?」


身体を揺らして、手首を回しながらあたしに何かを伝えようとしている、みたい。顔は笑顔だから悪意はない、と思う。

あたしは初めて生で話す外国人に震えていた。どうすれば良いか分からなかった。だけど、相手の言いたいことを理解したいとも思っていた。

彼が作っている手の形を真似してみた。手首を少しだけ回して、


「あ、あどぅ?」


と、言ってみた。

彼は大きな目を更に開いて、ゆっくり何度か頷いた。


「アドゥ?アドゥ?」


「あ、あどぅ、あどぅ」


何度かそんなやり取りを続けた。

正直通じ合っている気は全くしなかったけど、相手の人が少し喜んでいるように見えて嬉しかった。


男性は、その言葉を一定のリズムで繰り返しながら足を後ろに進めた。あたしから離れていくように。でも、目はあたしの方を見ていた。


よく分からないけど、少しだけ彼に近づいて何処にいくのかを窺った。彼は、店と店の間にある細い道、駅に設置された地下通路へ入っていこうとしているようだ。あたしは、今まで使用したことのないその道が怖くて、それに何故か行ってはいけないような気がして、距離を取っていた。

男性は離れたあたしに届くように少し声を大きくして、右手の手首を回しながら左手で手招きした。“おいで”というより“来なさい”のような手招きに見えた。


少しだけ彼の方に近づこうとした、その時、バーガーショップの自動ドアが開き、そこからお姉さんが出てきた。さっきとは打って変わって、あたしを睨んでいた。お姉さんは勢いよく小刻みに首を横に振った。


「だめ!帰りなさい!」


あたしは、何を言われたのか意味がわからなかったけど、お姉さんに怒鳴られたせいなのか急に恐怖が込み上げてきた。首を縦に振って、自転車の鍵を開けて立ち漕ぎで家に帰った。帰るまで一度も振り返れなかった。


“怖い”“なんでお姉さんは怒ってたん?”“あれ誰?何人?怖い!”


そんなことを考えながら夢中で自転車を漕ぎ、おそらく今までのベストタイムを叩き出して自宅のドアを開けた。


帰り道、そこそこ人通りのある道、時間帯なのに、誰ともすれ違わなかった事がやけに記憶に残ってる。


「ただいま!」


「あーおかえりー。ありがとうねー…って、どしたんあんた?そんな息荒くして。急いで帰ってきたん?」


「お母さん、こいつアホやからまた駅から家までタイムアタックしてたんやで。お前また時間縮めようとしてたんやろ?ええ加減やめとけよ。事故っても知らんぞ。」


「あらー、ほんま?あんた車には絶対に気をつけなあかんよ?信号無視とかしたら、100%事故になるからね!」


「100%って…ぷぷ…」


2人の何気ない言葉を聞くと、普通ならほっとするのに、何故か荒い息が落ち着かなかった。あたしはキッチンの入り口で目を真っ直ぐ前に向けたまま、肩で息をしながら立ち尽くしていた。


「なんかあったか?」


弟とテレビの喜劇を見ていた父がテーブルに肘をつきながらあたしに声を掛けた。その声で、呪文が解けたようにあたしは我に返った。


「あー…そう!ベストタイム更新した!」


あたしは兄に向かってピースした。


「ほらやっぱり。お母さん、こいつ近いうち事故るわ。事故る前に救急車呼んどいたら?ふふ、」


「ほんまやでーあんた。もういつまでそんなアホみたいなことしてるん?こんなんやったら1人で買い物行かせられへんわ。」


「あはは、ごめんって。みんなに早くバーガーを届けたくてさー。はい!これ!あと、これお釣りとレシート!」


「そやそや!早くハンバーガー食べなねー♪はい、ありがとうー……あんた釣り銭誤魔化してないやろうね…?」


「お兄ちゃんちゃうんやからそんなことせんわ!」


あたしは普段通り喋ることが出来た。手を洗ってうがいをして、心も穏やかになっていた。

その後、喜劇を観ながらハンバーガーを食べた。夜ご飯では食事中にテレビをつけてはならないルールが我が家にはあったので、お昼にご飯を食べながら観るテレビはすごく特別感があった。

