幸せです
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初めてあたしの方から帰りを誘った。いつものマイなら飛び上がるように喜んだだろう。
その時のマイは何かを察したのか、“はい”とだけ言った。寂しそうな顔をしていた。
帰り道、あたし達はあまり何も話さずに歩いた。気を遣う気もなかったし、これが当然の空気感だと分かっていた。
学校を少し離れ、周りに人がいなくなったことを確認して、あたしは口を開いた。
「あのさ…」
「…すいませんセンパイ。先にマイの方から話しても良いですか?」
マイはこちらを見ずに少し斜め下を見ながら会話を遮った。
「あー、いいよ?どうしたん?」
「…マイ、女バス辞めようと思ってます。」
「…そっか。何で?」
「…センパイに嫌われるようなことしたからです。」
「…それだけ?」
「……ほんと、見透かしたような感じで言いますよね。…センパイの噂流したの女バスのみんなにバレたみたいです。みんな、冷たくなっちゃいました。」
「そっか。」
「なんでこんな噂言ったのか、自分でも分かんないんです。言った時も、別に楽しくも何ともないし、最悪の気分でした。」
「うん。」
「あたしのこと…軽蔑してますよね?センパイに嫌われたくないのに、何であんなことしたんやろ。」
「…マイは、何を言ったの?」
「何って…センパイが3年の女の人とイチャイチャしてるの見たから、付き合ってると思ってたけど、付き合ってなかったって。センパイは性別気にしたりするような人じゃないから、今ならマイ達にもチャンスあるかもって。」
「…それだけ?イチャイチャって、中身は?」
「…なんか言えなかったです。」
「…やっぱり優しいね。マイは悪い人にはなりきれへんよ。」
前を向いて歩きながら話していた。ちゃんと優しく話せていた、と思う。
「…優しくないです。」
「そっか。でも、マイはほんまのことしか言ってないやん。それは噂じゃなくて、ただの本当の話やよ。」
「ち、ちゃうんです!」
マイが急に声のボリュームを上げた。
「マイ…少しだけ噂になれば良いと思ってたら、知らない間に変な噂なってて、みんな面白がってて、、そんなつもりじゃなかったのに…。」
どうやらマイが放流した小さな真実は、彼女も知らない場所まで泳いでいって、知らない間に尾鰭がついて鱗がついて、もう彼女さえも知らないものに化けてしまっていたみたいだ。
「…それは、マイのせいじゃないよ。」
「マイのせいです…!ウチがあんなこと言わんかったら、センパイが辛い思いしなくて済んだのに…。」
「…どうかな。そもそも外であんなことしてたのはあたし達やし、他の誰かに見られてたらもっと大きな話になってたかも知れへんよ?」
「でも…!」
「なんであんなことしたんやろって今でも思うよ。マイが友達に話してる時と同じ気分かもね。…なんか、好きやからしたとか、そういう単純なものじゃなかったんよね。もっといろんな感情がぐちゃぐちゃになってて、気付いたら…。でもマイと違うのは…その後の気分は、嫌じゃなかったかな。嬉しいとか最高とか、そんなのはなかったけどね。」
「…センパイ。」
マイが歩みを止めてこちらを向いた。
「ん?」
「今回の件…ごめんなさい。ウチが全部悪いです。」
彼女は真面目な顔で深く頭を下げた。
「…頭上げて?いいよ。あたしは怒ってないし、マイは悪いことしてないよ。」
「怒ってないわけないじゃないですか。」
マイがゆっくり頭を上げた。
「そう?怒ってないって。変な嘘までつけて噂流されてたら怒ってたやろうけど、マイは本当のことしか言ってへんもん。」
「ウチ…でも、どうしたら良いか…やっぱり責任とって部活辞めます。」
「それだけ気になってたんやけど、それで良いん?」
「…まぁ、別にバスケのことは好きですけど、1年のみんなも先輩達もウチいたらウザイと思いますし…。」
「そこは逃げるんや?」
「いや、逃げるって訳j…」
「それだけ反省して、自分が悪いって認めて、マイは自分が居心地悪いから逃げるんやね?」
「それは…」
あたしは少しひそめた眉を戻して、微笑んだ。
「続けよ?」
「…無理ですよ。」
「じゃーあたしの噂流した罰で続けること!ふふ…!」
「そ、そんな…」