あたしがポテトを手に取っていると、


「なぁ、さっき何があったか?」


父が柔らかい口調であたしに声を掛けた。


「んー?さっきって?」


「コレ買ってきた時。何もなかったんか?さっき、少し様子変やったぞ?」


「あー、そう!なんか、変な外人さんに会ってん!」


「外人?」


「うん、なんか、お金払って待ってる時に、外で変な動きしてる人おってん。」


「何やそれ。パントマイムみたいなやつか?人集まってたやろ?」


「んーん、あたしに見せてくれてたから。ぱんとまいむとはちゃうと思うー。」


「お前だけにか?」


「うん。面白かった。」


「…それだけか?」


父はたぶんその場の楽しい雰囲気を潰したくなかったんだろう。声は穏やかで、優しい顔をしていた。


「それだk…あ、なんか店出たらこんな手して“アドぅ?”とか言ってきた!」


「あはは!おい!お前めっちゃおもろいことあるやんけ!何で隠してんねん!」


「ごめんてお兄ちゃん!“アドゥ?アドゥ?”って何回も手振りながら!おもろいよね!」


2人で笑っていると、父がまた変わらない顔であたしに質問してきた。


「楽しい人でよかったな。それ以外何も言われなかったか?」


「ん?うーん。最後、なんか手招きして、あの、あっちあるやん?あの店の横に逆方面行く為の近道通路!あそこ狭いし怖いから通ったことないし…そっち行った。」


「その人とちゃんとさよならできたんか?」


「ちゃうねん。あたしも“帰る”って言おうと思ったんやけど、ずっとこっち見ながら離れていくし、どうしようって思ってたら、店のお姉さんに怒られてん。店の中やとめっちゃ優しかったのに、いきなり店出てきて“かえれー!”って。」


「お前が店の前で踊ってるからやろ?“あどぅ”“あどぅ”」


「ちょっ、やめてやおにいちゃ…あはは!」


「ふーん。そんなことがあったんやねー。フシギな人もいるもんやねーお父さん。」


「そうやなー。」




お昼ご飯を美味しくたいらげ、あたし達兄弟は兄の部屋で遊んでいた。

喉が渇いてキッチンに行くと、普段ならついているテレビが消されて、棒立ちの父と母が小声で話し合っていた。


(やっぱり警察に連絡しよう)


(何もなかったんやし、その人が悪い人が分からんやんか。それにどうやって説明したら…)


(分からないけど、した方がいい。ぼくがする。)


なんとなく怖い雰囲気だった。あたしは話し掛けられなかった。

話し掛けられなかったのは、怖いからじゃなくて、自分の中でも予想はついていたからだ。たぶんあの外国人の話だ。





春休みが終わって新学期になった。

あたしは学年をひとつ上げた。

朝の全体朝礼で、その日の下校から約1週間グループで登下校することが命じられた。

外国人の件は頭の片隅にはあるものの、“自分1人のことで学校が動くわけがない”という感覚があったし、周りの友達に話しても面白い話としてしか受け止められなかった。





それから1ヶ月と少しが過ぎた。





遠くとも近くとも言えない隣の市で、誘拐事件が発生した。



被害者は小4の女子生徒。




その頃から数年間、あたし達が登下校する道の電柱、スーパーの壁、駅の掲示板などに、何枚もその子の顔が貼られていた。捜査は何年も続いたが、彼女は未だ見つかってない。




その事件には幾つも尾鰭をつけた噂があって、あたしが真相を知ることはないのだろうけど、あたしは、あの時、自分がそうなっていたかも知れない、と思っている。

今でも電柱にボロボロで残っているあの貼り紙を見る度に、言葉では説明できないようなモヤモヤがあたしに襲い掛かってくる。



お読み頂き有難うございます。

この物語は、フィクションの中にノンフィクションを入れながら、でも彼女のありのままを書いております。実在の人物や団体などが出演している場合も無いとは言いません。不思議なこともありますが、誰の記憶の中にもあっておかしくない物語です。

また、会話の中で「外人」という差別用語を使用しておりますが、こちらはあくまで彼女の幼い頃の家庭内の会話を再現する為であり、他意はございません。

もし気に入っていただけたら、ブックマーク、広告下の評価に星をつけていただけると幸いです。

とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。

これからも『蝙蝠の歌 -mintdrop-』をよろしくお願い致します。

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