「あたしは今の本気のマイのこと、結構好きやよ?いつもは自分を隠してる感じがして、話しづらい時も正直あったけど、今目の前にいるマイの方が好きかな。」
「えー、今とか、。」
「大丈夫。どっちのマイも好きやよ。」
あたしはそう言って自分の右手を彼女の頬に優しく当てた。
「センパイズルいですー。」
「何がズルいん?ふふ…,」
「むー。……でも、センパイが許してくれても、他の部員の人達は許してくれないです…それが、やっぱり怖いです…。」
「そうやね。そこは頑張らないとあかんね。でも大丈夫。あたしがついてるから。」
「…センパイ…ほんまにズルいです。やっと諦めようと思ってたのに…。」
「あはは!じゃー冷たくした方が良かったー?」
「むー!センパイの意地悪!」
あたし達はまた歩き始めた。
マイが気まずさで部活をサボっていたことをあたしが見事に言い当て、それを揶揄うと彼女はまたぶりっ子したので“ぶりっ子出てるでー”って更に揶揄った。彼女は“今更キャラを簡単に変えられないけど、本当の自分もできるだけ見せれるように頑張ります”と言っていた。それは間違いなく、彼女の本音だった。
いつもの分岐点について立ち止まった。
「じゃーね、マイ。明日からも頑張ろう。」
「はい!センパイが守ってくれるならマイは最強です♪…センパイこそ、大丈夫ですか?」
「ん?何が?」
「だって…いろんな人から変な目で…」
「あー大丈夫。あたしの周りにも守ってくれる人達はいるから。」
「…ウチも、センパイのこと守りますから!自分で起こしていうセリフじゃないですけど…。」
「うん。そっか…ありがとう。その時は、遠慮なく頼らせてもらうね。」
「はい!本当に…憧れたのがセンパイで幸せです!では、失礼します!」
彼女は元気に走って帰って行った。
最後にマイが残した言葉が、すごく胸に刺さった。そんな言葉を誰かに言われたのは初めてだった、あたたかい気持ちで家に帰った。
-10225-
翌日も靴箱に一通の手紙と、教室へ向かう廊下ですれ違う度に他の生徒の何人かから変な目で見られた。
あたしはそれを無視して教室に入った。自分の机の周りにソラと数名のクラスメイトの女子がいた。机の上には“女好き”と、でかでかと鉛筆で乱暴に書き殴られていて、それをあたしが来る前に急いで消そうとしてくれていたようだ。
あたしもその作業に参加した。
「失礼します!」
よく知った声が教室に鳴り響いた。
教室の入り口に立っていたのはマイだった。
“誰?”
“知らんって”
“朝からうるさ”
そんな声でざわざわしていた。あたし達も作業を止めて彼女を見ていた。
「先日、センパイの噂を流したのは、自分です!センパイに告白して、振られた腹いせに出鱈目な噂流しました!あの噂は全部嘘です!すいませんでした!失礼します!」
教室にいた全員が静まり返った。
マイはそのまま教室を去って、5秒後にまた“失礼します!”という声が、今度は隣の教室から聞こえた。
どうやら全ての教室を回っているようだった。
唖然としていたソラがあたしに向かって声を出した。
「何、あれ?…昨日もしかして仲直りしたん?」
「そうやね…でもあんなことまでするとは…。」
「……ぶっ!ははは!何あの子!やっぱりあの子も『ヘンコ』やー!」
ソラが口火を切ったように笑い出した。あたしもつられて笑ってしまった。
昼休み、廊下を1人で歩いていた。
「……ねぇ。」
ぬるぅっと後ろからマコ先輩があたしの耳元で囁いた。
「わっー!な、なんですか?!先輩?!びっくりするじゃないですか!」
「……あの1年の子って、あんな子やったっけ?」
「あー、、先輩の部屋にも来ましたか?」
「……うん。…なんか叫んでいった。…わたしはよく分からないけど。」
「んー、もしかしたら3年の方には回ってなかったかもですねー。」
「……でも、あの子面白いね。…ちょっと苦手じゃなくなった。」
「あはは!分かります、それ!」
「……それだけ。…じゃーね。」
マコ先輩はそのまま背中を向けて行ってしまった。
もう少しだけ、話したかった。
お読みいただきありがとうございます。
私事ですが、少し本業が忙しなくなってきたため、一度お休みさせていただきます。
まだストーリーは続きますが、不定期に更新させていただきます。
気長にお待ちください。




